35話 対人造勇者(前編)
テフランが近づくと、魔物化した人造勇者三人が身構えた。
その直後、弓の勇者にファルマヒデリアが、鎧の勇者にはアティミシレイヤが襲い掛かる。
「少し距離を離してもらいます」
「しっかり受けろ」
ファルマヒデリアの風の魔法、そしてアティミシレイヤの手甲をつけた拳の一撃で、二人の勇者は大きく後ろに弾かれた。
しかしすぐに鎧の勇者が前に、弓の勇者が後ろになるように、跳んだ先で位置取りを変える。
戦闘で得た経験は、魔物化しても生きているようだ。
癒しの勇者も、離されてしまった二人を追おうとするが、そこにテフランが斬りかかる。
「行かせるか!」
剣による強襲に、癒しの勇者は素早く反応して避ける。
しかし、常日頃からアティミシレイヤと訓練しているテフランの技量が勝り、剣先が癒しの勇者の腕に掠った。
衣服を切り裂き、その下にまで刃が到達するが、テフランの顔が曇る。
「その鎖帷子、手首まであるのか」
見通しが外れた口惜しさを言葉に出しながら、返す剣で再び狙う。
迫る刃を、癒しの勇者は杖で防いでみせた。
テフランの使う剣は動く甲冑から得たもので、渡界者全体から見ても上等な武器である。
それにもかかわらず、勇者の杖は薄く傷がついただけだった。
(大物貴族のお抱えだけあって、良い武器を持たされているのか)
テフランは剣を構えなおし、戦意をより高めていく。
癒しの勇者も剣を持つように杖を構え、そして歌声を上げた。
「ああああああああああああああああ!」
告死の乙女のものとは似ても似つかない、悲鳴のような旋律の歌。
だが、癒しの勇者の全身に魔法紋が浮かびあがる。
それどころか、衣服や鎖帷子に仕込まれた魔法紋も輝き始めた。
「あああああああああああああ!」
再度の歌声で、癒しの勇者の杖の傷や、破れた衣服が治っていく。
(ここからが本領発揮ってことか)
テフランも剣と鎧の魔法紋を起動させるべく、意識を集中しようとする。
その前に、後方に立つサクセシタから苦情が飛んできた。
「そいつらは僕の作品だぞお! 殺すこと自体は構わないが、以後の研究のためにも、あまり損壊させないでほしいなあ!」
自分勝手な言葉に、テフランが苦笑いしていると、別の声がまたやってきた。
「テフラン。どうにか三人を元に戻せないの!?」
ルードットの大声に、サクセシタが噛みついた。
「魔物化した者を元に戻せるわけがないだろう。もっとも、僕の見通しではもう少し先になるはずだったんだけどねえ。いやはや、実験できていないことがまだまだあったっていうのに、残念なことだよ。これでまた検体を入手しないといけないんだからねえ」
「あんたは、人間をオモチャだとでも思っているわけ!?」
「魔法紋の解明には、犠牲はつきものだよお。魔物しかり、人間しかりだよお」
戦いをよそに盛り上がっていく議論だが、ファルマヒデリアが放った光弾がサクセシタの眉間に当たったことでお開きとなった。
「邪魔者は黙っていてくださいね」
ファルマヒデリアは気絶したサクセシタに言い放ちながら、弓の勇者からの矢を水の球で撃ち落とす。
その後で、にこやかな顔をテフランに向けた。
「私たちの魔法紋を盗まれる懸念は排除しましたから、剣と鎧の機能を存分に使ってください」
「いまのテフランでは、魔法紋を使わないと勝てない相手だと留意しておくように」
アティミシレイヤからも助言を受け、テフランは剣と鎧にある魔法紋を起動させた。
「いくぞ!」
テフランが振るった剣を、癒しの勇者は杖で受け止める。
杖に硬化の類の魔法もかかっているのか、通路に響いた打ち合った音は先ほどより甲高い。
だが、テフランが魔法紋によって切れ味を増している剣をぐっと押し込むと、硬いはずの杖に刃が食い込んでいく。
「あああああああああああああああ!」
癒しの勇者が叫び声を上げ、杖の魔法紋が一層強く輝く。
剣が斬り入る速さが一気に遅くなるが、止めることはできなかった。
「うりゃああああああ!」
テフランが力任せに剣を振り切ると、癒しの勇者の杖は真っ二つに切られてしまった。
魔法紋の輝きが消えた杖の断面を、癒しの勇者はくっつけ、魔法を発動する。
「あああああああああああああ!」
杖全体を魔法の輝きが包み込み、断面がくっついた。
再び杖にある魔法紋が輝き出し、そして発動に失敗したかのように輝きが失われる。
癒しの勇者は起動を再度試すも、杖の魔法紋は瞬くだけで、切られる前のようにずっと光続けたりはできないようだった。
「どうやら、くっつけ方を間違えて、魔法紋をダメにしたな!」
テフランは突進しながら剣を振るい、杖を再び両断した。
癒しの勇者は杖の残骸を投げつけ、後ろに跳んで逃げようとする。
テフランは追いかけ、鎧で残骸を防ぎながら、剣で撫で上げるように斬りつけた。
癒しの勇者の体、その右下から左上にかけての衣服と鎖帷子が切り裂かれ、それらにあった魔法紋が消える。そして斬られた部分から血が出てきた。
その傷を見て、テフランは致命傷ではないと判断した。
「浅かったのなら!」
テフランは追撃で、柄尻を握った片手一本による突きを放つ。
その直前、癒しの勇者は後ろに跳んでいた。
伸びてくる刃と、逃げる体。
軍配が上がったのは、片手握りで剣の突き伸びる範囲を無理やり延ばした、テフランの方だった。
剣の先が癒しの勇者の体の中心に刺さり、肉体を切り裂いて内臓に達する。
しかし、癒しの勇者が後ろに跳んで逃げているため、それより深く刃は入らなかった。
癒しの勇者の体からテフランの剣が抜け、傷口から真っ赤な血が噴き出す。
「あああああああああああああああ!」
着地すると同時に、癒しの勇者はお腹に手を当てて傷を魔法で癒そうと試みる。
だが歌声を響かせる前に、テフランは次の攻撃に既に入っていた。
「うりゃああああああああ!」
横なぎに首を狙う一撃。
癒しの勇者は上体を逸らして避けるが一歩遅く、剣先が頸動脈と気道を切り裂いた。
噴き出る血と漏れ出る呼吸。
その両方を、癒しの勇者は押さえつけようと両手を喉に当てる。
だが、急激に失われた血によって脳が酸欠に陥り、その状態のまま地面に倒れ込んだ。
倒した癒しの勇者を見下ろし、テフランは止めを刺すべく剣先を向けた。
しかし戦いの趨勢が決まったこの状態になると、魔物化したとはいえ、人間相手に剣を振り下ろすのはためらってしまう。
テフランは、気絶した癒しの勇者から急速に広がっていく血の池を見て、止めは要らないと判断した。
「よし、次は」
「テフラン。そちらが片付いたのでしたら、こちらの弓の子を相手にしてみてはどうですか?」
余裕の笑顔で、ファルマヒデリアは弓の勇者がついてきた短剣を避ける。
その瞬間、ファルマヒデリアの青いスカートの中にあった脚が翻り、相手の腹を蹴りつけた。
太鼓を叩いたような音と共に、弓の勇者の体がテフラン近くに吹っ飛んでくる。
有無を言わせない相手を変更する方法に、テフランは面食らいながら剣を構えた。
弓の勇者も、狙いをファルマヒデリアからテフランに移したようで、空中を飛びながら短剣を口で咥え、両手で弓矢を番えている。
テフランは剣の範囲に入るより先に、弓の勇者の攻撃準備が整うと予見した。
そのため、相手の攻撃を誘ってから避けることに集中する。
「せー、のっ!」
弓の勇者の手が矢から離れた瞬間を見計らい、テフランは横に大きく跳んだ。
そうして事前に避けていたにもかかわらず、弓から放たれた矢は瞬く間に到達し、すぐ脇を通過していった。
(危っな! なんだよ、あの矢の速さ!?)
テフランが再度観察すると、弓の勇者が持つ弓どころか、矢筒に入っている矢にも魔法紋があることが分かった。
(弓と矢にある魔法紋を同時に使うことで、片方だけでは生み出せない速さを作っているってわけか)
使い捨て前提の矢にまで魔法紋を刻むなど、渡界者にはできない贅沢さだった。
少し離れた場所に跳んで離れた弓の勇者を見ながら、テフランは手に滲んだ汗を拭うように、自分の鎧にある魔法紋を撫でる。
(あの矢を、この鎧で受けられるか?)
テフランは冷静に厳しいと判断し、そして取るべき戦法を考えた。
可能な限り身を低く保ちながらの、全力疾走だ。
「ううあああああああああああ!」
やってくるであろう矢に対する恐怖を、テフランは叫んで誤魔化しながら近づいていく。
弓の勇者は矢筒から三本の矢を引き抜くと、横に倒した弓に一度に番えた。
「ううううううううううううううううう!」
唸り声のような歌声と共に、彼女の全身と弓矢にある魔法紋が輝いた。
そして、矢が放たれる。
矢の一本は直進、残り二本は左右に回り込む曲射だった。
テフランは直感的に走るのを止め、斜め右前方に身を投げ、そして地面を転がる。
直進してきた矢が肩の付近、曲射の二本が脚を掠るが、無傷で切り抜けることに成功。
避け切ったと判断し、テフランは膝立ちで起き上がる。
すると、まるでここまでの動作を予想していたかのように、弓の勇者は短剣を手に跳びかかってきていた。
「このおおおおおお!」
テフランは剣で追い返そうとするが、体勢不十分な状態では受け止めるだけで精一杯だった。
鍔迫り合いが始まり、テフランの剣が、弓の勇者の短剣をじょじょに削っていく。
そのとき、弓の勇者が唸り声を上げた。
「ううううううううううううう!」
その体と短剣の魔法紋が輝きが強まり、テフランがじりじりと押しこまれ始める。
(武器はこっちの性能が上のようだけど、魔法紋で強化されているだけ、身体能力は向こうが上か)
短剣の切っ先が毎秒事に顔に近づいてくるのを視認し、テフランは素早く作戦を立て、そして実行に移した。
「このおおおおおおおお!」
テフランは全身に力を込めて押し返す。
すると、弓の勇者も渾身の力で押し込んできた。
「いまだ!」
気合と共に、テフランは剣を手放し、頭を下に下げた。
頭の後ろを短剣の切っ先が通過したのを、切り飛ばされた髪に感じた瞬間、テフランは両足で勢いよく立ち上がる。
すると振り上がったテフランの頭頂部が、弓の勇者の顎に直撃した。
予想外の一撃に、弓の勇者は短剣を手から落とし、後ろに大きく一歩後退する。
テフランは苦悶の顔で立ち上がると、こちらも大きく後ろに一歩下がった。
そのとき、予定外にも弓の勇者が落としてくれた短剣が、下げた足の踵に振れる。
「うぐぐぐっ、覚悟してたけど、やっぱり頭が痛てえ、ッな!」
テフランは短剣を爪先で蹴り上げて、弓の勇者へと放った。
そんな曲芸じみた真似を練習したことはないため、短剣が刃先を前にして真っすぐに飛ぶはずもなく、乱回転しながらゆっくりと空中を進んでいく。
弓の勇者は体に斜め懸けしていた弓を手に取ると、持ち手の部分で短剣を打ち払った。
地面に短剣が落ちるのと、弓の勇者が弓矢を番える動作、そしてテフランが地面から手放した剣を拾い上げたのは同時だった。
(これで最初に仕切り直し――いや、弓の勇者は短剣を失ったんだ。これで接近戦は出来なくなったはず)
テフランは一つ優位を奪ったと判断し、こちらを狙う弓の勇者に対峙し直した。




