33話 人造勇者の現状
十何度目の泊りがけの迷宮行にて、テフランたちは再びサクセシタたちと出くわした。
「おやおやあ。示し合わせずに迷宮で遭遇したなんて、これは奇遇ですねえ」
サクセシタの遠回しな言葉を受けて、テフランは顔を少し歪めた。
「こんにちは。それじゃあ、これで」
「まあまあ。こうやって出会ったのは何かの縁です。次の分かれ道がくるまで、同行しませんかあ?」
「なんでまたそんな提案を」
「実を言うと、僕の話を誰でもいいから聞いて欲しいからなんですよね」
「はぁ……」
テフランは面倒くさいと感じたものの、こういった話したがりの手合いは、話を聞いてもらえるまでしつこいということを知っていた。
横目でファルマヒデリアとアティミシレイヤにどうするか問いかけると、テフランの好きにしていいという微笑みが帰ってくる。
(二人が嫌なら、それを口実に逃げることもできたけど……)
テフランは少し悩み、サクセシタの仲間――人造勇者たちとルードットを見やる。
そこで、少しの違和感を抱いた。
勇者たちの雰囲気と、ルードットがサクセシタに向ける態度が変わっているように思えたのだ。
テフランは勇者たちが魔物化する危険性があると知っているため、サクセシタやルードットから話を聞く必要があると判断する。
「分かった。つぎの分かれ道まで」
「おー! 君ならそう言ってくれると思ったよおー」
サクセシタは調子のよい発言の後で、勇者たちを先行させながら、聞いて欲しいという話を喋り始めた。
「この迷宮は実にいい。道が長いため色々な魔物が現れるために、あの子たちの戦闘技能の蓄積がどんどんと進んでいるんだよお」
そんな前置きを皮切りに、サクセシタは朗々と語る。
迷宮に来る前は決められた行動をなぞるだけだったのが、自己の判断で連携を取れるようになったこと。
彼が彫った魔法紋の使い方も、段々と小慣れてきていること。
魔物の討伐に至っては、適切な力で行えるようになり、継戦能力が上がっていること。
「個々人の力量の上がりっぷりは、荷物持ちくんが『この子たちに人格が芽生えたのでは?』なんて、頓珍漢な感想がでてくるほどだよお」
「ルードットがそんなことを?」
テフランが視線を向けると、ムッとした顔が返ってきた。
「いまでもわたしは、ちゃんとした人格ができたと思ってるから」
「そんなことは絶対にありえないと説明したのですけど、こう言って聞かないんですよお。そうだあ。ぱっと見た、君の意見はどうでしょう?」
サクセシタに問われて、テフランは三人の勇者たちを見る。
弓持ちの若い女性は、目の周りにある魔法紋を輝かせて周囲を見ている。どうやら魔法で罠を看破しているようだ。
その後ろに続くのは、杖持ちの女性。警戒する様子のない態度で歩いている。まるで弓持ちの技量を信じているかのような歩き方だ。
最後は鎧を着た男性。絶えず周囲に視線を送り、魔物が出てこないかを警戒している。
傍目からだと、それぞれに人格があるようにも見えるし、逆に役割分担がしっかりしすぎているため作り物っぽくも見えた。
テフランはその観察を元に、意見する。
「人格があるともないとも言えないけど、あるとしたら幼児ぐらい、なかったとしたらよく出来るなって感じかな」
「あやふやの答えですねえ」
「仕方ないだろ。俺は勇者のことなんか、これっぽっちも知らないんだから」
そう断りを入れてから、テフランは言葉を付け加える。
「でも、長く勇者と接してきたルードットが『ある』って言っているから。少しはそっちに判定を傾けるかな」
「おやあ。荷物持ち君の言葉を信じると?」
「俺とルードットは元仲間だからと、なにに対しても可能性を感じなきゃ渡界者はできないからだ」
「おや、可能性を『信じる』ではなく『感じる』ですかあ?」
「父親の言葉だよ。人が「それはない」と判断することでも、渡界者は「あるかも」と心の隅に置いておく。それが成功のカギになるってね」
「なるほどお。判断を確定しないことで、物事に対する柔軟性を確保するわけですかあ。理論や理屈ばかりに頼れない戦闘屋らしい格言ですねえ」
サクセシタはしきりに頷いた後に、大きく首を横に倒した。
「しかしねえ。あの子たちに人格がないことは、僕にとっては当然のことなんだけどねえ」
「聞いた話だと。ないことを証明するのは、とても大変だってことだけど?」
「それは確かに。ないと証明するには山のような証拠が必要ですが、あるを証明するには一つの実例でこと足りますからねえ」
一本取られたとサクセシタは頭を搔いた後に、ポツリと呟く。
「あの子たちの魔法紋が変化しているように見えるのも、周辺組織の崩壊と断定するより、成長している『かも』と考えて調べたほうが研究者らしいですねえ」
聞き捨てならない言葉に、テフランは眉を寄せる。
「魔法紋が変わっているって、本当のこと?」
「正確に言うなら、体に彫った魔法紋のみです。装備品にあるものには、顕著な変化はないんですよお」
「魔法を使いすぎて魔法紋の形が崩れたら、魔法は使えなくなるはずじゃ?」
「使えているので、肉体の崩壊の痕――つまり痣であると判断していたのですよお。迷宮の外で運用していたときは、そんな事実はなかったので、不思議には思っていたんですけどねえ。なるほど、成長する魔法紋ですかあ。調べ甲斐がありそうなテーマですねえ」
サクセシタがうきうきと歩き始めると、急に勇者たちが立ち止まった。
「おやあ、どうしたん――ああ、分かれ道ですねえ。お約束通りに、ここでお別れするとしましょうか。話を聞いてくれて、ありがとうー」
サクセシタが別れようとする前に、テフランはいまの状況に首を傾げる。
「どうして勇者たちは、分かれ道の前で止まったんだろう?」
「それは、僕と君とで約束したからではないですかねえ」
「でも『分かれ道の前で止まれ』とは、命令してなかったけど」
「……そういえば、そうですねえ。これはまた不思議です。柔軟に思考したということでしょうか?」
「もしくは、そう判断ができる人格が芽生えているのか」
「ははー、なるほどお。可能性を感じなければいけませんねえ」
そんな言葉を交わしてから別れようとして、急にルードットが焦った声を上げた。
テフランとサクセシタが顔を向けると、弓持ちの勇者が目の周りにある魔法紋が輝いている部分を押さえている。
「ちょっと弓ちゃん、どうしたの?」
ルードットは近づくと、心配して弓持ちの顔を覗き込む。
サクセシタは不思議そうに首を捻りながら、命令を発する。
「魔法紋の使用を一時停止しなさい」
目の周辺部にある魔法紋の輝きが失われると、弓持ちも顔から手を放して、直立の状態に戻った。
サクセシタは顎に手を当てながら、彼女の顔をまじまじと観察していく。
「ん~~、この程度の使用時間で痛みが出るはずがないんですけどねえ。そもそも、痛みを気にする感情はないはずなんですけどねえ」
興味深そうに見つめるサクセシタに、ルードットが怒りで少し眉を上げている。
「どこか悪いのなら、迷宮の中じゃなくて、家の中で診た方がいいんじゃない」
「そうですね。念のために癒しの子に魔法を使わせてから、問題を調べるために一度迷宮から出るとしますかあ」
サクセシタの指示を受けて、杖持ちの勇者が弓持ちの眼を両手で覆う。
そして全身の魔法紋を光らせて、治療を開始した。
(これで帰るっていうのなら、いまのうちに別れておこうか)
テフランがサクセシタに声をかけようとすると、ファルマヒデリアが後ろから抱き着くように口を押えてきた。
その際、沼地に沈み込むような感触と共に、テフランの頭はファルマヒデリアの乳房の谷間へとゆっくりと埋まっていく。
驚いてテフランが振り向いて上を見ると、ファルマヒデリアの期待感が籠った目があった。
「このまま少し見ていましょうか。「あれら」は魔物化する一歩手前のようですから、あの魔法が切っ掛けで、治す方と治される方が共に魔物に至るかもしれませんから」
ファルマヒデリアが小声で語ったことに、テフランは再び驚いてしまった。
「もごもごごが(本当なの)?」
「真実です。なにより私たちのまがい物が魔物化で本物になれるのか、まがい物のままなのか、ちょっと興味があるんです」
つまりそれは、勇者たちが告死の乙女に変わる可能性があるという言葉でもある。
驚愕でテフランは目を見開くと、杖持ちと弓持ちの勇者を見た。
ちょうど治療の魔法が終わったようで、杖持ちの魔法紋から輝きが消えた。
「ふむ、魔法紋や周辺部位に問題はないねえ」
「ありがとう、癒しちゃん。大丈夫、弓ちゃん?」
そう言葉をかける、サクセシタとルードット。
その四人の姿を見て、ファルマヒデリアはため息を吐き出した。
「はぁ~、ダメでしたか」
テフランはこの言葉を聞いて、てっきり魔物化しなかったのだと思った。
しかしそうではなかった。
「やっぱり、まがい物はまがい物にしかなれませんでしたか」
すごく残念そうなその声を聞いて、テフランは信じたくない思いで杖持ちと弓持ちの勇者――その瞳の色を見る。
サクセシタとルードットは気が付いていない。
勇者二人の眼が、紫色がまだらに点在する変なものに変わっていることに。




