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14話 駆け引きと決着と

 告死の乙女同士の戦いは、迷宮における最強種との触れ込み通りに、常人には理解できない激しさだった。

 致死級の魔法が乱れ飛び、それを当たり前のように防御してみせ、消え去る際の魔法の余波だけで壁や天井が砕けていく。

 まさに、神話の一場面や、さもなければおとぎ話の世界の光景だ。

 そんな戦いに、新米渡界者であるテフランが割って入ることなどできるはずもなく、いまも安息地の角に立ったままだ。

 しかし、全く役割がないのかといえば、そうではない。

 出来ることは少ないが、タイミングさえ合えば、テフランにもファルマヒデリアへの援護ができる。


(ファルマヒデリアが教えてくれた通りに、主のない告死の乙女特有の単純な思考を利用するんだ)


 テフランは時を待ち、それは程なくして現れた。

 ファルマヒデリアは万能型で、対する告死の乙女は戦闘型だ。戦いにおけるその性能スペック差で、ファルマヒデリアは受けの一手が間に合わず、弾き飛ばされてしまった。


「あうぅっ!」


 ファルマヒデリアが悲鳴を上げながら体勢を崩し、告死の乙女は止めに向かって追撃しようとする。

 しかしここで、悲鳴を耳に入れた瞬間に、テフランが行動を始めていた。

 安息地の出入り口に向かって、やおら走り始めたのだ。


(言われたときは疑い気味だったけど、セービッシュたちの状況を見て確信した。あの告死の乙女は、『戦う者より逃げる者を優先して殺しにくる』!)


 確信を抱いて走るテフランの目論見通り、告死の乙女はファルマヒデリアへの追撃を止め、安息地の出入り口へと顔と体を向ける。

 その姿を視認した瞬間、テフランは鞘から剣を抜き、魔法紋を剣身に輝かせた。

 こうして戦う姿勢を見せた瞬間、告死の乙女は決められた行動をなぞるように、テフランとファルマヒデリアの脅威度を判定し直しに入る。そしてファルマヒデリアに狙いをつけなおす。

 その判断する思考時間自体は瞬間的に終えられているが、標的を二度も変更した時間の浪費は数秒といえど積み重なっていた。

 それは、ファルマヒデリアが立ち直るのに十分な時間だった。


「Laaaaaaaaaaaaaaaaa!」 


 至近距離で水の球を連続射出して、ファルマヒデリアは告死の乙女に退避を強要した。

 両者の距離が空いたところで、テフランは剣を鞘に納めると、再び安息地の角に戻る。

 告死の乙女はチラリとその行動を見たが、より脅威度が高いファルマヒデリアに狙いを定めたままである。

 その姿を見て、テフランは緊張から乾ききった唇に舌を這わせた。


(聞いていた通りに、告死の乙女の考え方は単純だった。しかし注意しなければいけないのは、学習するということだ)


 そう何度も同じ手は通じないと、テフランは確信していた。


(だからこそ、あの作戦を成功させるには、機を図る必要がある)


 テフランが気持ちを新たに見ている先で、ファルマヒデリアと告死の乙女は戦闘を仕切り直していた。

 ファルマヒデリアは魔法の打ち合いを止め、防御主体のカウンター狙いに移行している。

 加えて万能型の特性を生かし、攻撃とは違った方法――例えば魔法での目つぶしや落とし穴の作成などで、相手を翻弄していた。

 告死の乙女は、堅い防御と嫌がらせを無理やり突破するために、より攻撃偏重の様相になっている。

 ある攻防の際には、ファルマヒデリアの魔法にあえて当たりながら、一発食らわせようとすらしていた。

 こうして告死の乙女が決着を急ぐ理由に、魔法紋の特性を父親からよく聞いていて、テフランには心当たりがある。

 その予感通りに、告死の乙女の両手足――魔法紋が密集して輝くその部分が、ファルマヒデリアの攻撃が通っていないのにもかかわらず、出血を始めていた。


(魔法紋の過剰使用による出血。人間だけじゃなくて、告死の乙女にもちゃんとあるんだ)


 ファルマヒデリアが以前語ったように、魔法紋は使えば使うほど、周囲の物体や組織に悪影響をもたらす。

 道具や武器なら材質の劣化を招き、肉体なら組織の崩壊と出血が生まれる。


(でも、物質は変性すればそれまでだけど、肉体には修復力があるから時間をかければ元通りになる。だからこそ人は、魔法紋を肉体に入れるんだけどなぁ)


 そもそも、出血するほど魔法紋を使う機会など、渡界者でも滅多にない。

 いまあの告死の乙女がその事態になっているのは、あれほどの数の魔法紋を常時輝くほど使わせていることに加えて、逃げ回る際に多数の魔法や罠と魔物をぶつけることで、あらかじめ消費を重ねさせたためだ。

 単純にこの安息地に逃げ込むだけなら、あんな真似はいらなかった。ファルマヒデリアがテフランを抱えて、高速で飛べば楽に到着できたのだから。


(ファルマヒデリアは飛んで逃げる案で行く気だったけど、少しでもこの戦闘で楽をさせたいからこそ、少しなりとも危険を冒すほうを選んだんだ)


 そう建前を声に出さずに呟くが、テフランの自尊心による判断も加わっている。

 要するに、美女に抱えられて逃げるなんて、男の子として許せなかったのだ。

 なんにせよ、テフランたちの目論見通りに、告死の乙女は弱っている。


(このまま行けば、作戦にはなかったけど、ファルマヒデリアだけで告死の乙女を取り押さえることが可能かもしれない)


 そんなテフランの楽観が招いたように、悪い事態が現れた。

 ファルマヒデリアの体に、告死の乙女の輝く拳がかすったのだ。


「このぉ、テフランから貰った服を破くなんて、許しません!」


 右脇の下の服が大きく避け、乳房の横が露わになっている。

 魔法で間一髪防げたことで、怪我自体はしていないが、ファルマヒデリアに余裕がないことは見て取れた。

 この出来事に、テフランは心の底から反省する。


(なにを楽観している。いまの現状は綱渡りもいいところなんだ。俺の微力な助けが必要な場面だって、来るかもしれないってのに)


 テフランが失態を恥じる一方で、時間的な魔法仕様の限界が迫る告死の乙女は大胆な選択をした。

 防御に使用していた魔法紋を消し、攻撃に集中し始めたのだ。

 あたかも、ファルマヒデリアには告死の乙女を殺す気がないことを、学習したように。

 その実、ファルマヒデリアは魔法の選択に苦慮することになる。

 下手に高威力の魔法を使えば、テフランの従魔にするはずの告死の乙女に致命傷を負わせてしまうからだ。

 その情勢の変化をつぶさに見ていて、テフランは行動を開始する。先ほどと同じように、逃げるように見せかけたのだ。

 しかしその行動の機先を制するように、告死の乙女から火の球が飛んできて、進行方向に着弾して爆炎を上げた。

 驚いて跳び退くテフランを見て、告死の乙女はファルマヒデリアへの攻撃を再開する。


(チッ。これで完全に、俺の逃走が見せかけだってバレた。これから先、同じ手は通じない)


 そして似た手段も通じなくなったと、テフランは予想していた。

 剣を輝かせて攻撃をする素振りを見せたり、走り回って機を引く真似をしても、告死の乙女は先にファルマヒデリアを始末することを優先するだろう。

 しかしこの事態になっても、テフランはまだ余裕を持っていた。


(予定よりも早くはあるけど、予想通りの展開ではあるんだよな)


 鞘から抜いた剣と、着ている鎧に刻まれた魔法紋を撫でつつ、テフランは最後の大博打に向けての機会を待った。





 ファルマヒデリアと告死の乙女の戦いは、一方的になりつつあった。

 ファルマヒデリアが守りに守り、告死の乙女が身を削るように攻撃を続ける。

 その激しい攻防の合間合間に、血の飛沫が空中を漂う。

 いまでは魔法紋の過剰使用による出血は、ファルマヒデリアにも起こっていた。

 魔法による光の障壁を多重展開しないと、告死の乙女の攻撃を防ぎきれないためである。

 全身から滲むように現れる出血を、テフランが贈った衣服が吸い、どんどんと赤く染まっていく。

 だが、告死の乙女の攻撃している手足の方が、出血量が多い。

 傍目には、折れた手足で殴りかかっているかのようだ。


「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」

「Ruaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 歌声という叫びと共に、ファルマヒデリアは防御の果てに相手の自滅を待ち、告死の乙女は自分の破滅の前に相手を打倒することを目指す。

 同じ種族なのだから、先に消耗を蓄積していた方が自滅するのが先に思えた。

 しかし、両者には戦いにおける性能差があった。

 ファルマヒデリアの防御性能より、小麦色の肌をした告死の乙女の攻撃性能が上回ったのだ。


「Ruaaaaaaaaaaaaaaaa!」

「きゃあああッ!」


 魔法防御は間に合ったのに、それを突き抜けて渾身の一撃を食らってしまい、ファルマヒデリアは吹っ飛んで地面を転がった。

 告死の乙女は追撃に跳び上がると、天井を蹴って落下速度を上げる。

 ファルマヒデリアは攻撃を食らう直前で光の障壁が張ったが、告死の乙女が叩き込んだ膝で壊され、腹に膝から着地されてしまう。


「ああぁううぅぅ……」


 自意識を得てから初めて受ける激痛に、ファルマヒデリアは全身の魔法紋を消して身もだえする。

 その姿は、魔法による攻撃もなりを潜め、戦う力を失ったようですらあった。

 告死の乙女は止めを刺すべく、馬乗りになったまま輝く腕を振り上げる。

 まさにそのとき、テフランの叫び声が安息地に響いた。


「ファルリアお母さんから、退けええええ!」


 剣身に魔法紋が輝く剣を大上段に振り上げながら、テフランが走り寄ってくる。

 ファルマヒデリアが吹っ飛んだ先が角の近くだったため、その距離は大してない。

 この状況で、告死の乙女は現状を『学習した判断』の下で認識する。

 組み敷いているファルマヒデリアは虫の息で『戦闘力皆無』。

 一方、テフランの剣は魔法が乗っているため『対処の必要あり』。

 つまり『テフランの方が脅威』と判断した。

 しかし、先ほどまで見せかけで逃げようとしていた件も考えて、ファルマヒデリアを組み敷いたままで対処しようと決定する。

 上げていた腕を少し下げて、テフランの剣を片手で受けた後、もう一方で刺し貫く構えを取る。

 テフランと告死の乙女の攻撃範囲が重なる――その一歩前に、テフランが動いた。


「うあああああああああああああああ!」


 当たら位置なのに、剣を思いっきり振ったのだ。

 しかも、その剣は手からすっぽ抜けて、あらぬ方向へ飛んでいく。

 常人が見たらつい混乱してしまう状況だが、告死の乙女は冷静に判断した。

 剣を失ったテフランに痛手を受ける心配はないため、痛手から回復して魔法行使の兆候を見せるファルマヒデリアの方が脅威度が上だと。

 その判定のもと、告死の乙女は攻撃する先を変更して、ファルマヒデリアに止めを刺そうとする。

 そのとき魔法紋を再び輝かせた手で、ファルマヒデリアは告死の乙女の貫き手を掴み取った。


「ごほっ、テフランの成長をみないまま、死ぬのは、ごめんです」

「――Ruaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 ファルマヒデリアの腕に魔法紋が輝いていることを脅威に受け取り、告死の乙女は押し切ろうと全身に力を込めた。

 このままでは数秒のうちに、ファルマヒデリアの喉を手刀が貫くだろう。

 だがその前に、テフランが二人の間に割って入る方が早かった。

 しかも飛び込む先は、告死の乙女の首筋に抱き着くようにしてだった。

 脅威度が低い相手を無視しようとする告死の乙女だったが、それはその形の良い唇をテフランの唇が塞ぐまでだった。


「んうううううううううう!」


 必死な形相で、テフランは口を押し付ける。

 その顔は羞恥で真っ赤だが、ファルマヒデリアとの特訓で耐性がついたことと、この機会を逃せば死ぬと理解しているため、一心不乱にキスを続ける。

 なにをされているか理解して、告死の乙女の片眉がつり上がった。

 そして、ファルマヒデリアに止めを刺そうとしていた腕を引き戻してまで、テフランの胸元に手刀を叩きこんだ。


「むごっ――」


 鎧の魔法紋が威力を軽減してくれたものの、 衝撃に吹っ飛ばされかかる。

 だがテフランは告死の乙女の首筋に回した腕に力を入れて、決して唇を離そうとしない。

 それどころか、殴る際にわずかに開いた歯の間に舌をねじ込ませ、さらに口内へ侵入するという離れ業までやってのけていた。

 離れないテフランに業を煮やした様子で、告死の乙女は手刀を吐き込みながら、もう片方の手で引き剥がしにかかる。

 鎧がベコベコに歪み、掴まれた腕に激痛が走るが、テフランは口づけを止めようとしない。

 そんな不可思議な攻防の中で、ファルマヒデリアは組み敷きから脱し、告死の乙女の背後に回って羽交い絞めにした。

 そして満面の笑みで、相手の耳に口を寄せる。


「ほら、抵抗しないで、テフランの遺伝情報を体内に取り込んで、従魔になってくださいね」

「むうぅうぅぅぅうおおおおおお!」


 初めて歌声以外の呻きを上げる告死の乙女に、ファルマヒデリアは笑顔を向ける。


「私のときは、開いた口に偶然血しぶきが入ったために従魔になったのですけれど、意外とこの子との生活は楽しいものですよ。そう心配しないで、受け入れちゃったらどうでしょう?」

「むうううぅぅぅぅ――」


 抵抗を続けていた告死の乙女だったが、喉が嚥下のために動いた。

 その瞬間、ガラス玉のようだった無感情の瞳に、しっかりとした意識が生まれる。

 そして、必死に唇を合わせたままのテフランを迎え入れるように、両手でゆっくりと抱き寄せた。

 今までとは全く違う態度に、テフランは安堵する。


(これで従魔化は終わり、戦闘も終了したはず――おおおおおおぅ?!)


 作戦は終了したため、唇を離そうとするも、その頭を小麦色の肌の手で押さえられてしまった。

 予想外の事態に混乱するテフランの眼前で、新たな従魔となった告死の乙女の瞳が笑う。

 そして、先ほどのキスの仕返しかのように、テフランの口の中に舌を捻じ込んできた。

 それはあまりにも情熱的な愛情にすぎる、荒っぽく蹂躙しつつも、相手を受け入れて高みに上ろうとする舌使いだった。

 粘ついた水音が安息地に木霊する中、テフランの抵抗が段々と力ない物に変わっていく。

 やがて、テフランの脳が洪水のような未知の体験によって気絶を選択したころ、ようやく告死の乙女は口を放した。

 そして少しシャープな小麦色の顔に、大人っぽい笑みを浮かべる。


「ふふふ。ご馳走様、我が主。そして末永くよろしくお願いする」

「きゅぅ~~~~……」


 目を回すテフランの様子に、告死の乙女はたまらないと言いたげな顔をすると、もう一度口づけを行った。

 その横で、ファルマヒデリアは計画が上手くいったことに満足しつつも、テフランが取られてしまっていることは不満に思っていたのだった。


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