37話 対人造勇者(後編)そして
弓の勇者を倒したテフランは、荒い息を吐きながら鎧の勇者に顔を向ける。
そこでは、アティミシレイヤがやる気のない表情で、鎧の勇者を翻弄していた。
「いまの攻撃は、前にも食らわせたはずだぞ。学習機能はあるようだが、その性能はイマイチか」
「おおおおおおおお……」
「さらには元気もなくなってきた。どうした、テフランの方が根性があるぞ」
アティミシレイヤが無造作に振るう手甲で覆った拳によって、鎧の勇者は大きく体勢を崩される。
そして身構え直せば崩され、攻撃しようとすればまた崩され、魔法を使おうとしてさらに崩された。
そうして何度も攻撃をくらっているからだろう、勇者の盾や鎧には何か所もへこみができている。へこんだ場所に刻まれている魔法紋の幾つかは、形が崩壊したために、発光が失われてもいた。
鎧の勇者の方も体力切れなのか、身構え直すたびにフラフラする度合いが強くなっていく。
(なんだか、このままアティミシレイヤが倒してしまいそうだ)
テフランが呼吸を整えながら見てると、アティミシレイヤが気付いて顔を向けてきた。
「そちらは片付いたようだね、テフラン。なら、交代しよう」
アティミシレイヤはいままでの手打ちではなく、腰の入った拳を繰り出す。
鎧の勇者は盾で受けるが、打撃によって大きく後ろに下がらされる。加えて、その一撃で盾か腕かに不具合がでたようで、盾を取り落としてしまっていた。
一方で、アティミシレイヤは役目は終わったとばかりにテフランの横を通り過ぎ、ファルマヒデリアの横で肩をぐるぐると回す。
「魔物のように生命を捨ててでも殺しに来るわけでもなく、告死の乙女のような学習速度もない。まさに、つまらない相手だ」
「その気持ちはわかりますが、相手の体力を削り過ぎですよ。あんな様子では、テフランが求めた戦いにはなりませんよ」
「あれ以上の手加減を、どうやってやったらいいか分からないんだが」
勝手な感想を交換し合う二人を尻目に、テフランは深呼吸して剣を構えた。
鎧の勇者は、やはり片手を怪我したのか、盾を拾わずに片手で剣を向けてくる。
(ファルマヒデリアは鎧の勇者がボロボロみたいなことを言っていたけど、俺も体力はともかく集中力が厳しいんだよな……)
剣と鎧の魔法紋を意識して作動させつつ、戦いにも集中しなければいけない状況は、テフランの意志力を削ぎに削いでいる。
(というわけで、短期決着を狙うぞ)
テフランはそう腹をくくると、鎧の勇者へ向かって飛び出した。
「はああああああああああああああ!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
ボロボロな鎧の勇者も早期決着が望みのようで、腰を落として剣を高々と振り上げる。
一見、防御を捨てたように映るが、ここで鎧にある魔法紋が一層の輝きを放った。
どうやら、テフランの剣を防ぐ役目は、鎧の防御力に任せる気のようだ。
慎重に戦うのなら、ここで一度退いて仕切り直すのも手だろう。
だが、テフランは構わずに鎧の勇者の攻撃可能圏内へ足を踏み入れる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
鎧の勇者が吠え、片手で剣を勢いよく振り下ろした。
テフランはさらに一歩踏み込みながら、剣を横に掲げ、剣の腹で斬撃を受ける態勢に入る。
だが、鎧の勇者の振るう腕の速さは凄まじく、いくら動く甲冑から得た剣といえど、折れてしまうだろうと想像できた。
もちろんそれは、テフランもわかっていて、極度に集中しながら、タイミングを計る。
そして鎧の勇者の剣の刃が自身の剣に触れた瞬間、剣が斜めになるように腕の位置を変えた。
テフランの頭から肩を斜めに守るような格好になった剣身の上を、鎧の勇者の剣が滑っていく。
渾身の力を込めていた影響で、滑る勢いは止めることができない。
テフランは手に金属同士がこすれ合う感触を得ながら、さらにもう一歩踏み込んで、鎧の勇者に肉薄する。
そしてテフランは、鎧の勇者の剣が地面に打ち当たる音を聞きながら、剣の根本部分の刃を相手の首筋に押し当てた。
「おりゃあああああああああああああ!」
気合と共に剣にある魔法紋をさらに輝かせて、テフランは剣を横へと振るった。
鎧の勇者は対抗し、首筋にある魔法紋を強く機能させて、魔法で肉体を硬くして皮膚の上を滑り始めた刃を防ごうとする。
数舜拮抗し、そしてテフランの剣が鎧の勇者の防御力を突破した。
深々と切り裂かれた首から、真っ赤な血が断続的に吹き上がる。
「おおお、おおお、おお、お……」
鎧の勇者は剣の重さに引っ張られるように斜め前に傾くと、そのまま倒れ、地面に血だまりを広げていく。
テフランは顔についた返り血を腕で拭いつつ、大きく後ろに下がって距離を空ける。
(魔物化しているんだ。疲れていても、今際の道連れ攻撃は警戒しないとな)
テフランは油断なく構えながら待ち、しばらくしても鎧の勇者が倒れたままなのを確認する。
その後、ようやく安心して、構えを解いた。
「あー、気を抜いたら、どっと疲れが出てきた」
テフランは愚痴を言いながら、戦闘終了後の身体検査を目視でする。
疲労はあるが、怪我は一つもない。
快勝と言っていい結果に、テフランはとりあえずの満足感を得る。
するとそこに、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが近寄ってきた。
「お疲れさまです、テフラン。あーあー、こんなに血で体を汚してしまって。帰ったらお風呂に入らないといけませんよ」
「なんだ、テフラン。あの程度相手に、疲労困憊とは。これからは、もう少し厳しく鍛えてやらないといけないか?」
二人とも小言を放ってはくるが、どちらの表情も柔らかい。
勝利を喜んでくれているとわかり、テフランは誇らしさと羞恥がないまぜになった感情を抱き、頬を赤くする。
すると、ファルマヒデリアは愛おしさが溢れ出そうな表情に、アティミシレイヤは子供の成長を喜ぶ母親のように破顔した。
「あーもう、テフランは可愛すぎます。この子が主で、本当によかったです」
「よしよし、もっと強く育ててやるからな」
「抱き着いてこないで、頭を撫でないでってば!」
テフランは二人に揉みくちゃにされてしまう。
相変わらず恥ずかしさはあるものの、幼少期には感じることが少なかった愛情に、思わず頬が緩みそうになる。
そう自覚して、テフランは慌てて表情を引き締め直す。
でも、この表情の変化を見取られていたようで、ファルマヒデリアとアティミシレイヤの可愛がりが強まる結果になってしまった。
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三人が仲睦まじい様相を披露している横で、ルードットは地面に倒れ伏せている三人の人造勇者たちを見回す。
魔物化してしまったため、仕方のないことだったとは分かっているが、それでも寂しさが募る。
(三人とも世話に手がかかったけど、素直な人たちだったのに。あーあー、これでまた一人になッちゃった……)
これからの身の振り方をルードットが考えようとしたとき、弱々しうめき声が上がった。
「ううぅ~、体が痛い。なにがあった――」
疑問の声を放ちながら起き上がったのは、アティミシレイヤに気絶させられていたサクセシタだった。
彼は起き上がり、周囲の惨状を見て声を上げる。
「なんとおおおおおお! 人造勇者たちが、僕が手塩にかけて作り上げた作品が壊されてしまっているではありませんかああ!」
その声は確かに悲鳴だった。
しかし声色には、多く歓喜の感情が含まれるものだった。
「この三つの遺体と武装を解析すれば、さらに強い勇者を作るヒントが得られますよおお!」
魔物化した勇者に謝罪一つないどころか、自分の楽しみのために死体を辱めようとする言葉に、ルードットは怒った。
「あの三人について、他に言うべきことがあるでしょう!」
「はて、なにを怒っているのですかあ? それに言うべきことお?」
サクセシタはすごく不思議そうに首を傾げ、数秒制止し、思いついたと手を叩く。
「そうでした。改善するべき方向を定めるためにも、まずは彼らを倒した人から戦ってみた印象を聞かないといけませんよお!」
サクセシタは足取り軽くテフランたちに近づくと、人造勇者の評価を語るようにと迫る。
ファルマヒデリアとアティミシレイヤは「自分たちは援護しただけ」と拒否し、テフランを矢面に立たせた。
「ちょ、二人とも酷い!」
「それでそれで、戦ってみた感想はどうですかあ?」
「え、えっと、なんかすごい武装と魔法を持っていたみたいだったけど、一対一の状況で使い慣れてない印象があったかな」
「ほーほー、なるほどなるほど。生存性を上げて経験を蓄積することを優先し、三人一組での経験を積ませてきましたが、それが逆に弱点となったわけですねえ。やはり、武装と魔法紋で強化しようと、使いこなせる頭がないとどうにもできないわけですねえ」
早口でまくし立てるサクセシタに、テフランはタジタジだ。
その様子を見ていたルードットは、怒りから荒々しい歩調で近づくと、サクセシタの胸倉をつかむ。
「わたしが言っているのは、そういうことじゃない。あの三人の姿を見て、他に言うべきことがあるってこと!」
「や、やめてくださいよお。僕は彫師で、戦闘はからっきしなんですからあ」
サクセシタは半笑いで降参と両手を上げる。
ルードットは、意見が通じたと思い、手を放した。
苦しげに胸元を直してから、サクセシタは一番近くに倒れていた、癒しの勇者に近寄る。そして自身の腰から短剣を取り出す。
ルードットは、その短剣を遺品として髪の毛の一部を切り取るために使うと思っていた。
だが、違った。
「よっと」
軽い口調で、サクセシタは癒しの勇者の衣服を縦に裂いた。
そして裂いた部分から左右に布を開くと、その下に来ていた鎖帷子をまくり上げて脱がそうとする。
ルードットはあ然として、そしてさらなる怒りが身を包んだ。
「なにをしてるの!」
目を吊り上げて歩き寄ろうとして、テフランに肩を掴まれて止めさせられた。
「放してよ、テフラン! あいつを一発なぐらないと、気が済まないの!」
「気持ちはわかるけど、近づくな。放って置けって」
「そんなこと、できるわけないでしょ!」
「くひひひっ。どうやらテフランくんは、僕の行動に理解があるようだねえ」
サクセシタは口の端を引き上げるようにして笑うと、癒しの勇者の鎖帷子を脱がせ、その下にあった襦袢と下着も短剣で切り裂く。
その作業中、魔法紋についての高説を垂れ流していた。
「魔物化は、全身に魔法紋を入れた上で、魔法を使わないと起きないのは分かったんだ。なら次は、どの魔法紋、もしくはどんな魔法紋の作用が魔物化のきっかけになるかを掴む。その点を克服できれば、魔物化しない完璧な勇者を作れる。これはそのための調査なんだよお」
サクセシタの持論をきかされて、ルードットは怒りにかられ、テフランの手を外そうとする。
「テフランは、アイツの行動は仕方がないとでもいう気!」
「そうじゃない」
テフランは煩げに顔をしかめると、手の剣を握り直し、厳しい目つきでサクセシタを見る。
いや、正しくは、サクセシタが辱めようとしている、癒しの勇者をだ。
ルードットが意味が分からずに混乱していると、テフランから小声がきた。
「回復魔法を使える相手には、あれじゃ致命傷じゃなかったらしい。やっぱり、止めを刺せばよかった――ルードットにしてみれば、刺さなくてよかったと言うべきか」
「意味が分からないんだけど」
「見てればわかる。あの『二人』を」
テフランが顎をしゃくって指し示すので、ルードットも改めてサクセシタの方向をみやる。
サクセシタ自身はテフランが切り裂いた傷口を見分していてわかっていないようだが、癒しの勇者の腕がゆっくりと持ち上がっていく。
そしてその腕は、確実にサクセシタの首を狙って近づいていっている。
数秒後、サクセシタも目の端に異常を捉えたのだろう、不思議そうに動いている腕を見た。
「そんなはずはありません。呼吸も脈も止まって――」
「あああああああああああああああ!」
肺にあった空気を吐きつくすようにして吠え、癒しの勇者は最後の力でサクセシタの首を片手で締め上げる。
サクセシタは反射的にその手を掴むが、顔は苦しさではなく恍惚で満ちていた。
「す、すばら、しい。死に際で、この力。癒しの、魔法紋、には、こんな、可能性が、あるの、ですねえ」
「ああああああああああ」
「さらに、力があがる、とは――おごごごごごご」
呼吸と頭への血流がとまり、サクセシタが痙攣を始める。
それでも、癒しの勇者は手で締め上げ続けた。
やがて、骨が折れる音が通路に響き、サクセシタの全身の力が失われる。
それと同時に、力強く握り締めていた癒しの勇者の手が外れ、力なく地面の上に落ちた。
一連の光景が信じられず、ルードットはテフランに顔を向ける。
「な、なにが起きたの?」
「強い魔物の中には、死んでも攻撃してくる奴がいる。聞いたことあるだろ、『今際の道連れ攻撃』って言葉ぐらい」
「うん、それはあるけど。わたしが近づくのを止めたってことは、テフランは癒しちゃんがそれをしてくるってわかってたの?」
「サクセシタが服を切り裂いたとき、魔法紋がまだ光っているのが見えたんだ。衣服の影で、ごく微かに光っているのが」
「じゃあ、癒しちゃん、まだ生きているの!?」
「いや、サクセシタを道連れに死んだはずだ」
「な、なら、癒しちゃんが生きていたなら、他の二人だって」
「どうだろう。致命傷を負わせたはずだけど」
そうテフランは濁した回答をする。
それでもルードットは、一縷の望みにかけて、鎧の勇者と弓の勇者の容体を確かめに走る。
どうしてテフランが、彼女の行動を掴んで止めないのかを理解しないままに。




