29話 立場、それぞれ
テフランは人間の魔物化という重大な事実を、ファルマヒデリアとアティミシレイヤの反対されたものの、組合長のアヴァンクヌギに話すことにした。
「急に会いたいときたから、どんな厄介事かと思えば、その件か。知ってるよ、そんなことはな」
あっさりと返された言葉に、テフランは大口を開けてしまう。
「えっ、知っていたんですか?」
「ああ、これは公然の秘密――じゃ意味が合わないな、なんて言うんだったか、スルタリア」
「民衆は知りませんが、国主や大物貴族に当組合の長などは知っている、秘匿事項です」
「それを短い言葉でどう言うかが知りたかったんだがな。まあ、そういうわけだ」
軽く言われて、テフランの胸中に不信感が生まれる。
「そんなに多くの人が、魔法紋を入れると魔物に変わると知っていて、誰も教えないなんて」
「おいおい、これはあくまで通説で、実証はされていないんだからな。第一、民衆に教えてみろよ、生活に魔法が関わる世の中だぜ、大混乱になっちまうだろうが」
「意外と『少しの魔法紋なら大丈夫』と知って、いままでと変わらないかもしれませんけれどね」
アヴァンクヌギとスルタリアの意見に、テフランは理解はしても納得はできなかった。
そんな胸中を察したのか、アヴァンクヌギは呆れ顔で告げる。
「お前みたいに、魔法紋の使用を警告しようとした人物がいないわけじゃないんだ。だがな、総じて全員が不幸になっているんだぜ。ある人は嘘つき呼ばわりされ、ある者は権力者に睨まれて毒殺とかな」
「……そうならないよう、俺も口を噤めと?」
「いや、好きにすればいい。だが、お前はこの町で育ったんだろ。ならわかるはずだ。人がどれだけ魔法に依存しているかを。そしてそれが害悪だと分かっても、手放すことができるかどうかもな」
アヴァンクヌギの発言は正しい。
そしてテフランは、そのことを薄々気づいていたからこそ、無意識に義侠心を満足させるために組合長に報告という形をとったのだ。
もっと言えば、これ以上のこと――例えば街角で人々に訴えかけるなんて真似をやる気は、詳しい事情を知る前からさらさらなかった。
そういう小狡い心の内を自覚して、テフランは落ち込んでしまう。
同時に、これ以上自分が出来ることはないこともわかってしまう。
「……とりあえず、報告はしましたから」
「おう、ご苦労。なーに、世の中の黒いところを知るなんてのは、成長すればよくあることだ。気にするな」
「力を持てば持つほど、世界の裏側を知る傾向は強まりますよ。そしてテフランくんは、既に巨大な力を二つも保有していることをお忘れなく」
スルタリアが視線で示したのは、ファルマヒデリアとアティミシレイヤ。
(これ以上に胸糞悪い事実を知りたくなければ、二人を手放せってのか。それこそ、まさかだろ)
その程度で切る判断をするほど、テフランと彼女たちとの関係は浅くはなくなっていた。
「ご忠告ありがとうございます。けど、二人とはこれからもずっと一緒にいることになるから、意味のないことですよ」
断言すると、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが嬉しさで顔を綻ばせて、テフランに抱き着いてきた。
「もう、テフランたら。ずっと一緒なんて、可愛らしいことを言ってくれます」
「ふふっ、末永くよろしくお願いするよ」
「ちょっと、離れてよ。というか、誰にどうこう言われたって、二人は俺から離れる気が絶対にないんだろ?」
「それはもう、もちろんのことです」
「当然のことだな」
テフランたちが傍目ではイチャイチャしだしたので、アヴァンクヌギは追い払うように手振りする。
「おら、用件が済んだらさっさと出てけ。こっちはまだまだ書類仕事が残ってんだ。邪魔すんじゃねえよ」
その言葉に従って、テフランたちは組合長室を出ると、素材を換金したお金を受け取ってから家路についたのだった。
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テフランたちが去ってからすぐに、アヴァンクヌギは書類仕事の手を止めた。
「チッ、告死の乙女のお墨付きがでたんだ。やっぱり、人造勇者は厄ネタだったじゃねえかよ。そんな予感がしたから手紙を無視したってのに、なんでこの町に来るんだよ」
やってられるかとペンを投げ出すアヴァンクヌギに、スルタリアが諫めに入った。
「なにも、勇者たちが魔物に変わると決まったわけじゃないんですから」
「いいや、決まっているね。そもそも告死の乙女たちは、テフランにすら多く隠し事をしているみたいなんだぞ。それなのに、わざわざテフランに勇者の欠点を指摘したんだぞ。これはもう、遅かれ早かれ魔物化するってことじゃねえかよ」
「気を回しすぎに思いますが?」
「俺はな、アティミシレイヤを従魔化するのを失敗したときに、楽観視することに懲りたんだよ。渡界者の頃みたいに、最悪を見越して考えるように決めたんだ」
「了解しました。それで、その最悪の場合はどうなりますか?」
「人造勇者の体に多量の魔法紋があるっただろ。あれが魔物化なんてしたら、簡単に言えば告死の乙女が三人現るようなもんだ。厄介どころの話じゃねえよ」
アヴァンクヌギが最悪の想像からなげやりになっていると、スルタリアがクスリと笑った。
「おい。笑えるような話は、してないつもりなんだがな」
「いえ、すみません。ファルマヒデリアとアティミシレイヤが組合長の話をもし聞いていたら、あんな出来損ないと一緒にするな、と言ってくるような気がしまして」
「……ああ~、たしかに言いそうだ。それなら、劣化版の告死の乙女が三人って言い直すか。って、それだと大した相手に聞こえないな」
「実際、大したことにはならないでしょうし。というわけで、組合長は書類仕事に戻ってください」
「へいへい。ま、打てる手は打っておくに越したことはねえけどな。そのためにも、ルードットが組合に顔を出したら直接報告してもらうとするか」
アヴァンクヌギは背伸びをして、首を軽く動かしてから、書きかけの書類の仕上げに入る。
スルタリアはその横で、文法や誤字脱字の確認をしつつ、次に差し出す書類を指で摘まんだのだった。
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ルードットが魔物の素材を換金するため、組合に一人残されると、組合長に呼び出された。
なにか変わったことがないかと聞かれたものの、特に何もなかった。
しかし、それだけ言って無能と判断されたらいやだという心理が働く。
「あいかわらず、サクセシタたちはイカレているです」
下手くそな丁寧語で、サクセシタが名無しの勇者たちに行っていることを言っていく。
調整と称して、怪しげな液体を勇者たちに塗りたくること。
迷宮での反省を生かして、口内や舌にも魔法紋を彫り入れていること。
遅かれ早かれ追加で彫る場所がなくなるため、尻穴から腸に刺青したり、腹を開いて臓器に刺青する方法を模索していること。
名無しの勇者たちには自意識がないが、戦闘力はずば抜けていること。
役割はそれぞれ、戦闘、支援、補助及び回復に分かれていること。
戦闘役に頑丈な鎧を着せているのは、戦いの中で体の魔法紋が傷つかないようにするため。
などなど、すでに報告したものも併せて、ルードットは語った。
ルードットにとって意外だったのは、アヴァンクヌギがサクセシタが勇者に新しい魔法紋を彫り入れたことを気にしたことだ。
「もう彫り入れる場所がないぐらい、魔法紋だらけってのは本当なのか?」
「はい。手の内側や眼球の白目にすら、小さな魔法紋を彫ってるです。肌の色がわかるところもあるけど、そこを埋めるとカンショウするとかで、彫ることができないって言ってたです」
「そうなると、内臓うんぬんは冗談じゃなさそうなのか?」
「サクセシタが本気かは、よくわからないです。でも、方法が分かればやりそうです」
「そうか……これはまずいことになるか?」
アヴァンクヌギが考え込みながら発した呟きを、ルードットは聞くことができなかった。
そのため、変な勘違いを起こす。
(組合長も、あの人たちが刺青だらけになるのが嫌なんだ。そうだよね。魔法が色々と使えるようになるからって、あんな姿にしていいはずがないよね)
ルードットは、組合に報告するためにも自分の役割は重要だと認識し、より一層サクセシタの動向を探ることを決意する。
「組合長、これからも報告を頑張ります」
「ああ、よろしく頼む――いや、ちょっと待て」
「どうかしたです?」
「あまり気負い過ぎると、あいつらに感づかれかねない。お前は荷物持ちや世話役に徹しろ。その中で知り得たことだけ、報告してくれればいい。無茶はするな」
身を案じる優しい言葉に、ルードットは感激した。
「はい、任せて欲しいです! ちゃんと、荷物持ちと勇者の世話をするです!」
「……頼むからな」
ルードットは意気込んで立ち去ったために気づかなかったが、最後に声をかけたときのアヴァンクヌギは期待していない表情をしていた。




