18話 騒動の予感
「どういうことか、説明しなさいよ!」
ルードットの大声に、居合わせた人たちが視線を向けてくる。
騒ぎになりそうな予感に、テフランは素早くルードットに近づいて、その腕を取った。
「こんな通りの真ん中で、事情を説明なんかできるわけないだろ。いいから、こっちにこい」
「なにするの。放しなさいよ!」
喚くルードットを引きずって、テフランは落ち着ける場所を探して移動していく。
その様子を見ていた人たちが、誘拐かと疑う目を向ける。
しかしそこで、ファルマヒデリアが気恥ずかしそうに周囲に頭を下げ、アティミシレイヤが困ったように肩をすくめる。
その『よくある騒動がまた起きた』と言いたげな身振りに、渡界者の騒動に慣れている町の人たちは痴話喧嘩だと納得し、それぞれの生活に戻っていった。
二人の機転で騒動にならずに済んだ後、テフランたちはルードットを連れて、自宅へと戻った。
「ここでなら、色々と話しても誰も聞いてないからな」
テフランが扉を閉めながら、ルードットに椅子を勧めた。
だがルードットは警戒し、忙しなく周囲に目を配る。
「……こんなところに連れ込んで、なにをする気」
「なにって、俺がアティさんを連れている事情を説明して欲しいんだろ」
「アティ、って誰よ」
「話の流れから分かれよ。彼女のことだよ」
テフランがアティミシレイヤを指すと、ルードットは顔に怒りを滲ませる。
「随分と親しそうに言うのね」
「なにせ同じ家に住んでいるんだ。よそよそしい関係にしてどうすんだよ」
「一緒に住んでる!? この殺人鬼と!!?」
鼓膜を破らんばかりの大声に、テフランは耳の穴に指を入れる。
「そんなに声を張り上げなくたって聞こえるから、もうちょっと声量を落とせって」
「なにをそんなに落ち着いてるの! セービッシュたちを殺したヤツなのよ!」
「その場所に居合わせて、お前を助けたのは俺たちだぞ。わざわざ言わなくたって、知っているに決まっているだろうに」
「だから、なんで私を助けてくれたテフランが、殺人鬼と一緒にいるのよ!」
堂々巡りの様相に、テフランは頭を抱えかけて、ふとした疑問が湧いた。
「なあ、ルードット。組合長から、あの件のことは聞かされているんじゃないのか?」
少なくとも、テフランがアティミシレイヤを連れて歩いても問題にならないよう、組合長が取り計らう約束になっていたはずだった。
当然の疑問に、ルードットは椅子に腰かけながら、憤然とした態度を崩さない。
「聞いたわ。あくまで、迷宮で暴れ回っていたのは新種の人型の魔物で、組合長が依頼した『有能な渡界者』が解決した、という話ならね」
「その魔物がどうなったかについては?」
「その渡界者が従魔にしたって。町で見かけても、騒ぎ立てるんじゃないって言われたわ」
「……おい。さっき騒ぎにしかけたヤツが、目の前にいるんだが?」
「しょうがないでしょ! まさか、テフランがその『有能な渡界者』だなんて、セービッシュたちを殺した殺人鬼の主になってるだなんて思わなかったんだから!」
ルードットは仲間の敵と、アティミシレイヤを睨む。
ちょうどそのとき、ファルマヒデリアが飲み水を入れた木の杯を差し出してきた。
「そんなに大声で叫んでいると、喉が渇いてしまいますよ」
大人の余裕を湛えた仕草と表情に、ルードットは我を取り戻して赤面した。
「そ、そうね。ちょっとはしたなく、喚きすぎたわね」
ルードットは杯を受け取ると、半分を一気に飲み、ひと心地ついた。
「ふー。それで、どうしてテフランとあの殺人鬼が一緒にいるのか、ちゃんとした説明をしてちょうだい」
(説明しろたって、組合長と同じものになると思うんだけどなぁ……)
テフランは声を出さずに愚痴りながら、アティミシレイヤを従魔にした経緯を喋っていく。
話し終わると、ルードットは頭痛がするかのように頭に指を当てだした。
「つまり、テフランは組合長の尻拭いをしただけ。あの殺人鬼を従魔にしたのは、それ以外に解決法がなかっただけだってこと?」
「俺の実力で、アティさんを殺せるわけないだろ」
「全員で戦って、すぐに腰を抜かしちゃった私以外、あっけなく殺されちゃうぐらいだもの。それはそうね」
事情は納得したようだったが、ルードットにはまだ納得がいかない部分があるようだ。
「殺人鬼を従魔にする経緯は分かったわ。でも、どうして一緒に住んでいるのよ」
「言っている意味が分からないんだが?」
「だから、ルードットたちを殺したヤツよ。一緒に住んでいて、気持ち悪くないのかってことよ」
そう問われて、テフランは改めて自分がアティミシレイヤに抱いている気持ちを確認した。
「特に気持ち悪いとかはないな。むしろ、色々と気を使ってくれるから、一緒にいると居心地がいいぐらいだけど?」
テフランが素直な気持ちを口にすると、アティミシレイヤは少し恥ずかしそうになり、ファルマヒデリアは羨ましそうな表情に変わる。
そしてルードットは信じられないと、驚愕に目を見開いていた。
「本気で言ってるの。仲間を殺したやつなのよ」
「訂正してくれ、『元』仲間だ」
「元だろうと現在だろうと、半年間一緒に暮らした同士なのは変わらないでしょ!」
「俺の分の分け前を、魔法紋を体に刻むために着服したやつらを仲間だと思ってくれってのは、虫が良いんじゃないか。渡界者の間じゃ、報酬の分配で争っての仲違いは、ごくありふれたことだっていうだろ?」
「それは――だって、テフランが転移した罠にあった魔法紋を読み解いた組合の技師が、かなり遠くに飛ばすものだから新米は生きていないだろう、って言っていたから」
「それならそうと、俺が生きて出てきたときに説明してくれりゃ、こっちだって怒りはしなかったさ。それなのに、お前らは使っていた宿を引き払ってまで逃げただろ。そのうえ、ファルマヒデリアが魔法が得意だって知って近づいてきたよな。あのときに、俺はもうお前らのことは仲間だとは思わないことにしたんだ」
テフランの辛辣な言葉に、ルードットは反省と不満が半々の表情を浮かべる。
「私より、殺人鬼の方が信用できるってことなの?」
「そうとも。なにせ従魔は主を裏切らないって言うしな」
テフランが断言すると、ルードットは不満を露わに立ち上がった。
「ふんだっ! 新しいお母さんと、綺麗な人型の従魔と、仲睦まじくお幸せにすればいいわ!」
「はいはい。それで、事情は話したんだ。分かっているよな」
「これ以上、殺人鬼のことは誰にも言わないし、金輪際テフランなんて知らないんだから!」
癇癪気味に叫ぶと、ルードットは怒りを込めた足音を立てて、扉を開けて去って行った。
「……なんなんだよ、あいつは」
テフランが訳が分からずにいると、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが苦笑いを浮かべた。
「さしずめ、テフランに命を救われて、胸がときめいちゃっていたんでしょうね」
「それなのに、仲間を殺した敵と一緒にいるのを見て、感情が抑えきれなかったんだろうね」
二人の言い分に、テフランは鼻で笑う。
「ははっ、そんなことあり得ないって。ルードットは、セービッシュのことが好きで、俺のことは何とも思っちゃいなかったはずだしな」
断言するテフランを見て、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは揃って「朴念仁」と呟いたのであった。
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ルードットとの一件は、テフランたちを監視していた者も見ていて、すぐに渡界者組合へと報告が渡った。
真っ先に報せが渡った先は、組合長秘書のスルタリア。
組合建物の倉庫にて、事の顛末をまとめた紙片を読破して、胸をなでおろす。
「テフランくんたちの機転で、大きな騒ぎにはならなさそうね。それにしても、告死の乙女が暴れ出さないか用心しての監視が、こんなことに役に立つなんて」
「……どう、なさいましょうか?」
そう問いかけたのは、町人風の男性。顔立ちや体つきにも特徴らしい特徴がない、影が薄い風貌をしている。
そんな彼に目を向けて、スルタリアは眉間に指を当てて考えをまとめた。
「監視を一人つけましょう。生き残った熟練者の方は口が堅いと報告が上がってきたから、彼らの監視を一人だけスルタリアに移して」
「一人、監視、ですか?」
「対処としては十分でしょう。新米とはいえ魔物の素材を運んでくれる相手です。無暗に始末しては組合の損でしょう?」
「……彼女の口が堅いことを祈りましょう」
町人風の男性は一礼すると倉庫を出て、どこぞへと消えていった。
スルタリアは、次々に起こってくる問題の対処に疲れを見せる。
(組合長。テフランくんにやり込められてから大人しくしているけれど、もうそろそろ何か企んでいそうな予感があるのよね)
反骨心で、いち渡界者から組合長まで昇ってきた人物。
昨今の度重なる失敗を払拭するべく、新たな手を講じるのは、彼の人格に合った考え方だ。
(大人しく書類仕事をしてくれれば、それで一生安泰なのに。でも、大人しくしてばかりだと、渡海者の抑えとしての役割が真っ当できないのよね)
渡界者は実力主義で、自分より強い者に従う傾向が強い。事務仕事ばかりの頭など、舐められてしまうのがオチだった。
あっちを立てればこっちが立たないと、倉庫内でため息をつく。
そんな風に愚痴ばかりになりそうな思考を止めて、スルタリアは書類を持ち直して姿勢を正すと、組合長室へと向かったのであった。




