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2話 たくらみと朝と

告死の乙女の名前は『ファルマヒデリア』です。

名前をこねくり回してつけていたので、変な予想変換が残ってしまっていた関係で、第一話で名称が不確かになってしまっていたこと、お詫びいたします。

_/_/_/_/


 アヴァンクヌギは迷宮の奥から帰って疲れているテフランを心配し、告死の乙女を従者にしたという功績を鑑みて、組合が所有している家屋の一つを貸し与えた。

 転移罠の転移先の情報と告死の乙女を従魔にする方法の報告の報酬を、とりあえずという形で金貨十枚で払うと、テフランとファマルヒデリアを送り出す。

 その後、静かになった組合長室にて、スルタリアがアヴァンクヌギに冷たい視線を送った。


「組合長。あの二人に家をお与えになるなんて、どういう風の吹き回しですか?」


 アヴァンクヌギは途中だった書類仕事に戻りながら、顔をしかめる。


「わざわざ理由を言わなくても、予想はついてるんだろうに」

「組合の財産の一つを勝手に貸し与える理由に予想はついたとしても、ハッキリと言葉にして頂かない事には、承服しかねますので」

「チッ。そういう点が、お前の嫌なところだよな」


 アヴァンクヌギは書類にサインを施すと、新たな紙にテフランが迷宮で体験した事柄を書きまとめる。


「改めて見てみろ、この告死の乙女に関する胡散くさい報告を。『絶対に死ぬと思ったので、楽に殺されるために武器を捨てて自分から近づいた』『怪我した場所が開いて吐血し、告死の乙女に吐きかけた後に気絶した』『起きたら、なぜか主ということになっていた』。これのどこに信用するべきところがあるってんだ?」

「つまり、あの青年が嘘を吐いたと?」

「アホ言え。こんな馬鹿げた話をすることに、当の本人が困惑してただろ。わざわざ『信じてくれるか分かりませんけど』なんて、事前に注釈つけてよ。ならあの小僧が語ったことは、あいつが記憶している通りではその通りなんだろうさ」

「それなら、どうして報告に問題があると?」

「こんなたわけた方法で告死の乙女が手下になるってんなら、なんで他に成功者がいねえんだよ。もしかしたら、告死の乙女が地上にでるために、あいつを利用しているかもしれねえだろ」

「つまり、本当に青年の従魔になったか確かめるため、監視しやすい場所に置くことにしたということですね」

「あとは、この報告通りに試してみて、本当に告死の乙女が従魔になるかを確かめるためだな」


 さらっとアヴァンクヌギが語ったことに、スルタリアは驚きで目を見開く。


「お試しになるんですか?」

「一匹で師団規模の兵すら駆逐するといわれる、告死の乙女だぞ。現実に成功例があるんだ。試してみる価値はある。幸い、告死の乙女が現れ始める迷宮の奥の区域まで行ける、転移罠が見つかって、労力も軽くなっている」

「失敗すれば、確実に死にますよ。誰がこんな任務をするんですか」

「生贄にするのは、借金で首が回らなくなった渡界者を一人、何も知らせずに用意すりゃいい。そんで、優秀なやつらを護衛につけて、成功か失敗かを確認させりゃいい」

「この依頼を果たせば、成功失敗関わらず、借金を棒引きすると約束するわけですね。なんとも、えげつない取引ですね」

「おいおい。このままじゃ、借金のカタに魔術紋の検体に売られるしかない道をたどるようなヤツに、真っ当な人生を送れる最後の機会を与えてやるんだぜ。それどころか、告死の乙女を従魔にしたなら、その日からそいつは最上級渡界者の仲間入りだ。まさに、一発逆転な絶好の機会じゃねえか。俺が若くて立場のない身分だったら、自ら志願しているところだぜ」

「組合長の命知らずは有名ですが、それを他人にも当てはめないでください」

「ふんっ。いまの奴らが腑抜け過ぎんだよ。俺が新米だったときは渡界者連中ってのは地底世界を目指す馬鹿どもだったってのによ。いまじゃ、自分の実力から外れねえ安全な場所で小金を稼ぐつまんねえ奴らの集まりに変わっちまってよ。堅実に生活したいなら、職人の弟子にでもなれってーの」

「いつもの愚痴はその辺にしましょうね。しかしながら、あの青年に絡めて、組合長が人でなしな任務を語ったということは、つまり――」

「ああ。失敗したときに、保険にさせてもらう」

「――やはりですか。なんとも腹黒いことですね」

「うっせ。好意だけで家をタダで貸してやるほど、組合長って立場は軽くねえんだよ。そうだ、監視に口が堅いヤツに声をかけねえといけねえよな」

「それは承知してますが――それよりも、他の都市にある渡界者組合に、この件をどう報告する気かお聞かせください」

「テフランの体験談をそのまま正式文章として送るわけにはいかねえよ。法螺話として打ち捨てられるのがオチだからな。せいぜい、罠で新米が少し奥に跳ばされて無事に戻ってきたってぐらいにして、告死の乙女のことはオマケ程度に書いておくさ」

「『窮地の青年を救ったのは、告死の乙女を自称するイカレ女だった』とでも結ぶ気ですか?」

「お、いいねその言葉。報告書に使わせてもらうな」


 アヴァンクヌギはいそいそと報告書作りに入り、スルタリアはため息をつきながらその作業を見守りつつ書式に助言をしていくのだった。




_/_/_/_/_/_/_/_/




 テフランは窓から差し込む朝日で目を覚ました。

 そして柔らかいベッドの感触で、軽く混乱する。


(いつも使っている宿屋じゃない――って、組合長が家を貸してくれたんだった……)


 昨日の出来事を思い出していく。


(この家に入ったとき、安心感から寝落ちしちゃったのか。よくベッドの中で寝れているな)


 自分が自動的に行ったであろう行動に不可思議さを感じていると、窓から流れ込んできた冷気に身を震わせた。

 そこでテフランは、自分がパンツ一つの姿で毛布に包まっている事実に気付く。

 裸で寝る趣味はないので、その不可思議さに眉を寄せながら、部屋の中を見回す。

 板張りの室内は、寝泊まりするだけの宿の部屋よりも大きい上に、テフランの身長以上もある箪笥も備え付けてあった。


(ずいぶん、上等な家を貸してくれ――)


 組合長の切符の良さに感じ入ろうとしつつ寝返りを打った瞬間、手が温かいなにかに触れた。

 それはテフランと同じベッドの上にあり、同じ毛布の中にある。

 半ばそれが何かを予想はしつつも、テフランはゆっくりとその『なにか』に目を向けた。

 予想通り、それは自称彼の従魔である告死の乙女――ファマルヒデリアだった。

 横向きに眠る彼女は、その長い睫毛を疲労するように目蓋は閉じられてあり、窓からの陽光で金髪と真っ白な肌が輝いている。

 まるで美人画から抜け出ててきたような存在に、テフランは驚きより感動に近い感情を抱いてしまう。

 そしてファルマヒデリアが纏う非現実感から、思わずその手が伸びてしまう。

 ベッドの上を手が進んでいくと、毛布が動いた。

 するとファルマヒデリアの肩が毛布から出てしまい、脇近く――それこそ豊かな丸みがしっかりわかる乳房の横の部分が、テフランの目に映った。

 そこには、彼女が昨日着ていた衣服の存在は見受けられない。

 つまりファルマヒデリアは、少なくともテフランと同じく半裸の状態でベッドに入っている。

 その事実を理解した瞬間、テフランは大慌てになる。


「おおわわわわっ――どあっ?!」


 急いで離れようとして、手を着き外してベッド脇に落下した。

 後頭部を床に打ち付けて痛みに呻いていると、ベッドが軽く軋み音を上げる。

 テフランが見上げると、ベッドの上に起き上がったファルマヒデリアが、半分だけ瞳を柔らかく開いて見つめていた。


「おはようございます、テフラン。ベッドから落ちるなんて、元気な寝相をしているのですね」


 あまりに自然な挨拶だったので、テフランもつい返事をしてしまう。


「お、おはよう――って、どうして一緒のベッドに寝てたんだよ?!」

「それは、テフランが出入り口で寝落ちてしまったので、寝室に運んだ後に一緒に寝たからですよ?」


 告死の乙女でも寝ぼけるようで、ファルマヒデリアは目をはっきりと開けないまま答えている。

 テフランは、彼女の体から落ちそうになっている毛布に目が義付けになりながら、自分の体に手を当てた。


「も、もしかして、俺がこうして半裸になっているのは」

「汚れていた体を清めるために、わたくしが脱がせたからです」


 証拠を見せるように、ファルマヒデリアはベッド脇にあったテーブルに手を伸ばすと、汚れがある真新しい手ぬぐいを持ち上げた。

 その際に毛布が大きくずれたが、彼女の大きな乳房の先に引っかかるようにして止まった。

 テフランは、ハラハラとドキドキが内在した気持ちになりつつ、ファルマヒデリアに指を向ける。


「じゃあどうして、あんたも半裸――」

「メッですよ。私のことは、ファルリアお母さんでしょ?」

「呼び方とか今は――」

「ダメです。ちゃんと呼んでください」


 急に頑なになったファルマヒデリアに、テフランは困惑した。


「えっと、ファルリアお母さん」

「はい。なんですか、テフラン」


 満面の笑顔で聞き返されて、テフランは思わず赤面し絶句してしまった。

 ファルマヒデリアは絶世の美女で、男性なら十人中十人が見惚れてしまうほどだ。

 その上、テフランは物心ついたときから母なし子だったために、得られなかった母性を無意識に求めているかのように年上の女性に極度に弱かった。

 そう、ファルマヒデリアはテフランの好みの、ど真ん中もど真ん中なのである。

 しかし相手が人間じゃないという意識もあるため、復帰するのは人間の女性を相手にするときよりかは早かった。


「ファ、ファルリアお母さんも、どうして裸で寝ているんだ?」

「私の服も汚れてましたし、真っ白なベッドシーツを汚すのが嫌でしたので」

「だ、だからって、裸の男女が一緒のベッドに寝るってのは」

「あらあら。母と子ならば、同じ寝床に入っても不思議ではないのではありませんか?」

「うえ?! そ、それは、そうなの、かな?」


 母がいなかったため、テフランはファルマヒデリアの主張が正否が分からなくなる。

 混乱するテフランに、ファルマヒデリアがベッドの上を移動して近づくと、彼の頭を胸に抱き寄せた。


「やましいことなど何もなかったのですから、混乱せずに落ち着きましょうね」


 優しい言葉遣いで、テフランの背中を優しく叩く。

 母が幼い子にするような行動。

 だが、テフランは十四歳の青年である。そしてファルマヒデリアは当世一の美女かつ、毛布が取れて全裸になっている赤の他人。

 そんな関係性で、豊かに丸い二つの乳房の谷間に顔を埋められ、しかも地肌の熱が直接的ダイレクトに伝わってくる状況に放り込まれたら、テフランの耐久度も限界だった。

 女との関わりが薄かったテフランの脳は情報を処理しきれずに、意識を断絶させる。


「はぅ――きゅぅぅ~……」

「あらあら。安心して眠ってしまったのかしら?」


 呆気なく気絶したテフランを、ファルマヒデリアは谷間のさらに奥へと押し込みながら、その頭を愛おしそうに撫で続ける。

 少したって満足したのか、テフランをベッドに寝かせ直すと、ファルマヒデリアはベッドから立ち上がって箪笥へ歩み寄った。

 その扉を開くと、衣服の汚れが消えている青い布を取り、自分の裸体へ巻き付けていった。

 


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