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26話 泊りがけ

 テフランの実力は、アティミシレイヤとの訓練と魔物と一人で戦い続けたことで、メキメキと伸びた。

 同年代と比較して、頭抜けたとは明確には言えないまでも、一歩先んじている存在になっていることは確実だった。

 そのため、テフランは実力が伸びる度に、迷宮のより奥へと活動場所を変えていく。

 そうすると、一つ問題が起こった。

 この町にある迷宮は初心者向け――弱い魔物が現れる区域が広い傾向がある。

 そのため、より強い魔物と戦おうとすると、相手の強さに比例して移動に時間がかかってしまうのだ。


「これ以上、活動場所を奥にすると、日帰りの迷宮行は効率が悪くなる」


 夕食が終わった席で、テフランはそう切り出した。

 ファルマヒデリアとアティミシレイヤは首を傾げ――


「それなら、もう奥に行くことは止めにすればいいんですよ」

「移動するとき、テフランを我々のどちらかが抱えれば解決だな」


 ――そんな別々の主張をした。

 二人は顔を見合わせると、どっちの意見を取るのかを、見つめる視線でテフランに求める。


「悪いけど、どっちの案も却下。俺が提案は、これからは泊りがけで迷宮を進みたいってことだよ」


 告死の乙女の二人は提案を退けられたことに肩を落とす。

 だが、アティミシレイヤはすぐに元の体勢に戻った。


「テフランがそう望むのなら、そうするべきだな。宿泊用の荷物を持つのは、任せてほしい」

「アティさんならそう言ってくれれると思ったよ。でも問題は……」


 テフランが視線を向けてみると、ファルマヒデリアは不満そうな顔だった。


「何度も言いますが、わたくしはテフランが危ないことをするのは反対です。それに、こうしてしっかりとした家に住めているのですから、なにも迷宮で野宿なんてしなくてもいいはずです」

「だからさ、俺が強くなるためには、より強い魔物と――」

「別に私、テフランに強くなって欲しいとは思ってませんもん」

「――『もん』って……」


 麗しい唇から出てきた子供っぽい口調に、テフランは困惑する。

 似合わないからではなく、それも魅力のように感じてしまったからだ。

 テフランが言葉を出せずにいると、ファルマヒデリアは艶めいた動きで席を立つ。そして、テフランに近寄って、しな垂れかかった。


「ねえ、テフラン。迷宮なんて忘れて、私とずーっと一緒に暮らしましょう。どんなことだって、なんだってしてあげますから」


 蠱惑な響きをたっぷりと含んだ声に、テフランの青い感情が揺れ動く。

 そして邪な感情により、ファルマヒデリアが欲すれば蹂躙できる存在に見えてしまう。

 しかしここでテフランの女性への免疫の弱さが、都合のいい認識を良しとしないように働き、錯覚を錯覚として認識することができた。


「俺の望みは、泊りがけで迷宮に行くことなんだけど?」

「もう。相変わらず、変に色仕掛けが通じないんですから!」


 心が傷ついたかのように言い放ってから、ファルマヒデリアは元の席に座り直す。

 その隣では、アティミシレイヤが苦笑いしていた。


「……なんで笑っているんですか」

「いや、ファルマヒデリアはテフランについて学習していないなと思ってね」

「アティミシレイヤは習び取れていると?」

「戦い以外のことを、戦闘型に求めないでほしい」


 意味が読み取れない会話に、テフランは眉を寄せる。


「俺のことを話題にしていることだけはわかるけど、二人は何を言っているんだ?」

「なんでもありません。こちら側の内緒話です」

「乙女の秘め事をつまびらかにしようとするのは、紳士的ではないよ、テフラン」

「別に暴こうとしているわけじゃないよ。ただちょっと気になっただけで」


 追及は無理だと悟り、テフランは話の流れを元に戻す。


「それでファルリアお母さんは、俺が迷宮に泊りがけでいくことを了承してくれるの、くれないの?」

「むうぅ……。仕方がありません。許可します。私がここでヘソを曲げても、どうせテフランとファルマヒデリアは、こちらに内緒で迷宮に行くはずですし」

「戦闘以外に能がない身だ。テフランに求められたら、喜んでついていくとも」

「胸を張って言わないでください。まったくもう、同じ告死の乙女だとは思えません」


 なにか不条理を感じている表情で、ファルマヒデリアは肩を落とす。

 だが、テフランに反撃する手段を、思いついてもいた。


「泊りがけで迷宮に入るとして、睡眠時の見張りは、私たちにも任せてもらえるのですよね」

「……あっ、その問題もあった」


 普段の迷宮行では、テフランはファルマヒデリアたちに手出しを許していない。

 しかし泊りがけで行くとなると、二人に就寝時の見張りを頼むしかないし、その間に現れた魔物を倒してもらう必要も出てくる。

 考えによっては、ファルマヒデリアたちに戦闘の手伝いを許すということ。

 ひいては、テフランの戦闘を手助けする権利を、二人に与えることに繋がりかねないことでもあった。


(かといって、見張り用に人を雇うなんてことは……)


 ファルマヒデリアは絶対に許さないと、テフランは確信していた。

 そのため、望み薄ながら、二人が見張りに立たなくていい思いつきを口にする。


「俺は徹夜なんてへっちゃらだから、一日ぐらい寝なくても――」

「睡眠は成長に必須な要素です。徹夜なんてダメです」

「就寝は心身の疲れを癒し、次の日に全力を発揮するためには必要不可欠。実力を伸ばすために奥地にいくのに、それでは本末転倒だね」


 ファルマヒデリアだけでなく、アティミシレイヤからもダメ出しがきた。

 テフランはいい案が出ないかと頭を捻るが、二人が納得できそうな案は出てこない。


「わかった。俺が就寝しているとき、二人に見張りに立ってもらうことにするよ」

「ふふふ。テフランなら、そう言ってくれると思っていました」

「任せてくれるというのなら、安らかな眠りを守ることを約束しよう」

「念押しで言うけど、俺が寝ている時だけだからね。それと見張りは交代制にして、俺もやるからね」

「うーん。それぐらいの妥協は必要ですか」

「テフランにはぐっすりと眠っていてくれたほうが、こちらとしては嬉しいのだけれど、致し方あるまいね」


 三者間で約束が締結され、翌日から泊りがけで迷宮に挑むことが決まったのだった。




 泊りがけの迷宮行。

 テフランは、転移罠にかかった後の脱出行、そしてアティミシレイヤが告死の乙女として暴れていたとき、体験済みではある。

 しかしそれらのときは緊急事態ということもあり、ファルマヒデリアにおんぶに抱っこな部分が大きかった。

 そのためテフランは、今回こそは就寝時の見張りに立つと意気込んでいた。

 だが今現在、テフランは汗だくで地面に情けなく横たわっている。


「まさか、泊りがけのときも、戦闘訓練するだなんて、思わなかったよ」


 息も絶え絶えで愚痴る先は、金属製の手甲をつけて嬉しそうにしているアティミシレイヤだ。


「なにを言うのだか。実力を伸ばすために迷宮に泊まるのなら、訓練もしたほうがより伸びるというものだろ」

「それはそうだけどさ。俺が疲れ果てて立てなくなるまで、やらなくたっていいでしょ」

「ふふん。実は、ファルマヒデリアと話して、こうしようと決めていたのだ」

「どうせテフランのことですから、なんだかんだ言って徹夜しようとするはずです。それなら訓練で疲労困憊させて、眠らざるを得なくしましょうって」


 笑顔で補足するファルマヒデリアに、テフランは歯噛みする。

 本当に徹夜をしようとしていたことを、完全に読まれていたことが恥ずかしくて。

 テフランの悔しげな顔にある汗を、ファルマヒデリアはにこやかに拭いていく。


「本当に意地っ張りなんですから。もっとこちらに頼ってくれても、いいんですよ」

「……だって二人に頼ったら、ダメになるような気がするんだよ」

「私には、テフランが何を心配しているのかが、よく分かりません」

「俺だって明確な言葉で説明はできないよ。漠然とそう思うだけだから」


 二人して困った様子になったのを見て、アティミシレイヤが会話に入ってきた。


「あのねえ、テフラン。我々をなんだと思っているんだ?」

「なにって、二人は二人でしょ?」

「そうではない。我々は種族的には告死の乙女で、建前では君の義母だ。では、テフランと我々の間にある、本当の関係性とはなんだと感じているのか疑問を出しているんだ」


 真剣な話に、テフランは地面から体を起こし、胡坐をかく。


「感覚的なことだから、ピッタリと当てはまる言葉はないよ。俺にとって二人は親のように感じることもあるけど――そのぉ、魅力的な異性に映ることだって、やっぱりある。だから、本当の親子って感じはやっぱりないかな。でも、二人への愛情がないってことはないから、そこは安心してよ」


 素直な気持ちを吐露しながら、テフランはどう関係を言い表したものかと首を傾げる。


「ファルリアお母さんには生活面で、アティさんには戦闘訓練でお世話になっているから、従魔だったり渡界者仲間って表現も変だよね。そう考えていくと、建前だった『義理の親子』って関係に落ち着くんじゃないかなって」


 テフランが考えに一応の区切りをつけてみせると、なぜかアティミシレイヤが照れていた。


「そう真っ直ぐに言われると考えていなかった。けれど、うん、義理の母と仮にでも認めてくれて嬉しい」

「どういたしまして。って言うのも変だよね」


 テフランも照れ笑いで返すと、アティミシレイヤは咳払いをした。


「こほん。そうして親しい間柄だと思っているのなら、話は早い」


 意を決した顔になると、アティミシレイヤはテフランを抱き寄せた。

 それは力強さの全くない、優しい抱擁だった。


「我々に頼るとダメになりそうと思うのは、テフランが甘え下手で、人に寄りかかることをよしと思えないからだ」

「そうなの、かな?」

「なら『なぜダメになるのだろう』と考えてみるといい。剣が壊れたとき、どうしてだろうと原因を考えると同じ具合でだ」


 変なたとえに、テフランは苦笑いしながら、実際に考えてみた。


(俺が二人に頼ると、どうしてダメになるのか。そんなの簡単だ、二人の強さをあてにすることで、渡界者としての実力が落ちてしまうからだ)


 そして実力が落ちれば、地下世界に行くという夢が叶わなくなる。

 そんな分析して、ふと疑問が湧いた。


(待てよ。俺だけで対処できなかった、転移罠後の脱出や、ファルマヒデリアを従魔にするときに、ファルマヒデリアに力を借りた。日常での料理も任せている。それで俺は、ダメになったんだろうか?)


 テフランは自分の実力の伸びを知っているため、即座に否定する。


(前よりも強くなって、夢にちゃんと向かっている。ということは、二人に頼ったってダメにはならないはずだ)


 そう結論付けると同時に、程度の問題だと思い至る。


(二人に何もかもを任せてしまったらいけないんだ。自分に必要なことをちゃんとやっていれば、なにかを二人に任せたって、俺はダメになんてならない)


 抱いていたあやふやな気持ちが決着すると、テフランは目の前が開けたような気持になる。

 そして、意固地にファルマヒデリアたちの助力を拒み続けていた自分の態度が、恥ずかしいもののように思えた。

 その恥ずかしさを、アティミシレイヤに抱き着かれているせいだと誤魔化して、テフランは腕の中から脱出する。


「もう平気。えっと、じゃあ、訓練で疲れて眠たいから、見張りは任せてもいいかな?」


 頭では理解しても心が追いつかず、一抹の後ろめたさから、テフランはおずおずと提案した。

 すると、アティミシレイヤは頼もしく頷き、ファルマヒデリアは萌え出る花のような微笑に変わる。


「もちろん。ちゃんと就寝して、疲れを癒すといい」

「なにも心配はいりませんよ。約束通り、テフランが見張る順番になったら、起こしてあげますからね」

「うん。任せるよ」


 二人への安心感と自身の疲労から、テフランは目をしょぼしょぼさせながら、地面に下ろした荷物を漁る。

 取り出した毛布を地面に引き、そこに包まって横になった。するとすぐに寝息に変わった。

 安らかな寝顔に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは笑顔を向け合い、小声で会話する。


「テフランの説得、助かりました。これで前よりは、私たちに頼ってくれるようになるはずです」

「変な勘ぐりはしないでくれ。単純に、テフランの戦闘力向上の邪魔になる要因を排除したかっただけだ」

「今日を切っ掛けに、テフランが私たちに依存してくることはないと?」

「そこまで簡単な男の子じゃないよ、テフランは」

「私としては頼りに頼って欲しいんですけどね。まったく、手強い主さまです」

「告死の乙女を二人も従魔にしているんだ。当然だろ?」

「それもそうですね」


 意味深な会話を交わしつつ、ファルマヒデリアは通路の一方に指を向ける。そして近寄ってきていた車輪に似た魔物を、音の出ない魔法で殲滅してみせたのだった。


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