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43話 嬉し、恥ずかし

 日用品を買ってから家に戻る。

 玄関を開けるとファルマヒデリアが立っていて、髪に花を挿したアティミシレイヤを見て微笑んだ。


「まあ、いい物を買ってもらいましたね」

「そ、そうだな。こっちは、花瓶を作って入れてくれないか?」

「花瓶なら、作らなくても、もともとこの家にありますよ」


 ファルマヒデリアはニコニコと笑いながら、物置から一輪挿しの花瓶を持って戻ってきた。

 その中に魔法で水を入れ、ファルマヒデリアから受け取った一輪の花を挿し入れ、食卓の上に置く。


「こうして自然物を飾るのもいいものですね。惜しむらくは、切り花は長持ちしないことでしょう」


 その言葉に、アティミシレイヤが眉を寄せ、頭にある花に手を振れる。


「この花は、すぐに枯れてしまうのか?」

「ドライフラワーにすれば長持ちしますけど、そうすると今度は色あせたうえに、壊れやすくなりますね」

「むむっ……。今夜、そのドライフラワーとやらにしてくれるか?」

「ふふふ。よほど、テフランからその花を贈られたことが、嬉しかったんですね」


 アティミシレイヤの要望を、ファルマヒデリアは受け入れた。

 そんな二人の会話の横で、テフランは小首を傾げていた。


「ファルリアお母さん。髪が濡れているけど、お風呂にでも入っていたの?」

「あら、分かってしまいましたか。そうです、家の掃除をしていて埃っぽくなっちゃったので、お風呂をいただきました」


 ファルマヒデリアの照れ笑いした顔が、髪がしっとりと濡れていることも合わさって艶っぽく見え、テフランの鼓動が高鳴った。

 同調して赤くなる顔を逸らしながら、家の中を見回す。


「へえ。いつも以上に、たしかに綺麗になっているね」

「そりゃあもう、二人がいない間に、気合を入れて掃除しましたから」


 豊かな胸を見せつけるように、ファルリアは大胸を張る。

 するとシャツの前が張り詰めて、その下にある下着の模様と、乳房の形がくっきりと浮かび上がる。

 あらかじめ視線を逸らしていたお陰で、テフランは直視せずに済んだ。

 それでも、性的な興奮を呼び起こさせる光景が目の端に入り、血圧が上がることは避けられない。

 テフランは赤面を誤魔化すために、持っていた日用品を食卓に置きつつ、なにげなく言葉を放つ。


「この時間から迷宮に行くわけにもいかないから、アティさんとの訓練はできない。なら、ファルリアお母さんに倣って、俺もお風呂に入っちゃおうかな」


 その言葉を聞いて、ファルマヒデリアとアティミシレイヤの顔に喜びが満ちる。

 二人の表情を見て、テフランはちょっと疑問に思った。


(なんか、いつも以上に嬉しがっているような?)


 テフランの風呂の世話を焼くことが、二人にとっては喜ばしいらしく、いつも嬉しそうな顔をする。

 しかし、いまある表情は、嬉しさに加えて安堵という感情が混ざっているようにも見えた。

 テフランが疑問を抱いているのが伝わったのか、ファルマヒデリアがテフランの腕を取って風呂場まで引っ張り始めた。


「さあさあ、テフラン。一緒にお風呂に入りましょうね」

「ちょっと、ファルリアお母さんはお風呂に入ったんでしょ?!」

「お湯に入ると溶けて消えるわけじゃないですから、一日に何度入ったっていいじゃないですか」


 お風呂を沸かす薪代を考えれば、どんな裕福な家庭であっても、一日に何度も入ったりはできない。

 しかし、この家の湯船はファルマヒデリアが魔法で入れることができるため、経済的な問題は解決されている。

 テフランが望めば、一日に何度入ったって問題はないのである。

 もっとも、テフランが風呂に入ろうとすると、ファルマヒデリアないしはアティミシレイヤのどちらかは必ず一緒に入ろうとしてくる。

 そのため、青年的な感情から心身の負担を軽減するために、そう何度も入ろうとは提案しずらい事情もあった。


「もういい加減、一人でお風呂に入らせてよ!」

「ダメです。そんなワガママを言う子は――アティミシレイヤ」

「よし、任された。きっちりと二人かかりで洗ってあげるとしよう」

「なんで、そうなるんだよ!」


 テフランの悲鳴を残して、三人は風呂場へと入っていったのだった。





 ぴちょん、とお湯が跳ねる音が、湯船の中に座っているテフランの耳に入る。

 目の前には、全裸になったアティミシレイヤが、石鹸を手で泡立てている姿があった。


「はーい、テフラン。まずは頭を洗いますからねー」


 嬉しそうに伸ばされる手を、テフランは下がって避けようとする。

 しかし、肌が触れ合うすぐ後ろにはアティミシレイヤが座っていて、テフランの腰に手を回して逃がさないように固定していた。


「もう何度となく一緒に入っているのに、逃げようとしなくてもいいはずだぞ?」

「そ、そんなこと言ったって……」


 目に映り、背中に感じる、絶世の美女二人の肢体。

 性的な興奮を喚起させるにあまりあるその感覚を、女性の免疫が薄いテフランは持て余し、つい逃避という形を取りたくなってしまうのだ。

 逃げよとするテフランと、それを抑えるアティミシレイヤの攻防の最中、ファルマヒデリアの手がテフランの髪に到達する。


「あまり動くと、石鹸が目に入りますから、じっとしていてくださいね」


 嬉しそうに、優しい手指の動きで、アティミシレイヤは髪と頭皮を揉み洗いしていく。

 手の動きに合わせて、その大きな乳房が揺れ、形が変化する。

 柔らさを存分に発揮する姿を、目の前にぶら下げられて、テフランは限度いっぱいまで赤面してしまう。

 目に入れないようにと横を向こうとするも、ファルマヒデリアの手が頭を掴み、強制的に前を向かせる。


「ほら、動かないでください」

「ううぅ、はい……」


 顔を横向かせることは断念しつつ、視線だけを左右や上下に移動させる。

 しかし、左右に向けようとファルマヒデリアの乳房が映ることに変わりなく、上を向ければ見惚れるほど嬉しそうに微笑む顔が見えてしまう。

 かといって視線を下向かせると、なだらかに艶やかな腹部と、揺れる湯面に少しだけ隠れている鼠径部が見えてしまう。

 水面下にある股間と合わせ、揺れる乳房を見る以上の破壊力があった。

 いけないモノを見た気がして、テフランはすぐに視線をやや上に向けて固定する。

 この位置が、ファルマヒデリアの揺れ動く乳房や、嬉しそうな表情を真っすぐ見ずに済むためだ。

 そうしてテフランが身動きを止めていると、ファルマヒデリアがアティミシレイヤに視線で合図を送る。

 アティミシレイヤは頷き、テフランの腰を抱き留めていた手を放した。

 そしてその手で石鹸を泡立てると、湯船の中でテフランの体を洗い始める。


「ひぃあ!? 急に何するんだよ!」


 驚いて逃げようとするテフランを、アティミシレイヤは両足で挟み込んで動けなくさせた。

 筋肉質でありながら、吸い付いてくるような肌質の足が、テフランの脇腹から腹部までを覆う。

 そして後ろ腰には、アティミシレイヤの恥骨の硬い感触が押し当てられていた。


「暴れると洗いにくいからな、そうやって大人しくしていてな」


 耳に吐息を吐きかけるようなアティミシレイヤの言葉に、テフランは背中にゾクゾクとした感覚が走る。

 そしてその感覚は、アティミシレイヤの手指が体を撫で洗い始めたことで、より強くなっていく。

 そうやって絶世の美女二人かかりで、性的に興奮させるような行動を取られて、テフランは許容できる限界ギリギリだった。

 これ以上の感覚刺激を受けると、気絶してしまうと悟る。


(今まで、何度となく二人に気絶させられたんだ。対策は練っている!)


 情けない事実から得た教訓に従い、テフランは努めて神経を落ち着かせるようにする。

 呼吸はゆったりと寝ているときのように。

 そして視界に揺れる乳房や、髪をかき混ぜる手指の感触、背中に押し付けられている肢体の肉感に、意識を極力向けないようにする。

 そうやって心を凪いだ状態に保つことで、テフランはこの状況をどうにか乗り切ろうと試みる。

 効果は一応あり、気絶ギリギリだった状態が、ほんの少しだけ余裕がある状態にまで持ち直す。


(これなら、気絶しないまま、風呂から出ることができそうだ)


 テフランがそう思った次の瞬間、思いがけないことが起きた。


「頭を洗い終わりましたから、お湯で流しますね」


 ファルマヒデリアが手桶で湯船の湯をすくって、テフランの頭にかけようとする。

 そのとき、アティミシレイヤはテフランの腹部を洗おうとして、胴体を挟んでいた足を少し延ばした。

 運悪く、ファルマヒデリアの湯船の底につけていた膝に、アティミシレイヤの足の裏が当たった。

 膝が底面を滑って、ファルマヒデリアの体勢が傾く。


「ひゃわ!?」


 滑ったファルマヒデリアは、利き手で湯船の縁を掴もうとするが、その手には手桶が握られていて叶わない。

 なら反対の手でと行動を変えるが、縁に手が振れる前に、テフランに胸から突っ込むように倒れ込んでしまった。

 ぶつかられた衝撃で、テフランの意識が通常通りに戻る。

 そして、胸の谷間に顔を挟まれているうえに、圧し掛かられるように全身を押し付けられていることを自覚する。

 加えて、前から押されたために、後ろにいるアティミシレイヤの肉体の感触が、より強く背面に感じることになってしまっていた。

 混乱の坩堝に叩き落されたようなテフランとは裏腹に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは苦笑いしている。


「もう、危ないですね。湯船の中では、もっと慎重に行動してください」

「まさか、少し動かした足が当たって、ファルマヒデリアの体勢が崩れるとは思わなかったんだ」

「アティミシレイヤは戦闘型ですよ。あなたのちょっとは、かなりの出力があると自覚しないといけません」

「悪かったと思っている。そんなことよりもだ、アティミシレイヤは突っ込んでしまったテフランのことを心配した方がいいんじゃないか?」

「怪我するほど強く当たっていないから大丈夫なはずです。ね、テフラン?」


 ファルマヒデリアが胸に挟まっているテフランに視線を向けながら問いかけるが、返事はない。

 ファルマヒデリアとアティミシレイヤは小首を傾げ合うと、テフランを肉体で挟むことを止めて、状態を見ることにした。


「きゅぅ~~~……」


 圧倒的な肉体接触の衝撃で、テフランは完全に目を回していた。

 ファルマヒデリアとアティミシレイヤは顔を見合わせると、バツが悪そうな表情を浮かべる。

 そしてテフランを湯船から連れ出し、体を拭いて服を着させ、寝室のベッドに横たわらせたのだった。


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