47話 対策の話合い
テフランはアティミシレイヤとの訓練によって、防御技術が日増しに伸びていた。
(といっても、アティミシレイヤは本気じゃないしなぁ……)
手加減されているにも関わらず、攻撃を防ぎ切れていないことに、テフランは口惜しさを感じていた。
もっとも、敵性最強種族たる告死の乙女――しかも戦闘型の個体の攻撃を防御しきるなど、人間の身には高望みもいいところ。
そんなことは、テフランも重々承知してはいる。
だがそんな事実を前にしても、テフランは持ち前の負けん気を発揮する。
(まずは、アティミシレイヤに本気を出させるところを目標にしよう。そして、その攻撃を防ぎきる!)
テフランはそう心の中で決意しつつ、今日も渡界者組合に魔物の素材を換金しに向かう。
職員の換金作業が終わるのを待っていると、建物の奥にある組合長室がある方向から、渡界者たちが表に出てくる姿が見えた。
誰も彼もが一級品の装備を身につけているため、彼らは腕利きであると誰の目にも明らかだ。
テフランはその人たちを見ていて、見知った顔がその中に混じっていることに気が付いた。
「ルードット?」
テフランの呟きに、腕利きたちの行動を共にしていた、ルードットが顔を向けてきた。
ルードットは腕利きたちに断りの言葉を入れてから、テフランに近づいてくる。
「テフラン、おひさー」
「よっ。それで、なんで強そうな人たちと一緒にいるんだ?」
「あの人たちが、わたしの新しい仲間だからだよ。それにしても、少し見ない間に、なんか怪我が増えてない? 前より迷宮の深い場所で、活動しているとか?」
「いや、これは。アティさんとの訓練でついたんだ。魔物相手では、怪我を負ってはいないぞ」
「訓練を、アイツとやってんの?」
ルードットはアティミシレイヤに、胡乱な物を見る目を向けてくる。
まだルードットの中では、従魔化前のアティミシレイヤに仲間を殺された確執が続いているようだ。
テフランは、あえてその点には触れないでおくことにした。
「なんだか、ヤバい相手が迷宮に現れた可能性があるらしくて。その存在から身を守るために、防御に重点を置いた訓練をしているのさ」
「へー……。そうだったんだ。ご愁傷様」
ルードットの同情の目に、テフランは放って置けと身振りをしようとする。
しかしその直前、ルードットが同情している方向がアティミシレイヤとの訓練とは違っていると、テフランは直感した。
「ヤバい存在について、なにか知っているのか?」
「勘が鋭いね。でもそれは、組合長が教えてくれるはずだよ」
ルードットはテフランの肩を叩くと、組合の出入り口で待ってくれていた腕利きたちの方へと走っていった。
テフランは厄介事の臭いを感じて、知らんぷりして立ち去ろうかと、一瞬だけ考えてしまう。
だが行動に移す前に、職員に呼び止められてしまった。
「テフランさん、換金作業が終わりました。こちらが報酬となります。そして、組合長がお呼びですので、組合長室までお進みください」
「ああ、やっぱり……」
テフランは報酬を受け取った後、ファルマヒデリアとアティミシレイヤを連れて、組合長に会いに向かった。
組合長室の中は、なぜか穏やかな空気が流れていた。
以前に従魔化前のアティミシレイヤが猛威を振るっていたときと比べると、緊張感は皆無といってもいいぐらいだった。
テフランは訝しがりながら、アヴァンクヌギに向き直る。
「組合長、何の用ですか?」
「単刀直入に本題から入るとだ、『紫色の目の奴ら』が確認されたから、そっちの二人に意見を聞こうと思ったんだ」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤを指すアヴァンクヌギの姿を見ながら、テフランは首を傾げた。
「『奴ら』ってことは、複数いるってことですか?」
「その通り。どうやら、今度の告死の乙女は二人一組で行動しているらしいんだな、これが」
何気なしに語られた言葉に、テフランは咄嗟にファルマヒデリアたちに振り向く。
すると、二人も驚いている顔をしていた。
ファルマヒデリアが手を上げて、アヴァンクヌギに質問する。
「二人いるということは、間違いのない情報なのでしょうか?」
「間違いない。常に二人一組で行動している姿を、複数組の渡界者たちが見ている。というかだ、テフランの仲間だったルードットって娘がいるだろ。そいつは、例の二人に至近距離で臭いを嗅がれたそうだぜ。明らかに、統一した思考の下で行動しているな」
アヴァンクヌギの情報は、ファルマヒデリアが持つ告死の乙女の常識に当てはまらない。
そのためファルマヒデリアは、小難しい表情になってしまう。
そこに追加情報が渡される。
「そして、その二人の告死の乙女は、手に武器を持っているそうだ。片方は剣で、もう片方は杖だそうだ」
今度は、アティミシレイヤが眉を寄せる。
「武器を持つだと。そんなはずがない」
「ほう、そりゃまたどうして?」
アヴァンクヌギの質問に、アティミシレイヤは答えていく。
「生半可な武器を扱うより、この手足で殴り蹴った方が破壊力が上なためだ。戦闘型たる身にかけて、これは真実だ」
「ほほー。では、情報は間違いだと?」
「……いや。持っている武器が、生半可なものでなかったのならば、考えられなくはない」
「告死の乙女の手足以上に危険な武器なら、あり得る話だってことだな?」
「そうだ。もっとも、そんな物がこの世に存在するはず……」
アティミシレイヤは否定しようとした口を止めると、ファルマヒデリアへ視線を向けた。
「ファルマヒデリア。作れるか?」
「素材さえあれば、ですね」
「そうか、やはりか……」
二人の間だけで完結してしまった意見交換に、テフランが横入りする。
「二人だけで納得してないで、どういうことか教えてよ」
「ごめんなさい、テフラン。要するにです。私たち告死の乙女を作成する存在ならば、告死の乙女を滅し得る武器を作れるはず、ということです」
妙な言い回しに、テフランは疑問顔になる。
それは、アヴァンクヌギも同じだった。
「おいおい。まさか告死の乙女の口から、『迷宮は神が作った』みたいな流言が出てくるとは思いもよらなかったぜ。それじゃあ、なんだ。告死の乙女や魔物ってのは、神さまが作っているとでもいう気か?」
追及に、ファルマヒデリアは首を傾げる。
「そんなこと、言った覚えはないのですけれど?」
「はぁ? じゃあ、誰がお前らを作ったってんだ?」
「世界を想像した存在を人間が神としているのなら、その人物は我々の生みの親ではありません。ただ、私たちのようなものを作れる存在ですから、人間にとってみたら神みたいなもの、と言えるかもしれませんね」
「ややこしいな。つまり、神さまではないが、神さまに似た真似ができる奴が、お前らの作り手ってことか?」
「そう考えていただいて構いませんよ」
迷宮の神秘の一端が紐解かれたわけだが、目下の問題はその作り手が二人一組の告死の乙女をどう作ったかである。
アヴァンクヌギは、コメカミを指で叩きながら口を開く。
「ここまでの話をまとめるとだ。超常的な存在が、通常とは違った告死の乙女を二人も作り、迷宮に野放しにしているわけだな。でもよ、野良の告死の乙女が迷宮をぶらついているにしては、渡界者に被害らしい被害はないんだなこれが」
「二人組の告死の乙女を見かけた渡界者たちの言では、人間は無視して魔物だけを殺し回っているそうです。それこそ、人間に興味らしきものを見せたのは、ルードットさんの時だけのようです」
秘書のスルタリアの追加情報。
告死の乙女が観測されているにもかかわらず、渡界者に被害がない。
だからこそ、組合長室に和やかな空気が流れているわけだった。
その事実に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは、さもありなんと頷く。
「その二人の目標は、テフランを含めた私たちですから。その他の人間は、どうでもいいはずです」
「だが、魔物を殺し回っている点は意外だな。他の人間に興味を失っているのであれば、魔物も放って置くはずだと思ったが」
「人間と違って、魔物は私たちを見たら問答無用で襲い掛かってきますからね。殺さないと厄介だと、例の二人は学習したのでしょう」
告死の乙女の意見交換を横聞きして、アヴァンクヌギは疑問を放つ。
「つーことはだ、渡界者が迷宮に入っても、二人組の告死の乙女は襲ってこないんだな?」
「下手にちょっかいを出さなければ、攻撃される心配はありません。もちろん、私たち以外は、と注釈がつきますけれど」
ファルマヒデリアの保証を受けて、アヴァンクヌギは悩ましい顔で額に手を当てている。
だがそれは、事態の深刻さを考えてのことではない。
渡界者に被害を与えないと知って、金稼ぎに流用できないかを考えるためだ。
「テフランたちに対処を任せようかと思ったが、ここまでの話によると、逆に接触させる方がまずいようだぞ。スルタリア」
「他の渡界者に支障が出ないのですから、しばらく放って置く方がよろしいようですね。いっそ、告死の乙女の危険性を学ばせるために渡界者に後を付けさせて、どんな戦い方をするのか観戦させることも思慮に入れてはどうでしょう」
「手出ししてこないってことは、安全に二人組の告死の乙女対魔物の戦いっぷりが見れるってわけか。しかし、そいつらがいるのは、かなり奥の方の場所って話だしなぁ」
「観戦券を売ることは、出来そうにありませんね」
「もっと手軽に会える場所をうろついているのなら、貴族相手の儲け話になりそうだったんだがな」
酷く残念そうに言うアヴァンクヌギとスルタリアに、テフランは半笑いである。
「あの、俺たちはもう帰ってもいいですよね?」
「こちらに被害が出ないと分かったからな。行っていいぞ」
「情報提供、感謝いたします。それと、二人組の告死の乙女の件、テフランさんたちにはご愁傷様でした」
調子の良い二人の発言に、テフランは少し腹が立った。
「よくも、そんなに軽く言ってくれるな。こっちは生き死にがかかっているんだぞ!」
「おい、そう怒るな。事情は分かるが、こっちは手の打ちようがないんだぞ」
「テフランくんたちを手助けしたいと思いはあっても、告死の乙女相手に有効な道具も魔法紋も心当たりはありませんので、出来ることがないのです」
そんな道具や魔法があれば、アティミシレイヤが野良だったときに使っていたと言われてしまえば、テフランも心境はどうであれ納得せざるを得なかった。
「……用が済んだのなら、帰らせてもらいます」
「おう、頑張れ、テフラン。そうそう。その二人組も従魔にできたら、紹介に連れて来いよ」
「だから、軽々しくそういうことを言うなってんだよ! そんなに都合よく、事が運んだら苦労しないんだ!」
「ほほう。二人も告死の乙女を従魔にしている輩は、言うことに重みがあるなー」
アヴァンクヌギの揶揄する言葉に、テフランはいら立ちが頂点に達した。
「失礼します!!」
テフランはアヴァンクヌギに噛みつかんばかりに声を荒げて吠えると、足音荒く組合長室から出て行った。
ファルマヒデリアとアティミシレイヤはその姿に苦笑いした後、アヴァンクヌギとスルタリアに一礼してから、テフランの後を追いかけて行ったのだった。




