30話 隠しごとの後に
魔法紋の危険性を知ったテフランは、ある決断をした。
それを伝えるために、ファルマヒデリアとアティミシレイヤに食卓の席についてもらった。
「それで、テフラン。かしこまって、どうしたのですか?」
「我々の仲じゃないか。どんなことでも、気楽に喋ってくれていいんだ」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤの言葉を受けても、テフランは硬い顔のままだ。
「実は、二人に謝らないといけないと思っているんだ」
テフランは思いつめた顔のまま、食卓の上に革袋を一つ置く。
その際に出た音から、中に硬貨が入っていると分かった。
ファルマヒデリアとアティミシレイヤは小首を傾げる。
「そのお金がどうかしたんですか?」
「もしや、いかがわしい真似をして手に入れたものとかか?」
「これは俺が稼いだお金だよ、間違いなくね」
「それならば、どうしてテフランは浮かない顔をしているのですか?」
「やましいことがないのなら、畏まって場を整えているのも変だ」
二人の疑問に、テフランは意を決して口を開く。
「実はコレ、二人には内緒で報酬をヘソクリしていたものなんだ」
その告白に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは拍子抜けした表情になる。
「報酬は、テフランの武具の調整や、迷宮に必要なものの購入に費やす他は、三人の生活費ってことになってましたけど。そのどれかかから、内緒で抜いていたってことですか」
「その行為自体は、あまり褒められたことではない。だが、もともとはテフランが稼いだお金だ。我々がどうこう言う気はないよ」
「そうですよ。むしろ大っぴらに言ってくれれば、こちらは喜んでお金を都合しましたよ」
二人が苦笑いしながら言うが、テフランは少しいたたまれない気持ちだった。
「ヘソクリをしていたのは、アティさんが言っていたように、二人に対して後ろめたいことに使う気だったんだ」
再度の告白にも、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは余裕の構えだ。
「何に使う気だったんです? 私たちに知られると恥ずかしい物でも買いたかったんですか?」
「娼婦を抱くために使う気だったのなら、怒らなければいけないな。性欲のはけ口が欲しかったなら、どうして我々の体を使わないとね」
その冗談に、テフランは慌てる。
「いや、そんなことに使う気はないよ。それに、娼婦ってちょっと怖いし」
「テフランって、女性が苦手な面がありますからね」
「そうじゃなくて。病気を移されて体がボロボロになるとか、父親から脅されて育ったから。成長した今では、ちゃんと知識がついて心配しなくてもいいってわかっているんだけど、あまり近づきたくないっていうか……」
言葉を濁してから、テフランは話題が変わりかけていることに気付いた。
「そうじゃなくて。実はこのお金、二人には内緒で魔法紋を体に彫り入れるために確保しておいたものなんだ」
使用するはずだった用途に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤの顔は一瞬にして真顔に変わっていた。
「テフラン。何度となく、魔法紋は体に彫り入れさせないといいましたよね?」
「第一、彫った部分をどう隠す気だったのだ。入浴や按摩の際など、我々が君の裸体を見る機会は多々あるぞ」
「それはその、刺青だから彫り入れちゃえば消せないから、二人が諦めてくれるのかなって期待をしてて」
「悪いですが、もしも内緒で魔法紋を彫っていたら、その部分を剥ぎ取ってから回復魔法をかけます」
「安心してくれ。この手刀の切れ味であれば、最小の痛みで斬りおとすことができる。もっとも、多少の痕が残るのは覚悟して欲しい」
真顔で脅す二人に、テフランは手のひらを向けて押し留める。
「待って! こうして話しているのは、その気がなくなったってことだから!」
「……そうでしたね。まだ魔法紋を彫り入れようとしていたら、まだ内緒にするはずですしね」
「その告白で我々が怒ると思ったから、こうして真面目な場を作ったのだな。理解した」
ファルマヒデリアとアティミシレイヤの表情が柔らかくなったことに、テフランは胸をなでおろす。
その後、少し場の空気が回復する時間を置いて、話し合いが再開された。
「それで、魔法紋を彫ることは止めたみたいですけど、それはどうしてですか?」
ファルマヒデリアの疑問に、テフランは少し気後れして頬を指で掻く。
「魔法紋の影響で、人が魔物化すると知ったからだよ。知ってから、魔法紋がなんだか怖いもののように思えてさ」
「彫り入れることが怖くなったと?」
「そこまでじゃないかな。必要とあれば、彫るのもやぶさかじゃないよ。でも、いまの俺に必要な魔法ってないしね。なんたって、二人がいるし」
あてにしていると暗に言われて、ファルマヒデリアの顔が綻ぶ。
「なにせ私は万能型ですから。使えない魔法はありませんので、もっと頼ってくれていいですよ」
ファルマヒデリアが手を伸ばしてテフランを撫でる。
その姿を見て、アティミシレイヤが対抗心を燃やした。
「むっ。知っての通り、こちらはテフランに戦い方を教えている。魔法に頼らなくて済むように、もっともっと鍛えてやろう」
「あははっ、お手話やらかにお願いするよ」
「任せて欲しい。そも、魔法とは補助で使うものだ。真に信じられるものは自分自身の力量だぞ、テフラン」
「あらあら、戦闘型らしい乱暴な論理ですね。魔法とは生活を便利にするためのものです。有効活用してこそです」
張り合う二人に、テフランは苦笑いだ。
(人間――特に渡界者の常識だと、魔法ってここ一番の切り札って扱いなんだけどなぁ。まあ、告死の乙女にしてみたら魔法なんて当たり前に使えるものだから、人間が道具を使うときぐらいの感覚なんだろうな)
そういう魔法談義はまた今度ということにして、テフランは食卓の上に乗せた革袋に再び触れる。
「そういうことで、ヘソクリを持っている意味がなくなったわけ。だから、これは二人に還元しようと思って、こうして置いているわけなんだ」
「ということは、その革袋に入ったお金を、アティミシレイヤと二等分した後でいただけるということでしょうか?」
「その通りだよ、ファルリアお母さん。二人にも欲しいものがあるでしょ。ぱーっと使っていいから」
テフランが二人の間に革袋を押して移動させる。
ファルマヒデリアとアティミシレイヤは顔を見合わせると、お互いに困り顔になった。
「欲しいものなんて、特にはありませんよね」
「テフランに仕えているだけで、我々の立場としては十分だからな」
「となると、このお金をテフランのために使いたいと思うんですけれど――」
「悪いけど、それじゃあ二人にお金を渡す意味がないから、ダメだよ」
「――そうテフランが言うと分かっているから、私たちは困ってしまっているんです」
少しムスッとしてから、ファルマヒデリアはアティミシレイヤと共に、どうしようかと悩み始める。
しかし二人がお金を使うべき基準は、あくまでテフランのためだ。
ファルマヒデリアなら、美味しい料理のために必要な食材を買うための資金。アティミシレイヤなら、テフランを鍛えるために必要となるお金。ということ。
それ以外に使おうと考えられるほど、欲しているものは二人には存在していない。
そこで二人は発想と転換し、テフランのために使うことは禁止されているが、ファルマヒデリアたちがお互いに送ることは禁止されていないことに着目。
お互いがお互いに必要だと思えるものを考えていく。
「……やはり、服でしょうか。同じ格好では飽きがきますしね」
「奇遇だな。こちらも服をファルマヒデリアに送ろうと考えていた」
「目的はやっぱり、服装を変えさせることで」
「そう、テフランに新しい発見をしてもらうためだ」
二人して含み笑いをする姿に、テフランはお金を渡すことを止めようかと考えてしまう。
それと同時に、ファルマヒデリアもアティミシレイヤもテフランのためを思って行動しようとしてくれていることに、テフランの胸中には気恥ずかい嬉しさがこみあげる。
その気持ちに後押しされて、結局二人にお金を手渡して、どう使うかもそれぞれに任せることにしたのだった。




