23話 常になりたる日
迷宮で魔物から素材を集め、その後でアティミシレイヤと戦闘訓練。
そんな日常を過ごす中で、テフランは自分の地力のなさを嘆いていた。
(アティミシレイヤに敵わないことは分かってはいたけど。立てた作戦の全てを、力づくで打破されちゃっているんだよなぁ……)
訓練で、テフランの作戦がはまったことは、何度かあった。
それでもアティミシレイヤを少し驚かせることがせいぜいで、戦闘開始地点から一歩だけでも移動させるという目標は実現していない。
そのため、テフランは家内の椅子に座りながら腕組みして、どうするべきか悩んでいた。
(短期的には戦い方をもっと練る必要があるし、長期的に地力を上げる方策も考えないと)
どうするべきかと悩みに悩んでいると、後ろに忍び寄ってきたファルマヒデリアに優しく抱き寄せられてしまった。
テフランの後頭部は柔らかくも豊かな双丘の谷に埋められ、額には若干ひんやりとする手のひらが押し当てられる。
「悩み続けると熱がでてしまいますよ。それと難しい顔をしたたまだと、眉間に消えないシワができてしまいますよ」
「……知恵熱がでるほど子供じゃないし、シワが残るほど歳とってないんだけど」
「そう言っても、額がかなり温かいですよ?」
「ファルリアお母さんの手が冷たいだけでしょ」
テフランは受け答えしながら、どうにか胸の谷間から脱出しようと試みる。
だが常に機先を制されてしまい、脱出しようにも難しい状況だ。
テフランが羞恥を感じながらも諦めの気持ちを抱くと、抵抗を止めた獲物を飲み込むかのように、ファルマヒデリアはさらに谷間の奥へと引き寄せた。
後頭部から頬にかけて、弾力のある温かみが包んでくる。
(この状況になったら気が済むまで放してくれないし、抵抗するとその分だけ長くなるんだよなぁ……)
日々の生活で身に染みて理解していたテフランは、顔を赤くしながら、自分から頭を預けるようにする。
こうするとファルマヒデリアは喜び、この青少年には苦行な状況がほんの少しだけ早く終わると知っているからだ。
しかし弊害もある。
ファルマヒデリアの抱き着く強さが上がり、そのうえ体表面積を多くくっつけようとしてくることだ。
テフランは頭や背中から伝わってくる体温を感じつつ、早く終わってくれないかなという一念で心を満たす。
そんな二人に、アティミシレイヤが合流する。
「いつになく、仲がいい。これは、テフランが女体に慣れてきたという証だろうな」
早合点して頷くアティミシレイヤは、風呂上りでほのかに濡れている髪や小麦色肌をタオルで拭う。
残っている水気を早く乾かすためにか、まごうことなき全裸の状態だ。
ファルマヒデリアという拘束具によって動きが取れなかったため、テフランはアティミシレイヤの裸体を直視してしまう。
湯気で霞む風呂場や、暗がりに沈む寝室とは違った、髪の毛の一筋まではっきり見える灯りの下。
名工が削り出した石像以上に美しく、そして並みの人間以上に生命力が溢れたその姿。
テフランは見惚れると同時に速まる鼓動を感じた。
だが少しして我を取り戻すと、途端にこれ以上はないという赤面に変わる。
「裸のまま風呂場から出てこないでよ!」
「テフランと戦闘訓練をすると、なかなか体の熱が取れないのだ。見逃してくれ」
「ならせめて、薄い服を着ててよ。第一アティさんって、俺に裸を見られるの恥ずかしかったはずでしょ!」
「いまも、恥ずかしいことは、恥ずかしいのだが……」
もじもじと太腿を擦り合わせるその姿は、本当に恥ずかしそうだった。
(なら服を着ればいいのに。それができないほど、体が熱いわけないだろうし)
理解ができないでいるテフランに、抱き着いたままのファルマヒデリアが微笑みかける。
「アティミシレイヤは抱き着いている私に対抗しようと、健気な勇気を出したんです。分かってあげてください」
「……対抗心を抱かなくたって、俺はファルリアお母さんと同じぐらい、アティさんも大事に思っているつもりだけど?」
「そういうことではないんですけど、大事と言ってくれたので、アティミシレイヤは満足したようですね」
テフランが視線をアティミシレイヤに戻すと、体をタオルで隠しながら風呂場に引き返すところだった。
少しして服をちゃんと着て帰ってくると、気恥ずかしそうに揺れる瞳で近づいてくる。
アティミシレイヤに視線を向けられたファルマヒデリアは、テフランを胸の谷間から解放した。
ほっとテフランが安堵するのもつかの間に、今度は正面からアティミシレイヤに抱き着かれてしまう。
鼻先から顔をハリと弾力の高い乳房の間に押し込められ、頭頂部に体温が少し高めの頬が擦り寄せられ、体には腕が柔らかに巻きつかれる。
そうして脱出不能な状態で、風呂で身綺麗になったことで他に余計なものがない、純粋なアティミシレイヤの匂いに包まれることになった。
ファルマヒデリアからも感じる、母性と安心感を抱かせる乳のような甘い匂い。そこにアティミシレイヤ独自の、脳を刺激して男性的な劣情を掻き立てる柑橘系の香り。
その二つが混ざったものを嗅がされて、テフランは自分の下半身に血が集まりつつあることを感じた。
(こ、これは、ヤバい)
テフランは自意識がこの体臭に浸食されていく実感を得ながらも、なぜか強く脱出しようという気が起きないでいた。
生物的な本能からなのか、それともアティミシレイヤを信頼しているからなのか。
その判断に決着がつく前に、アティミシレイヤはテフランを腕の中から解放した。
「すまない。少し調子に乗ってしまった」
後悔と恥ずかしさが混ざった声を残し、後ろを向いたアティミシレイヤは寝室へと逃げるように去っていった。
匂いの影響で呆然とするテフランを、再びファルマヒデリアが抱き寄せる。
その顔は、少し不満そうだ。
「そんなにうっとりするほど、アティミシレイヤの香りはいいものだったんですね」
「え?! い、いや、そういうわけじゃ」
「ふーん。本当にそうだとは、とても思えません」
ファルマヒデリアはテフランの股間部に視線を向けると、自分の匂いを擦りつけるように強く抱き寄せる。
テフランは未だに二人に振り回されっぱなしなことに気落ちしつつも 安心感の強い香りで、いきり立ちつつあった気持ちが穏やかになっていく自分を実感していたのだった。
ちょっと短めですが、ご容赦ください




