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19話 夜に

 服の買い物に続いてルードットの一件もあり、テフランは迷宮に行ける心境ではなくなってしまった。

 家でのんびりするという選択をすると、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが喜びを見せる。


「テフランは頑張っていますからね。しっかりとお休みする日が必要だと、つねづね思っていたのです」

「きっちりと気力と体力を回復させるために休日は必要だものな。些末事は我々がするから、なんでも言ってくれていいぞ」

「ちょっと、二人とも大袈裟に構えないでよ。ただ、のんびりしたいだけなんだから」


 テフランは苦笑いしつつも、自分に起こった心境の変化を感じ取っていた。


(気分が乗らないから休むって、贅沢になったもんだよなぁ。前まで出入り口近くでしか活動できなくて稼ぎも少なかったから、連日迷宮に行っていたし、不満もなかったのに……)


 この変化を、食べものと住む場所に困らなくなったことによる気の緩みなのか、実力の向上によった当然の変化なのかは、テフランには判断がつかない。

 しかし、迷宮に行くのを休むことに、罪悪感はなかった。

 剣や鎧に魔法紋を刻んで貰ったとはいえ、迷宮の少し奥に活動場所を移動したこと、蓄えがが出せるほどの報酬を得らていることは、自分が頑張った成果だとテフランは考える。


(これで普段の戦闘も二人に手伝ってもらっていたら、心境は別だったんだろうけど)


 テフランは椅子に腰かけながら、ファルマヒデリアとアティミシレイヤを見る。


「折角お休みするんですから、普段は作らないお菓子とか用意しちゃいましょうか」

「テフランは育ちざかりなのだから、量を多く作った方がいいぞ」

「ふふふ、とか言って、アティミシレイヤがたくさん食べたいだけじゃないですか?」

「否定しないが、テフランの喜ぶ顔が見たいのは、ファルマヒデリアと同じだぞ」


 告死の乙女は魔物なので、二人に血のつながりがあるはずはない。でも、まるで本当の姉妹のような姿に、テフランは家族の雰囲気を感じた。


(父親から迷宮のことを教わったり、連れられて渡界者の打ち上げに混ざったりはしたことがあったけど。こうして家でのんびり暮らすってことは、したことがなかったっけ。そう考えると、普通の家庭とは違ったんだろうなぁ)


 ありし日の思い出に浸っていると、目の前に茶色い円形の物が差し出される。

 それはクッキーで、摘んでいる指から腕へと視線で辿っていくと、ファルマヒデリアの笑顔があった。


「ほら、テフラン。あーん、してください」


 ニコニコと微笑みながら、クッキーが唇へと近づいてくる。

 綺麗な女性の手ずからの餌付けに、テフランは羞恥心で顔を赤くし、普段しているように拒否の言葉を発しようとした。

 しかし、家族という雰囲気をまだ味わっていたいという欲求が、突如として沸き起こる。

 少し葛藤した後、テフランはおずおずと口を開いた。


「あ、あーーん」

「ふふふ。はい、どーぞー」


 餌付けを受け入れてくれたことが大変に嬉しくて、ファルマヒデリアの顔は笑み崩れそうになっている。

 テフランはそこまで喜んでくれるとは思っていなくて、口に入れたクッキーを噛み砕きながら、つい視線を逸らしてしまう。

 その恥じらいすらも心地いい様子で、ファルマヒデリアは顔を寄せてくる。


「テフラン。いまのは試しに作ってみたものなのですけど、甘くした方がいいですか、それとももっと控えめがいいですか?」

「いや、十分に美味しかったから、このままの味でいいかな」

「そうですか。それなら、試作品がまだ少し余ってますから、量産するまでの間に合わせに、それを食べていて――」


 ファルマヒデリアが嬉しそうに次のクッキーを取ろうと台所に顔を向けると、試作品の最後の一つがアティミシレイヤの口に放り込まれるところだった。


「……アティミシレイヤ。あなたは」

「待ってくれ。食べていいと言ってくれたじゃないか!」

「誰が全部食べていいと言いました! それはテフランのためのもので、あなたのためのものじゃないんですよ!」

「分かっている、いや、いたんだが。あまりにも美味しくて、つい」


 アティミシレイヤのしょげる姿を見て、テフランは咄嗟に会話に割って入った。


「クッキー、すごく美味しかったよね。アティさんがつい食べつくしちゃう気持ちはわかるよ」


 テフランが美味しさに言及すると、ファルマヒデリアの態度が怒りから喜悦へ一転した。


「待っていてくださいね。すぐに作ってあげますから。アティミシレイヤの分もですよ」


 機嫌よく台所で魔法を使い始めたファルマヒデリアに、テフランは胸をなでおろす。

 するとアティミシレイヤが、申し訳なさと助けを有り難がる感情半々の顔をしながら近づいてきた。

 テフランが手招きすると、その表情を申し訳なさに比重が傾けつつも間近まで寄ってくる。

 そこでテフランが怒られた慰めに頭を撫でると、アティミシレイヤは恐縮と羞恥で頬を赤らめた。

 そのまま過ごすことしばし、ファルマヒデリアがクッキーが乗った大皿を手にしながら、二人の仲睦まじい様子を見て抗議する。


「アティミシレイヤだけ頭を撫でるなんてずるいです! わたくしもしてください!」

「はいはい。それじゃあ、クッキーを作ってくれたご褒美ってことで、ファルリアお母さんも撫でてあげるよ」

「やりました! それじゃあ、テフラン。お願いしますね」


 机に大皿を置くと、幼子のように頭を差し出してくるファルマヒデリア。

 テフランはアティミシレイヤにしたものと差別化を図るために、頭髪の奥に指先を埋めるように少し力をいれつつも、より手つきは優しくして撫でていく。

 それがあまりにも心地よいからか、ファルマヒデリアは撫でられるネコのように目を細めている。

 二人の様子を、アティミシレイヤは隣で眺めつつ、大皿にあるクッキーにそっと手を伸ばしていく。

 しかし一枚つまみ上げる前に、目を細めたままのファルマヒデリアが、その手を叩き落とした。

 その息の合ったやり取りに、テフランは思わず口に微笑みを浮かべてしまうのだった。





 のんびりと過ごした休日の終わり際に、テフランへの試練が待っていた。


「だから、お風呂は一人で大丈夫だから、入ってこないでってば!」

「ダメですよ。休んで身と心を癒したのに、体に汚れを残していたら画竜点睛を欠くことになります」

「知らないことわざを出されても分からないって! って、後ろ手で扉を閉めないで!」

「ふふふ。これでもう、観念するしかありませんよ?」

「うぐぐっ……。わかったよ。だけど、手早く済ませてよ」

「テフランの言葉でも、それは従えませんね。言ったでしょう、汚れを残すわけにはいかないと。しっかりとじっくりと、頭の先からつま先まで、耳からへその穴まで綺麗にしてあげますから」

「分かった、抵抗しないって約束するから、後ろから羽交い絞めして洗わないでって!」

「こうすれば、私の手でテフランの前面を、体で背中を洗えますから、手だけよりも早く終わるのにですか?」

「色々と当たっているって分かってやってるでしょ!」


 風呂場で騒がしくしながらも、テフランはファルマヒデリアに全身の隅々まで洗われてしまった。

 やりたい放題にされて男性としての自尊心を大いに傷つけられたものの、宣言通りにテフランの体は爪の間に至るまで綺麗になっている。


(一日休んで体力と気力を回復させたのに、さっきのお風呂で一気に激減だって……)


 お湯の温度と恥ずかしさ、そして男性的な欲求から上がりっぱなしだった血圧によって、テフランはかなりの疲労を感じていた。

 温まった体のままでベッドに飛び乗ると、睡魔が怒涛の勢いで迫ってくる。

 テフランはその眠気に任せて、毛布を手繰り寄せて寝ようとする。

 あと一歩で夢の中というところで、部屋の扉がノックされ、その音で意識が覚醒していく。


(ファルマヒデリアなら勝手にベッドの中まで入ってくるから、アティミシレイヤだな……)


 テフランは重たい目蓋を懸命に開けてから、扉へ顔を向ける。


「アティさん。なにか用があるなら、入ってきなよ」

「夜分にすまないが、失礼する」


 わざわざ断りの言葉を告げて、アティミシレイヤはテフランの部屋に入ってくる。

 そして、眠気眼のテフランの横、ベッドの上に腰掛けた。

 なにか言いたそうにしているが、待てど言ってこない。


「……どうかしたの?」


 テフランが水を向けると、アティミシレイヤは意を決して喋り始めた。


「テフラン。ありがとう」

「なにさ、いきなり」


 感謝されるようなことをした覚えがないと首を傾げるテフランに、アティミシレイヤはより詳しい話をしていく。


「この服を買ってくれたこと。似合うといってくれたこと。あの人間――ルードットだったか。彼女の非難からかばってくれたこと。彼女より信頼してくていること。頭を撫でてくれたこと。クッキーを共に食べて「美味しい」と笑いあったこと。その全ての感謝を、テフランに伝えたかった」

「ははっ、こんな時間にわざわざ言いに来るなんて、堅苦しいよ。でもそれが、アティさんっぽいかな。なんか、どことなく不器用っぽくてさ」

「戦闘型だからな。戦うこと以外は、機能的に少々困難なんだ」

「難しいと分かっているから、そのぶん誠意を込めていると?」

「その通りだが――テフランに言われると、なぜか気恥ずかしくなるな」


 赤めら頬を手で煽いで冷ましてから、アティミシレイヤは毛布を捲り上げて中に入ってきた。

 主張が控えめだと思っていた相手の突然の奇行に、テフランは眠気を飛ばしてしまう。


「まさかファルリアお母さんみたいに、抱き着いて寝ようとしないよね?」

「そこまではしないと約束する。ただ、テフランと一緒にいる幸せな気持ちのまま、眠りに入ってみたくなった。いつもは、ファルマヒデリアに取られてしまうし」


 駄目か伺う視線に、テフランは悩み、受け入れると決めて毛布を自分から捲った。


「言っておくけど、添い寝だけだからね」


 念のために釘刺しすると、アティミシレイヤがおずおずとおねだりをしてきた。


「……抱き着かないと約束するから、手をつなぐのは、ダメかな?」

「それぐらいなら、いいよ」


 アティミシレイヤの顔が喜びに綻び、テフランが空けた位置に収まった。


(前にも思ったけど、アティミシレイヤって温かいな)


 テフランが毛布を通じて伝わってくる体温に意識を向けていると、アティミシレイヤがもぞもぞと動き始める。

 なにをしているのかと見やると、小麦色の肌をした手が毛布から出てきた。その指には衣服――アティミシレイヤの着衣が握られていた。

 服が手から離れてベッド脇に落ちるのをつい見届けてしまってから、テフランは慌てて問い詰める。


「ちょっと、なんで服を脱いでいるんだよ」

「なぜって、寝るときは全裸だぞ。ファルマヒデリアだってそうだろう?」

「それは、確かにそうなんだけどさ」


 だからこそ抱き枕にされると、テフランはとても困ってしまうのだ。


「全裸じゃないと眠れないとか?」

「告死の乙女は皮膚感覚が優れている影響で、布地がこすれ合う感触が気持ち悪く感じてしまうんだ。こうして毛布に包まると、その感覚が顕著に現れる。だから、添い寝するとき、我々が全裸になるのは諦めてくれないか」

「そういう事情があるのなら、理解するよ。でも、隣で全裸の女性が寝ているって考えちゃうと、こっちが落ち着かなくなっちゃうよ」

「ふふっ。それなら、テフランも全裸になって寝たらどうだ。それでお相子だ」

「それじゃあ、何の解決にもなってないって」


 そんな受け答えの間に、アティミシレイヤは全ての着衣をベッド脇へと落し終わっていた。

 体温の高い地肌で毛布を温めているからか、伝わってくる温かさも上がっている。

 温かくなってきたことによって、添い寝という事実を意識させられ、テフランは気恥ずかしさが増してきた。

 そして毛布越しに浮かぶアティミシレイヤの肉体美に、テフランは眠気とは違うもので意識が遠のきそうな錯覚を抱く。

 ちょうどそんなとき、アティミシレイヤの手が毛布の中を移動して、テフランの手を握った。

 毛布伝いではない、直にやってくる高めの体温。

 繋がれた手につい意識が向かい、テフランは赤面を押し留めることができなくなってしまう。

 逆に、アティミシレイヤは心地よさそうに微笑んでいる。


「そうして顔を赤らめてくれると、告死の乙女としての矜持が満たされる。興味があるなら、筋肉のスジが出ていて面白味に欠けるとは思うが、この体に触ってみるか?」


 引き寄せられようとする手を、テフランは赤い顔のまま引っ張り止める。


「約束は添い寝だけだろ。だから、触ったりするのは駄目だ」

「その約束は、こちらからテフランにする場合だろう。テフランからする分には、約束を破ることにはならないと思うのだけれど?」

「ダメ。添い寝だけ。いいね?」

「むぅ。テフランはやっぱり頑固だな」


 わざと拗ねるように言ってから、アティミシレイヤは笑顔に戻る。


「添い寝を許されただけで満足するとしよう。今日のところは」

「今日も明日も、添い寝以外を許す気はないけどね」

「それなら、明後日や明々後日に心変わりしてくれるのを楽しみに待つとするよ」


 軽い冗談の応酬の後で、忘れ去られていた睡魔が復讐してきたかのように、テフランに猛烈な眠気が起こる。

 それで大欠伸すると、アティミシレイヤは優しい顔で、テフランの頭を撫でてきた。

 約束外の行動を咎めようとするも、テフランは優しく撫でられるたびに倍増する眠気に負けて、目がとろんと閉じていく。

 程なくして寝息に変わり、眠りの中へと旅立っていった。

 アティミシレイヤはテフランがしっかりと眠りに落ちるまで撫で続けてから、満足した顔で目を閉じる。繋いだ手は離さないままに。

 こうして二人の夜は過ぎていき、やがて朝を迎える。

 目を覚ましたテフランが、いつのまにかベッドに潜り込んできていたアティミシレイヤに、裸の胸の谷間に抱き込まれている事実を知って、盛大な悲鳴を上げてしまう、その朝を。

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