21話 アティミシレイヤとの訓練
迷宮で魔物を倒して素材を集めた帰り、テフランたちは出入り口に近い場所ながら、人通りがほとんどない一画にやってきた。
ここで、アティミシレイヤから戦い方を教わる気でいるのだ。
「よろしくお願いするね。アティさん」
「もちろんだとも、テフラン」
声を掛け合った後で、アティミシレイヤは素材が満載になっている大きな鞄を下ろした。
するとファルマヒデリアが近寄り、なにかを差し出す。
「ここまでの道中で武器型の魔物の素材を利用して、言われた通りに作っておきました。調整はできるのでしたよね?」
「戦闘型は武器や防具を作ることはできないが、整備や調整はお手の物だ。むしろ、万能型より上手なはずだ」
アティミシレイヤは受け取ったものを、両手にそれぞれ填める。
それは指先から手首近くまでを覆う、厚い金属製の手甲だった。
アティミシレイヤは手指を開閉させて具合を確かめると、綺麗な肌に治った腕に魔法紋を浮かばせる。
すると手甲の表面がさざめき、少しずつ全体の形が変化し始めた。
指や手首の動きに合わせて滑らかに動くように、指先が尖って攻撃力が高くなるように整っていく。
やがて手甲はアティミシレイヤの両手を形よく覆うようになり、さしずめ手首から先が鈍色の鱗で覆われているかのような姿となった。
「ふむっ、こんなものかな」
アティミシレイヤは手指を動かし、軽く拳を繰り出したりして具合を確かめる。
万全と判断し、テフランと向かい合った。
「待たせた。それでは、戦闘の手ほどきをしてあげよう。剣で斬りかかってくるといい」
手招きしながらの言葉に、テフランは眉を寄せた。
「斬りかかれって、俺にはこの剣しか持ち合わせがないんだけど?」
手にある剣――動く甲冑という魔物から奪い、ファルマヒデリアによって魔法紋が刻まれたものを掲げて見せる。
多数の魔物を屠ってきた武器なのだが、アティミシレイヤは笑顔を浮かべる。
それは家にいるときのどこか緩さがあるものではなく、戦いに向かう肉食獣のようなどう猛さがあるものだった。
「気にせずに斬りかかってこい。テフランの実力では、この肌に一筋の傷をつけることすら無理なんだから」
「……なら、食らえ!」
言い草に腹を立てたテフランは、威嚇のために当たらないようにしながらも、渾身の力で剣を振るった。
新米渡界者にしては目を見張る一撃だったが、アティミシレイヤは虫を払うかのように、あっさりと手甲で弾いてみせる。
それどころか、テフランの胸部鎧に向かって、軽く突きを繰り出す余裕すらあった。
一方でテフランは、殴られた衝撃が鎧を通って肉体に直撃し、後ろに少し吹っ飛ばされながら咳き込む。
「げほっげほっ。いちおう、全力だったのに」
「ふふっ、心配無用だとわかっただろう。さあ次は、心して攻撃してくるんだぞ」
遊び相手を見つけた小動物のような瞳で、アティミシレイヤは手招きする。
先ほどの攻防で実力差が身に染みたテフランは、怪我をさせてしまうかもしれないという心配はしないことにした。
それどころか、全力全開で挑んでも軽くあしらわれるだろうと予感すらしていた。
(なにを当たり前な。アティミシレイヤは最強種の告死の乙女で、しかも戦闘型なんだぞ)
意識を改めたテフランは、強敵に相対したときと同じく、手堅い戦法を選んだ。
視線と剣を相手に向けつつも、体はやや斜めに立つ、攻防一体の構えで一歩ずつ近寄っていく。
アティミシレイヤは笑顔のまま、構えらしい構えも取らずにその姿を見守っている。
腕を伸ばせば剣先が触れられる位置まで接近したところで、テフランが大きく動いた。
「てええやああああああ!」
大きく踏み込みながら、顔を目がけての突き。
生半可な魔物なら、これで決着がつきそうな鋭さがあった。
しかしアティミシレイヤは楽々と、手甲で剣を逸らしてみせた。だが同時に、突きに違和感を感じたような目に変わっている。
その実感は正しく、テフランは突きを放ってすぐに、第二撃へと体を動かしていた。
肩口を狙って振ってくる刃に、アティミシレイヤは感心した顔つきに変わる。
「そうやって連撃で攻めるのは、いい判断だ」
「とか言いながら、完璧に防いでいるじゃないか!」
「ほらほら、口より先に手を動かさないか。攻撃の手が緩めば、こちらが殴りにいくからな」
「ええい、これなら!」
テフランは呼吸と足を止めて、上下左右、斜め切りから突きに至るまで、様々な剣閃を目まぐるしく放っていく。
しかしアティミシレイヤは完璧に見えているようで、両手の手甲で防ぎ続ける。
そしてテフランの動きが鈍った瞬間に、その鎧を軽く殴りつけた。
軽くといっても、それは告死の乙女の基準。
並みの青年であるテフランにとってみたら、金槌で思いっきり殴られたような衝撃だった。
「ぐはっ――はあはぁ、次だ!」
呼吸を整える間もなく、テフランは素早く移動しながらの攻撃に切り替える。
死角を重点的に狙った戦法で、父親から強い魔物相手の必勝法と教わったものだった。
しかし、アティミシレイヤには通じない。まるで目が横にも後ろにもあるかのように、簡単に払いのけてくる。
「これも駄目か!」
破れかぶれに強打を放とうとした瞬間、テフランはアティミシレイヤに蹴り飛ばされた。
それは不思議な受け心地で、蹴られた痛みは全くないのに、弓矢で飛ばされたかのように空中を素早く飛ぶ羽目になっている。
「うわあああああああああ――」
このままでは壁に当たるか地面を転がることになることに気付いて、テフランが軽いパニックになった。
だが壁や地面に落ちる前に、観戦していたファルマヒデリアが楽々と飛んできたテフランを受け止め、アティミシレイヤに抗議する。
「まったくもう、テフランが怪我をしたらどうするのです」
「怪我をしないように注意して蹴ったんだ。その心配は要らない。それにいまのは、防御を捨てて攻撃してきたテフランの落ち度だぞ」
自分が正しいと態度で示すアティミシレイヤを見て、ファルマヒデリアは腕の中にいるテフランに頬を寄せる。
「戦闘訓練なんて、もうやめましょう。テフランが強くならなくたって、私が守ってあげますから」
花の蜜と柑橘系が合わさった匂い。そして抱きしめてくる柔らかな肢体の感触。
そのどれもが、戦闘意欲を失わせようと働きかけてくる。
しかしテフランは気を確かに持ち、ファルマヒデリアの腕から脱出した。
「これは俺が望んだことなんだ。邪魔をしないでよ」
「むぅー。怪我をしそうになったら、止めに入りますからね」
拒否されてふくれっ面になるファルマヒデリアを残して、テフランはアティミシレイヤに再び対峙する。
「俺の力じゃ怪我一つ負わせられないって分かったけど、せめて一歩は動かしてみせる」
「ふふっ、不可能を足掻く姿は嫌いじゃないぞ。ほら、かかってきなさい」
「言ったな!」
テフランは体を限界まで使い、戦い方を試行錯誤しながら攻めに攻める。
その攻撃の手が緩んだときや、攻撃に偏重しすぎた瞬間に、アティミシレイヤの手加減した攻撃が飛んでくる。
まるでその戦い方は駄目だと、言葉ではなく体に教えるように。
テフランは地面を転がされて、土や砂まみれになる。しかし諦めずにアティミシレイヤに挑み続ける。
そうして疲労が蓄積して動きに精彩を欠くようになった頃、初めてアティミシレイヤがテフランの剣を手甲で受け止めた。
「今日はここまで。これ以上は、やっても逆効果だ」
「ぜーぜー……。けっきょく、一歩も、動かせられなかったかー」
テフランは汗だくで荒く息を吐きながら顔を上向かせ、アティミシレイヤに全く叶わなかったことと、定めた目標を達成できなかった悔しさを噛みしめる。
そうやって休憩している間に、アティミシレイヤは下ろしていた荷物を背負う。
そしてファルマヒデリアは、心配そうにテフランに抱き着いてきた。
「こんなに汗だくになるまで、頑張らなくてもいいんですよ」
「力をつけるためには、これぐらいはしないと。そうじゃなきゃ、いつまでたっても地下世界には行けないよ」
「異世界なんて目指さなくてもいいのに――って言っても聞きませんよね。分かっています」
ファルマヒデリアはため息を吐くと、さらに抱き寄せる。
迷宮行と戦闘訓練でたまった疲れが、香しい匂いと伝わってくる体温で癒されていく心地を、テフランは感じた。
ファルマヒデリアは弛緩して体重を預けてくるテフランを受け入れつつ、慈母の微笑みを浮かべる。
「こんなに汚れてしまったのですから、帰ったらお風呂に直行ですね。その際には、翌日に疲れを残さないために按摩もしないといけませんね」
不穏な言葉を聞いて、テフランは努めて意識をはっきりさせた。
「按摩って、お風呂の中でやる気なの?」
「もちろんです。温かい場所で施術したほうが、効果が高いんですから」
微笑むファルマヒデリアの言葉に、テフランの脳内で今後に起こる景色が浮かんだ。
全裸のファルマヒデリアとアティミシレイヤに挟まれた状態で、二人から腕や足、背中やお腹を優しく揉まれていくその想像を。
テフランは我に返ると、一気に赤面した。
(なんて想像をしたんだ……)
青い感情から自己嫌悪に落ちようとするテフランだったが、ファルマヒデリアとアティミシレイヤの前ではその暇すらない。
「テフラン。帰って休みましょうね」
「明日からも訓練を続けるなら、休むことも大事だ」
「え、ちょっと、一人で歩けるから!」
ファルマヒデリアに抱きかかえられ、アティミシレイヤには手を繋がれた状態で、テフランは迷宮の出口へと向かう羽目になった。
その後、この状態で素材の売却に組合へ、そして帰宅することになる。
そして風呂場にて、テフランが想像した以上の光景の中、ファルマヒデリアとアティミシレイヤの丁寧なマッサージを受ける羽目にもなったのだった。




