13話 告死の乙女同士の攻防
転移後、それぞれが行動を開始する。
最初に、転移先の光景を知っているテフランが、一目散に通路を逃げ始める。
続いて、ファルマヒデリアが体の魔法紋を光らせると空中に浮き、そのまま飛ぶ形でテフランの後に続く。
最後に小麦色の肌をした告死の乙女が、周囲の警戒を数秒で終わらせてから、手足に密集した魔法紋を輝かせて物凄い速さで追いかける。
本来なら瞬く間に追いつくのであろうが、ファルマヒデリアが魔法で邪魔をする。
「Laaaaaaaaaaaー」
ファルマヒデリアの体の周りに水や火の球が現れ、告死の乙女へ発射される。続いて、石の杭や熱量を持つ光線も放たれる。
襲い来る魔法の数々だが、告死の乙女は焦る様子もなく対処する。
「Ruuaaaaaaaaaー」
四肢の魔法紋を一掃輝かせると、それら全ての魔法を手足で撃ち落としてみせる。
しかし対処した分だけ追走が遅れ、テフランたちとの距離が開く。
ここで告死の乙女は、ファルマヒデリアの魔法は足止めだと悟る。
そして多少の手傷は覚悟の上で、強引に追うことを決める。
再び両者の間が狭まり始めるが、そこでテフランの声が通路に響いた。
「注意するのは、俺たちだけでいいのかな!」
なにを指しているか分かりにくい言葉だったが、なんのことかはすぐにわかることになる。
告死の乙女が通路の罠を踏んで、左右の壁から何本もの槍がつき伸びてきたのだ。
死角からの罠に、告死の乙女は歩みを一瞬止める。
このように罠の存在があるからこそ、テフランはあらかじめファルマヒデリアに空中を飛ぶように指示を出していた。
さて、伸び迫ってくる槍だが、告死の乙女はその場で駒のように回って手足を繰り出すことで、それらすべてを破壊する。
破片が空中を漂う。だがそれを割って、ファルマヒデリアの火球の魔法が飛来した。
迎撃が間に合わないと悟り、告死の乙女は交差させた腕で受ける。
爆発と轟音。振りまかれる熱気。
しかし爆煙が晴れると、告死の乙女は無傷だった。
彼女は交差していた腕を解くと、また距離が離れたテフランたちを追って走り出す。
通路を走るのは罠にかかる危険があると理解したからか、壁を走って追おうとする。
その身体能力は目を見張るものがあるが、先を逃げるテフランには、まだ余裕があった。
(ここまでは、おおよそ予定通りだ。むしろ転移罠を利用できたから、予想以上に段取りがうまくいっている。それに『壁に罠の始動場所がない』って考えるのは、間違いなんだよな)
そう心の中で呟いた通りに、壁を走る告死の乙女は罠を踏み抜いた。
彼女のすぐ近く、通路両側の壁が回転扉のように開き、そこから魔物たちが走り出てくる。
隠し部屋に偽装した、魔物部屋だ。
「ギヒイィィィィィイ!」
「ギャギャギャギャイイイ!」
「ガタガタガタガタガタ!」
人型、獣型は言うに及ばず、這いまわる粘液や動く甲冑に空を飛ぶ剣などの非生物型までが、一斉に告死の乙女へ襲い掛かる。
ファルマヒデリアがやるように、告死の乙女という種族は他種の魔物を殺す。
そのため、魔物の方も目の敵にしているのだ。
だが、告死の乙女は迷宮に現る魔物や魔獣の中で、最強の種族だ。有象無象の魔物が何十匹集まろうと、物の数ではない。
「Ruuaaaaaaaaa!」
歌いながら拳を振るい、蹴りを放つ。それだけで、魔物が数匹ずつ破壊されていく。
逆に魔物側の攻撃は当たっても通じず、その小麦色の肌から血を滲ませることすらできていない。
そんな恐ろしい戦闘力を見せる告死の乙女の奮闘ぶりを、テフランとファルマヒデリアは見ないままに通路を走り逃げていく。
(一度来て、だいたいの罠の場所は掴んでいるとはいっても――)
熟練の渡界者が活動する場所だけあり、たびたび走りにくい箇所に罠の始動場所が設置されている。
テフランは直前で大股や小股に歩調を変えて、どうにかそれらを回避していく。
それと同じように、周囲に目を配ってから、目当ての場所を指しつつファルマヒデリアに指示を出す。
「あそことあの壁を、魔法で撃って!」
「それでは、それそれー」
水球が指示された場所に当たると、また壁が扉のように開く。
一つは本当に隠し部屋だったが、もう一つは魔物部屋だ。
そこから現れた魔物たちは、テフランたちと走り追う告死の乙女の間に立つ形になる。
魔物たちは戸惑うように前方と後方を見比べると、走り寄ってくる方が脅威と感じ、告死の乙女へ集団で襲い掛かる。
告死の乙女は、相手をするのは時間の浪費とばかりに、壁を走って通り抜けようとした。
空中を昆虫のに似た薄羽根で飛ぶ剣型の魔物が、それを許さない。
「カタタタタタ!」
柄と剣身を振るわせて鳴く剣の魔物が、一直線に顔を狙って迫る。
告死の乙女は魔法紋に輝く手で叩き割るが、第二第三の剣の魔物が飛来してきた。
それらも破壊するも、走る勢いが削がれてしまい、壁から地面へと着地を余儀なくされる。
そこに魔物たちが襲い掛かり、告死の乙女が迎撃に移る。
「RUaaaaaaaaaaaaa!!」
気合の発露とも、苛立ちの咆哮ともいえる歌声と共に、体の周囲に炎の渦が現れた。
ほんの数秒間の炎の竜巻だったが、その熱気と身を切り裂く風に、魔物たちは残らず細切れの炭と化す。
魔法が消えた後、告死の乙女は仕留めそこなった魔物がいないかを確認してから、テフランたちを追う。
今まで自重していた攻撃力の高い魔法攻撃を多用して、テフランが動作させた罠やファルマヒデリアからの魔法攻撃、そして派手な音で近寄ってきた魔物たちを迎撃するという、なりふり構わない方法で。
テフランは逃げに逃げ続けて、ようやく目当ての場所にたどり着いた。
「安息地だ!」
そこはテフランとファルマヒデリアが出会った、あの場所。
幸いなことに、その四角い部屋状の場所の天井は、あの日と同じく他の魔物を寄せ付けない輝きを保っていた。
「対処は任せるよ、ファルリアお母さん!」
「はい、任されました。テフランも、自分の役目はしっかりとお願いしますね」
ファルマヒデリアは四角い部屋状の安息地の中央に陣取り、テフランは角の壁際まで逃げる。
そして十数秒後、この中に酷使の乙女が入ってきた。
多数の魔物や罠を壊し続けたからか、肩が見るからに上下している上に、胸で大きく呼吸をしているのが分かる。
呼吸に合わせて揺れる乳房を見て、ファルマヒデリアが薄っすらと笑いながら声をかける。
「そのような調子で、私に勝てるのでしょうか。いま、愛しいテフランの従魔になると表明してくれるのなら、痛い思いをしないで良いのですよ?」
自分の方が上だと言いたげな言葉に、小麦色の肌をした告死の乙女は吠えるような歌声を上げる。
「RUAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「やはり、拒否しますよね。同族なので気持ちはわかりますが、はぁ、面倒です」
肩をすくませるファルマヒデリアに、告死の乙女は全身の魔法紋を輝かせて一直線に飛び込んだ。
その動きは、安息地の角で見守っているテフランには全く見えなかった。
しかし、同じ種族のファルマヒデリアには、対処可能な速さだった。
「馬鹿なイノシシですか、あなたは」
ファルマヒデリアが魔法紋が輝く指を小さく振るうと、空中に水球が現れた。
そこに告死の乙女の顔が突っ込み、走っていて首狩りを受けたときのように、足が地面から離れて背中から落ちそうになる。
しかし最強種だけあり、素早く空中で体勢を整えると、地面についた手のみで体を移動させて距離を取った。
ファルマヒデリアはその姿を見て、盛大にため息を吐き出す。
「はぁ~~。主なき間は思考が単純な傾向があるとはいえ、ここまで考えなしなのは困りものです。この様子では、テフランの従魔になった際、適切な奉仕が可能かが疑わしいです」
その余裕溢れる態度に、告死の乙女は体勢を変えた。
今までは自然体に近い構えがないものだったが、戦闘型の名の通りに隙のない身構えになっている。
それを受けてファルマヒデリアは、表情をいくぶん固い、真剣なものにした。
相対する両者は、同時に歌声を上げる。
「Laaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaー」
「Ruraaaaaaaaaaaaaaaaaaaー」
これまでより伸びやかな歌声に、彼女たちの体に浮かぶ魔法紋もより大きく輝いていく。
二人は光自体を纏うような輝きに包まれたまま、お互いへと手を向けた。
ファルマヒデリアは魔法で浮かせた体の周りに、それぞれの属性で固めた球をいくつも出現させる。
告死の乙女は、両手両足を極上の破壊力を誇る輝きを纏いつつ、炎の大球を頭上に一つ作った。
一触即発の空気と、割って入れない実力の世界を目の当たりにして、テフランの喉が生唾を飲み込む。
その音が離れている二人に聞こえたはずはないのだが、まさにそのときに戦端が開かれた。
「Laaaaaaaaaaaaaaa!」
「Ruaaaaaaaaaaaaaa!」
歌声と共に、両者の魔法の球がお互いへと発射され、中央で激突して派手な音と光、そして爆風をまき散らした。
安息地の角にいるテフランですら、身をかがめないと吹っ飛ばされそうな風が起こる中、ファルマヒデリアと告死の乙女がぶつかり合う。
「Ruaaaaaaaaaaaaa!」
先手を取ったのは、告死の乙女。
当たれば全てを砕く魔法の輝きを持つ拳を、ファルマヒデリアに繰り出す。
「そのような直線的な攻撃は、甘いですよ!」
言いながら、ファルマヒデリアは目の前に光の壁を出現させつつ、手のひらの上に魔法の水球と石の槍を出現させる。
告死の乙女が光の壁を拳で壊すのに合わせ、その二つの魔法を放つ。
まさに至近距離での砲撃。只人では回避も迎撃も不可能な位置。
だが告死の乙女は手と足で打ち払ってみせる。
破壊されて煌めきの中へ消えていく、水滴と石の粉。
それらをまとめて焼き尽くさんと、魔法の炎――テフランがこの安息地でみた魔物を焼き尽くしたあの攻撃が、ファルマヒデリアから放たれる。
炎に巻かれながら吹き飛ばされた告死の乙女だったが、魔法が止んでみると、その体どころか髪の先にすら焦げ跡一つなかった。
その様子を見て、ファルマヒデリアは困ったように頬に手を当てる。
「あなたは戦闘型の中でも破壊力は随一の、炎に特化した告死の乙女なのですね。万能型の私が戦わないといけないこの状況は、本来なら運が悪いと言いたいところでしょうけれど――」
言葉を区切ると、晴れやかな笑みを浮かべる。
「――そんな子がテフランの従魔になったら、戦闘面では心配が要らなくなります。それに見目も、私ほどではありませんが、とても整っている良い個体です。これは是非とも、仲間にしないといけませんね」
「Ruaaaaaaaaaaaaaa!」
ファルマヒデリアの独り言など知ったことかと、告死の乙女は走り出す。
直線的に動いて痛い目を二度も見たからか、左右に小刻みに動くフェイントを入れつつの接近だった。
時間を経るごとに学習して手強さを増す告死の乙女に、ファルマヒデリアはテフランを瞬間的に一瞥すると、笑顔のままに迎撃に入っていった。




