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10話 説得に困る

 家に戻ったテフランは、ファルマヒデリアの説得に乗り出した。

 まず、例の告死の乙女が暴れ続ければ、このショギメンカの町がどうなるかを説いたが、知ったことではないと一蹴されてしまう。

 それならと、ファルマヒデリアと親交のある近所の奥さんたちを引き合いに出して、彼女たちも不幸になると諭してみたが、まるっきり効果はなかった。


「情報を収集するために付き合いを持ちましたけど、あの人たちが不幸になっても、特に思うことはありませんよ」

「それって、あまりに冷たくない?」

「だってわたくしにとって大事なのは、テフランだけですから」


 説得のとっかかりすら見つからない状況に、テフランは頭を抱えた。

 そして、ひとまず説得を諦めて、どうしてファルマヒデリアがこうも拒否するのか調べることにした。


「俺が『どうしても』って頼んでも、絶対に無理なのか?」

「何度も言っていますが、私はテフランに迷宮に入ってもらいたくないと思っています。ですが、テフランが夢を追うことは応援したくも思っていたので、いままでは強く止めはしなかったのです」

「新しい告死の乙女が暴れている今の状況なら、俺が迷宮に入るのは許せないってこと?」

「危険に過ぎますからね。許容しかねます」

「ファルリアお母さんは同じ存在なんだし、例の告死の乙女を追い払えるんじゃないの?」


 テフランはファルマヒデリアの実力を知っているからこその信頼感で尋ねたのだが、返答は意外なものとなる。


「正直、厳しいと言わざるを得ませんね」

「え?! それはまた、どうして??」

「迷宮で暴れている彼女と私は、体構造タイプが違うようだからです」


 言葉を理解できていないテフランに、ファルマヒデリアは居住まいを正して説明を始める。


「私は告死の乙女の中で、万能型や汎用型と呼べる存在です。掃除洗濯から戦闘に至るまで、色々な魔法を使うこができます」


 ファルマヒデリアは指に魔法紋を浮かび上がらせて、火や風を発生させ、水球を浮かばせたりして見せる。

 テフランはその魔法の多様性さに理解を示した。


「ファルリアお母さんが万能型だとして、例の告死の乙女はどんな存在?」

「秘書のスルタリアから、彼女は腕に隙間なく魔法紋が浮かばせ、その腕で人を貫いたと聞きました。恐らくですが、接近戦闘特化型でしょうね」

「特化ってことは」

「テフランの想像通り、戦闘という一分野においては、私より高性能である可能性が高いです」

「……戦ったら、勝てないってこと?」

「遠距離戦に終始すれば勝てなくはありません。でも、迷宮という限られた空間しかない場所で、テフランを守りながら戦うとなったら……」


 言葉を濁しているが、勝算は限りなく低いと言っているようなものだ。

 ファルマヒデリアに勝てる存在がいるという事実に、テフランは驚愕していた。


「つまり、勝てないから、組合長の依頼をかたくなに拒んでいるってことでいい?」

「そうではありません。勝つ方策はいくつもありますが、一か八かの危険を冒してまで戦う必要性がないということです。私が大事なのはテフランだけですし、他の場所で生きる術もあると分かってますしね」

「そういえば組合長室で、魔道具師をするって言っていたっけ。それなら確かに、食うに困らない金が手に入るな……」


 武具や道具に魔法紋を刻む職業である魔道具師は、なるほど魔法紋にどんな人間以上に通じている告死の乙女にとって天職だろう。

 説得の材料が見つからず、テフランは諦めの一歩手前の心地になる。

 しかし、最終手段が残っていることにも気づいていた。

 それを言葉に出すかどうかで迷いつつ、テフランは唇を湿らせるために舌で軽く舐める。


「ずっと言っている通り、俺は渡界者を辞める気はないよ」

「でも、このままでいたら、組合長直々に資格をはく奪されるのですから、諦める他ないのではありませんか?」

「いや、依頼は受けるよ――」


 発現を途中で一度切り、次に放つ言葉でファルマヒデリアがどんな反応するか警戒しながら、テフランは続ける。


「――ファルリアお母さんが手伝ってくれなくても、俺が一人で迷宮に入って、例の告死の乙女と対峙する」


 その言葉を耳にして、ファルマヒデリアはあ然から怒り顔へ変化する。


「なにを言って、そんなこと許しません」

「許して貰わなくたって構わない。勝手に行くし!」

「絶対にさせません。それでも行こうというのなら」

「俺を縄で縛るか? それとも手足を折って動けないようにでもするのか?」

「いいえ。私は泣きます」


 言葉の途中で、ファルマヒデリアの目尻にジワリと涙が出てくる。

 これにテフランは慌てる。

 男性は美女の涙に弱いのが常だが、母親がなくて育ったテフランはそれに輪をかけて弱いのだ。

 そう困っている間にも、ファルマヒデリアの目に涙が溜まり、もう少しで零れ落ちそうになっている。

 テフランは混乱に陥り、話題を変えようと試みた。


「えっと、そうだ! じゃあ、ファルリアお母さんのように、俺が例の告死の乙女も従魔にすればいいんじゃないかな!」


 口から出まかせの言葉だったが、ファルマヒデリアの目から涙を落とすのを止めることには成功したようだった。


「彼女もテフランの従魔に、ですか?」


 問われて遅まきながら、ファルマヒデリアがいるのに新しい女性を得ようとしている状況だと気付いて、テフランは失言を後悔した。


「えっと、ダメかな?」


 怒られることを覚悟で聞き返すと、意外なことにファルマヒデリアの顔が綻んだ。


「それは大変いい考えです。そういうことであれば、お手伝いすることはやぶさかではありません」

「……あれ? いいの?」

「戦闘特化型が従魔になれば、テフランの身の安全はさらに確かなものになりますから。それに、二人がかりで世話をすれば……」


 意味深な発言と目くばせがやってきて、テフランはドギマギしてしまう。


「と、とにかく、迷宮に一緒に入ってくれるよね」

「はい。でもその前に、テフランが彼女を従魔にするための準備や予行練習が必要ですね」

「……えっ? 告死の乙女って、武器を投げ捨てれば攻撃してこないんじゃ?」


 直感に近い形でそう理解していたテフランは、不思議そうにする。

 だが、ファルマヒデリアは首を横にふった。


「いまの彼女は、テフランと出会った私とは別の考え方――『武器を持ってない人間すら滅するべき』と考えて行動しているようです」

「なんでまた、そんな考え方に?」

「予想ですが、武器を持っていない人間に害されたからでしょう。例えば、素手で殴られたとか、邪な感情と共に体を触られたとか、無理やり押し倒そうとしてきたとかです」

「……そう聞くと、俺も結構危なかったんじゃない?」


 なにせテフランは、ファルマヒデリアの顔に血反吐を浴びせた上に、その豊かな胸に倒れ込んだのだ。

 一歩間違えれば、告死の乙女が『害された』と、感じる可能性があった。

 ファルマヒデリアは当時のことを思い出すと、気恥ずかしそうな表情になる。


「あのときのテフランは平気ですよ。だって、誠実な気持ちで接してくださってましたでしょう?」

(そうだったっけ?)


 思い返してみると、ファルマヒデリアに殺されようとはしていたが、それは死を見つめる静かな感情だった。

 たしかに、邪さは一切ないものだった。

 しかしながら、誠実な感情だったかと問われると、首を捻りたくなる。

 当時のことを思い出していて、テフランはふと気づいたことがあった。


「待って。邪な感情を持っていたら、告死の乙女は従魔にできないってこと?」

「必ずしもそうというわけではありませんが、そんな気持ちで接したら、遠慮なく攻撃しますね」

「……告死の乙女って、ファルリアお母さんみたいな美女ぞろいなんだよね?」

「まあ面と向かって美女だなんて、テフランはお世辞が上手になりましたね」


 ニコニコと嬉しそうにする、ファルマヒデリア。

 その見惚れる笑顔に、テフランは顔をひきつらせた。


(こんな美女に邪な感情を抱かないなんて、人間だったら男女ともに無理なんじゃないか?)


 男性なら劣情を、女性なら嫉妬を抱かずにはいられない容姿のため、テフランのその予想は正しかった。

 だからこそ、長い人間の歴史の中で従魔に出来た報告が一つも上がってこなかったことを含めて、『告死』という冠名を持つに至ったのだから。

 意外な事実に、テフランは驚くと、また頭を抱えた。


「なんにせよ、俺が例の告死の乙女の前に立ったら、攻撃されるってことじゃないか」

「組合長が失態を演じる前なら、楽に新しい子をテフランの従魔にできたのですが、残念なことです」

(……いや、もしそんな状況だっとしても、たぶんダメだったよ)


 ファルマヒデリアに出会う前なら、テフランには従魔にできる一抹の可能性が残っていただろう。

 しかし、ファルマヒデリアと暮らすようになって、過剰なスキンシップをされるようになり、テフランは知ってしまっていた。

 告死の乙女の肢体は、人間の理想を凝縮したような、柔らかで香しい極上のものだと。

 ファルマヒデリアを通して得たその感触を、新しい告死の乙女に投射せずにいられるほど、テフランは聖人君子でも性欲が枯れているわけではない。

 むしろ、共同生活で発散する機会が失われているからこそ、澱のように溜まっている節すらある。

 こんな状態で真っ新な告死の乙女の前に立たりしたら、テフランの邪な感情に反応して攻撃してくることは想像に易かった。

 自分が死ぬ想像に身を震わせてから、テフランはファルマヒデリアの目をじっと見つめる。


「攻撃してくる告死の乙女でも、従魔にできるんだよね?」

「多少のコツと練習、そして戦闘要員が要りますが、人間なら誰でも実行は可能ですよ」

「その『実行は』ってところに、一抹の不安があるけど。よしっ、ファルリアお母さん、教えて!」


 気合を入れて、テフランは教えを請いた。

 ファルマヒデリアは微笑みながら頷くと、優しく手を伸ばしてテフランの頬に触れる。

 そしてゆっくりと顔を近づけて唇同士をくっつけると、キスに驚愕するテフランの口内へと、ファルマヒデリアは舌をねじ込んだ。


「んんぅ~~~~!?」


 暴れ回る蛇のように、ファルマヒデリアの舌が口内を蹂躙する感触に、テフランは驚きと混乱、そして羞恥で顔を真っ赤にする。

 どうにか放してもらおうと暴れるが、いつの間にか首の後ろと腰を抱き寄せられていて、逃げるに逃げられなくなっていた。

 このままの状態で現実では数分、テフランの感覚では永遠といえる時間が経ってから、ファルマヒデリアは唇を離し、満足そうに微笑む。

 その表情が今までで一番の笑顔であったため、至近距離で直撃を食らったテフランの顔はさらに赤く染まった。


「な、なんで口づけなんか――」


 『口づけ』と自分で言ったことでの回想が起こり、一層の興奮と羞恥が押し寄せてきたことで、テフランの脳は処理の許容限界を超えた。


「――はうっ……」


 これ以上の情報を得るのを拒否するように、テフランは気絶した。

 崩れ落ちそうになっているその体を、ファルマヒデリアは優しく抱き寄せる。

 そこで悪戯心が湧き、テフランがしっかりと目を回していることを確認すると、今度は唇を触れさせるだけの優しいキスをした。

 すぐに顔を離すと、喜色満面の笑みを浮かべて、テフランを看病するために寝室へと向かって行ったのだった。


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