28話 遭遇と
何度目かの迷宮に泊まりかけで入った際、テフランは厄介な魔物と戦うことになった。
それは『浮かぶ鎧』という、名前の通りに金属製の上半身鎧が空中に浮き、手甲で握った武器で攻撃してくる魔物だ。
いわば、テフランの剣や鎧の元となった、『動く甲冑』の弱体版とも言える存在である。
倒し方も同様で、一定以上に鎧を破損させるか、内面に刻まれた魔法紋を削るかだ。
しかし、置物の鎧でさえ傷つけるのが難しいのに、この魔物はそれが浮いて移動しているうえに攻撃までしてくる。
倒し方を知っていようと、駆け出しの渡界者だと苦戦は必至な相手だ。
実際、テフランも戦いに苦慮している。
「このおおおおお!」
剣を振るい当て、浮かぶ鎧は弾かれて後ろへ下がる。しかし表面に傷が刻まれただけで、まだまだ元気そうに浮かんでいる。
その姿に、テフランは戦い方を変えた。
剣を振って鎧の破損を狙うのではなく、突いて刃で装甲を貫通することで、内側にある魔法紋を削る作戦だ。
幸い、先ほど弾いたときに浮かぶ鎧の内側が覗き、魔法紋の場所が見えていた。
「とあああああああ!」
テフランは気合の声と共に、剣を勢いよく突き出す。
金属同士が擦れる音が響き、技量不足で先端だけではあるが、刃が浮かぶ鎧を貫通した。
そしてテフランの狙い通りに、その刃は鎧の内側にあった魔法紋も貫いている。
弱点を傷つけられた浮かぶ鎧は、その瞬間に本物の鎧に戻ったかのように浮かぶ力を失い、地面へと落下した。
テフランは足先で蹴って動かなくなったことを確認してから、大きく息を吐く。
「ふはー、どうにか倒せた。でも、魔法紋を傷つけちゃったからなー」
テフランが悔しそうに呟いてしまったのには、浮かぶ鎧の素材としての価値の多くがその魔法紋にあるためだ。
意識を通して魔法紋を発動させれば、少し重たい荷物を浮かばせられる。そのため、高所へ運搬する際の補助や空を飛ぶ船を生み出す研究の材料として需要が高い。
一方で浮かぶ鎧の装甲は普通の鉄なので、鎧としての利用価値以外では、鉄材にしかできない。
そのため、魔法紋が無事かどうかで、換金率は五倍以上も違った。
テフランはもったいなさから、つい手の剣に目を向けてしまう。
(剣の魔法紋を使っていれば、もっと楽に破損させることができたのに)
ついそう考えてしまい、テフランは首を横に振る。
(いや、これに頼っちゃいけない。今回だって俺の剣の技量が高かったら、魔法紋を貫くなんて選択しなくても倒せたんだ)
今回の損失は自分のせいと区切りをつけ、テフランは倒した浮かぶ鎧を、荷物持ち役のアティミシレイヤに渡す。
その際に、彼女の背中にある素材で膨らんでいる大きな鞄を見る。
「嵩張るし金属で重たいと思うけど、鞄に入りそう?」
「心配せずとも、まだ容量も積載重量にも余裕はあるよ。それに、鞄に入らなくとも、手で持てばいいのだしな」
役に立てることが嬉しいようで、アティミシレイヤは朗らかに笑っていた。
テフランは笑顔の直視で照れてしまい、つい視線を横向かせる。
すると、ファルマヒデリアが何かを警戒するように、通路の先に視線を向けていた。
「魔物が近くにいるの?」
テフランは聞きながらその視線の先を見るが、なにもないようだった。
しかしファルマヒデリアには、なにかが見えているらしい。
「魔物ではありません。しかし二人の人間と三つのモノが、魔法で隠れています」
ファルマヒデリアの言葉に、テフランは疑問と警戒を抱く。
「魔法で隠れているってのはいいとして。その『モノ』ってなに」
「テフランも知っているはずです。ルードットが行動を共にしていた、アレのことです」
「ああ、もしかして。魔法紋だらけの三人のこと?」
テフランが言い当てると、通路の向こうから手を叩く音が聞こえてきた。
すると虚空からにじみ出てきたかのように、拍手する彫師のサクセシタに、人造勇者三人と荷物持ちのルードットが出現する。
女性勇者の片方の体に魔法紋が光っていることからわかるように、彼女の魔法で全員が消え隠れていたのだ。
「いやー、渡界者の戦い方に興味があって隠れ見ていたのですが、そちらのお嬢さんには見破られてしまっていたようですねえ」
サクセシタは他の四人を後ろに従えながら、テフランたちに近寄ってくる。
そして十歩分の距離で立ち止まった。
「どうやって見破ったか、教えてくれませんかねえ。理由がわからないと、透明化の魔法紋はかなり自信作だったので、自信がなくなってしますう」
ファルマヒデリアは視線をテフランに向け、許しを得てから理由を伝える。
「違和感です。通路に流れる空気が、なにもないはずの場所で歪んでいたように感じたのです」
「ははー、なるほどお。透明化と共に消臭と消音の魔法も発動していたのですが、これからは気流も操っておかないといけませんかねえ」
「魔物に備えるためでしたら、体温を見取るものもいますので、その対策も必要ですよ」
「ほほー、度重なる情報提供、ありがとうございますう。しかし、人間は体温なんて見えませんからねえ、とりあえずは考えなくてもいいかなあ」
二人が喋っている間に、テフランはサクセシタの側に立っているルードットに、どうしてここにいるのか目配せで尋ねる。
すると、偶然と言いたそうな瞳がルードットから帰ってきた。
本当かどうかをテフランが疑っていると、サクセシタが視線を向けてきた。
「おやあ、君の剣。不思議で見たことのない魔法紋がありますねえ。虚飾のようでもありますが、どこか真に迫っている感じも見受けられますねえ」
サクセシタは喋りながら近寄り、どんどんと剣に顔を寄せてくる。
テフランはハッとして、剣を鞘に納めた。剣身の魔法紋はファルマヒデリアが刻んだもので、現在の人間が使っているものとは別物だと思い出したからだ。
するとサクセシタは、恨みがましい目をテフランに向けてきた。
「ええー、隠さないでくださいよお」
「渡界者の間じゃ、他人に魔法紋を隠すことが慣例なんだよ。下手に見せて、手の内を看破されると困るからだ」
「それは本当ですか、荷物持ちちゃん?」
その呼称を嫌そうにしながら、ルードットは答える。
「……本当です。大抵の渡界者は、魔法紋を彫った場所を服飾品や装備で隠すんです」
「ふむぅ。ま、迷宮は渡界者の舞台ですからねえ。そちらの習慣に従いましょうか」
サクセシタはあっさりと剣の魔法紋の追求を諦める。
だが、違うことを話題に持ち出してきた。
「そちらの男の子は、歳の割りに大した強さだと思いますう。ですが、どうしてお一人で戦っていたのでしょう。女性のお二人が戦えないわけはないでしょうしねえ」
こちらを探る言葉に、テフランはついルードットに目を向けてしまう。
疑ったのは、彼女がアティミシレイヤが告死の乙女だということを、サクセシタに伝えたかどうか。
その疑念が伝わったようで、ルードットは誤解だと首を振っている。
そのため、テフランはサクセシタが興味本位で聞いているのだと理解し、さっきの質問だけには答えることにした。
「勝てるギリギリの魔物を相手にすることで、俺が強くなるためだ。二人に手伝ってもらったら意味がいない」
「なるほどお、実地訓練ってやつですかあ。これまた失礼いたしましたあ」
サクセシタはおどけて頭を下げつつ、芝居かかった動くで首を傾げてくる。
「しかし、お強くなりたいのなら、魔法紋を彫り入れたほうが手っ取り早くありませんかねえ。ここで会ったのも何かの縁ですしい、お安くしておきますよお?」
「悪いけど、母親から魔法紋は体に悪いから止めろって言われててね。遠慮させてもらう」
「おやまあ、お母様の言いつけですか。それなら仕方がないですねえ。ですが、気が変わったらご連絡を。組合長に聞けば、僕らの住んでいる場所はわかりますからねえ」
サクセシタはこれで話は終わりとばかりに、テフランたちに背を向けて歩き始める。
勇者三人もその後に続き、最後にルードットがテフランに会釈してからついていった。
彼らの姿が通路の向こうへと消えていってから、テフランはファルマヒデリアに尋ねる。
「魔法で近くにいたりしないよね」
「心配しなくても、ちゃんと向こうに行きました。しかしながら、危ういですね」
唐突な謎の発言だったが、アティミシレイヤは同感のようだった。
「あんなモノを迷宮に連れて入るなんて、あの人間は愚かの極みだな。自滅する未来しか見えない」
「二人とも、なにを言っているのかわからないんだけど」
「いえいえ、とるに足りない話なので、テフランが気にすることではありませんよ」
「そうだな。あの三つのモノが迷宮に入り続けると、魔物化するかもしれないというだけのことだ」
アティミシレイヤのなにげなさを含んだ発言に、テフランは驚いた。
「『三つのモノ』って、魔法紋だらけの三人のことだったよね。じゃあ、人間が魔物化するっていうの!?」
「なにを驚いているんですか、テフラン。魔法紋とは、そもそも魔物が持っているものですよ」
「ならば、魔法紋を刻み込んだ存在は、その量の分だけで魔物に近づくことになるのが道理ではないかな」
二人が語る理屈に、テフランは言葉を失ってしまう。
(馬鹿なって言いたいけど、ファルマヒデリアが俺に魔法紋を刺青させなかったのには、魔物化の件も関わってくるからなんじゃないか)
にわかには信じがたいものだが、テフランはどことなく真実であると直感する部分もあり、どう考えを持って行ったらいいのかに迷ってしまうのだった。




