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36話 対人造勇者(中編)

 テフランは、対峙する弓の勇者の鏃が向いている先に剣を置くことで、飛んでくる軌道を遮りながら近づく。

 弓の勇者は遠距離戦を保ってくるかと思いきや、立ち止まったまま番えていた弓矢を解いた。


(降参――という雰囲気じゃなさそうだ)


 弓の勇者の顔つきは戦意に溢れていた。


(人間に敵意を向けてくるあたり、告死の乙女よりも、魔物っぽさが強いな。なるほど、だから『もどき』って言ったのか)


 テフランが弓の勇者の動きに注視している横で、人造勇者たちをそう評したファルリアたちは、それぞれに行動している。

 アティミシレイヤは、鎧の勇者と戦闘中だ。


「ふむふむ。その武具と体に施された魔法紋はとても有用そうだが、戦闘技術はテフランよりも劣っているな。成長段階といったところか」

「おおおおおおおおおおおおお!」


 猛牛のように突っ込んでくる、鎧の勇者。

 アティミシレイヤは軽くステップを踏みながら、手甲で覆った両手で一発ずつ、相手の鎧を殴りつける。

 それだけで、突進を押し留めるどころか、鎧の勇者を後退させてみせた。

 アティミシレイヤは口の端を上げる好戦的な笑みをすると、手招きをする。


「手加減して魔法は使ってないんだから、もっと楽しませてくれないか」

「おおおおおおおおおおおおおお!」


 挑発に、鎧の勇者の全身がより煌々と輝き始める。

 すると、彼の肉体が一回り大きくなり、鎧が内側から押し上げられる軋み音が現れた。

 それを見たアティミシレイヤは口の笑みを消すと、残念がる表情になる。


「肉体を変化させる類いの魔法のようではあるが、見掛け倒しにもほどがある。これ相手なら、テフランと訓練している方が、まだ面白い」


 アティミシレイヤは構えを解くと、無造作に近づき、大振りの拳で殴りつける。

 鎧の勇者は、丸太のように太くなった腕で持つ盾で受けた。

 見た目だけなら小動もしないように予想されたが、反して、風にあおられた羽根のように盾が吹き飛びそうになる。

 鎧の勇者は大急ぎで防御を固め直すが、アティミシレイヤが無造作に振るう拳で、体勢が大きく崩れてしまう。


「テフランがあちらを片付けるまで、そうやって無様な踊りを披露しているといい」


 アティミシレイヤは落胆を隠さない口調と共に、鎧の勇者をいたぶるような攻撃を続けていく。




 一方で、ファルマヒデリアはというと。

 テフランに弓の勇者との戦闘を明け渡した後、サクセシタが倒れている横に立ち、テフランの戦いぶりを観戦していた。


「テフランー。あなたの実力でしたら、そのぐらいの相手は楽勝ですからー、頑張ってくださいねー」


 息子の遊戯を応援する母親のような言葉に、テフランは戦いの最中なのに苦笑いしてしまう。


(お陰で、緊張しすぎなくていいけどね)


 テフランは前向きアティミシレイヤの応援を受け止めて、弓の勇者に視線を固定した。

 彼女は左手に弓を、右手に矢を持っている。

 ただし、右手が握っているのは矢羽ではなく、矢の真ん中あたりだった。


(まるで、矢を細い棒として使おうとしているような、変な構えだ)


 テフランは警戒するが、いつまでも睨み合ってばかりもいられない。


(弓の勇者が接近戦を挑む気になっている間に、こちらが距離を詰めて致命傷を負わせないと。遠距離戦に終始されたら、厄介なことになる)


 考えている最中にも、テフランはじりじりと近づき続ける。

 そして、あと四歩移動すれば、剣を当てられる位置まで移動した。

 ここでテフランは素早く足を動かして四歩、そして確実に剣を当てるため、もう一歩前に出る。

 

「たああああああああああ!」


 気合と共に一撃を繰り出す。

 それと同じくして、弓の勇者からも吠える声が飛び出た。


「うううううううううううううう!」


 全身と弓にある魔法紋を輝やかせ、弓の勇者は迫る剣を弓の腹で迎撃した。

 剣の側面を叩かれる形で軌道を逸らされ、攻撃は失敗してしまう。

 テフランは諦めずに斬り返しを狙うが、弓の勇者の矢を持つ右手が突き伸びてきた。

 魔法紋が輝く鏃に狙われているのは、顔の中央部――目だ。


「くっ――」


 頭を横に倒して、テフランは間一髪避けきった。

 しかし、避けたにも関わらず、その頬に液体が流れる感触が走る。

 テフランは傷を受けたと思い、お互いに近接攻撃が届かない範囲かつ、弓矢の距離には近い場所に退避した。


(頬が濡れる感触があるのに、弓の勇者が持つ矢に血の痕は見られない)


 テフランが不思議に思って指先で頬を拭うと、水のように無色透明だが、とろみのある液体が頬についていた。


(こんなもの、どこからきたんだ?)


 テフランが疑問に思っていると、この液体が触れた頬と指先に異変を感じた。


(ピリピリとした痛み――もしかして、毒!?)


 テフランは驚いて、指についた液体を振るい落とした。

 そしてもう一度、弓の勇者が持つ矢の鏃に目を向ける。

 迷宮の通路にある灯りの光に、その鏃は妙にテカっていた。

 それこそ、とろみのある液体が塗られているかのように。


(毒が塗られていたのか。いや待て、弓の勇者が構えたとき、鏃はあんな光り方をしていなかったぞ)


 テフランは自分が見落としたのかと考えたが、弓の勇者が持つ矢の鏃からポタポタと毒の滴が垂れているのを見て、思い違いだと悟る。


(あれは塗ったなんて程度じゃない。鏃自体が毒を生み出しているんだ)


 その原因は、鏃に施された魔法紋だと、テフランは思い至る。


(魔法で毒矢化できるのなら、火矢にもできると考えたほうが自然だな)


 弓の勇者の手札をもう一つ解き明かし、テフランは作戦を素早く考えた。

 そして実行に移す。


「うおおおおあああああああ!」


 剣を振り上げて突進するテフランを、弓の勇者が迎え撃つ。


「うううううううううううううう!」


 唸り声を上げ、先ほどと同じように弓で剣を弾き、毒矢で突こうとする。

 その思惑通りに、剣と弓が激突。

 しかし、先ほどとは違う手ごたえ。明らかに、衝突した衝撃が弱い。

 テフランが衝突する瞬間、剣の振りを止めたからだ。

 振るう力が強ければ、その分だけ弾かれた際に大きく逸れてしまう。

 それならば、弱く振るえば、弾かれる距離も少なくて済む。

 テフランのそんな狙いの通りに、剣は弓にくっつくような位置で留まっていた。


「たあああああああああああああ!」


 テフランは止めていた手を動かし直し、弓の勇者の右手にある矢に振るった。

 刃と鏃が激突し、矢の軸が折れ飛ぶ。

 毒の心配がなくなったところで、テフランは弓の勇者に攻撃しようとする。

 しかし相手も、タダでやられるほど柔ではなかった。


「ううううううううううううう!」


 唸りながら左手の弓で顔面を殴り、折れた矢で喉を突いてこようとする。

 普通なら逃げる一手のような場面だが、アティミシレイヤと訓練していたテフランは、違う選択をした。


(攻撃を受けると決めたら、あえて一歩前に出る!)


 その方が攻撃が少しだけ痛くないことを、実体験で理解していたからだ。

 テフランが一歩前に踏み込んだことで、振るわれた弓は肩口に、突いてきた折れた矢は胸部の鎧に当たった。

 怪我なしという幸運を得たテフランは、前に踏み出た勢いを利用する体当たりをしながら、引き戻していた剣の先を弓の勇者の右の肩に突き立てる。

 魔法によって切れ味を増した刃が、鎧、襦袢、皮膚、筋肉、骨の順に斬り入る。


「ううううううううううううう!」


 弓の勇者は前蹴りテフランを押し剥がすが、深々と肩を切り裂かれた腕は上がらなくなっていた。

 それでも後ろに下がりながら、動かせる右腕の肘から先で矢筒から矢を抜き、矢に弓を番えるようにして構えようとする。

 しかしその慣れていない動きは緩慢で、駆け寄ってくるテフランの追撃には間に合わない。


「はあああああああああああああああ!」


 走る勢いを乗せた剣を、テフランは弓の勇者の腹部に突き入れ、背中まで貫通させた。

 明らかに致命傷だが、テフランは油断せずに、素早く剣を引き抜いて後ろに跳び退く。

 退避が済んだ直後、弓の勇者が弓を手放した左手に持ち替えた矢で、テフランが居なくなった空間を横なぎにした。

 その矢の鏃は、燃えながら何らかの蒸気を発生させている。


(恐らく、毒の煙だ。自爆覚悟で相手を打ち取るための秘策だったのかもな)


 テフランは毒の煙を吸わないよう口を手で覆いながら少し離れはしたものの、穴の開いた腹から血を流す弓の勇者が倒れるまで、油断なく身構え続けた。

活動報告にて、お知らせを乗せますので、ご一読くださいますようよろしくお願いいたします。

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