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22話 睡眠中に

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 ファルマヒデリアはベッドで眠るテフランを、部屋の扉の外から静かに覗く。

 

「ふふふ。幸せそうな顔です」


 満足そうに微笑んで扉を閉めると、食卓へと戻る。

 すると、アティミシレイヤが席に座っていて、琥珀色の酒が入ったグラスを掲げていた。

 ファルマヒデリアは別の席へ着くと、余っていたグラスを取り、机の上に置かれていたボトルから酒を注いだ。


「告死の乙女同士の、秘密会合の開始ですね」

「日々健やかに成長してくれているテフランに」


 別々の乾杯の言葉を口して、二人はグラスを合わせた。

 澄み渡った音が響いた後、瑞々しい唇をグラスの縁につけて、酒を一口。


「ふふふ。わたくしたちのこんな姿を見たら、テフランはなんというでしょうね」

「きっとなにも言わないな。いや、ちょっと飲ませてと頼んでくる可能性はあるか」

「テフランに飲酒はダメです。もう少し成長してからでないと」

「わかっているさ。だからこそ、こうしてこそこそと酒盛りをしているんだろう」

「酒盛りって、野蛮な言葉選びですね。せめて酒宴と言ってください。テフランの教育に悪いです」

「言葉一つにあげ脚を取るなんて、本当にファルマヒデリアは、テフランの事が第一なんだな」

「当然です。アティミシレイヤは違うのですか?」

「いいや、違わないな。なにせ我らの愛しい主だ」


 二人はテフランのことばかり語り続ける中で、やや踏みこんだ話題に移っていく。


「それにしても、テフランに戦闘訓練をつけるなんて、アティミシレイヤは何を考えているんですか」

「ファルマヒデリアだって賛成したと記憶しているが?」

「それは仕方がなくです。あなたの提案でなければ、絶対に賛成しませんでしたとも」

「テフランが強くなることを求めているのにか?」

「もしそうだとしても、迷宮に入ることに繋がることは反対するべき。告死の乙女なら、そう考えて当然ですよね?」


 アティミシレイヤは「それもそうだ」と頷きながら、少し言い難そうにしながら、グラスの縁を指でなぞり始めた。


「しかしそうなるとだ、戦闘型の告死の乙女の存在意義とはなんになるんだ?」

「話題が急に飛んだように感じるのですが。もっと詳しく言ってくれませんか」

「だからだ。戦いしか能のない告死の乙女が主を得たとき、その主に何を捧げればいいのかという問題だ」


 アティミシレイヤは酒を軽く呷ると、グラスを持った手の人差し指をファルマヒデリアにつきつけた。


「万能型ならば、身の回りの世話で貢献できる。実際、テフランはお前の料理を美味しいと喜んで食べているしな」

「ふふーん。地道に近所の奥さまたちに料理を聞いて回った成果です。それに、テフランの体調に合わせて、味の微調整は毎日していますから、当然です」


 自慢げに語る姿に、アティミシレイヤは少し不愉快そうに眉を寄せる。


「一方で戦闘型はどうすればいい。テフランに捧げられるものは、戦闘の手ほどき以外にはないぞ」

「考えはわかりましたが、そう短慮を起こすものではないですよ。その恵まれた肉体を生かせば、貢献できるはずです」


 ファルマヒデリア自身確証がない口調に、アティミシレイヤは自嘲気味の笑みを浮かべる。


「迷宮での荷物持ちですら、さんざん頼み込んで、ようやくやらせてもらえるようになったんだ。そして色仕掛けをしたって、我々二人がかりでもなびかないのだが?」

「それはテフランに女性体への免疫がないだけで、私たちに魅力がないわけじゃありません。私が従魔になった当初に比べたら、ずいぶんとマシになってきてますし」

「抱き着くだけで気絶して、裸を見せればのぼせて目を回したんだったか」


 二人して苦笑いし、グラスに酒が少なくなってきたので、瓶から注ぎ合う。


「それにしても奇妙な縁だよな。本来なら告死の乙女は、テフランのように若く弱い人間の従魔になるわけはなかったのにな」

「私たちを生み出した『なにか』も、この偶然は想定してなかったんでしょう」

「それを言ったら、二個体が同じ主に仕えることも想定してないのではないか?」

「どうでしょう。アティミシレイヤを従魔にしたときのように、新しい告死の乙女を従魔にしようとすると予想はしていたかもしれませんよ?」

「人の欲望には限りがない、か。そう考えると、テフランは欲が薄い方だな。我々の力をあてに欲を叶えようとはしないし、迷宮の底――人間のいう地底世界に向かうことしか明確な夢はないのだし」

「自分の力で成したことでないと納得しないあたり、テフランは自尊心が高いとも精神が幼いとも言えますよね」


 愚痴のように言ってから、二人して笑い合う。


「ふふふ。結局テフランのことに話が戻ってしまうあたり、私たちは度し難いですね」

「告死の乙女の宿命以上に、好きになっている自覚はあるな」

「本当に、テフランは愛おしいです。ついあれこれと、世話を焼きたくなってしまいます」

「気持ちはわかるが、ほどほどにな。やりすぎると、テフランがお前に苦手意識を抱くぞ」

「ほどほどの付き合いはアティミシレイヤにお任せします。私は構って、構い倒すことで、苦手意識を打開してみせますから」


 二人してぐっと酒を飲み干すと、ファルマヒデリアはアティミシレイヤのグラスを取り上げる。

 そして魔法で洗浄すると、テフランには内緒の隠し棚へと瓶と共に仕舞った。


「さて、宴はお開きにして、テフランの添い寝に向かうとします。アティミシレイヤはどうします?」

「戦闘訓練で相手になって満足したからな、今日は遠慮しておく」

「ふふふ。それでは思う存分、テフランを甘やかすとしますね」

「……あまりやり過ぎるなよ。前に悲鳴を上げられたとき、傷ついていただろ」

「いえ、あのときに決意したんです。テフランには押しの一手で寄り切るべきだと!」


 変な決意を表明して、ファルマヒデリアは楽しそうにテフランの寝室へと入っていった。

 アティミシレイヤは苦笑いすると、別の寝室へと歩みを向ける。 

 その際、ふと思い立ったように、酒を隠している戸棚へと視線をやった。


「それにしても、ファルマヒデリアが話し合いには酒が必須だと提案してくるから呑んではいるが、毒の耐性で告死の乙女は酒精アルコールで酔わないのに必要なのだろうか?」


 首を傾げ、ファルマヒデリアも少し変わり者だからと納得して、アティミシレイヤはベッドで一人寝に入っていったのだった。





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 渡界者組合の組合長室。

 アヴァンクヌギが報告書を手に、面白くなさそうな顔をしていた。

 その紙に書かれているのは、テフランたちが組合におろしている魔物の素材をまとめたものである。

 あまりにじっと見続けているため、スルタリアがため息まじりに声をかけた。


「なに固まっているんです。書類仕事はまだまだあるのですよ」

「わかってるよ。だが、これを見てみろよ」


 渡された報告書を見て、スルタリアは首を傾げる。


「変なところはないと思いますが?」

「数はともかく、質の部分を見てみろよ」

「テフランくんの実力なら、打倒どころか、よくやっている方では?」

「ああそうだな。単独の新米渡界者の成果なら、褒めてやりたいぐらいに上々だな」


 スルタリアがわけがわからないといった表情をすると、アヴァンクヌギは苛立った目つきに変わった。


「ヤツには二人も『義理の母親』がいるんだぞ。もっと手強い魔物――価値の高い素材を持ってきても変じゃないだろうが!」


 怒鳴るように隠語を用いた理由を言われて、スルタリアはアヴァンクヌギの気分を察した。


「また他の地域の組合長から、なにか嫌味でも言われたのですね」

「忌々しいことにな。それにしてもあの義理の母親は、この組合の成果を積み上げる、いい材料になるはずだってのに。持ち主が青二才じゃ、宝の持ち腐れもいいところだぜ」


 不満そうに語るアヴァンクヌギを見て、スルタリアはあることを思い出した。


「そういえば、監視から報告がありました。どうやらテフランくん、褐色の方に戦闘の手ほどきをお願いしたようですよ」

「……馬鹿か、あいつは。そんなことに時間をかけるなら、迷宮の中に放って適当に魔物を狩ってこさせりゃいいだろうに。その方が楽に稼げるだろ」

「要するに、義理の母親の力を借りるのが嫌なんでしょうね。思春期の子供っぽくて微笑ましいと、監視者が欄外に書いてましたよ」

「青二才も極まれりだな。渡界者って自覚はないのかよ」

「地下世界に行くために、鍛えてもらっているのでは?」

「現実の渡界者は魔物を狩って日銭を稼ぐ、いわば猟師だぞ。いまどき地下世界に行こうなんて考える馬鹿は、一握りもいやしねえんだぞ」

「そんな少数思想の持ちぬしだからこそ、彼女たちを手に入れる偶然を引き寄せたのではありませんか?」


 馬鹿言うなと、アヴァンクヌギは身振りする。

 その後で、一つの依頼書を手に取った。

 それは見事な封蝋とリボンがされているもので、権力者からの依頼だと一目で分かるものだった。

 アヴァンクヌギはリボンを解くと、封蝋を壊さないように剥がして、依頼書を開く。

 中身はいま初めて見るのだが、書かれてあることは他の地域の組合から伝わってきた話から知っていた。

 秘書であるスルタリアも、それは同じである。


「噂に聞こえてくる謎の兵器の実験に、迷宮を貸して欲しいという要請でしたか?」

「その通りなんだが……こりゃあ、どんな兵器なのかを誰も口にしないわけだ」


 意味深な呟きを漏らし、アヴァンクヌギは依頼書をくしゃくしゃに丸めてしまった。

 その丸まった紙を手渡されて、スルタリアは目を丸くする。


「こんなことして、いいのですか?」

「厄ネタだって予感があるからいいんだよ。一応言っておくが、中身は見ずに燃やして処分しろ。この件には関わらないと決めたからな」

「それは組合長としての言葉ですか?」

「失態を演じたばかりだからな、権力者に恩は売っておきたくて、その紙を読む気になったんだがな。けどソレは、迷宮で曲がり角の先に強敵が待ち構えているときみたいな、イヤな予感がしやがるんだよ」


 あまりのアヴァンクヌギの嫌がりっぷりに、スルタリアは手にある丸まった紙が刃の塊に変わったような錯覚を抱く。


「組合長がそこまでいうのなら、一刻も早くこの紙は処分してしまいましょう」


 組合長室から出ていくスルタリアを見ながら、アヴァンクヌギは口に出さなかった予感を胸中で吐露する。


(あの兵器の使い勝手を確認するためには、徐々に魔物が強くなっていく場所が必須になる。この町にある迷宮のようにな)


 アヴァンクヌギは理解していた。

 権力者というものが、目的のためならば横紙破りを平気でやること。そしてその賭けに失敗したとき、酷い痛手を当人だけでなく周囲も被ることも。

 アヴァンクヌギ自身、博打狂いの男を使い捨ててでも告死の乙女を入手しようと試みた件で、十分に身に染みていた。


 


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