34話 魔物化
様子が変化した人造勇者二人を見て、テフランは警告を発した。
「ルードット、その二人から離れろ!」
「えっ、なに?!」
ルードットは戸惑うが、半年間仲間だったことが手伝い、素直に魔物化した勇者たちから距離を取った。
数秒遅れで、サクセシタも鎧の人造勇者の後ろへと退避する。
だが、彼の移動を追って、魔物化勇者たちの視線が移動した。
その瞳の中に憎悪があり、告死の乙女というよりも、魔物らしい目つきだった。
テフランは空恐ろしさを感じていたが、サクセシタは違うようだ。
「ほほう、これが魔物化。机上の空論ばかり振りかざす輩の戯言と思っていましたがあ、これはこれは貴重な標本になりそうですねえ」
サクセシタは余裕の態度だが、テフランはそこに疑問を抱く。
(あの人が頼りにできるのは、ルードットと鎧の勇者だけだぞ。そして鎧の勇者だって、他の二人が魔物化したんだから、魔法はおいそれと使わせられないはずだろ)
テフランは思考しながらも、ルードットに身振りする。
仲間時代に取り交わした、こっちに来いという合図だ。
ルードットは疑問顔ながら、テフランの横へと歩き寄ってきた。
「ねえ、弓ちゃんと癒しちゃん、どうなっちゃったの?」
テフランは小声で、魔法紋と魔物化の仕組みを説明した。
ルードットは信じられないと頭を振る。
「それじゃあ、二人が魔物になっちゃったってこと? 別に恐ろしい姿になったわけじゃないのに?」
「アティさんだって、見た目は恐ろしい姿じゃないだろ」
テフランの切り替えしに、ルードットは言葉を詰まらせた。
「わたしにとっては、怖い人だしー」
「こんな場面で変に拗ねるな。色々と決断しなきゃいけないところだぞ」
「決断って、なにを?」
「ここから逃げるか、あの二人を殺すかだ」
「えっ!?」
「なに驚いているんだよ。このまま放置したら、従魔化する前のアティさんみたいに、人を襲いかねないんだぞ。そして厄介なことに、多種多様な魔法を使うんだろ、あの二人は」
「弓ちゃんは弓矢に関するものと援護系の魔法を使うけど、癒しちゃんは回復魔法しか使えないよ」
「だから、その癒しちゃんだけでも助けたいっていうのか?」
ルードットが頷いたので、テフランは視線は魔物化勇者に固定したまま、ファルマヒデリアとアティミシレイヤに声をかける。
「助けることって、できる?」
「うーん、どうなんでしょうか。あれはもう、人間ではありませんから」
「やつらも魔物になったのなら。従魔化できるのならば、殺さずにおいてもいいのではないか?」
「普通の魔物を従魔化する方法、知っているんですか?」
「それは……知らないが、魔獣使いというものがいるんだ。やってやれないことはないのでは?」
二人が暢気にあれこれ意見を交換しているが、テフランは一足飛びに結論を出す。
「つまり、確実に助ける方法はないってことだ。諦めるしかないだろ」
「本当にどうにかならないの。あの子たち、人格がないままこき使われて、可哀想だったんだよ」
「不幸だったぶん、幸せになって欲しいって気持ちはわかるけどさ」
そういう段階ではないということが、ルードットにはわからないようだった。
だが、こうしてテフランたちが会話している間にも、状況は動いていく。
弓持ち勇者が、サクセシタに向かって弓矢を構えたのだ。
そしてその前に、杖持ちの勇者が護衛のように立って身構えている。
二人の仕草に、サクセシタは嬉しそうに唇を歪めた。
「ひひひひっ。直接戦闘の主力が魔物化しなかったのは行幸でしたねえ。さあ、弓の子を殺してきなさい。そして癒しの子は押さえつけて捕まえるのですう。死体と生け捕りの二通りで、人が魔物化した際の標本ができますからねえ!」
サクセシタの声に従い、鎧の勇者が前に進み出る。
それを視認した弓の勇者が、唸り声を上げた。
「うううううううううううううう!」
その声と共に、弓全体と腕に魔法紋を輝く。
そして弓の勇者は躊躇うことなく、矢を鎧の勇者に放った。
鎧の勇者は盾にある魔法紋を輝かせて防ぎ、当たって逸れた矢が通路の壁に深々と突き刺さる。
弓の勇者は再び弓矢を番え、鎧の勇者は防御を固めながら近づいていく。
「うううううううううううう!」
唸りながら放たれた矢が、再び盾に防がれる。そして鎧の勇者が一歩近づく。
そんな攻防を、テフランは傍で見ていてハラハラしてしまう。
(魔法を鎧の勇者も使っているけど、大丈夫なのか? 体に彫った魔法紋じゃなくて、盾にある魔法紋だから魔物化しないのか?)
勇者三人とも魔物化なんて事態になるのは避けさせようと、テフランは行動しようとする。
しかしサクセシタから怒声が飛んできた。
「手を出さないでくださいよお! あれらは僕の獲物なんですからねえ!」
魔物の素材の優先権は、そのものを倒した者に与えられることが、渡界者の取り決めである。
それを考えれば、サクセシタの発言は道理に合ったものではあった。
しかしテフランは、その言い方が少し面白くない。
(もともと横取りする気はないけどさ。なにより、既にあの二人を『魔物』だと認識できているのが異常だよな)
人造勇者たちと関りが薄いテフランでさえ、魔物化した二人を殺そうと決めることに抵抗感がある。
それなのに、サクセシタはいわば生みの親ともいえる存在にも関わらず、あっさりと斬り捨ててしまうような判断ができている。
そのことが、テフランには驚きであり、気味悪さを感じるところでもあった。
(なんにせよ、あの人が失敗したときのことを考えて、腹をくくっておかないとな)
倒すにせよ逃げるにせよ、魔物化した人間に殺されることだけは避けると、テフランは決めた。
勇者たちの戦いは続いていて、とうとう鎧の勇者の手が魔物化勇者たちに届くまでに、両者の距離は縮まっている。
「あああああああああああああ!」
癒しの勇者が手に持った杖を振り上げ、鎧の勇者に打ちかかる。
同時に、弓の勇者から矢が放たれた。
鎧の勇者は、鎧で杖の打撃を受け止め、矢を盾で防いでいなす。
そしてサクセシタの命令通り、先に弓の勇者を殺そうと、手の剣を振り上げた。
癒しの勇者が素早く移動し、魔法紋を輝かせた杖で、剣の一撃を防いでみせる。
しかし完全には防御しきれず、刃が体に当たってしまう。
服は着られてしまうも、その下の鎖帷子は無事。
それでも、剣の一撃による衝撃で打撲を負ったらしく、癒しの勇者の体勢が泳ぐ。
「ああああああああああああああ!」
癒しの勇者は叫び声を上げて、全身に刻まれた魔法紋を全て起動させた。
全身が輝いてみて、まるで戦闘中の告死の乙女のような姿になっている。
そうして起動した魔法紋の力で、打撲の怪我を瞬時に治してみせた。
それだけでなく、鎧の勇者が振るってくる剣で受ける怪我を、魔法の力で瞬く間に治していく。
その手慣れた魔法行使に、ファルマヒデリアは感心していた。
「回復魔法特化の個体ですか。告死の乙女にはない型ですね」
「我々に必要なのは、敵を打倒する力だ。防ぎ守るだけの存在など、価値がないだろうに」
「そうでもありませんよ。主を守るためには、ああいう存在も必要でしょう?」
「魔法で癒さなければいけないほどの怪我を、主に負わせている時点で失格だろ。そも、人間に従魔化される前提で生まれる告死の乙女など、あっていい存在ではない」
「特殊型の中にそういう存在が出てきてもいいのではありませんか?」
「……いや、絶対にありえないな。防御特化のほうが、まだ生まれる可能性があるだろう」
二人の不穏な会話に、テフランは割って入る。
「なんの話をしているんだよ」
「あの子たちが従魔にできたとしても、テフランには相応しくはないですね。という話です」
「なんだ、テフラン。我々が他所の男に注目したからと、嫉妬したのか。可愛いな、もう」
目の前で戦闘が行われているというのに、告死の乙女二人は余裕綽々なまでにいつも通り、テフランを腕に抱きしめる。
「違うから! 二人して抱き着いてこないで――うわぷっ!?」
テフランは抵抗虚しく、二人の双丘に挟まれ、二人分のいい匂いと体温、そして柔らかさに包まれてしまう。
その様子を、隣にいたルードットが白い目で見て、視線を勇者たちの戦いに向けなおす。
戦いはお互いに決めてに欠けているため、膠着状態になっていた。
そこのことに不満をつのらせたサクセシタが、大声でさらなる命令を発した。
「癒しの勇者を盾で弾き飛ばしなさあい! そして弓の勇者を剣で斬り殺すんですよお!」
鎧の勇者は、その命令通りに動いた。
杖で撃ちかかってきた弓の勇者を盾で殴って吹き飛ばし、護衛がいなくなった弓の勇者に剣を振り上げて迫る。
しかし、その瞬間を待っていたかのように、弓の勇者は口を開けた。
口内には、彫り入れられた魔法紋が輝く舌がある。
「しまったあ! 今まで使ってなかったから、あれを彫ったことを忘れていたあ!」
サクセシタの間抜けな叫び声と同時に、弓の勇者の口から黒っぽい霧のような毒霧が噴出した。
顔にかかった鎧の勇者は、瞬間的に痺れてしまい、手から剣と盾が地面に落ちる。
一方で、毒霧を放った弓の勇者の方も、毒が回って動けない様子だった。
そこに、盾で殴られて腫れた顔を魔法で治した、癒しの勇者が戻ってくる。
そして毒で痺れる二人を魔法で治療した。
弓の勇者はともかく、鎧の勇者をどうして治すのかと、テフランは疑問に思いかけて納得する。
(弓の勇者が魔物化したのは、回復魔法を受けたことが切っ掛けだった。ということは、鎧の勇者もあれで魔物化してしまうんだろう)
テフランの予想通り、痺れが取れて剣と盾を拾った鎧の勇者の眼も、紫色が点在する異質なモノへ変化していた。
(チッ。これで告死の乙女もどきが三人か)
テフランは相手の戦力を考えて、ついファルマヒデリアとアティミシレイヤに視線を向けてしまう。
そして直後に恥じた。
(都合のいいときだけ、二人に頼ろうなんて。恥知らずにもほどがある。他人の力をすぐあてにするやつが、地下世界に到達できるはずがないだろ!)
テフランは自分に喝を入れ、ファルマヒデリアとアティミシレイヤに質問した。
「あの三人。俺が倒せるかな?」
「それは少し無謀ですね。一人一人なら、可能性はなくはありませんけれど」
「テフランは、あいつらと戦ってみたいのか?」
「実を言うと戦いたくはないけどさ。弱い告死の乙女と言える魔物化勇者たちを倒せないようじゃ、地下世界には行けないだろ?」
「はぁ~。テフランは、その夢を追いかけることに夢中で困ります」
「だが、成長しようと心掛ける男性を見ると、少し胸がときめかないか?」
「ときめいてしまうからこそ、強く反対ができないんです。難儀な感情ですよね」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤは苦笑いし合うと、魔物化勇者たちに目を向けた。
「テフランの気持ちはわかりました。一対一で戦えるように、お膳立てしてあげます」
「我々にとってみたら、肩慣らしにもならない相手だ。足止めぐらい、魔法紋を使わずに済ませるか」
「戦闘型のあなたはそれでいいかもしれませんが、万能型の私は魔法を使わないと戦闘ができないんですけど」
「すまんすまん。なんにせよ、テフランは心置きなく戦うといい。まずは、倒しやすそうな回復特化の個体を狙うといいぞ」
「わかった。それじゃあ、よろしくね」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤが勇者たちに歩み寄る。
その横に、テフランも剣を抜きながら歩き並んだのだった。




