42話 デート日和
テフランは剣だけ腰に吊った装備の姿で、アティミシレイヤと並び、町中を歩いていく。
その最中、周囲から視線がやってくる。
同時に、ひそひそ話も聞こえてきた。
「なあ、あれって」
「美人の義理の母親が二人いる坊主だよな。今日は珍しく、連れているの一人だけだな」
「もしかしたら、もう一人は別行動しているんじゃ?」
「あそこにいない方にコナを掛けに行く気なら、よしとけよ。知り合いが買い物中に突撃して、撃沈して、しばらく女性不信になったんだ」
「……いったい、どんなことを言われたんだよ」
「さてな。聞いたら「お前には関係ねえ!」って、すごい剣幕でキレられたからなぁ」
「逆に、興味が湧いたぞ、その話」
(ファルマヒデリアがなにをしたのか、俺も気になる)
テフランが漏れ聞こえてきた話に耳をそばだてていると、すぐ近くから注視されている気配を感じた。
目を向けると、アティミシレイヤが何か言いそうな顔で、じっと見てきている。
「どうかした?」
「その。これはデートなんだから、それらしい格好を取ろうかどうかと……」
煮え切らない言葉に、テフランは首を傾げる。
それと同時に、アティミシレイヤの視線がチラチラと、テフランの手に向けられていることに気付いた。
(なにか付いているのか?)
テフランは自分の手を見るが、特に変な部分はない。
不思議に感じて、さらに深く考え、デートという単語からある連想に思い至る。
「もしかして、手、繋ぎたいとか?」
「えぅ?! そ、その通りなんだが……」
アティミシレイヤは言葉で肯定しつつも、恥ずかしそうに視線を逸らす。
その乙女っぽい反応を受けて、テフランも思わず赤い顔になってしまった。
テフランはアティミシレイヤと手を繋ぐということに葛藤し、アティミシレイヤは自分から提案を踏み出すことに躊躇い、少しの間、二人は無言で道路を歩き続ける。
そして、この変な緊張感を打破したのは、テフラン。
意を決した顔つきになり、アティミシレイヤの手を素早く握ったのだ。
そのことに、アティミシレイヤは驚いた顔を向ける。
テフランは、恥ずかしそうに顔を逸らしながら言う。
「べ、別に、手をつなぐぐらい普通だろ。だって、義理でも母子なんだし」
言い訳のような口調だったが、アティミシレイヤの顔は恥ずかしさ交じりの嬉しさで綻んでいく。
「そうだ。手をつなぐぐらい、当たり前だ」
「そうそう、普通だよ、普通」
テフランたちは「当然」と言い合いながら、赤い顔で手を繋いで歩いていく。
傍で見ていた人たちが揶揄する視線を向けるが、手を繋ぐことでいっぱいいっぱいな二人は気が付かない。
そして、またもや無言になる。
言葉を交わさないようになり、テフランは繋いでいるアティミシレイヤの手に意識が向いてしまう。
魔法を使わなくとも、拳の一発で魔物を屠る手なのに、感触は滑らかで、たおやかで、温かだった。
あまりの握り心地の良さに、必要がなくとも、手指で弄びたくなってくるほどだ。
テフランが半ば無意識的に感触を楽しんでいると、アティミシレイヤの頬がさらに赤くなった。
「テフラン。そのだな、あまり触れると、くすぐったいのだけれど」
「あ、ごめん。ついつい、ね」
自分がしでかしていたことを自覚して、テフランもさらに顔を赤くする。
再び無言の空間が現れるも、すぐにテフランが失態を誤魔化すように喋り始めた。
「それでさ、散歩に誘ってくれたのは、どこか行きたい場所があるってこと?」
「うぇ!? いや、そういうわけではなく。ただ、テフランと町を歩きたかっただけで……」
「町を歩くなんて、普段でもよくやっているよ?」
迷宮への行き返り、買い物の道中などで、テフランたちが並んで町を歩いているのは事実だった。
その指摘に、アティミシレイヤは目を泳がせる。
「その、あれだ。二人っきりで、という意味だ」
「そう言われてみれば、二人っきりでの町歩きはなかったかな?」
どうだったかと回想するテフランに、アティミシレイヤは安堵した顔つきになる。
その表情の変化を見て、テフランは悟った。
(きっとアティミシレイヤは、ファルマヒデリアの提案で、こんな行動をとっているんだろうな)
これにどんな意味があるか分からないものの、テフランは問題視はしなかった。
泊まりがけで迷宮に入るようになって、生活費に余裕が持てるようになっていたので、今日一日ぐらい休日にしても良いと判断できたからだ。
休日にすると決めれば、テフランはアティミシレイヤと並んで歩くことを楽しむことに否はなかった。
「それじゃあ、どこに行こうか」
「テフランに任せる」
「そう言われると困るんだけど、でも、食べ物屋は巡らなくていいから、その分だけ判断は楽かな」
テフランは先ほど大量に遅い朝食を食べたばかりなので、これ以上は入る余地がない。
むしろ、味付けの濃い匂いを嗅いだら、吐いてしまいそうなほど満腹なままだ。
そのため、テフランはこの町の地図を脳内に思い描き、食べ物屋や屋台が連なる場所を歩いて向かう候補から外していく。
「そうすると、こっちだね。いこう、アティさん」
「案内をお願いする」
二人は手をつないだまま、町人からの視線を浴びつつ、目的地に向かって進んでいった。
テフランが案内したのは、渡界迷宮の出入り口にほど近い、住宅街の一角。
そこにあるのは、花屋だった。
色とりどりに咲いている花を見て、アティミシレイヤは目を丸くしている。
「花とは、なんとも渡界者に似つかわしくない商品だな」
「実は、そうでもないよ。迷宮の通路ってさ、殺風景だし殺伐とした空間でしょ。だから、花を見て癒されたいっていう渡界者は多いんだよ」
「魔物相手に刃を振るう強者に相応しくない発想に思えるのだけれど?」
「家を借りれるほど強い渡界者ほど、鉢や庭に花を植えていたりするけどね。もっとも、俺の父親みたいに、夜の花や蝶に血道を上げる人たちもいるけどさ」
「花か、色事か。なんとも両極端だな」
テフランたちが世間話に花を咲かせていると、花屋の奥から女性店員が出てきた。
「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件で――って、二人の様子を見たら、聞かなくてもわかるわね」
初老に差し掛かり、皺が増えた頬に笑みを浮かべる店員。
その反応に、テフランとアティミシレイヤは揃って首を傾げる。
すると店員はより一層微笑ましそうな顔つきになった。
「お二人は恋人なのでしょう。だから、花を贈ろうとしているのですよね?」
言葉自体は疑問形だが、口調は断定的で、店員が自分の考えに自信を持っていることが伺えた。
テフランは、違うと身振りする。
「残念だけど、恋人じゃなくて、親子だよ」
「母子、ですか?」
まるで似ていないと、その表情が語っていた。
「義理の母親なんだよ」
テフランの注釈に、店員はようやく納得した顔になった。
「差し出がましいことをいっちゃったわね。それじゃあ、お母さんに花をプレゼントするのかしら?」
「普段よらない場所に散歩で立ち寄っただけで、買うかは決めてないよ」
「あらあら、正直な子ね」
店員が苦笑いするなか、テフランは久しぶりに花を観察することにした。
色鮮やかに咲く花に、良い日差しが照り返っている。
普段は少ない色調の環境で過ごしているため、テフランの目にとって花々の色合いは鮮やかに過ぎた。
(なんだか、目がチカチカする)
目をパチパチと開閉させながら、テフランはアティミシレイヤに視線を移した。
すると、じっと花を見入っている。
それどころか、色鮮やかに咲く花びらを指で優しく撫で、その指に色が移らないことを確かめた。
続けて、とある花の葉っぱの手触りが気に入ったのか、少し長く指で触り続けている。
どこからどうみても、花に興味津々のその姿。
テフランは、アティミシレイヤがここまで花にのめり込むと思っていなかった。
そして店員はにっこりと笑うことで、購入を暗に勧めてきている。
「アティさん。その花、気に入ったの?」
「気に入ったというか、興味深い」
「ふーん……。じゃあ、これ一本ください」
「はい、ありがとうございます」
テフランと店員の声を聞いて、アティミシレイヤが急に慌て始めた。
「そんな、買ってもらうなんて悪い」
「悪くないって。だって、俺がプレゼントしたいだけなんだし」
アティミシレイヤの遠慮を跳ねのけて、テフランは花を購入した。
「花を買ったからには、花瓶が必要になるな」
「それでしたら、一輪挿しから花束用まで、色々なものを扱っておりますよ」
「花屋なのに、陶器も扱っているんだ」
「ええ。食器職人に置いてくれと言われまして」
テフランが一輪挿しの花瓶を購入しようとすると、アティミシレイヤから待ったが入った。
「そこまでしてくれなくていい。花瓶なら、ファルマヒデリアが用意してくれるはずだ」
必死、というよりは、罪悪感が混ざった焦り顔だった。
テフランは理由が分からずに小首を傾げつつも、花瓶は買わないことにする。
だが、花瓶を見るために店内に目を向けていて、ある花を見つけていた。
「おっ、この花、すごくいい」
細長く小さい花弁が沢山ある、周りが黄色で真ん中が黒い色合いの、手のひらぐらいの大きさの花。
それを一輪抜き取ると、店員に手渡す。
すると、テフランがどういう意図で選んだのかが分かるのか、笑顔で鋏を取り出した。
「はい、これぐらいでいいですか?」
「うん、ピッタリだと思う」
茎を短く切られた花を握る手を、テフランはアティミシレイヤの頭に伸ばす。
そして、その銀色の髪にそっと差し入れた。
なにをされたか分からずに驚いているアティミシレイヤに、テフランは笑顔を向ける。
「思った通り、良く似合っている。まるで、アティさんの頭に飾るためにあるような花だ」
「あら、本当に。ここまで似合う方、中々いらっしゃいませんよ」
テフランは本心からだが、店員の言葉はお世辞も含まれている。
それでも、十人が見ればその全員が「似合っている」と評するぐらいに、アティミシレイヤとその髪に飾られた花は良く似合っていた。
しかし、アティミシレイヤ本人は、なぜか恥ずかしそうだ。
「こんな戦いしか能がない存在に生けられるなど、この花も不満だろうし」
髪に刺さっている花を抜こうとする手を、テフランは掴んで止めた。
「いやいや、本当に似合っているから」
「もう止めて欲しい。それ以上は言わないでくれ……」
あまりの恥ずかしさでか、アティミシレイヤは顔を赤くすると、その表情を隠すように手で覆ってしまった。
その仕草がテフランには可愛らしく映り、思わず胸がときめく。
そんな二人の様子を、花屋の店員は微笑ましそうに、そして羨ましそうに見ていたのだった。




