4話 口論とお風呂と
タイトルを、テフランの一人称に合うよう、少し改変しました。
ご了承ください。
テフランとファルマヒデリアは、買った服を家に置くと、あらかじめ残していたお金で道具屋にて鞄を購入してから迷宮へ繰り出した。
目的は、テフランの新たな装備――『動く甲冑』の鎧や武器を仕立て直した武具の具合を確かめるため。
昼過ぎという時間で人が多い迷宮の出入り口付近を通り、手ごろな相手を探して洞窟状の通路を進んでいく。
程なくして、日用道具に昆虫の足が生えた姿をしている、弱い魔物と遭遇した。
早速テフランは戦おうとして剣を鞘から抜きかけ、剣身が完全に解き放たれる前に、ファルマヒデリアが魔法紋が浮かんだ指から魔法を放って倒してしまった。
「……ちょっと。迷宮に入る前に、目的を教えてたよね?」
テフランが半眼で問い詰めると、ファルマヒデリアは頬に片手を当てて困った顔になる。
「わざわざ剣で戦おうとしなくても、私が魔法でお守りしますから、テフランが戦う必要はないと思うのですけれど」
幼子のやんちゃを叱る母親のような口調で言われて、テフランはムッとした。
「迷宮の奥地では、確かに俺は足手まといだったよ。それで心配してくれるんだろうけど、いまは余計なお世話だ」
少し強い口調で語られて、ファルマヒデリアは少し悲しそうな表情になる。
「テフランが危ない真似をすることはないのではありませんか。私が魔物を倒した方が安全ですもの」
「あのな。俺は実力をつけて、地下世界に到達することが夢なんだよ。他人の力に、おんぶにだっこな状態でいられるかよ」
「その夢の話は理解しましたけれど。私はテフランの義母であり従魔です。いわば、私の力はあなたの力と呼べるのでありませんか?」
「俺は自分の実力で夢を叶えたいんだよ。それこそファルマヒデリア――ファルリアお母さんの力に頼らないでな。そのためには少しぐらいの危険を冒してでも、実力が伸ばしたいんだよ」
「こうまで言っても、私がテフランの心配をしていることが伝わらないのですね。いいです、分かりました。もう手出しなんてしませんから」
へそを曲げて顔を背けるファルマヒデリアに、テフランはどう対処したらいいか混乱したことと自分の目標を理解してくれない苛立ちから、つい大声をだしてしまう。
「それは願ったり叶ったりだ! もう邪魔すんなよ!」
「ふんっだ。知りませんからね」
険悪な雰囲気になりつつも、結局は二人で迷宮の中を移動していく。
テフランは弱い魔物を相手に、新しい剣での攻撃の勘を掴んもうと試みる。
ファルマヒデリアは先ほど言った手前、手出しはしてこない。
だが、テフランが魔物と戦おうとするたびに、ハラハラとした表情を浮かべ、魔物が倒されるたびに露骨なまでに安堵する。
その姿を傍目から見れば、息子の心配をする母のように映る。
しかしテフランにとっては、真実の親子ではないことから、ファルマヒデリアの行動が奇異に感じられてしまう。
(俺の父親だって、あんな不必要なまでの心配をしたことなんてなかったぞ)
テフランは少し不愉快さを感じているが、ファルマヒデリアの感情に嘘はないと直感しているため、その行動を問い詰めるような真似はしない。
そして魔物を倒し続けているのに、ファルマヒデリアが心配し通しな態度を止めないので、テフランは段々と意地を張り続けることは間違っているんではないかと考え始めた。
(最強種なファルマヒデリアにとったら、俺なんてヘッポコなのを通り越して、赤ん坊みたいに見えるに違いないしな)
テフランだって、迷宮に赤ん坊がいれば心配して助けに入るだろう。その赤ん坊に抗議されたとしてもだ。
そう考えを改めると、先ほどの自分の言動が、ファルマヒデリア――命の恩人に対して失礼なもののような気がしてきた。
倒した魔物の体にある魔法紋を切り取って鞄に納めると、テフランは大きく深呼吸する。
「すーー、はーー。ファルマヒデリア」
「はい。なんでしょう?」
言葉を返すファルマヒデリアは、『私、怒ってます』と言いたげな態度で、少し顔を背けている。
テフランは困って後ろ頭を搔きながら、言葉を探しながら喋り始める。
「あー、さっきは言い過ぎたよ。心配してくれること自体は、俺だってありがたいんだ。だけど、少しは俺の力を信用してくれ」
「……迷宮の奥で、魔物相手に死にかけたのにですか?」
「そう言われちゃうと厳しいものがあるけどさ。あれって少なくとも、危険があったらファルマヒデリアのところまでは逃げてこれるぐらいは、俺にもできるってことだろ」
「――ぷふっ。なんですか、自慢にならないことを、大真面目に語るなんて」
頑なな態度を保とうとして失敗し、ファルマヒデリアは苦笑を漏らしている。
テフランも苦笑いを口元に浮かべる。
「たしかに、逃げ足に自信があるってのは、褒められたことじゃないけどさ。まあ、俺もちょっとは捨てたもんじゃないって分かっただろ?」
「はい、分かりましたとも。そうですね。私はテフランが「助けてくれ」って逃げてきたときに、守ってあげるようにしますね」
「むぅ。なんだかトゲのある言い方に聞こえるけど。とりあえずは、それでいいか」
こうして取り決めが出来て以降は、テフランは弱い魔物相手に伸び伸びと戦うことができるようになり、ファルマヒデリアは少しは心配しながらも信頼を向ける視線で戦闘を見守るようになった。
剣の試し切りにしては少し長い時間迷宮に滞在した二人は、鞄の容量の半分を魔物の素材で埋めてから、換金するために組合の建物へと向かったのだった。
素材を換金したお金で食堂で食事を取った後、二人は家に戻った。
後は寝るだけという感じでテフランが寝室に向かおうとすると、ファルマヒデリアに肩を掴まれる。
「テフラン。どこに行く気ですか?」
「そりゃ、寝室だよ。それ以外に、どこに行くって言うんだよ」
「ダメですよ、汚れた体で寝室に入るなんて。身綺麗にしたほうが、ゆっくり眠れるのですからね」
「井戸で水浴びでもしろってのか?」
「なにを言っているんです。この家には、お風呂があるんですよ」
風呂という単語に、テフランは首を傾げる。
「なんでそんな高価なものが、この家にあるんだよ」
「組合が所有している物件なんですから、渡界者から巻き上げた上前で購入したんじゃありませんか?」
「ちょっと! ここには二人しかいないけど、滅多なことは言わないで!」
「そんなことより、お風呂ですよ。お風呂に入りましょう!」
「え、ちょ! うわっ、引っ張る力が強いなもう!」
テフランはなすすべなく、ファルマヒデリアに風呂場へ連れて行かれてしまう。
そこはタイル張りされた小さな部屋で、中には二人は入れそうな大きな陶器製の湯船が一つだけあり、その近くに石鹸がいくつか置かれてある。
公衆浴場とは違う装いの一軒家の風呂場は、テフランには奇妙に映った。
「部屋を一つ、このためだけに使い潰すなんて贅沢だな」
「変なことを言っていないで。ほら、装備を外して服を脱いでくださいね」
「服って――えっ?」
テフランはファルマヒデリアに顔を向けて、長手袋とズボンを脱いだその姿に身動きを止め、直後に大慌てする。
「ちょっと、なにしてるんだよ!」
「お風呂に入るために、服を抜いているんですよ?」
「そうじゃなくて。ええっと、第一、湯船にお湯どころか水すらないのに、服を脱いでどうするんだよ!」
テフランの指摘は正しく、湯船は水気一切ない乾きっぷりだった。
しかし、ファルマヒデリアは微笑みを浮かべる。
「そうですね。まずはお湯を張ってしまいましょうか」
スカートを取り払ったままの格好で、ファルマヒデリアは湯船に近づく。
歩くたびにノースリーブのシャツの裾から見え隠れする、彼女の大きく形の良い臀部を覆う下着に、テフランの顔は赤くなった。
そんな様子を知ってか知らずか、ファルマヒデリアは上半身を前に倒してお尻を突き出すような恰好で、湯船の中に片手を入れる。
その腕に魔法紋が浮かんだ瞬間、手のひらから湯気を発するお湯が大量に出てきた。
「……告死の乙女の魔法って、なんでもありなんだな」
人間が扱う魔法紋は、その模様が意味する魔法しか使えない。そして体に魔法紋を刺青する関係で、使える魔法はどうしても限られてしまう。
そのため、『湯船にお湯を張る』なんて魔法を使う人間は存在しない。
一方で、体に浮かぶ魔法紋が流動的に浮かぶ告死の乙女には、この程度の魔法は生活を豊かにするためのひと手間ぐらいの意味しかないのである。
そうして呆気に取られている間に、湯船にお湯はたまり、ファルマヒデリアは脱衣を再開していた。
「ほら、テフランも服を脱いで」
全裸で迫るファルマヒデリアに、テフランは退いた。
「さ、先に入りなよ。俺は後で入るから」
「ダメです。そもそも、私よりテフランの方が汚れているんですから、先に入ってくれない困ります」
「な、なら、服を着ててよ!」
「なにを言うんですか。洗ってあげる際に服を着たら、折角のテフランから頂いた服が濡れちゃうじゃないですか」
「一緒に入る気だったの!?」
「当たり前です。どうせテフランのことですから、湯船にざっと入っただけで上がるに違いありません。ちゃんと洗えているか確かめるためにも、一緒にお風呂に入ることは必須です」
「で、でも――」
「つべこべいうようなら、こうです!」
ファルマヒデリアの全身に魔法紋が浮かび、全裸であるためテフランにもはっきりと見えた。
女性的に豊かな資質をたたえるファルマヒデリアの肢体。そこに蠢くように形を変える魔法紋が浮かんだ姿は、倒錯的なエロスを感じさせる危うい魅力がある。
蠱惑的な誘引力から目を奪われるテフランの体から、ひとりでに装備品が外れて床に落ちた。
それだけでなく、服すらもひとりでに脱げていく。
その事実にテフランは我に返ると、露わになってしまった自分の股間を手で隠す。
「強制脱衣の魔法?! 魔法の無駄遣いの極致だ!」
「無駄じゃありません。こうしてテフランを湯船に入れることに役立っているんですから。そして、てやっ!」
「うわわわっ?!」
ファルマヒデリアが手を動かすと、テフランの体が宙に浮いて移動を始め、湯船の上で止まる。
(ま、まさか――)
そのまさかの通りで、テフランは湯船の中に落とされ、張られていたお湯が頭から足先までに絡んでくる。
いや、魔法で操られたお湯が、テフランの体を拘束しているのだ。
「げほげほっ。ちょ、気管にお湯が――」
「はいはい。じゃあ、洗っていきましょうねー」
「まって、うわ、変なところ触らないで! というか、色々と当たっているって!」
「ほらやっぱり、ちゃんと洗えてなくて汚れが溜まった場所がありますよー♪」
ファルマヒデリアは素手に石鹸をつけて泡立てると、湯船の中で身動きできないテフランを洗っていく。
そうして彼女が熱心に洗う際に、女性特有の肉体の柔らかい手や腕、そして顔が埋まるほど豊かな乳房を押し付けてこられたりして、テフランの頭は湯の温かさも手伝って急速にのぼせていく。
回り出した視界と歪んだ景色に、段々と現実ではない気がしてきたことも手伝い、テフランの抵抗は大人しくなっていく。
するとファルマヒデリアはより大胆な手つきと動きで洗うようになり、青年的には嬉し恥ずかしな光景が湯船の中に広がる。
やがて、ファルマヒデリアの手が男性的に重要な器官に触れようとしたところで、のぼせきったテフランの意識は断絶してしまうのだった。