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48話 訓練の日々、出会う

 二人一組の告死の乙女の話は、翌日には渡界者たちの知るところとなった。


「聞いたか。またヤベェ魔物が現れたってよ」

「なんでも、前に渡界者たちを殺し回った人間型の魔物が、仲間を連れて戻ってきたんだと」

「おいおい。あの噂はデマってことになっただろ。そもそも、戦う意思を見せなきゃ、襲ってこないって話だし。今回の魔物は、それとは違うやつだろ」

「俺が聞いた話じゃ、武器を使う、ちっこい人型が二匹ってことだったぜ」

「武器を使う魔物か。そういうヤツは、体の大小関わらず、手強いもんなんだよなぁ。会いたくねえ」

「迷宮の奥深くでしか見た報告がないんだろ。俺たちには関係ないだろ」


 真実と嘘が入り混じった話を横に聞きながら、テフランはファルマヒデリアとアティミシレイヤと迷宮の奥へと進んでいく。

 周りに人がいなくなったところで、ファルマヒデリアが口を開いた。


「迷宮内に長居することは、あまり得策じゃないようですね」

「噂によると、迷宮の奥から出てきていないようだけど?」


 テフランの疑問に、ファルマヒデリアは首を横に振る。


「渡界者たちからの目撃情報が多すぎます。これはきっと、例の二人の告死の乙女がわたくしたちを探し回っているからです」

「じゃあ、俺たちが迷宮に長居すると、奥から浅い場所まで出てくるかもしれないってこと?」

「その可能性が高いです。ですので、泊りがけは止めたほうが無難です」


 ファルマヒデリアの見解に、テフランは不満顔になる。

 いまのテフランの実力だと、日帰りできる距離の場所に現れる魔物は、物足りない相手なのだ。

 その表情を見て、アティミシレイヤが手を伸ばして、テフランの頭に触れる。


「これはテフランの身を守るために必要なことだ。それに、物足りないのなら、そのぶん訓練をすればいい」

「……仕方がないか。俺が弱いから、危険を冒せないってことだし」


 テフランが肩を落としながら言うと、アティミシレイヤは焦った顔になる。


「テフランの実力は、日増しに伸びている。よくやっている」

「慰めてくれなくてもいいよ。弱いこと自体は、わかっているし」


 事実、テフランはまだまだ駆け出しの域にいる実力である。

 そのことを、本人は強く自覚していた。


(だからこそ、地底世界に行くためにも、いまは実力をつけるべきだ!)


 声に出さずに決意する、テフラン。

 しかし、その姿を見ていたアティミシレイヤは、少し迷う様子をした後、テフランを力強く抱きしめた。


「うえっ!? ちょっと、いきなりなに!?」


 唐突な行動に驚くテフランに、アティミシレイヤは気恥ずかしそうに頬を染めながらも、真剣な顔で呟く。


「必ず、私がテフランを強くしてやる。だから、落ち込まないで欲しい」

「いや、その、気落ちしていたわけじゃなくて……」


 テフランはわたわたと手を動かして脱出しようとするが、痛いほどに抱きしめられて叶わない。

 その後少ししてようやく、アティミシレイヤに変な勘違いをされたと理解し、テフランは安心させるように抱き着いてきている腕を撫でた。


「情けない頼みだけど。アティさん、俺を強くして」

「任せてくれ。必ず、我々と対等以上に戦えるように、鍛え上げると約束する」

(それは願ったり叶ったりだけど、いったい何年かかることやら……)


 いままでどんな渡界者も敵わなかった告死の乙女と対等な実力をつけるまで、テフランは自分の寿命が尽きやしないかと、変な危惧を抱いてしまったのだった。





 テフランとアティミシレイヤの特訓は、二人組の告死の乙女が現れたと知って以降、より熱が入ったものになっていた。

 相変わらず、アティミシレイヤが攻撃してテフランが防御する訓練ではあるのだが、日増しに難易度が上がっていった。

 まず、アティミシレイヤが二本の腕で手加減した攻撃する。

 テフランが慣れてくるにしたがって、攻撃する速さを上げていく。

 ある程度の速さの攻撃を捌けるようになったら、次は足による攻撃も加わえていく。

 両手両足の攻撃に対処できるようになったら、さらに攻撃の速さを上げていく。

 そんな、常に高いハードルを越えることを要求される訓練に、テフランは就寝時になると疲労困憊して倒れるように寝てしまう。

 最強種の訓練という濃厚な時間を過ごしたテフランの技術は、防御に限っては、もはや熟練渡界者の域に近づいていた。

 しかしこれほどの技量を得ても、アティミシレイヤは安心できないらしい。


「想定するべきは、告死の乙女。それも、我々を倒しに来るような強い個体だ。その攻撃を万全に防げるようにできなければ、次善策を取るよりほかにない」


 休憩の合間にもたらされた訓示に、テフランは額の汗を拭い、荒い息のまま尋ねる。


「はぁ、はぁ。次善策って、なにかあったっけ?」

「……言ってなかったか?」

「そういえば、伝えていませんでしたね」


 アティミシレイヤが首を傾げ、ファルマヒデリアが苦笑いする。

 テフランがついジト目を向けると、誤魔化すようにアティミシレイヤが咳払いした。


「こほん。策というのは、迷宮の配置が換わる時期を待つことだ」

「大転換のこと? でも、待ったからってどうなるのさ」

「簡単なことだ。件の告死の乙女たちが、迷宮内から消える」


 意外な発言に、テフランが目を丸くする。

 すると、アティミシレイヤの足りなかった説明を、ファルマヒデリアが付け加え始めた。


「人間たちがいう大転換は、迷宮の中をごちゃまぜにしなおして、人間が異世界に近づかないようにする措置です。その際、罠の撤去と再配置、そして安息地の再敷設が行われるんです」

「それは知ってる。でも、大転換に巻き込まれても、生きて戻ってこれるって聞くよ。それなら、告死の乙女だって無事なんでしょ?」

「ところがです。告死の乙女は、その大転換のときに消滅してしまうんです。そして、また新しい個体が、転換後に安息地の幾つかに再配置されるのです」


 衝撃の事実に、テフランは呆気に取られ、そして心配な顔になる。


「じゃあ、もしかしてファルリアお母さんやアティさんも、あと数年で俺の前から消えてしまうってこと?」


 どこか恐々とした声で尋ねると、ファルマヒデリアは笑顔で首を横に振った。


「あくまで、消えてしまうのは迷宮の中にいる告死の乙女です。外に出ている私たちには、関係のない話です」

「心配しなくても、テフランを残して消えたりはしない」


 アティミシレイヤの力強い断言。

 二人の言葉に、テフランは胸をなでおろし、自分の気持ちを改めて自覚した。


(なんかもう、二人が居ないと落ち着かないようになっちゃっているんだな……)


 それが義理の母親に対する息子な気持ちなのか、それとも見目麗しい女性に対する男性的な気持ちなのかは、テフランには分からない。

 それでも、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが、他の何者に代えがたいぐらいに大事であることは、強く自覚した。

 自分の気持ちについ赤面しそうになり、テフランは誤魔化すように声を出す。


「さて、休憩は終わりにして。訓練を再開しよう」

「そうだな。だが、今日はあと一回だけだ。これ以上は、余計になる」


 テフランとアティミシレイヤは少し間を空けて向かい合い、防御と攻撃に分かれた訓練を再開させた。

 アティミシレイヤの両手足による猛攻を、テフランは必死に動体視力を駆使しながら剣と鎧で防ぎ続ける。

 しかし段々と対応が間に合わなくなり、百を数える前に、アティミシレイヤの手甲に包まれた拳がテフランの顎先に触れた。

 この結果に、アティミシレイヤは微笑む。


「よくやった、テフラン。こちらの予想よりも一秒長く、生存できたな」

「くはー。一秒だけかー……」


 テフランががっくりと肩を落とすと、近寄ってくる足音が聞こえてきた。

 魔物かとテフランたちが警戒する中、現れたのは渡界者の一団。

 その中には、ルードットの姿があった。


「あれ、テフラン。どうしてこんなとこいるの?」

「俺は訓練をつけてもらうために、人のいないところにきたんだよ。それでそっちは?」

「あの転移罠で迷宮の奥に行こうとしたら、もの凄い打ち合いの音が聞こえてきたからさ。もしかして、二人一組の告死の乙女が、人知れず迷宮の浅い場所まできたんじゃないかって、おっちゃんたちが確認しに行こうって」

「おいおい、嬢ちゃん。おっちゃんは止めてくれって言っただろうに」


 苦笑いする手練れの渡界者たちだが、隠してはいても明らかにアティミシレイヤを警戒している素振りをしていた。

 テフランは理由が分からずに彼らのことを疑うが、当のアティミシレイヤは理由に気付いていた。


「テフランの従魔となる前の私に、不埒な真似をした男の仲間だからな。攻撃されやしないか、心配なのだろう」

「いや、あのバカの仲間ってのは、正しくはないんだけどよお」


 なにやら後ろめたい事実があるらしいと、テフランは悟る。

 しかし、その点を追及する気はなかった。


「問題視した音の正体が、俺たちの訓練の音と分かったからには、迷宮の奥へいくんだろ。危険じゃないのか?」


 テフランがルードットに話題を振ると、応えがきた。


「噂の告死の乙女の動向を探ることが、わたしたちが組合長から貰った依頼なんだよ。まあ、人間は襲わないみたいだし、おっちゃんたちもいるから、危険はすくないよ」

「そうだぞ、坊主。なんたって、この嬢ちゃんは、告死の乙女に鼻が振れるほど近くで臭いを嗅がれたってのに、攻撃されなかったんだからな。危険がないのは折り紙付きってわけだ」


 テフランが関心含みに頷く横で、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが眉を寄せていた。


「その娘の臭いを嗅いでいた? あの『できそこない』たちと関わっていたからかもしれませんね」

「もしかすると、もっと深刻な事態かもしれないぞ。例えば、魔法でルードットの臭いを追って、出入り口の位置を把握しているのかもしれない」


 二人が警戒を露わにする姿に、テフランは苦笑いを浮かべようとして、近くの空間に異常を感じて口を引き締めた。


「なんだ!?」


 テフランたちの近くの空間に、光の粒子が集合していく光景が現れていた。

 呆然とする渡界者たちをよそに、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは大慌てでテフランの腕を掴み、出入り口へ向かって走り始めた。


「え、なになに?!」

「あの光は、転移してくる前兆です!」

「この状況で転移してくるなれば、考えられる候補は一つ」


 二人の懸念は正しく、光の粒子が集まった場所から現れたのは、青い衣を身につけ手に武器を持つ少女然とした、二人の告死の乙女たちだった。

 唐突の出現に、テフランは目を丸くし、ファルマヒデリアは自らの失態に眉を潜める。


「恐らく、テフランとルードットが迷宮内で合った瞬間、あの二人に位置を知らせる魔法をかけていたんです」

「臭いを嗅がれたって言っていたけど、それはその魔法を使うためだったってこと!?」


 テフランが驚きの声を上げる中、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは全速力で逃げる。

 そうして迫る曲がり角を使って、告死の乙女たちの視界から外れようとする。

 そのとき、告死の乙女たちは鼻をひくつかせる動きの後、にっこりと微笑む。

 長年待った恋人を見つけたときの少女のようでありながら、どこか獲物を発見した肉食獣めいた、主なしの告死の乙女にしては感情の籠った笑い方だった。

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