27話 ご休憩
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テフランがそうだったように、ルードットも迷宮の中で野営の準備を行っていた。
雇い主であるサクセシタとその配下の勇者三人は、その作業を手伝おうとしない。
「さあさあ、よーっく魔法紋を見せてくださいよお。魔物との戦いで、どれぐらい疲弊するのかを調べないといけませんからねえ」
サクセシタは無表情の人造勇者三人を全裸にさせて、その体を指でまさぐっている。
武装を解除するなんて、危険が溢れている迷宮の中ではやらないものだ。
しかしルードットは心配していない。
(あいつらの鎧や武器なんて、全身に彫った魔法紋のオマケでしかないもんね)
ここまでの道中で、ルードットはそのことを嫌というほど知った。
勇者の体にある魔法紋が光れば、第二地区までの魔物なんて素手でも倒せてしまう。
それなのに武器や鎧を使わせているのは、それらにも魔法紋が刻まれていて、体にあるものとの兼ね合いを見るため。
少なくとも、サクセシタはそう語っていた。
(なんでもいいけどさ。相変わらず喜色悪いオヤジだよ、まったく)
ルードットは、粘っこい笑みを浮かべて青年と若い女性の体を触すサクセシタ姿に、反吐が出そうな反感を抱く。
勇者三人に自意識がないため、まるで生き人形を愛する変態のようにしか見えないのだ。
そしてその勇者たちに対しても、ルードットは不満を抱いていた。
(感情がない存在ってのが、こんなにも気持ちが悪いなんて。同じように手足に魔法紋を持つ存在なのに、テフランの従魔になったアイツとはだいぶ違うよね)
つい仲間を殺した告死の乙女を引き合いにだして考えてしまい、ルードットは比較すること自体が間違いだと頭を振る。
そうこうしているうちに、野営の準備が整った。
サクセシタ用のテントと、ルードットと勇者たちが寝るための敷毛布が二枚。そして湯を沸かせる魔法鍋で作ったスープに、四角い棒状の携帯主食。
これらの物資は全てサクセシタの提供で、どれもこれもが高価なものばかりだ。
ルードットは迷宮内にあるまじき贅沢さに、毎度のことながらため息をつきたい気分になる。
「まあいいさ。旦那、寝床と食い物の準備、できたですよ」
ルードットが下手な丁寧語を使うと、サクセシタは恍惚とした顔のままで振り返る。
「はああ~……。完璧で美しい魔法紋に問題はなしと。じゃあ、僕はテントの中で食べるので、この子たちに餌付けしておいてくださいねえ」
サクセシタは自分の分の料理を取り、さっさとテントに引っ込んでしまう。
雇われてからはいつもこんな調子なので、ルードットも慣れたもの。
裸のまま突っ立っている勇者に目を向けて、ぞんざいな口調で指示を出す。
「ほら、服を着て装備をつけなよ。そのあとは食事だからね」
勇者三人は一度頷くと、よどみない仕草で服と鎧を身に着けていく。
その動きがあまりに滑らか過ぎて、ルードットには人間味が薄いように感じられる。
しかし彼らが流暢なのは、着替えと戦闘だけ。
食事に関しては、幼児並みの動きしかできないため、ルードットの補助が必要だった。
「餌付けとはうまいこと言い表したもんだよ。って、またこぼした。ほら、器をちゃんと持って、口の近くに持っていってから食べな。あと、良く噛みなさい」
ルードットはいそいそと世話を焼き、どうにか彼らに食事を取らせていく。
この作業が面倒で、ルードットはサクセシタにどうにかできないかと尋ねたこともあったのだが――
「具材をどろどろに煮溶かしたものを、喉へ流し込めば十分ですよ。研究所ではそういうやり方でしたし」
――という返答を貰って諦めた。
(人の形をしている相手に、そんな餌以下のものなんて食わせられないもんね)
ルードットは自分が培った価値観を守るためにも、勇者たちに料理を食べさせていく。
そうして彼らが平らげた後で、ルードット自身が料理を食べる番になる。
(わたしの料理は決して不味くはないと思うんだけど、やっぱり美味しい作り方を誰かに教えてもらおうかな)
そう思うルードットだったが、料理が上手そうな知り合いに心当たりはない。
宿屋の女将さん相手なら、付け届けを渡せば教えてもらえはする。
しかし、雇われて以降はサクセシタが借りた家に同居しているため、生憎その手も使えない。
(そういや、組合で会ったテフランは、以前より健康そうになってたっけ。きっと、あの綺麗な金髪の女の人に、美味しい料理を作ってもらっているんだろうなあ)
女性が理想とする頂点のような存在を思い出し、そっとため息を吐く。
ルードットはファルマヒデリアが告死の乙女とは知らないため、美人の人間だと本気で思っているのだ。
(あの人に料理を教えてもらおうかな。テフランは馬鹿舌だから、ちょっと不安もあるけど)
そう考えかけ、自分と仲間がテフランにした仕打ちを思い出した。
ルードットはまるで罪科の証のように目尻の下に入れた魔法紋を撫でると、無理だと首を横に振った。
そして料理を味わうことなく胃に詰め込むと、勇者三人と自分とで順番にローテーションを組んで見張りと休憩に入ったのだった。
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迷宮の中でテフランが目覚めて最初に思ったことは、いい匂いがするということ。
それは、テフランに抱き着て眠るファルマヒデリアから香る性的な刺激がくるものではなく、胃に訴えかける食料的な匂いだった。
起き上がって周囲を見回すと、皮が剥がされ内臓も抜かれた魔獣の前で、アティミシレイヤが難しい顔で座っている。
(何をしているんだろう)
興味本位から見ていると、アティミシレイヤは魔獣をひっくり返しながら見ると、ある角度に置き直す。そして魔法紋を浮かべた腕から炎を出して、直火で焼き始めた。
数秒焼いて止め、また様子を見てから置き直し、また魔法で焼く。
(魔獣の丸焼きを作っているよね。ファルマヒデリアの作った料理では足りなかったのかな?)
テフランが不思議に思いながらじっと見ていると、アティミシレイヤがその視線に気が付いて振り返った。
視線が合い、アティミシレイヤは罰が悪そうに目を逸らす。
「テフラン、起きたのなら声をかけてほしいかった」
「ごめん。熱心に作業していたようだから、声をかけそびれちゃって」
テフランはファルマヒデリアの腕から脱出すると、アティミシレイヤの隣に少し間を空けて座った。
「おはよう。それで、なにしているの?」
「見ての通り、料理を作っているんだ。もう何回か焼けば、ちゃんと食べられそうだぞ」
「たしかにいい匂いだけど。もしかして、お腹減っているとか?」
テフランが純粋な疑問を口に出すと、アティミシレイヤは首を横に振った。
「食べたいから作っているんじゃない。食べさせたいから作っているんだ」
同じようでも違うニュアンスの発言に、テフランは目を瞬かせた。
「食べさせたいって、俺にってことだよね」
「もちろん、そうだとも。まあ、戦闘型の肉体では、ファルマヒデリアのような真似はできない。こうして手作業で作るしかないんだ」
「そうか。アティさんって、扱える魔法の属性は火だけなんだっけ」
「補足するなら、肉体を強化する魔法が主で、火を放出する魔法は補助的で限定的だけれどね。まあ、肉を焼く程度はできるよ。火力の調整がちょっと難しいけれども」
「調整って、強弱どっちが難しい?」
「弱火の方。強くするだけなら、ファルマヒデリア以上のことができるぞ。なにせ戦闘型だから、魔法の瞬間出力だけは大きいから」
「ああ、だから丸焼きを作るのに、休み休み焼いているんだ」
「長時間当てると、焦げてしまう。あれ、みたいに」
アティミシレイヤが指した場所には、四つ足の獣の形をした真っ黒な炭が転がっていた。
テフランが視線で意味を問いかけると、焦り顔で否定してくる。
「言っておくが、加減を間違えて炭にしてしまったわけじゃない。試し焼きしてみたら予想以上に黒焦げになってしまったから、これはテフランに食べさせられないって、廃棄するべく燃やし尽くしたんだ」
必死の弁明に、テフランは嘘をついているとは感じなかった。
「信じるよ。炭は一つしかないし、今回はまだ失敗してないみたいから」
「うぅ……。まるで失敗が約束されているみたいに、言わないで欲しい」
「あははっ。冗談だよ、冗談。丸焼き、楽しみにしているって」
「なんだかファルマヒデリア相手と違って、テフランはこちらに言葉の遠慮がないように思うのだが?」
「態度は変えてないよ。でも、ファルリアお母さんは上手過ぎて、俺を楽にあしらえちゃうから、そう見えるんだって」
「むぅ。戦い以外が苦手な、戦闘型の肉体が恨めしくなる」
アティミシレイヤは肩を落としつつ、作業に戻る。
一度失敗を経験しているからか、工程を慎重に行い、ゆっくりだが確実に丸焼きが出来てきた。
肉と脂が焼ける音と匂いを嗅ぎながら、テフランはその作業を見守る。
そのまま時が経ち、皮目が茶色く色づいた魔獣の丸焼きが完成した。
身から染みだした肉汁が皮の上でパチパチと音を立て、胸からお腹にかけて割り開かれた部分から焼けた骨髄と肉のいい香りがしている。
テフランがつい生唾を飲み込むと、アティミシレイヤが丸のまま目の前に差し出してきた。
「ほら、がぶっと食べてくれ」
「うわぁ、丸焼きに齧り付くの、やってみたかったんだよ。ありがとう」
「それはよかった。この辺りなんかよく出来たから、ぜひ最初に口にしてくれないか」
アティミシレイヤが勧める場所に、テフランは大口を開けて噛みつこうとする。
開いた口に匂いが入ってきて、それが食べてもいないのに舌に味として伝わってきた。
(これ、絶対美味しいやつだ)
核心を抱きつつ、テフランの歯がもう少しで到達する――という直前に、犬の頭に羊の体を持つ魔獣が襲来した。
「フィギュイイイイイ!」
匂いに引き寄せられてきたようで、その血走った目は丸焼きに固定されている。
テフランは咄嗟に剣を抜いて退治しようとするが、アティミシレイヤが拳で殴り殺す方が早かった。
「初めてテフランに料理を作ったんだ。無粋な邪魔はしないでもらおう」
苛立った様子で、アティミシレイヤは殺したばかりの魔獣を、炭がある場所へと蹴り捨てる。
その後で、再び期待を込めた表情になり、丸焼きを差し出してきた。
目の前で起きた衝撃の光景に、テフランは食欲が減衰してしまっていたが、それ以上に丸焼きに噛り付く行為は魅力的だった。
「それじゃあ、あーーー」
大口を開けて、ひと噛み。
それだけで野趣あふれる噛み応えと味がやってきて、これがまた意外なほどに美味しかった。
一口目を嚥下すると、たまらずもう一口、二口と食べ進んでしまう。
テフランが口の周りに脂をつけながら丸焼きを食べていく姿に、アティミシレイヤは幸せな心地になる。
「愛しい相手に手料理を食べてもらうとは、こんなにも嬉しいものなのだな」
アティミシレイヤは幸福感に突き動かされて、テフランの頭を撫でてしまう。
テフランは撫でられていることには気づいたものの、ついつい飽きるまで丸焼きを食べることを優先し、アティミシレイヤにさせるがままを受け入れたのだった。




