25話 元仲間の活動先と、気持ちのいい夜
例の怪しい四人組は、現れた翌日から活動を開始した。
しかしテフランには何の関係もないため、いつも通りにファルマヒデリアとアティミシレイヤと迷宮へと入っていく。
そのまま接点を持たないままに、数日が経過する。
この日、テフランが組合で素材の換金を行っていると、あの四人組が偶然にも入ってきた。
彫師サクセシタの容姿は前と同じで、特に変わったところはない。
その他の三人は最初に現れた時と違い、その体に外套をつけていないため、彼らの衣服や鎧と体にある魔法紋がはっきりと見てとれた。
色とりどりの模様を纏うその姿は、少し現実離れした容姿にも見える。
テフランは思わず注目してしまうが、考えるのは彼らの姿のことではなかった。
(あれだけの魔法紋を彫り入れるとなると、どれだけのお金がかかるんだか。まあ、ファルマヒデリアが魔法紋を彫ることを許してくれないから、俺には関係のない話だけどね)
問題はファルマヒデリアたちだと考えて、テフランは横目を向ける。
悪い予想を覚悟していたが、反して二人は冷静な様子で、四人の姿を目に入れないように立っていた。
その姿に安堵したテフランは、四人組にもう一度視線を戻し、その後ろに誰かがいることに気付いた。
それは一人の女性で、パンパンに膨れた自分の身長と肩幅を超える背嚢を背負っている。
(荷物持ちかな――って、ルードットじゃないか)
喧嘩別れした元仲間の姿に、テフランは目を見張る。
ルードットの方も、重たい背嚢に汗しする顔を向けてきていた。
無言で見つめ合う両者。
そこに割って入るように、サクセシタの声が建物内に響く。
「さあ、素材の換金をしておいてください。家に戻って、これらの調整をしないといけませんからねえ」
「は、はい。わかってます」
「任せますね。そうそう。換金したお金は、取り決め通りにあなたへの報酬です。好きに使って構いませんよお」
ひらひらと手を振って出て行くサクセシタに、魔法紋まみれの三人がついていく。
残されたルードットは、テフランが立つ横の受付に歩み寄り、素材で膨れた背嚢を置いた。
「換金、お願い」
「畏まりました。それにしても、相変わらず量が多いですね。これで品質が素晴らしかったら、いうことないのですけど」
「この中にあるのはマシな状態の物よ。大半は、素材にできないほどズタズタだし」
「勿体ないことをしますよね」
「わたしの助言で大分マシになったんだから、感謝して欲しいわ」
テフランが二人のやり取りを横聞きしていると、ルードットに睨まれた。
「なに盗み聞きしてんのよ」
「それは誤解だ。俺はここで、換金待ちしているだけだ。後から来たのは、そっちだろ」
「わたしだって、この受付の人が担当なだけよ」
二人は軽く睨み合い、先にテフランが目つきを元に戻した。
「それで、どうしてあいつらと一緒にいるんだ?」
「誰かさんのせいで一人になっちゃったから、新しい仲間を探していたの」
「もっとマシなのを選べよ。明らかに厄介事だろ、アレ」
「わたしもそうしたかったわよ。でも、あの人たちが組合長に要求したのよ。女性の渡界者が欲しいって」
「迷宮の道案内と荷物の運搬、そして魔術紋だらけのやつらのお世話係ってとこか?」
「そう。三人のうち二人は女性だからってね。胸の丸みが特定の魔法紋を彫り入れるのに適しているから女性を選んだって理由を聞いて、心底この仕事を受けたこと後悔したわ」
「ルードットは被験体にならないんだから、気にしなくていいんじゃないか」
「誰が貧乳よ。これでも、ちょっとはあるんだからね」
「はいはい。革鎧のせい、革鎧のせい」
昔の関係に戻ったような軽口を叩き合うが、それはお互いの報酬がやってくるまでだった。
テフランとルードットは受付からお金を受け取ると、あっさりと喋ることを止めて、さっさと別れてしまう。
素っ気ない態度に映ったようで、ファルマヒデリアが不思議そうだ。
「テフラン、あの娘行っちゃうけれど、いいんですか?」
「仲間でもない渡界者の関係は、普通こんなもんだよ。むしろ、長話しすぎた方じゃないかな」
「そうなんですか」
ファルマヒデリアは理解し辛そうにするが、一方でアティミシレイヤは気にしていない様子だ。
「さっさと家に戻ろうじゃないか。今日のテフランは戦闘訓練を頑張ってくれたから、褒美に念入りな按摩してあげないといけないんだ」
「それもそうでした。肉体の成長を促すために、食材も買い込まないといけませんよね」
楽しそうなアティミシレイヤとファルマヒデリアに、テフランは左右から腕をとられた。
そのまま優しく引きずられて建物から出ようとすると、居合わせた渡界者たちから羨望と嫉妬の視線がやってくる。
傍目から見れば、絶世の美人二人に惚れられた青年にしか見えないのだから、彼らの感情は当然のものである。
しかし当のテフランにとってみれば、これから始まるのは一種の拷問なので、望めることなら誰かに代わって欲しいところだった。
きっかけは、些細なことだった。
「あっん、テフラン。もうちょっと強くしてください。あっ、いいんぅ」
いつものように、テフランはファルマヒデリアとアティミシレイヤに風呂に入れられ、その後にマッサージを受け、美味しい夕食を取った。
「んぁぅ、そこを、押しながら滑らせて、あああんッ」
ほど良い疲れと、満腹の幸福感に揺蕩う意識で、テフランははたと思いついただけなのだ。
奇妙な縁で従魔になってくれた二人に、日ごろの感謝とちょっとした悪戯心で、お返しがしたいと。
だからこうして、テフランは寝かせたファルマヒデリアの体に、手を這わせている。
「そう、そこです。はんぅ、そこを、重点的にぃいいー。おあぅ、いいです。すっごい、気持ちいいですぅ」
「――って、按摩しているだけなんだから、変な声を上げないでってば!」
艶っぽい懊悩の声を連続して聞かされて、テフランの顔は真っ赤である。
ファルマヒデリアは服を着たうつ伏せの状態から、気持ちよさに蕩けた顔を上げ、背中を指圧しているテフランに向ける。
「だって、とても気持ちがいいんです。愛しいテフランに労われながら、肉体の緊張を解きほぐされるのが、ああっんぅ♪」
「あんまり変な声を出すようなら、こんな風に、強くするぞ」
テフランは少し痛みを与えようと、親指をぐりぐりと押し込む。
だが、人間とは耐久度が違う告死の乙女のファルマヒデリアには、違って受け取られた。
「それ、それが一番効きます。あんっ、もっと、もっとしてください」
「……もういい。勝手にして」
テフランは苦情を言うことを諦め、艶めいた声が耳に入らないほど集中して、ファルマヒデリアの背中を指圧する。
背中が済めば、肩回りへ、首へ、腰へとマッサージする場所を変えていった。
テフランは日ごろ自分が受けている施法を真似しているだけだが、ファルマヒデリアの気持ちがいい場所を的確についている。
順序通りに手や足を揉み終えた頃、ファルマヒデリアは血行が良くなって赤らんだ肌に変わっていた。
その表情は、まるで寝入った幼児のような、緩みきった幸福感に支配されている。
作業を終えて集中状態から脱したテフランは、幸せそうかつ無防備に横たわる美女にまたがっている自分を自覚してしまう。
それと同時に、マッサージで揉んで触れた肢体の柔らかさが、せき止められていたかのように手に走った。
(なんか、大胆なことをしちゃったような……)
テフランが赤ら顔で自分の気の迷いに戦慄していると、アティミシレイヤが背後から抱き着いてきた。
「なあテフラン。こちらにもしてくれるんだろ」
耳元でささやくアティミシレイヤに目を向けると、普段ののんびりとした目つきではなく、戦闘中のギラギラとした瞳に変わっている。
テフランは嫌な予感に頬がつりそうだったが、どうにか微笑みに偽装できた。
「いや、ほら。ちょっと手が疲れちゃったから、今度にしちゃダメかな?」
「駄目だ。目の前でファルマヒデリアの気持ちよさそうな姿を見せられたら、こちらも按摩してくれないと我慢ができない」
アティミシレイヤは強請るように、テフランに体を擦り付けていく。
猫科の動物が甘えているような仕草だが、その肉体美は絶世なもの。
普通の男性以下しか、女性への耐久度がないテフランにとって致命的な交渉法だった。
「わかったから。按摩してあげるから。だから抱き着くの止めてって!」
「よっしッ。それでは、早速頼むよ」
アティミシレイヤは脱力しているファルマヒデリアを少し横に退かし、空いたベッドのスペースに座る。
そして、おもむろに上着を脱ぎ始めた。
「ちょっと、どうして脱ごうとしているんだよ!」
テフランが慌てて止めると、不思議そうに小首を傾げられた。
「この体は戦闘型だ。万能型のファルマヒデリアよりも耐久度が高い。ならば、より気持ちのいい按摩を受けるには、少しでも防御力を下げる必要があるはず」
「理屈的にはそうかもしれないけど――って、もう脱いじゃってるし!」
テフランが慌てて目を背ける。
アティミシレイヤも大胆に脱いだにしては恥ずかしそうに、自分の乳房を手で隠す。そして、テフランの目に入れないように気をつけて、ベッドの上にうつ伏せになってから手を解いた。
「さあ、テフラン。よろしく頼むね」
「分かったけど、ファルリアお母さんみたいに、変な声出さないでよ」
「心掛けるが確約はできかね、お゛あぅん♪ んぅふーふー、んんぅう!」
言った側から、アティミシレイヤも色っぽい声を上げてしまっていた。口を閉じようと頑張ってはいるようだが、それが逆に色っぽさを加速させていた。
テフランは反射的に劣情が体を貫く感覚を得ながらも、意識をどうにかマッサージ作業に集中させることに成功する。
そこからは、ファルマヒデリアに行ったときと同じく、上がる声が耳に入っても聞こえなく感じながら、アティミシレイヤの全身を揉み解していった。
こうしてテフランは、告死の乙女という最強の強者相手に、マッサージによる幸福感によって無力化してみせた。
誰かに語る気は一切ない、全く誇れない武勇伝である。




