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32話 一方その頃


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 ルードットは今日も今日とて荷物持ちとして、サクセシタたちに同行していた。


「素晴らしい! 素晴らしいですよお!」


 サクセシタが大仰に喜ぶ姿にも、ルードットは慣れてしまった。

 

(相変わらず、勇者のこととなるとうるさいなあ)


 心の中で愚痴りながらも、倒された魔物から素材を剥ぎ取っていく。

 その最中に、ふとした違和感を抱いた。


(あれ? 勇者たちって、前はこんなに綺麗な状態で倒せていたっけ?)


 ルードットは剥ぎ取り作業を行いつつ、小首を傾げる。

 勇者たちは当初、魔物を滅茶苦茶に損壊させて倒していた。

 そのことをテフランに愚痴った覚えが、ルードットにはある。

 しかし、いま目の前にある倒された魔物の姿は、渡界者を基準に考えればまだまだ荒いものの、だいぶ綺麗な形を残していた。

 換金に一番重要な魔物の魔法紋がある部分などは、損傷が皆無と言っていいほどだった。

 ルードットにしてみたら、換金材料が増えるので嬉しくはあるのだけれど、どことなく不安感がよぎる。


(戦い方を変えたとか? でも、サクセシタが指示した覚えはないよね。じゃあ、勇者たちが自分で考えて行動しているとか? いや、感情や人間みたいに考えるのは無理だって、サクセシタから言われてたし……)


 色々と考えてみるものの、これという答えに思い至らない。


(ま、わたしは頭が悪いし、単なる荷物持ち兼勇者の世話係だし。気にするべきじゃないよね)


 考えを切り替えて、ルードットは魔物の素材の剥ぎ取りを完了した。

 以後も、いままで通りに、迷宮内を探索していく。

 だが、一度抱いてしまった違和感が作用して、ルードットは勇者たちの行動の一つ一つが気になってしまうようになった。


(やっぱり、戦い方が少し変わっているよね。鎧くんは、盾を防御だけじゃなくて攻撃にも使うようになってる。癒しちゃんも、戦闘後に鎧くんと弓ちゃんの体力の回復だけしていたのに、いまは投石で別の魔物の注意を逸らしているね。弓ちゃんだって、前は奥の魔物だけを狙っていたけど、いまは盾くんが戦う魔物にも矢を撃つようになってる)


 気になってしまうのは、なにも戦闘に限ってだけではない。

 それぞれの所作に、ルードットは注目してしまう。


「やっぱり君たちは、僕の最高傑作だよ! さあさあ、魔法紋に不具合がないか、ちゃんと見せてごらん!」

(表情に出てはいないけど、癒しちゃんは嫌がっているような気がする。でも、人造勇者に感情は全くないはずだよね?)


 食事の席でも、気になる点がでてくる。

 以前は食べこぼしが多かった勇者たちだが、現在はルードットが手拭いを使う機会もめっきりと減っていた。


(わたしの料理が美味しいから、ちゃんと食べてくれるようになった。って、そんなわけないよね)


 違和感や疑問点が重なりに重なり、とうとうルードットはサクセシタに質問してしまう。


「なんか、勇者たちの様子が変じゃないかです?」

「ぷふっ。相変わらず、君の敬語へヘンテコだねえ。いいよ、普通に喋ってくれても。ええと、それであの子たちの様子が変とは、どのあたりがかねえ?」


 ルードットが感じた違和感を伝えると、サクセシタは面白い話を聞いたと唇を笑みの形にする。


「なるほどお。君の見立てたことは、僕にはわからなかったねえ。いやいや、やはり持つべきものは、自分とは違う視点の人物だねえ」

「それで、どうなんだよ」

「どうと言われてもね。あの子たちの仕様通りさ」


 『仕様』という聞きなれないことばに、ルードットは頭の上に疑問符を浮かべた。

 すると、サクセシタは楽しそうに講義を始める。


「ではこの子たち、人造勇者――正式名称は告死の乙女の模倣体なんだけど――について教えていこうか」

「告死の乙女?」


 その単語でルードットが思い浮かべるのは、テフランの隣に立つ小麦色肌の大女アティミシレイヤの姿。

 つい嫌な記憶が想起されて、苦い顔になってしまう。

 この表情をサクセシタは変な風に捉えたようだった。


「駆け出しの君のような者では見たことがないだろうけど、迷宮に現れる最も強い人型生命体だよ」

「魔物って言わないんだ」

「様々な方面の研究者の間で、告死の乙女の区分について激論が続いているのさあ。安息地に入れる魔物は居ないのだから、そこに佇める告死の乙女は魔物じゃあり得ないって論調もあってねえ。『人型生命体』と呼ぶことにしているんだよお」

「魔物じゃないかもしれないってこと?」

「そういうこと。もっとも、彫師の僕にしてみれば、魔物かそうじゃないかはどうでもいいことだ。注目するべきは、全身に魔法紋があってものすごく強いということ。つまり人間だろうと動物だろうと、全身に魔法紋を施せば、理論上は告死の乙女と同じものが作れるはずなのさ!」


 サクセシタの論調を聞いて、ルードットは勇者たちを見てから、アティミシレイヤを思い出す。


(悪いけど、テフランの従魔になる前と後の両方で考えても、似ても似つかないよね)


 そう感じてしまうほど、ルードットにとって襲い来たときのアティミシレイヤは恐ろしい存在だった。

 暴風や雷などの自然災害と同じで、避ける工夫はできても、出会ってしまえば死を覚悟しなければいけない相手。

 それと比べると、人造勇者たちはあまり怖くない。せいぜい、迷宮で出くわす強い魔物程度だ。

 どちらも命の危険はあれど、逃げ切れると思えるか思えないかは、重要な違いだとルードットは感じていた。


「本当に、全身に魔法紋をいれるだけで、告死の乙女になれるっていうの?」

「実のところ、少し難しいんだよねえ」


 サクセシタは思い悩む顔つきで、一つ一つ理由を上げていく。


「人間や動物に入れられる魔法紋には、限界があったんだよお。動物なら五割、人間なら八割強の魔法紋を体表に入れると、幻聴や幻覚が起きて自我が崩壊しちゃうのさ」

「えっ、そんなこと知らない」


 ルードットが恐れから、自分の目尻にある小さな魔法紋に振れる。

 その姿を見て、サクセシタは笑う。


「人間なら八割強って言ったよねえ。例えば、首から下の全身に魔法紋を入れなきゃ、影響はないってことさ」

「そ、そうなんだ」


 ホッとするルードットだが、サクセシタの抗議は続く。


「幻覚や幻聴が聞こえる原因はわかっていなくてねえ。刺青する顔料が悪いって仮説が、いまは一般的だねえ」

「じゃあ、勇者たちの意識がないのも」

「それは違うよ。この子たちは、魔法紋を入れる前に、頭の中を真っ白にしちゃっているからねえ」

「な、なんでそんな、恐ろしいことを」

「いや、いま言ったよねえ。八割入れたら自我が壊れちゃうんだよお。なら内臓にも魔法紋を彫ることを目指した検体の場合、自意識が崩壊するのは当然の通過点なんだよねえ。なら、あらかじめ魔法で意識を消しちゃっても問題はないよねえ?」


 後で引くか、先に引くかの違いと語る口調は、まるで人の意識を数字を見ているようだった。

 ルードットは理屈は分かっても、感情では理解できない。


「それは、そうかもしれないけどさ……」

「なーに、君の心配は要らないよ。だって、僕はこの子たちにちゃんと説明して、同意してもらってから、意識を消したからねえ」

「本当に?」

「真実だよお。親のため、仲間のため、自分の罪を濯ぐため、この子たちは自分の体と意識を売り払ったんだからねえ」


 ルードットは耳にしたことがあった。

 借金の返済や犯した罪のために、魔法紋の検体にならざるをえなくなった人たちがいるという噂を。


「勇者たちの境遇はわかったよ。それで、目標は達成できたの?」

「ダメダメさ。超強力な魔法紋を選んで全身に彫っても、せいぜいが手強い魔物と同程度だよお。いくら実験しても、僕以外の人がやっても同じ結果だったんだよねえ」

「それなら、どうして勇者たちをこの迷宮に連れてきたの?」

「考え方を変えたのさ。告死の乙女は作れなくても、手強い魔物ぐらいの力はある劣化体は作れるわけだよ。なら、戦争の道具としては有益だよねえ。軍に売り込むためには、動作証明が必要だよねえ。例えば、どの程度の魔物なら倒せて、その程度なら死んでしまうとかをねえ」


 ルードットは理由を聞いて、反吐が出そうな気持になった。


(この男。勇者たちどころか、人をを道具にしか思ってない!)


 そう反感は覚えても、ルードットは怒って離脱することはできなかった。

 なにせここは迷宮の一画。ルードット一人では勝てない魔物がうろついている場所だからだ。

 そのため、ルードットは感情をぐっとこらえて、聞きたかったことを再度指摘することにした。


「人造勇者の成り立ちはわかったからさ、それで後から意識が生まれるってことはあるの?」

「この子たちに意識が戻る、もしくは生じるかだってえ。それこそあり得ないよお」

「でも実際、戦い方や食べ方に変化があるし」

「それはね、学習しただけのこと。こうやったら上手くいった、こうしたら下手をこいた。その積み重ねが、行動にでているだけさ」

「人間の赤ちゃんだって、そうやってハッキリとした意識ができあがるでしょ?」

「あはははっ。それは違うよ。赤ん坊はね、生まれた時から意識の下地があるのさ。そこに経験が降り積もって、人格が出来上がるわけだよ。だけど、この子たちは違う。人格が生まれ出る下地自体を、魔法で取り払っちゃっているんだからねえ」

「絶対に人格はできない?」

「そういうこと。もっとも君が、昆虫にも人格があると主張するのなら、話は別だけどねえ」


 要するにサクセシタの考えでは、人造勇者に意識が芽生えることは絶対にありえない。

 そう言われても、ルードットはどこか釈然としなかった。


(本当にそうなのかな。わたしもサクセシタも、なにか見落としているんじゃないかな……)


 漠然とした不安感があるものの、サクセシタにそのことを伝えるのは癪に感じ、ルードットは口を噤んでしまう。

 その姿が、サクセシタに誤解を抱かせた。


「ようやくわかってくれたようで安心したよお。さーって、たっぷり喋って眠くなったから、テントに入らせてもらうよお。おやすみなさーい」


 さっさと寝に入ったサクセシタを無視して、ルードットは勇者たちと交代で見張りに立つ。

 そのときルードットは、彼らに意識があるという前提で接するよう心掛けながら。

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