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15話 落としどころ

 テフランたちが迷宮の外へ戻ってくると、空は朝焼けに染まっていた。


「あちゃー。夜中の内に出るはずだったんだけど、時間調整を誤ったか」

「『アティミシレイア』の体を回復させるのに、大蜘蛛ヴァンダースパイダー探しに時間を取られましたからね」


 二人が会話しながら目を向けた先にいたのは、小麦色の肌をした告死の乙女こと、テフランが過去の女傑の名を引用して命名した、アティミシレイヤがいた。

 渡界者を襲っていたときとは打って変わり、立ち姿にのんびりとした空気を纏っている。

 しかしその雰囲気は、満腹時の大型獣が日向に横たわっているときのように、穏やかな中に剣呑さが見え隠れしていた。

 態度以外に以前と違う点は、もう二つある。

 アティミシレイヤの魔法の過剰行使でボロボロになってしまった手足が、白い布のようなもので覆われていた。

 これは、大蜘蛛の腹を裂いて取り出した、糸になる前の粘液を塗って乾かしたもの。

 この大蜘蛛の粘液は傷の治りを早くするうえ、感染症を防ぐ働きがあるとされ、渡界者の間では包帯以上の治療薬として重宝されている。

 そして背には、魔獣から剥いだ毛皮が膨らんだ状態で収まっていた。中には、テフランとファルマヒデリアが倒した魔物や魔獣の素材が詰め込まれている。

 かなり重そうに見えるが、アティミシレイヤは平気な顔で会話に参加する。


「悪いね。大した怪我でもないのに、治療に時間をとらせて」


 聞く者の耳にすっと入っていき、胸に安心感を抱かせるような、女性らしくはあるものの少し低い声と気安い語り口調。

 ファルマヒデリアの聞き心地のよい柔らかな言葉遣いとは違うが、アティミシレイヤの雰囲気も合わさって強く魅力的に感じられる。

 テフランも例に漏れず、つい聞き惚れてしまって反応が遅れてしまう。


「いや、気にしないでよ。俺がやりたくてやったことなんだから」

「今後テフランに仕えるにあたって、手足の魔法紋の修復のために魔法を使わないようにしたいと提案はした。だが、過剰行使による出血は大したことではなかったのだから、怪我人扱いをしてくれずともよかったのだけれど?」

「でも、アティミシレイヤを従魔にするための作戦で、その手足をボロボロにしちゃったのは俺の責任だし」

「あのときはお互いに生死を懸けて戦っていた。だから、気に病むことはないと思うんだ」

「そうだとしても、治療するぐらいはしなきゃ、従魔の主の名折れだってことだよ」


 お互いに相手のことを思い合っての言葉の応酬に、ファルマヒデリアが手を一つ打って区切りを作る。


「ほら、渡界者がまばらなうちに組合に向かいますよ。アティミシレイヤが打ち漏らした人間に出くわしたら、騒ぎになってしまうんですから」

「……殺し損ねたのは、活動を始めた最初期に逃した一行の他には、テフランたちが助けに入ったあの少女だけ。心配しなくていいと思うのだけれど?」

「それだけ生き残りがいれば、十分に厄介なことになるのが、人間の社会というものなんです」


 ファルマヒデリアは機嫌悪そうにテフランの腕を取り、渡界者組合がある方へ歩き始める。

 アティミシレイヤは、どうしてファルマヒデリアが怒っているのか理解できないままに、二人の後を追っていった。




 暁輝く早朝の時間とあって組合内も人気が少なく、目につくのは眠そうに大欠伸する泊りがけの職員の姿。

 テフランたちは彼に近づき、持ってきた素材を引き渡しがてら、組合長がいるかどうか尋ねた。


「早朝だろうと夜中だろうと、すぐに組合長室に案内しろって言われているよ」

「組合長、部屋にいるんですか?」

「ここ最近、なぜか部屋に泊まっているんだよね。書類仕事がはかどって便利って、秘書や事務方は嬉しがっていたよ――素材の確認に時間がかかるから、報酬は組合長との話が終わった後でいいかな?」

「お願いします」


 テフラン達は眠気眼の職員と別れ、組合長室の扉をノックしてから開けた。

 頑丈そうな机の向こう側に、目に隈を作って書類と格闘する組合長アヴァンクヌギと、ほつれ一つない姿で立つ秘書スルタリアがいる。

 二人はテフランたちを見ると、書類仕事の手を止めた。


「帰りが遅かったな。しかし、首尾は上々だったようだ」


 アヴァンクヌギが不機嫌そうに見る先は、アティミシレイヤだ。

 敵対する様子もなくテフランに従っているのを見て、がりがりと頭を搔く。


「まったく、どうやって手懐けたんだ。報告してもらうぞ」


 睨んでくるアヴァンクヌギに、テフランは冷や汗をかく。

 すると二人の間に、ファルマヒデリアとアティミシレイヤが割って入った。


「立場の弱いテフランを脅さないでくださいね」

「そう意気高な態度をとられると、つい手が滑ってしまうかもしれない」


 二人が報復で軽く威圧し返すと、アヴァンクヌギだけでなくスルタリアまで身構えた。

 アヴァンクヌギが机の下に隠していた剣を取ったように、スルタリアも服に仕込んでいた暗器を握っている。

 そんな二人の様子を見て、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは鼻で笑った。


「ふふっ、そんなもので二人の告死の乙女と渡り合えると、本気でお考えですか」

「悪いこと言わないから、武器を下ろしなさい。でなければ――殺すぞ」


 ファルマヒデリアは嘲笑するだけだが、アティミシレイヤは穏やかな雰囲気が消えて猛獣のような剣呑さが前面に現れている。

 この部屋の中で一番の弱者であるテフランの喉は、爆発寸前な雰囲気に耐え切れず、一瞬にして干上がった。

 アヴァンクヌギとスルタリアも程度は違えどたどった道は一緒で、二人して生唾を飲み込んでいる。

 そして、告死の乙女たちの威圧に負けて、武器を手放す。


「わ、悪かった。このところ書類仕事ばかりで、気が立っていたんだ。言葉選びに失敗したことは謝る」

「私もつい身構えてしまいましたが、争う気はありません。ええ、組合長を生贄にしたとしてもです」

「あっ、ずっこいぞ! 自分だけ助かろうとしやがって!」

「……失態の尻ぬぐいに飽きたので、本気で差し出してしまいたくなります。替えの看板がないので無理ですけど」


 スルタリアが小声で毒を吐き終えるのを待って、ファルマヒデリアは威圧を解いた。


「あなたたちの気持ちはわかります。告死の乙女という戦力を、手の内に抱えたいその気持ちは」


 ファルマヒデリアの意味深な言葉に、アティミシレイヤが半目を向ける。


「告死の乙女を従魔にする方法を、こいつらに教える気か?」

「まさに、『正式版』を伝える気ですよ」


 その一言で、意外にもアティミシレイヤの顔から険が取れた。


「それなら、まあいい。説明は任せるよ」


 アティミシレイヤは下がると、手持無沙汰を解消するためテフランを後ろから抱き寄せた。

 身長差もあって、テフランの頭部は豊かな双丘の間に埋もれる。

 思わず赤面してしまい、頭を挟む柔らかくも暖かな物体から意識を逸らすため、テフランは思考に没頭する。


(告死の乙女って、肉体接触スキンシップが好きなのかな。それにしても、ファルマヒデリアとは少し感触が――)


 豊かさはファルマヒデリアが勝つが、ハリと弾力はアティミシレイヤの勝利。

 そんな判定を下したテフランを見透かして、ファルマヒデリアは軽く睨んでから、アヴァンクヌギたちに向き直った。


わたくしたち告死の乙女を従魔にする方法は、『テフランのような幸運任せ』以外には、たった一つしかありません」

「……つまりなんだ。前にした報告は嘘ではないが、運任せだと?」

「無手かつ無抵抗で近づくなんて、告死の乙女は人に触れられた瞬間に攻撃してくるのですから、自殺行為にもほどがあります」

「テフランは出来たようだが?」

「それこそ偶然です。運命の歯車の刻みが少しでも違っていたら、私はテフランの頭を魔法で砕いていました」


 衝撃の告白に、テフランは頭を温かいものに包まれたまま、当時のことを思い出す。


(そういえば、ファルマヒデリアは俺に魔法を放つ寸前だったっけ。あのとき魔法を放つために歌い始めたあの口に、俺の吐血が偶然に入らなかったら……)


 テフランは殺されて、ファルマヒデリアは告死の乙女として渡界者を狩る未来が待っていたことだろう。

 そう考えれば、従魔かできたのは幸運な出来事に違いなかった。

 そんな事情は知らないでも、アヴァンクヌギは派遣した渡界者が失敗したこともあって、運任せの要素が強いという部分だけは信用した。


「それじゃあ、今から教えてくれるのは、運の要らない方法なんだな?」

「運ではなく、力が必要ではあります」

「……どういうことだ?」

「単純な話です。私たちは手酷い傷を受けると、自動的に魔法紋での回復に入り、まったく動かなくなります。そのときに――」

「待て待て。『手酷い傷』とは、どのぐらいのものなんだ」

「剣の三、四本を胴体に貫通させるか、手足のどれかを二本落とすか、一番簡単なのは首を半ばまで断つことです」


 言葉の軽さとは裏腹に、提示された条件は重すぎた。


「……人間に可能だと思っているのか?」

「人間では不可能だからこそ、教えているのです」


 満面の笑顔で語るファルマヒデリアに、アヴァンクヌギのこめかみに癇癪筋が浮かぶ。

 だが、喧嘩をしても勝てないのは目に見えているため、どうにか怒気を押し留めた。


「ぐぬぬっ。つ、つまりは、一歩間違えば死ぬ運任せか、死ぬ覚悟で戦って勝つしか、従魔にする方法はないと?」

「ありません。告死の乙女の種族にかけて、それは保証します」


 がっくりと項垂れたアヴァンクヌギは、机の上に乗っていた書類の中から一束を取ると、びりびりに破り捨ててしまう。

 それは他の国や地域の渡界者組合に送るためのものだったのだが、飛び散る紙片の中に『告死の乙女』や『従魔化』などという文字が見えた。

 アヴァンクヌギはその紙クズをゴミ箱に投げ捨てると、難しそうな顔をして頭を搔きむしる。

 そしてしばらく黙り込むと、ゆっくりと顔を上げた。その表情は、巌のごとく硬い。


「従魔化の話はもういい。次の話は、その告死の乙女――」

「アティミシレイヤ、って名前をつけました」


 テフランの言葉に、アヴァンクヌギは口を二度ほど開閉させてから、言葉を続ける。


「――その、アティミシレイヤについてだ。そいつは、山ほど渡界者を殺したんだ。従魔になったからそれまで、とはいかない」


 話を向けられたアティミシレイヤは、手放したテフランがファルマヒデリアの腕の中に回収されるのを横目で見てから、アヴァンクヌギに挑戦的に微笑む。


「山ほどとは聞き捨てならない。せいぜい、二、三十人程度だったはず」

「それだけ殺せば十分に『山ほど』だ! どう責任を取る気だ」

「それは異なことを言う。まるでこちらに咎があって、命を差し出せと言いたげに聞こえるぞ」

「まさにその通りだ。命ではなく、体という部分に違いはあるがな」


 意味が分からないと眉をしかめるアティミシレイヤに、アヴァンクヌギは真剣な顔で喋る。


「告死の乙女の肉体には、未知な魔法紋がたくさん詰まっているようだ。それを解析すれば、魔法技術がさらに発展する。その功績で、お前の人殺しの罪を帳消しにしてやると言っているんだ」

「馬鹿なことを。どうしてそんな真似をしなければ――」

「拒否すれば、テフランに不利益が降りかかるぞ。従魔が犯した罪は、所有者が償うのが定法なんだからな」


 アティミシレイヤの表情が、初めて驚きと困惑に揺れる。

 そのとき、テフランを抱き寄せて悦に入っていたファルマヒデリアが口を挟んだ。


「まさか、アティミシレイヤの全身を差し出せとは言いませんよね。それでは、そちらの『取り分』が多すぎますよ」

「そんなことあるわけが――」

「ありますとも。それほどに、人間が使っている魔法紋は『出来損ない』なのですから」

「――チッ、魔道具師になるとかなんとか、前に行っていたな。そのために、色々と調べたらしいな」

「それはもう、少し胸を揺らしてみせれば、職人さんが色々と丁寧に教えてくださいました」

「……腕一本。それならどうだ」

「片手の手首から先だけでも十分におつりが来ます。ですが、これから先の関係を考えて、肘から先で取引しませんか」


 ファルマヒデリアがあっさりとアティミシレイヤの片腕を売り飛ばそうとしていることに、テフランは乳房の谷間に埋もれながら驚いていた。

 さらに、アティミシレイヤの言葉にも驚かされることになる。


「テフランに仕えるためなら、片腕を払っても文句はない。だが、本当に罪は帳消しになるのだろうな?」

「幸いなことに、暴れる女性型の魔物が数日前に消えたから、噂も沈静化して「何かの間違いだった」ってことになりつつある。そして生き残り――口止めする相手も少ない。組合長の権力とスルタリアの人脈を活用すれば、十分に対処可能な範囲だ」


 逆に言えば、アヴァンクヌギとスルタリア以外に、アティミシレイヤの罪を握り潰すことのできる人物はいないということでもある。

 こうして、アティミシレイヤの肘から先の腕一本で裏取引が決着する――その直前に、テフランはファルマヒデリアの胸の谷間から脱出できた。


「ぷはっ! って、組合長! 二人が何も知らないからって、間違った情報で取引しないでください」

「ああん? どこのなにが、間違いって言うんだ?」


 治まりかけた話を蒸し返されて、アヴァンクヌギは心底不愉快そうにする。

 だがテフランには分かっていた。それは、発言を止めさせようと画策しての威圧なのだと。


「従魔になる前に魔物が犯していた罪は、従魔後には問われないってことぐらい知ってます。そうでもなきゃ、他の渡界者に難癖付けられますからね。「こいつの従魔は、俺の仲間の腕を噛んだ魔物に違いない。治療費を賠償しろ」ってね」


 ここまで語られた取引は単なる難癖に他ならないとの指摘に、アヴァンクヌギは舌打ちしつつも余裕の顔を崩さない。


「チッ、よく知っていたな。そういえば、お前は渡界者の息子だったな。だが、勘違いしているぞ」

「なにがです。いま言ったことは、父親から教わった本当のことですよ」

「ああ、確かに合っている。だがそれは、『普通の魔物や魔獣』に関してのことだ。見た目の違いが分かりにくいから、従魔になる前の罪を証明できないっていうな」


 噛んで含めるような説明に、自分の正しさに自信があったテフランは混乱した。

 そしてハッとした様子で、ファルマヒデリアとアティミシレイヤに目を向ける。

 そう、同じ種族ながら見た目が違う二人を見比べたのだ。

 アヴァンクヌギはテフランが悟ったとみて、我が意を得たりと得意げに語り出す。


「見た目に顕著な特徴がある場合、従魔前の罪も認められるのが慣例なんだよ。そして告死の乙女なんて、一度見たら忘れないような美女を、見間違う方が難しいと思うぜ」

「で、でも『慣例』なだけなんですよね。なら、法のほうが優先されるのが普通――」

「被害者へ落とし前が必要だってことだ。だからこそ、慣例になっているんだ」


 切り込む先が消えて、テフランはつい黙って、対応を考え込んでしまう。

 するとその肩に、アティミシレイヤが手を乗せた。


「必死になって庇ってくれて嬉しい。そんなテフランだからこそ、腕を差し出すことに不満はないよ」


 アティミシレイヤは、テフランの腰にある鞘から剣を抜いた。

 それで自分の片腕を斬りおとそうと振り上げるが、テフランが身を挺して止める。


「待ってよ、気が早い!」

「でも、どうしようもないのでは?」

「どうしようもあるから待ってって! さっき黙ったのは、覚悟を決めるためだから!」


 あまりに必死に言うものだから、アティミシレイヤは剣を持つ手を下ろした。

 テフランは軽く弾んだ息を整えてから、挑むような目をアヴァンクヌギに向ける。


「組合長――いや、アヴァンクヌギ。俺はアンタたち、父親から『決して敵に回すな』って言われていた渡界者組合に、嫌われる覚悟をした」

「へぇ、そりゃあすごい。それで、どう嫌われるってんだ?」


 余裕あるアヴァンクヌギに、テフランは決意を込めて言う。


「いま、報酬をもらいたい。噂になっていた告死の乙女を大人しくさせた、その報酬をだ」

「あん? ああ、俺が差し出せるものなら、何でも差し出すってやつか。いいぜ、剣でも鎧でもなんでもくれてやるよ。なにが欲しいんだ?」


 アヴァンクヌギが問い返した瞬間、隣で立っていたスルタリアが要求されるものを理解して顔色を変えた。

 制止の声が上がる前に、テフランが口を開く。


「アティミシレイヤにあるという罪を、全て帳消しにしろ。さもなきゃ、別の土地の渡界者組合で、ここまでのことを洗いざらい暴露するぞ」


 予想通りの言葉にスルタリアが項垂れ、予想外だったアヴァンクヌギが驚愕している。


「組合長が安請け合いするから、起死回生の手を打たれてしまったじゃないですか」

「なっ、この要求はありなのか?!」

「さっき、自分と私ならできるって言っちゃったじゃないですか。つまり『罪の帳消し』は、組合長が差し出せるものなのです」

「それは――いや、俺が出せるものって指定だったんだ。スルタリアが拒否すれば不可能になるだろ」

「私は秘書、いわば組合長の付属物です。やれと言われれば、やらざるを得ません。そしてテフランくんが組合長に報酬を頼んでいるのですから、私は帳消しに動かざるを得ないのです」

「こっちが勝手に、違う報酬にするってのは?」

「テフランくん、絶対にこれ以外の報酬は受け取りませんよ。それに組合長の名を使っての報酬が未成立なんてことがバレたら、他の地域にある組合たちから吊し上げです。そうなったら、告死の乙女を手に入れようとして失敗したことも、日の下に出ることになります」

「つまりなんだ。テフランの要求を飲まなきゃ、俺は身の破滅ってことか?」

「こんな手、組合から冷や飯食わされる覚悟がなきゃできないんですけどね。テフランくんも思い切ったことをします」


 感心した目をむけるスルタリアに、テフランは憤然とした顔を向ける。


「俺は組合に貢献したいから渡界者になったんじゃない。地下世界に行きたいから渡界者になって、色々と便利だから組合に入っているんだ。こっちの邪魔をするなら、組合なんてクソ食らえだ」

「つまり、優先順が違うと?」

「そもそも、素材を売る先は色々あるし、商会付きの渡界者って道もある。売買取引が楽なだけの組合に固執して、大事な従魔の腕を差し出す馬鹿にはなりたくないね」


 嫌われる覚悟をしたために、テフランの言葉はかなり辛辣なものになっている。

 その一言一言にスルタリアはもっともという顔をする一方で、アヴァンクヌギは怒り顔に変わっていた。


「おい、小僧。告死の乙女が従魔だからって、調子に乗ってんじゃねえぞ」

「はんっ。二人が仮に、魔犬の子供だったとしても、俺はアンタに同じことを言っていたよ。これは筋道と矜持の問題だからな」

「よく言いやがった。なら一対一で決闘しやが――」


 席を立ち上がろうとしたアヴァンクヌギの首筋に、先端が鋭いナイフが押し当てられる。

 それを持っているのは、スルタリアだった。


「これ以上、渡界者組合の品位を落とすような真似をしてみなさい。血の海に沈めますよ。どうして私が、あなたなんかの秘書をしているのか、よく思い出しなさい」

「……悪かった。俺は組合の看板だから、それらしい振る舞いをしなきゃいけないんだったな」

「本来なら、こんな警告なんてしないのですから、ありがたく思いなさいな」


 スルタリアが引き戻した手を振ると、持っていたはずのナイフが煙のように消えていた。

 テフランが目を剥いて探すも、スルタリアの衣服のどこにも見受けられない。

 一方で、ファルマヒデリアとアティミシレイヤは感心した目を向けていた。


「魔法は使っていないのに、ああもうまく隠せるなんて見習わないといけません」

「武器に興味はないが、ああやって隠して近づいてくるヤツもいると知れたのは収穫かね」


 二人の感想に、スルタリアは半笑いの顔になりつつも、テフランに頭を下げた。


「テフランくんの要求は承りました。私が責任を持って、組合長に報酬を支払わせます」

「そうしてくれ。それじゃ――」

「以後も、長いお付き合いをお願いいたしたいのですが、どうでしょうか?」


 引き留められて、テフランは困ったように頭を搔く。


「――組合は便利だから使いたくはあるけどさ」

「組合長のことならご心配なく。私がいつでも対処しますので」

「具体的には?」

「いいものであろうとも、看板は付け替えが可能なものです。例え、現時点で用意できるものが、前のものよりみすぼらしいものであってもです」


 テフランは言葉の意味が分からなかったが、スルタリアが責任を持つのだと理解した。


「そういうことなら――これからも、よろしくお願いします」

「そう言ってくださって助かります。それで、これからやることがあってお見送りすることができないのですが」

「必要ないですよ。大変なこと頼んだって自覚はありますから」

「テフランくんが良識ある方で助かります」


 テフランがファルマヒデリアとアティミシレイヤに帰ると身振りして去る後ろ姿に、スルタリアは深々と頭を下げる。

 一方、途中から蚊帳の外に置かれてしまったアヴァンクヌギは、ムスッとした顔をしながら、スルタリアの反応を窺う目をしていたのだった。

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