45話 新たな告死の乙女
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ルードットは迷宮の通路を歩いている。
その背にあるのは、魔物の素材や携帯食が入っている大きな背嚢。
サクセシタに雇われていたときと同じような姿だが、彼女の周りにいる人たちは人造勇者ではない。
ルードットは肩ひもを揺らして背嚢を背負い直しながら、周りの人たちに声をかける。
「それにしても、やっぱり皆さん、すごいよね。ここの魔物を瞬殺なんだもん」
ルードットの気安い喋り口調に、周囲の男たちが笑顔になる。
彼らは、渡界者組合長から告死の乙女に関する依頼を与えられた経験がある、あの腕利きたちだ。
「まあな。かれこれ、ここら辺を活動場所にして長いしな」
「この町一番の稼ぎ頭だしな、俺たち」
「そのぶん、組合長やら大きな商会とかから、厄介な依頼をもちこまれてしまうんですけどね」
「へえ、やっぱりすごい人たちだったんだー」
ルードットの関心している声。
商売女や商会従業員たちがやるおだてとは違った、本心から称賛する言葉に、腕利きたちは脂下がった。
彼らの得意げな様子を見て、ルードットは少しだけ顔を曇らせる。
「そんな人たちに、わたしみたいのが加わって、邪魔じゃない?」
ルードットの懸念は正直当たっていた。
彼女の実力は駆け出しもいいところで、腕利きたちとは差があり過ぎる。
ある事情から組合長が紹介してくれたとはいえ、本来なら組むことなどあり得ない。
ルードットのそんな心配に、腕利きたちは笑顔でその考えを否定する身振りをする。
「嬢ちゃんは勘違いしているな」
「そうそう。俺たちだって、嬢ちゃんが入ってくれてよかったって思ってんだぜ」
ルードットはそう言われる理由が分からず、首を傾げる。
腕利きたちは苦笑いのような表情を浮かべて、事情を話してくれた。
「端的に言ってしまえば、荷物持ちが欲しかったんだよ。ただ、俺たちの活動区域を言うと、尻込みする腰抜けばっかりでな」
「威勢のいい奴もいるが、試しに連れて行けば、現れる魔物の怖さに半泣きとくる。使えねえから一回限りで見限れば、薄情だなんだとぬかしやがる」
「その点、ルードットさんは『あの乙女』と関わった経験からか、肝が据わってますからね。我々が荷物持ちに期待する必要最低限の条件は、満たしているんですよ」
そんな風にルードットの長所を語った後に、腕利きたちは仲間のうち、ある二人を指さす。
「それに、こいつらは所帯持ちでな。嫁さんが危険な場所に行くことを嫌がってんだ」
「そんで嬢ちゃんを連れて行くことになったって伝えたら、喜ばれたそうだぜ」
「弱い女の子を危険な場所に連れては行かないだろう、って納得したみたいです」
「つまり嬢ちゃんの存在は、家庭円満に寄与しているってわけだ」
自分の存在が、単なるお荷物ではないと知り、ルードットは安心した。
「なるほどー。でも、この迷宮の場所って普通に危険でしょ?」
「あはははっ。まあ、世間一般ではな。俺たちにしてみりゃ、安全に金稼ぎができる場所だけどな」
「ここまでくる転移罠が、出入り口近くにできてよかったですよね。単純に、行程が半分に減りますし」
「ここからさらに奥に行く転移罠があれば、もっと楽になるんだがな。もしくは逆に、入り口に戻るものがあっても楽になるな」
軽口を叩き合う彼らにつられて、ルードットも楽しくなってくる。
その一種の安心感は、セービッシュたちの仲間だったときや、サクセシタに雇われていたときには感じられなかったもの。
それを通して、ルードットは腕利きたちの実力を垣間見ることができた。
もちろん、出くわした魔物たちとの戦闘でも、腕利きたちの実力を知ることができた。
本当にこの地区に出る魔物たちは、彼らにとって他愛もない相手なようで、ほぼ瞬殺している。
倒した魔物の素材を回収しながら、ルードットは改めて崇敬の念を抱いた。
「やっぱり、皆さん凄いよね。わたしなんか、この魔物の一撫でで死んじゃいそうだし」
「ふふーん、まあな。例の『乙女』が相手じゃなきゃ、もっと奥まで行っても平気だしな」
「まあ、あの存在の怖さをしってから、無謀な夢は見ないようになったけどな」
「追いかけられた時は、本当に生きた心地がしませんでしたよね」
「へえー、皆さんって『あいつ』から逃げきれただ。本当にすごい!」
ルードットの掛け値なしの称賛に、腕利きたちは苦笑いする。
なにせ、彼女の仲間――セービッシュたちが死んだ理由は、彼らが組合長に言われてちょっかいを懸けたせいなのだから。
けれど、そんな事実を伝えないようにしつつ、彼らは別の話題に移ろうとする。
「嬢ちゃんだって、俺たちと同じ状況から生き残ってるだろう」
「いやあ、あれはテフランに助けられたからだから」
「そのテフランくん。嬢ちゃんが好いている相手だったりするのか?」
「まっさかー。わたしが好きなのは、皆さんみたいにがっしりした男の人だから。テフランなんて、眼中にないし」
「はっはっは、嬉しいことを言ってくれるな」
「でも、その発言は、男性に勘違いを抱かせる不用意なものです。注意した方がいいですよ」
「とかなんとか言って、皆さんわたしのこと女性として見てないでしょ。それがわかるから、わたしだってこんな気楽なこと言っちゃえているんだしね」
「おっと、子供でも女性だな。そういった勘働きは、男性より優れているみたいだ」
「あー、やっぱり子供だと思ってたんだー!」
和気あいあいとした雰囲気で通路を進んでいて、急に腕利きたちの顔つきが強張った。
なにか、異常を感じたようなその姿に、ルードットは一泊遅れで警戒する体勢を取る。
「どうかしたんですか?」
「……ああ、なんか嫌な予感がするんだ」
「魔物たちが何かに怯えてやがるな。こんなこと、ついぞなかったぞ」
「例の乙女相手でも、魔物は襲い掛かっていくと言いますからね。怯えるなんて、あり得るないんですよね」
腕利きたちが警戒感を最大まで引き上げつつ、通路を進んでいく。
少しして、異常な場所に出くわした。
ズタボロになった魔物の残骸が、通路に山となっていたのだ。
「なんだこりゃ。魔法による傷や斬られた痕を見る限り、渡界者の仕業ってことか?」
「罠を踏んで、魔物が詰まった部屋が開いて、それに対応したって感じだな」
その場所の横の壁は、回転扉のようになっていて、いまは半開きになっている。
そんな状況を見た腕利きの一人が、深刻そうな顔つきに変わった。
「渡界者の仕業にしては、高価で買い取りしてくれる素材を集めてないですよ。魔物を虐殺することを信条としているような、そんな戦いっぷりが透けて見えます」
「この場所までくる人間が、そんなことやるか? 一方的に魔物をなぶりたいなら、もっと出入り口に近い場所でも可能だぞ」
「だから不可解なんですよ……。でもまあ、こうして捨てられているんですから、素材は回収してしまいましょうか」
「なにはあれ、もったいないしな」
腕利きたちが周囲に注意を払いながら、無事に回収できそうな素材を集めていく。
ルードットもそれに参加しながら、魔物が受けた傷を確かめる。
物凄い切れ味の刃物によってつけられたような斬り傷。石片や炎などで穿たれている、魔法の仕業に見える痕。
誰がやったにせよ、相当な強者によってなされたであろう仕業に、ルードットの背中に冷たい汗が走る。
(こんなことができるのって、『あいつ』と同じやつらじゃないの?)
そんな疑念を抱いた瞬間、ルードットたちの耳に、金属製のものが床を引っ掻いているような音が聞こえてきた。
腕利きたちは素材の回収を止め、素早く武器を手に身構える。
ルードットも、どこから音がやってくるのかを探るため、周囲に耳を傾けていく。
通路を反響する音を聞きながら、腕利きの一人が眉を寄せる。
「これは、こちらに近づいて来てますね。どうします。逃げますか?」
「逃げたいが、逃げる足音でこちらの位置を把握してくるだろう。なら、ここで待ち伏せた方がまだいいだろ」
「逃げる背中から不意打ちを食らったら、耐えられるもんも耐えられんしな」
腕利きたちが最大の警戒を払っていると、やがて通路の先に誰かが現れた。
「子供?」
その声は、腕利きたちの物だったか、それともルードットのものだったか。
誰のものにせよ、その存在の姿を見た全員が、同じことを思っていた。
通路の先に現れたのは、子供にしか見えない背丈をした、二人の女性。
いっそ、少女といって差支えのない姿の、青い布で身を包んでいる彼女たちは、双子だと思えるほどそっくりだった。
唯一の違いは、その頭髪の色が黒と金色に別れていること。
そして手にある武器が、不思議な金属の煌めきを放つ剣と杖で、分かれていることだった。
そんな不思議な姿の少女たちは、ぐるりと顔を巡らして、ルードットたちの方を見る。
無感情なその瞳の色は、紫色。
人間ではありえないその色を持つ人物は、すなわち――
「告死の乙女が、二人だと!?」
驚いた腕利きの一人が声を発すると、告死の乙女である少女たちが駆け寄ってきた。
物凄い速さで近づいてくる二人に、腕利きたちの判断も素早かった。
「全員、武器を捨てろ!」
「ついでに両手を上げろ。敵対する意思がないと分からせろ!」
がしゃり、と腕利きたちが手放した武器が、地面に当たって音を立てる。
その瞬間、十歩分の距離まで近づいてきていた告死の乙女たちが、走る体勢から歩く形へ移行した。
そしてゆっくりと、片方は剣の先を地面に引きずり、もう片方は杖をコツコツと突いて鳴らしながら、ルードットたちの至近距離へとやってくる。
「「…………」」
少女型の告死の乙女たちは、無言のまま、紫色の瞳でルードットたちを眺め回す。
戦う意思を見せてないからか、剣で斬りつけたり、杖で殴りつけてくる様子はない。
細い手足と細い首、二次性徴が始まってすぐのような体つきの、小児性愛者なら自失して襲い掛かりそうな絶世な美少女。
だが、告死の乙女の怖さを知る腕利きたちにとっては、触れたら爆発する迷宮にある罠と同じ存在にしか思えない。
全員が心の中で、早く立ち去ってくれと願う中、告死の乙女たちはルードットの近くで動きを止める。
そして、食べられる獲物か探る野良犬のように、鼻を鳴らして臭いを嗅ぎ始めた。
「な、なになに! なにしてんの!?」
「馬鹿。黙って、大人しくしてろ」
腕利きが声を潜めての注意に、ルードットは混乱したまま口を閉ざす。
しばらく、告死の乙女はルードットを嗅ぎ回り、そしてお互いに顔を向け合って、じっと静止する。
その姿は、声を発しないままに議論をしているように見えた。
やがて、告死の乙女たちは小首を傾げ合うと、ルードットたちに興味がなくなったかのように、走り寄ってきた通路を戻り始める。
そして、迷宮の奥へと続く方向へと、立ち去っていってしまった。
窮地を脱したと判断し、腕利きたちは安堵から息を吐き出しつつ、手放した武器を回収する。
一方で、理由も分からずに体臭を嗅ぎ回られたルードットは、訳が分からないままだった。
「いったい、なんだったの?」
「さてな。なんにせよ、また厄介事に関わっちまったようだ」
「きっとあいつらが、この魔物の死体の山を作ったやつらだな。組合にもどる必要があるな、こりゃ」
「幸いなことに、前の時とは違って、彼女たちはこの場所から迷宮の奥を活動区域としているようです。渡界者が迷宮に入れなくなる事態はないでしょう」
「あいつらに出くわしたら、武器を捨てて降参しろって情報も、周知徹底さえねえとな。この場所に来れる渡界者は、この町では貴重だしな」
腕利きたちは気持ちをすっかりと入れ替え終わったようで、剥ぎ取り途中だった撤収の準備に取り掛かる。
ルードットはいまだ混乱したまま、催促されてその作業を手伝い始める。
そんな中で考えるのは、どうして自分だけ臭いを嗅がれたのかという疑問だった。
(腕利きさんたちと、わたしの違いってなんだろう。あの子たちが、女性の体臭に興味があったってはずはないし……)
考えても分からず、とりあえず疑問は棚上げして、ルードットは撤収を始めた腕利きたちの足手まといにならないように気をつけて、迷宮の出入り口へと帰ることに集中することにしたのだった。




