24話 変調
テフランたちが組合に顔を出すと、雰囲気が少し変だったので、たまたま近くにいた渡界者に声をかけた。
「なにかピリピリしているけど、なんかあったの?」
「さっき先触れが来て、帰っていったんだよ。身なりが良かったから、きっと大貴族の遣い走りだろうって予想だ」
教えてくれたことに感謝して別れ、テフランは受付で迷宮で集めた素材の換金を行う。
換金作業が終わるまでの時間、ファルマヒデリアが疑問顔を向けてきた。
「テフラン。どうして渡界者さんたちは、貴族の方がくることを嫌がっているのですか?」
「目の敵にしているような気がするな」
アティミシレイヤも気になっている様子だったので、テフランは声を潜めて理由を語っていく。
「貴族は一握りの尊敬できる人と、大部分のボンクラ、そして一つまみの厄介な奇人だ。っていうのが、俺の父親の弁だ」
「相変わらず、面白い物言いをする方ですね」
「面白いかはさておいて、渡界者に用がある貴族っていうのは、一握りか、一つまみの方なんだ。そしていきなり現れるのは、後者が大部分なんだ」
「つまり、これからやってくる貴族は、困った奴ということかな?」
「そういうこと。困った無茶振りを組合にしてくることが多いから、渡界者は気が気じゃないってわけ」
「その割には、テフランは余裕そうですね。いいんですか、この場から離れなくても」
「もっぱら、そういった依頼は熟練者に振り分けられるんだ。新米なんか、お呼びじゃないんだ」
テフランの説明通りに、組合の中に人たちで緊張した面持ちなのは、年嵩が上の人たちばかり。
若い人ほど、気楽に構えている。
ファルマヒデリアとアティミシレイヤが納得したところで、新たな人物が建物に入ってきた。
目の細かい布に金糸で刺繍が入った礼服を身に着けた、三十歳ほどの男性だ。
彼は建物内を見回すと、演者のように声を高らかに発する。
「先ほど組合長には申し伝えたが、サクセシタ様がおなりになる! 無礼な態度はとらぬように!」
男の言葉に、テフランは小首を傾げる。普通、貴族なら爵位を名前の後につけるものだからだ。
(なのに『様』づけってことは貴族じゃなくて、お抱えの絵師や魔法技術者ってことか?)
もしそうなら、貴族が直接来るより厄介になる。
絵師なら珍しい魔物を生で見たいと護衛を求めるし、技術者なら目当ての魔法を使う魔物を探して迷宮に連泊する必要がでてくる。
そんな事情を語る父親を思い出しつつ、テフランは自分には関係ないと判断する。
受付から換金したお金を受け取って、ファルマヒデリアたちと共に建物の端へと寄ることにした。
移動し終えた後、すぐに『サクセシタ様』とやらが現れた。
「んん~。流石は渡界者の集まる場所。粗野粗野しい建物ですねえ~」
言葉では貶しつつも、興味深そうな目を四方に向けているのは、頬がこけた高身長で二十歳前後の男性。
先触れの男性よりもさらに立派な衣服を着ているものの、痩せすぎて服との間に隙間が多いからか、お仕着せっぽい印象を受ける。
しかし見るべきところは、服ではない。彼が腰回りにつけている、道具一式だ。
(拡大鏡と束針に墨壺か。あれが仕事道具だとしたら、あいつは魔法紋を入れる彫師だな)
そう考えると、サクセシタが貴族のお抱えという予想に説得力が生まれる。
なにせ魔法紋を入れられる彫師は、いわば魔法使いを生み出す手を持つ者だ。兵力を欲する貴族なら必ず一人は囲っていると、民草の誰もが知る事実である。
そして、サクセシタが貴族のお抱えだと証明するかのように、彼に続いて三人の男女が現れた。
その姿に渡界者の何人かが口笛を吹く。
外套で体の大部分を隠しているものの、その顔や服から出ている肌に、所狭しと色鮮やかかつ細やかな模様の刺青が入っていたから。つまり、強力な魔法が使えそうだと予想することができたからだ。
こうして渡界者の関心を集められたのが嬉しいのか、サクセシタは痩せた肢体を軽やかに動かしながら、建物の奥にある組合長室へと歩いていく。
彼に付き従う三人の男女の姿を至近に見て、テフランはその若さに意外さを感じた。
(俺より二つ三つ、年齢が上だな。しかも男性一人に、女性二人の組み合わせだったのか)
女性の片方が中性的だったので、見間違えたしまったのだ。
それは、他の渡界者たちの多くがそうだった。
しかしテフランは、ファルマヒデリアたちと共に暮らしてきた影響で女性に対して敏感になっているため、近くを通りかかったときに女性だと判断がついた。
(でもこれって、女性への苦手意識が強まっているってことじゃないのかな……)
どうなんだろうと、テフランは自分のことなのに首を傾げる。
一方、ファルマヒデリアたちはどうしているかというと、なぜか厳しい視線をその男女へと向けていた。
ファルマヒデリアは目に冷たさを湛え、アティミシレイヤは緩まった表情から一転して戦闘中かのような厳しい顔つきになっている。
その姿を目に入れて、テフランは驚いた。
「どうしたの二人とも。いつもは誰が相手でも、調子を変えないのに」
「ちょっと、あの人たちが気に入らないと思いまして」
「その通り。あまり長々と目に入れていると、つい始末したくなってきてしまう」
物騒な物言いに、テフランは慌てて二人の腕を掴むと、建物から脱出した。
家への帰路につきつつ、テフランは改めて釘を刺す。
「分かっていると信じているけど、町中で人を傷つけたら駄目だからね」
「もちろん、テフランに危害が及んだ時以外に、他人に力を振るうことはありませんよ」
「そうだぞ。現にさっきだって、襲いかからなかっただろう?」
「あのね。貴族のお抱え彫師の作品を傷つけたら、どんな面倒事になるかわからないんだから、本当に止めてよね」
「ふふふ。そう心配しなくても、私たちはテフランのお世話の方が、何より大事ですよ」
「目移りしたわけではないからな。勘違いしないでほしい」
急な話題転換にテフランがジト目を向けるも、二人は気にした様子もなく、それぞれがテフランの左右の腕を抱える。
「ささ、お家に帰りましょう。今日も、いっぱい按摩してあげますからね」
「柔軟体操も手伝ってあげよう。テフランの動きには、まだ硬さがあるから、これで改善するはずだ」
「……なんか、体よくはぐらかされている気がするんだけど」
テフランは追求しようとするも、左右から腕を取られて家路を急がされている状況で行うのは難しかった。
そして家の玄関が見えてきたあたりで諦めが勝ち、誤魔化されてあげる気持ちに変わってしまうのだった。
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組合長室に入ってきた胡散くさい彫師の男に、アヴァンクヌギは冷ややかな目を向ける。
「先ほど先触れが来たばかりなのにお越しとは、ずいぶんと節操がないな」
「はっはっはー。なにぶん、拙速を尊ぶ気風なもんでしてねえ。手紙を出したというのに、いつまでたっても返事がないので、こうして直接赴いたという次第なのですよお」
皮肉に痛痒を感じていない様子に、アヴァンクヌギはやり難さを感じる。
しかしながら、惚けるところは惚けなくてはいけない。
「手紙? なんのことだ。お前――サクセシタだったか、が来るなんて話は聞いちゃいないんだがなあ」
「本当ですかあ? その書類の下に埋もれているのではありませんかあ?」
「ウゼエ喋り方だな。疑うなら調べてみろよ。第一、遠方からの手紙なんて紛失して当たり前のものだろ。何通出したってんだよ」
「一通だけですが、おかしいですね。いつもなら、ちゃーんと目的地についているのですが?」
「これからは二通は出すんだな。まあいい、それで何の用だ。その後ろの小僧と小娘どもは、なんだ?」
アヴァンクヌギが指摘すると、サクセシタは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「これらは、この手が生み出した最高傑作ですよ。勇剛であり勇烈かつ勇治な者たち。そう『勇者』と呼ぶに相応しい存在なのですう!」
下手な売り文句のような口上に、アヴァンクヌギは辟易とする。
「そんな生っちょろいガキどもが勇者だと? 寝言は夢の中で言うんだな。帰れ」
「おやおや、この子たちの真の姿を見ても、そう言っていられますかねえ?」
サクセシタがぱちっと指を鳴らすと、躾けられたように、男女三人は外套を取り払う。
三人とも全身に刺青が入っているのは予想通りだが、身に着けている者にも魔法紋が施されていた。
青年は戦闘役らしく、頑丈そうな全身鎧と大楯、そして身幅の厚い剣を腰に下げている。
中性的な娘は斥候役らしく、動きやすそうな革鎧をつけ、多数の入れる場所を持つ道具帯をつけている。
女性らしい特徴を持つ娘は後衛のようで、普段着の下に鎖帷子を付けて、大きな弓を手に持っている。
三者三様の装いと、体と服飾品の全てに魔法紋が施されているその姿に、アヴァンクヌギは嫌そうに顔をしかめた。
「おいおい、こんなにみっちりと魔法紋をつけさせて、こいつらを殺す気かよ」
「はて、どういう意味でしょう?」
「魔法紋はできるだけ間を空けて刻むもの。欲張って詰めて刻めば災いが起こる。って話を知らねえとは言わせねえぞ」
「ははっ。そんなの、魔法紋のことを詳しく知らなかった過去の馬鹿たちの妄言ですよお。現にこの子たちは、こうして何事もなく生きているじゃありませんか」
「はんっ、何ごともなくなんて笑わせやがる。そいつらの『意識』はどうなってるよ」
「……おや、気づかれてしまいましたか。まあ、いいではないですか。自己がない方が、命令する者にとって都合がいいんですから」
「やっぱりな。魔法紋の刻み過ぎで、自意識が崩壊してんじゃねえかよ」
「この子たちは道具ですよ。意識がある方が変なのですよ」
睨むアヴァンクヌギに、どこ吹く風のサクセシタ。
しばらく緊張感のある空気が流れるが、先に態度を崩したのは、意外なことにアヴァンクヌギの方だった。
「チッ。お前らが迷宮で活動するのを認めることで、お前の飼い主に対して、渡界者組合から貸し一つだからな」
「もちろん、承知しておりますともお」
「そんで、なにかその『道具ども』が問題を起こしたら、その対処一つにつき貸しが一つずつ増えるぞ」
「ええ、分かっておりますよ。でも、心配はいりませんよ。なにせ、命令に反応するだけの道具なんですからねえ」
「……魔物の素材を持ってきたら、規定料金で買い取りはしてやるよ。研究資金の足しにでもするんだな」
「ほほぅ、それはそれは豪気なご提案ですねえ。てっきり「お前らの素材なんて受け取らねえ!」なんてえ、言ってくるのだとばかり思ってましたよお」
「ふんっ。組合にとっちゃ、誰がとってきたかなんて関係ねえ。素材は素材だ」
話しは終わりだとアヴァンクヌギが手振りするが、サクセシタが待ったをかけた。
「お別れする前に、組合所有の物件を一つ、お貸し願えませんか?」
「宿に泊まれ。と言いたいところだが、お前の飼い主に貸しを一つ増やすって条件でなら、貸してやってもいいぞ」
「雇い主は気前がよいお方ですからね。貸し二つ程度なら、十分に許容範囲でしょうねえ」
あっさりと条件を受け入れたサクセシタに、アヴァンクヌギは眉を寄せる。
(こいつの飼い主が、渡界者組合に貸しを作る怖さを知らない無能じゃないとしたら、よっぽど『勇者』とやらの実験結果が欲しいらしいな。まあ、全身に魔法紋があるってことは、告死の乙女に近い存在ってことだろうしな)
全身に刺青を入れるだけで最強種に迫れる力を得られるのなら、なるほど貴族が欲しがるはずであった。
「スルタリア、案内してやれ。遠い位置のをな」
「理解しております。近くのは貸せませんからね」
「ちょっとお、嫌がらせですかぁ? まあ、家を貸してくれるのなら、どこでも構いませんけどねえ」
サクセシタは勘違いしているが、アヴァンクヌギとスルタリアが暗に指したのは、テフランたちのことだ。
告死の乙女二人の近くに、勇者と名付けられた三人を置くなど、薪の山に火種を放り込む暴挙にしか二人には思えなかったためだ。
なにはともあれ、サクセシタと人造勇者たちは、この町に住んで渡界迷宮に挑むことになったのだった。




