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31話 お披露目会

 テフランから渡されたお金を手に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは連れ立って外へと出て行った。

「お買い物に行ってきますが、テフランは家から出てはダメですよ」

「一人で迷宮なんて行こうものなら、厳しいお仕置きをしてやるからな」

 という言葉を残していったため、テフランは大人しく家で過ごすことにした。

 庭で素振りをしたり、近所の奥さんに薪割りを頼まれたり、お駄賃替わりに軽食を貰ったりしているうちに、日も傾いてきた。

「どこまで行って、なにを買っているのやら」

 テフランは独り言を呟きつつ、運動で火照った井戸水で冷やし濡らした手ぬぐいで体を拭いていく。

 さっぱりしたところで、一人待つのも飽きたテフランは、寝室で横になる。

 そうして午後の日差しに微睡んでいると、玄関の扉が開く音がした。

 寝ぼけ眼を開けて寝室から出ると、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが一抱えほどの包みを持って立っている。


「お帰り、二人とも。意外と遅かったね」

「待たせてごめんなさいね、テフラン。あれこれと探していたら、ちょっと遠方まで足を延ばしてしまっていたんです」

「近場で済まそうと言ったのだが、ファルマヒデリアが聞かなかったのだ」

「そんなこと言っちゃって。後半の方になると、アティミシレイヤが率先してお店を巡っていたでしょ」

「うぐっ。存外に、買い物が楽しくて、ついな」

「なんにせよ、二人が楽しんでくれたようで何よりだよ」


 テフランは欠伸をして、夕飯時まで一眠りしようと寝室へ向かおうとする。

 その肩を、ファルマヒデリアとアティミシレイヤに掴まれた。


「テフラン。私たちが買ってきたものを見ない気ですか?」

「眠そうなところ申し訳ないと思うが、もう少々我々に付き合ってはくれないかい?」

「……わかったよ。買ってきたものを見ればいいんでしょ」


 テフランは二人に近づくと、買ってきたという包みの中身を見ようとする。

 しかし包みを開けようとすると、避けられてしまった。


「ちょっと。見せてくれるんじゃないの?」

「心配しなくても、ちゃんと見せますよ。ただし、着替えた状態でです」


 茶目っ気たっぷりに片目を瞑るファルマヒデリアに、テフランは眉を寄せる。


「もしかして、俺に着替えた姿を見せるために、遠くまで服を探してきたの?」

「もちろんです。テフランが喜んでくれることこそが、私の喜びですから」

「今回は、我々がお互いに似合いそうな服を探してみたんだ。それを見たテフランの評価を、楽しみにしているんだ」


 真っすぐな好意を伝えられて、テフランはついつい照れてしまう。


「ふ、ふーん。じゃあ、どんな服を買ってきたか見せて――」


 言葉の途中で、テフランは嫌な予感がした。


「念のために聞くけど、下着同然の服とかに着替えたりしないよね?」

「安心してください。いまから着替えるのは、ちゃんとした服ですよ」

「布地の面積は、今の我々が着ているものよりも多いと保証しよう」


 その言葉に安堵して、テフランは二人が着替えてくるのを待つことにした。



 少しして、先に戻ってきたのはアティミシレイヤだった。


「どうだろうか。個人的にはあまりに合っていないと思うのだが」


 少し目を俯かせながら質問するアティミシレイヤの服装は、有り体に言ってしまえば洗練されたデザインではなかった。

 暗色系で上下一体のシンプルな形かつ厚手なドレスなのだが、素人仕事と分かる針運びが多々ある。

 しかも古着だったのか、少し丈が短い上にほつれが目立つため、より田舎風に見えてしまう。

 言い方は悪いが、エプロンを前に着けると、食堂の配膳係の制服と見間違えそうな陳腐な服だ。

 そんな一見するとダメな服装でも、アティミシレイヤには不思議とに合っている。

 アティミシレイヤの威圧的なまでに野性的な美貌を、使い込まれた地味な服が柔らかい印象に変えてくれているのだ。

 表現するなら、野生の獣の研ぎ澄まされた美しさが、牧羊犬ののどかな闊達さに変わったような感じである。

 この姿のアティミシレイヤなら、飛び切りの美人という部分に目を瞑れば、農村部にいる男勝りな女性っぽく見えなくもない。

 テフランは、服装一つで印象がガラッと変わることに不思議な気持ちを抱き、ついつい黙って見つめてしまう。

 感想も言われないままに見られ続けて、アティミシレイヤは不安そうに身をよじる。


「テフラン。似合わないのならば、素直にそう言って欲しいのだが……」

「あっ、いや、良く似合っているよ。日ごろとは違った印象だったから、驚いて言葉がでなかっただけだよ」

「本当にそうなのか? 胸のところは紐を少し緩めているのにきついから、合っているように感じられないのだが」


 アティミシレイヤは自分の胸の谷間に指を入れると、ドレスの前合わせにある紐を弄り、どうにか広げようとする。

 すると、服に押しつぶされていた乳圧の作用で、乳房が襟元から上に逃れようと移動を始めた。

 危うく頂点部まで見えそうになったところで、アティミシレイヤが自分の手で上から押さえつける。


「せっかく押し込めていたのだが、うっかりするとこれだ。やはり、体型に合わない服は着るものじゃないな」


 再び乳房を服の中に押し込むアティミシレイヤの姿に、テフランは見ないように顔を背ける。

 しかし、ビックリ箱のように飛び出ようとしていた小麦色の乳房の光景が、脳裏に焼き付いて離れはくれない。

 思い出すと赤面度合いが増してしまうので、テフランは違うことに意識を割くべく、アティミシレイヤに話題を振る。


「その服って、ファルリアお母さんが選んだって言ってたよね。サイズが合っていないのはそのせいなの?」

「いや。同じような服で、この胸が入りそうなものはあったんだ。だが、見栄えがよくないと、ファルマヒデリアがこの服を選んだのだ。サイズが小さいことで潰れてしまう乳房も、それはそれで魅力がでると、訳の分からないことを言ってな。よし、入った」


 テフランが会話の中でチラッと見ると、アティミシレイヤは危うい胸元を紐で止め直し終わっていた。

 安心感を抱いて背けた顔をテフランが戻すと、話題に上っていたファルマヒデリアが着替えて出てきた。


「よくもまあ、魔獣の革で作った服なんて、訳の分からないものを見つけたものですね」


 愚痴を言いながら現れたファルマヒデリアは、総黒革製のジャケットとパンツの姿になっていた。

 しかし元は男性用の衣服のようで、丈や肩回りと足回りの革地が余ってしまっている。

 それなのに、尻回りはピッタリと大きさが合っていて、胸元は内側からはじけ飛びそうなほどパツパツだ。そして胸元が盛り上がっているために、形のいいヘソが裾から見えてしまってもいる。

 ファルマヒデリアのその姿を見て、アティミシレイヤは自慢げに胸を張る。


「女性の裸体が苦手なテフランのために、肌を極力覆う物を選ぶのと同時に、動きやすい服装を心がけたのだ。どうだ、完璧だろう」

「狙いはわかりますが、どうして革の服なんですか。布製でもよかったじゃないですか」

「ファルマヒデリアは日常的に布面積の多い布製の服は使っているだろう。日頃と違った装いとするなら、革しかないはずだ」

「……細かいお小言は止すとしまして。これほどの革を使い、縫製もしっかりとしたものは高かったんじゃありませんか?」

「ところがだ、防御性も追求したせいで通気性が悪くなって渡界者に売れなかったらしく、激安で売ってくれたぞ」


 そんな二人の会話を、テフランは耳に入れながらも、目はファルマヒデリアに釘付けだった。

 普段のおしとやかな装いとは違う、ワイルドな雰囲気が漂う革の見た目。

 そのうえ、革地が余っている部分からは女性的なたおやかさを、逆に革目を押し上げている胸元と臀部からは肉感的な豊満さが伝わってくる。

 特に腰元は、肉体そのものが黒革に変わったかと思うほど、如実に形が浮かんでいる。そのため、服を着ているはずなのに裸にも見えるという、倒錯的な蠱惑さが付与されていた。

 テフランは女性に免疫が薄いとはいえ、年頃の男子だ。

 そして、目を引く蠱惑的な服装をしているのは、共に暮らして慣れつつある相手。

 本人の意思とは関係なしに、本能的に性欲が喚起されてしまう。

 股座に血流が集まる予兆に、テフランは不審に思われない程度に急いで食卓の席に座った。


(二人の位置からだと、食卓が邪魔をして見えないはずだ)


 うっかりとした失態にテフランが恥じ入っていると、ファルマヒデリアが覗き込むように顔を近づけてきた。


「テフラン。私には感想をくれないのですか?」

「うわっ、ちょっと、近いって!」

「だって、顔を伏せて見ないようにしていたじゃないですか」

「だってそれは――直視すると、顔が赤くなっちゃいそうだからで……」


 テフランが恥ずかしそうに告白すると、ファルマヒデリアは楽しげに微笑む。


「普段とは違う装いに、胸がときめいちゃいましたか?」

「う、うん。その通りだよ」


 テフランが言葉を濁しながら肯定すると、ファルマヒデリアは満足そうに顔を離した。


「テフランが喜んでくれているみたいですし、今日はお風呂に入るときまで、この格好で通しましょう」


 さもいい考えだという口調に、アティミシレイヤも賛同した。


「そうだな。ここで元の服装に戻るのも、味気ないものな」


 テフランは咄嗟に反対しようとしたが、なんと言って説得するべきか悩んだ。


(素直に目のやり場に困るって言うわけにもいかないし……)


 そんな悩ましい告白を、テフランができるはずがない。

 そのため、革地に包まれた胸やお尻が揺れる姿や、動く度に服から乳房が飛び出てくるのではとハラハラする姿を、テフランは見続けるより他なかった。

 青少年的には拷問に近い光景の中で時間を過ごし終え、ベッドで寝る時間が来たときには、テフランは精神的に疲れてしまっていた。


(と、とりあえずは、乗り切ったぞ……)


 見慣れたはずの相手でも、服装一つで新鮮味を感じてしまう事実に、テフランは戦慄を抱きながら眠ろうとする。

 だが眠りに落ちる直前、部屋の扉がノックされた。


「うぅ~……。はーい、どうかしたのー?」


 テフランが眠気で間延びした声を出すと、扉が開く。

 その向こうにいたのは、ファルマヒデリアとアティミシレイヤだった。

 テフランは眠気眼を向け、二人の姿に驚いて、睡魔がどっかに飛んで行ってしまう。


「ちょ、二人とも、なんでそんなものを着ているんだよ?!」


 テフランが指摘したのは、ファルマヒデリアたちの服装。

 素肌が透けて見えそうなほど、薄い寝間着を着ていたのだ。

 テフランの言葉に、ファルマヒデリアは首を傾げる。


「先ほどの服を買うついでに、着ても違和感なく眠れる寝間着を買っておいたんです。テフランがいつも、裸でベッドに入ってくるなと言ってましたから」

「たしかに、そうは言ったけどさ!」

「こうして服を着ている姿が嫌なら、いますぐに脱ぎますよ?」

「いや、脱がなくていいから! 絶対に脱がないでいいから!」

「ふふふっ。それなら、この服装のまま失礼しますね。ほら、アティミシレイヤも」

「う、うん。入らせてもらうぞ、テフラン」


 テフランがどう言ったものかと混乱している間に、ファルマヒデリアたちが近寄り、そしてベッドの上に這い上ってきた。


「ちょ、どうして添い寝しようとしているんだよ!」

「裸の状態で寝ることが問題だったんですから、服を着れば解決ですよね」

「その服を着れば、それでいいってわけじゃないってば!」

「じゃあ、服を着ていようと裸の状態であろうと、問題はないということですか?」

「そういうことじゃなくて――ああーもう! どう言ったらいいんだ!」


 混乱に拍車がかかるテフランを、ファルマヒデリアとアティミシレイヤはそっと抱き寄せると、優しく倒れ込むようにベッドに寝転がせた。


「ほら、テフラン。もう寝る時間ですから、考えるのは明日に持ち越しましょう」

「体を寄せて温かくして寝るの、テフランは好きだよね?」

「抱き着いてくるのは、二人が勝手にやっているだけで……」


 反論の言葉の途中で、どっかに行っていたはずの、テフランの睡魔が戻ってきた。

 眠気に揺れる意識が、ファルマヒデリアとアティミシレイヤから伝わってくる体温によって、さらに大きく揺さぶれる。

 色々と言いたいことがあったテフランでも、この眠気と温かさにはどうしても勝てず、自然と目を瞑ってしまう。

 三度、睡眠を我慢しようと目を開けるが、抵抗虚しく四度目は出来なかった。

 それからすぐに、テフランの口から寝息が出てくる。

 その温かさに緩んだ幸せそうな寝顔を、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは自分が自然と眠りに落ちるまで堪能し続けたのだった。

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