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プロローグ 少年は告死の乙女と出会う

新シリーズです。

よろしくお願いいたします。

 地下に広がる迷宮を踏破し、金銀財宝の山があるといわれている地底世界にたどり着くことを夢見る者たちを『渡界者』という。

 その迷宮に入る出入り口は、世界の各所に開かれている。

 しかし、大人数が楽に出入りできるものとなると数に限りがあり、国主や領主が直轄地として管理している。

 そんな国が運営する土地の一つに、『ショギメンカ』の町がある。

 流通の便がよく、出入り口からかなり長く迷宮に潜らないと弱い魔物しか出ないこともあり、別名『初心渡海者の町』と呼ばれている場所だ。

 この通称の通りに、渡界者になりたい者やなりたての者が多く集まるが、熟練者もそれなりに住んでいる。

 いわば渡界者のためにあるような町に、一人の青年が住んでいる。

 名前をテフラン。

 渡界者の父親の手一つで育ち、その父親も数年前に迷宮に挑んだきり帰らぬ人となった、渡海者孤児の一人だ。

 そんな境遇のテフランは、十四歳という成人を機に、当然のように渡海者組合の組合員――要するに新米渡界者になった。

 失踪した父親の影を追うつもりも少しはあったが、渡界者以外に自分がなれるものが浮かばなかったという事情が大半だった。

 他の新米たちと同じように、仲間を集って徒党パーティーを組み、迷宮に挑み続けること半年。

 四年ごとに起こる大転換によって、いままでの迷宮の地図がゴミと化した時期がきた。

 新米中の新米にとって、出入り口から近い通路を書きつけた地図の作成は、組合ギルドに売れば小金が稼げる美味しい仕事だ。

 その情報を父親から教わっていたテフランは、仲間と共に転換してすぐの迷宮に潜り、地図の作成に取りかかる。

 しかし、半年という活動期間があったことが、ここで災いした。

 通常なら、父親から手ほどきを受けていたテフランが斥候役として仲間を先導している。

 だがこのときは、テフランは地図の作成に意識の多くを割いていたため、仲間の一人――剣を使うセービッシュに先導を任せていたのだ。

 そして気が緩んだときこそ、迷宮という物は魔や災厄を巻き起こす。


「おい! 何か踏んじまったんだが!!」


 焦るセービッシュの声に、テフランは地図からハッと顔を上げた。

 見れば、彼が踏んだ床が拳一つ分沈みこんでいる。

 加えて、その周囲に人の物ではない文字がいくつも床に光り浮かんできた。

 それがどんな罠なのか、テフランは知っている。


「転移罠だ! 急いでその場から離れろ! みんなも下がれ!」

「離れろって、罠から足を上げても大丈夫なのか?! 矢とかが飛んでくるんじゃないのか?!」

「なに、どういうこと。セービッシュ、どうなっちゃうの!?」


 これまでテフランが先導して罠を回避し続けてきたツケが、致命的な場面で時間を消費させるという事態になって現れていた。


(このままじゃ、徒党パーティー全員が転移させられてしまう!)


 テフランは議論する時間はないと判断し、後続の仲間を下がらせながら、セービッシュに駆け寄り勢いよく突き飛ばした。

 その直後、手足が動かなくなり始めた。

 転移罠が発動する寸前に起こる、罠にかかった者に発現する兆候だ。

 これでテフランは、もう転移罠から逃れることはできない。

 見知らぬ場所に転移される前に、テフランは手にしていた地図を仲間たちの方へと放り投げる。


「みんなよく聞けよ! この場所に転移罠があると書き加えてから、その地図を組合ギルドに持って行け! それでかなりのお金が手に入る! あとセービッシュの間抜けは、俺が生きて戻ってきたら文句を――」


 言葉の途中で、テフランは不思議な力によって迷宮のどこかへと飛ばされた。

 彼の仲間たちはその光景に呆然としている。

 だがすぐに慌てながら、テフランが残した地図を拾い上げると、指示通りに転移罠の場所を書き加えてから一目散に出入り口へと走って行き、組合へと駆け込んだのだった。





 テフランは転移罠で迷宮のどこかに飛ばされた後、迷宮の通路を走って逃げていた。

 その背を追うのは、彼が父親から寝物語に聞いた姿をしている、恐ろしい魔物たちだ。


「くそぉ! なんで第四地区まで飛ぶ罠が、出入り口付近にあるんだよ!」


 第四地区とは、熟練の渡界者の徒党が挑むような、ショギメンカの町にある出入り口からだと、十日ほどはかかる距離にある区域だ。

 間違っても、父親の手ほどきから知識を得ているだけの新米がきていい場所ではない。

 そして、そんな場所に現れる魔物は強敵ぞろいで、初心者丸出しのテフランの装備で勝てる相手は一匹としていない。

 そのため大事な背嚢と装備の多くを捨てて、手に短槍と腰回りにつけた道具帯アイテムポーチだけの身軽な状態で逃げることで、どうにか命を繋いでいる状態だ。

 走り続けて通路を曲がるたびに、後ろから聞こえる魔物の声が多くなるように感じて、テフランは恐ろしさから後ろを振り向くことができない。

 そんな彼の唯一の希望は、迷宮内で魔物が入ってこられないという『安息地』の存在だ。

 安息地とは、発光する赤い宝石に照らされている通路部分と違い、昼の陽の光が差し込んでいるかと思うほど穏やかな白く明るい光が満ちる小部屋になっている。

 その明るい光が魔物を退けると言われているが、あまりにも魔物が集まり過ぎると光が消えてしまうとも、渡界者の間で噂されて。


(後ろにこれだけ魔物がいたら、安息地の光が消えるかもしれないが、構うもんか!)


 どのみち、体力が尽きれば魔物に八つ裂きにされる。

 それならば一縷の望みに命を賭ける方が、テフランの性格に合った行動だった。

 通路上にある罠を勘で避けつつ、たとえ踏んでも全速力で走ることで回避し、逃げに逃げ続ける。

 喉が渇き、流れていた汗が止まり、体内が茹だったように熱を持つ。腕が上がらなくなり、いま息を吸ったのか吐いたのかすら忘却する。

 だが、目は必死に通路の罠を見抜き、全身の力を足に集めているかのように走力は下がらない。

 そんなテフランの渾身の逃走は身を結ぶ。

 通路を曲がったその先に、目がくらむほどの光が溢れる部屋が見えたのだ。


(これで助かった――)


 賭けていた望みが目の前に現れた瞬間、テフランはつい少しだけ気を抜いてしまう。

 この場所では、それは致命的な隙であり、彼を追いかけていた魔物は見逃さなかった。

 逃げ続けていたテフランの背中に、飛んできた短剣が突き刺さる。

 出血が起こり、刃が達していた片肺に血が溜まっていく。

 走り続けるために両肺でも限界寸前だったのに、これはテフランにとって手痛い一撃だった。

 しかし逃げ込める場所は、もう目の前。

 テフランは気道を逆流して喉元まで来た血を飲み下し、無事な片肺で大きく呼吸をすると、息を止めて一気に安息地に駆け入った。


「――ごほごほっ。ち、治療を」


 まばゆい光に照らされながら、テフロンは疲労と出血で失いかける意識を独り言で繋ぎ止めながら、道具帯アイテムポーチに手を伸ばす。

 そこから取り出したのは、封がされた一本の金属の小瓶。その表面には怪しげな文字が、紫色で書かれている。

 これは、テフランが爪に火を点すように貯めた金で購入した、傷を瞬く間に治す『魔法薬』。

 大事なのは瓶の中身ではなく、その紫色の文字。

 これを掌で包んで温めることで魔法が発動し、中の水を治療薬に変える働きを生むのだ。

 その使用法に従って魔法薬作りつつ、テフランは背中に刺さった短剣を引き抜く。

 傷口から迸る血潮を感じないように努めつつ、テフランは蓋を開けて瓶を煽った。

 無味無臭の液体が喉を滑り落ちると、急速に痛みが消える。

 空いた傷口がひとりでに閉じ、疲労の極致にあった体に活力が戻ってきた。

 その効力に驚くテフランだったが、部屋の中を煌々と照らしている光が瞬いたことに驚いて立ち上がり、自分が入ってきた場所を見る。


「グウウウウルウルルアウウウウ!」

「ギギャギャギャギャギャギャギ!」

「オウオウオウオオオウオウオウ!」


 人型や獣型を始め、テフランの知識にもない姿の魔物の群れが、入れない部屋に抗議するかのように鳴き声を上げていた。

 その声が響く度に、安息地の光が揺れて一瞬だけ暗闇になる。


(魔物が集まると安息地の光は消えるという噂は、本当だったのかよ……)


 このまま休んではいられないと悟って、テフランは逃走を再開しようとする。

 そのとき、この部屋の中に自分以外の誰かがいることに気が付いた。

 金色の髪を持ち、光を照り返す汚れ一つない白い肌が眩い、青い衣をトーガ状に体に巻き付けている、青年のテフランよりも頭一つは大きい女性だった。


(しまった。別の渡界者が先に休んでいたってのか……)


 安息地の効力を失わせるような真似をしたテフランは、先に休んでいたらしい美女に殺されても文句は言えない。

 だが逆を返せば、この場所に一人で来られる実力者だ。

 彼女の助力を得られれば、生存確率は飛躍的向上する。

 なにを差し出しても味方につけるべく、テフランは説得を始めようとして、はたと美女の姿が異常なことに気づいた。


(なんでこの人は『町中を歩くような軽装』なんだ?)


 ここは、恐ろしい魔物が闊歩する迷宮の奥深くだ。

 布一枚巻いた姿の女性が一人で来られるほど、気安い場所ではない。

 その不可思議さに疑問を抱いた瞬間、テフランの脳裏に父親が語った与太話が想起された。


『いいか、テフラン。お前が迷宮に入ったとき、安息地で飛びぬけた美女にあったときは気をつけろ。そいつは『告死の乙女』って呼ばれている、最強の人型魔獣かもしれない。もしそんな場面に出くわしたとき、人間かどうかを見極めるコツは――』

(瞳の色が、人間ではありえない紫色かどうか)


 恐る恐る、テフランは美女の顔を見る。

 果たしてその瞳の色は、父親が語ってくれた通りに、見惚れてしまうほど綺麗な紫色だった。

 テフランは信じられず、父親の話は嘘だと思うとした。

 しかし美女の全身の肌に、無数の輝く文字――魔法紋が浮かんだのを見て、人間ではないと悟った。


(人が持つ魔法紋は刺青で、まっさらな肌から浮かぶのは魔物や魔獣の印だ……)


 テフランが父親の話は本当だったと結論付けたとき、美女は顔と手のひらを通路に集まっている魔物に向けていた。


「RuRuaaaaAAAaaaaaaー」


 美女の口から歌のような声が発せられた瞬間、彼女の全身に浮かぶ魔法紋がひときわ強く輝き、伸ばしていた手のひらから猛烈な炎が噴き出した。

 炎の際に入ってしまうと見て、テフランは咄嗟に横に跳んだ。

 しかし避けるのが一瞬遅く、手にしている短槍の上半分が一瞬で炭化してしまった。


(告死の乙女ってのは、こんなに強力な魔法を使うのか?!)


 これでは余波で網膜を焼かれかねないため、テフランは腕で顔を覆う。

 熱風で皮膚の表面がひりつくが、火傷に至る前に冷えている地面の上へ倒れ込むことで、何を逃れた。

 耳に聞こえていた炎の射出音が消えたのを確認してから、テフランは顔を上げて告死の乙女を確かめる。

 告死の乙女の全身に浮かんでいた魔法紋は、すっかり消えていた。

 テフランが恐る恐る魔物がひしめいていた通路に視線を向け変えると、そこには焼け焦げた何かが山積している。

 うるさい程だった魔物の声が一切してこないように、さきの魔法の一撃で全滅してしまったのだ。

 自分では一匹相手でも敵わない魔物たちを一瞬で消し炭にした告死の乙女に、テフランは笑いがこみ上げてくる気持ちだった。

 そして『告死』とあだ名される理由を悟った。


(出会ったら最後ってことか……)


 渡界者なら生きぎたなくも足掻くべきなのだろうが、テフランは諦めの気持ちが心の中で広がってしまっていた。


(どうせ逃げられっこないなら、見た目が変な魔物に殺されるより、絶世の美女に殺された方がいいよな)


 テフランは無用の長物となった短槍を地面に捨てると、自分から告死の乙女へ近づいていった。

 戦う気配が一切しないテフランの行動。

 それが意外だと示すように、告死の乙女の手からは魔法が放たれない。

 だがテフランは『彼女』に命を差し出す決心をしているため、無遠慮にその手を取ると自分の胸元に押しあてる。

 ここまでやれば告死の乙女も、テフランの行動の理由を理解して、魔法を撃つべく口を開けて旋律を発した。


「RururaRa~~」


 歌声と共に、再びその全身に魔法紋が浮かび上がる。


(十四歳で死亡か。呆気ないもんだ――)


 神妙な気分で魔法を食らう気だったテフランだったが、ここで急に喉を駆け上がってきた液体に抗いきれずに、口から吐き出してしまう。


「――ごはッ!」


 それは血だった。

 吐血したことを自覚した瞬間、テフランの胸に激痛が走る。


(さっき避けたとき、魔法薬で閉じた傷が開いたのか)


 げふげふと咳き込むテフランだったが、自分の状態よりも、目の前にいる告死の乙女の顔が気になった。

 先ほど吐き出した血が、彼女の顔一面の飛び散り、その美貌を汚していたのだ。


「ご、ごめんなさ――」


 つい口から謝罪の言葉が漏れた瞬間、テフランは目の前が急に真っ暗になった。

 魔物から走り逃げ続けた疲労と、再び開いた傷による失血で、彼の脳は機能不全を起こしてしまったのだ。

 失神するまでのつかの間の意識の中で、テフランは心惜しさを嘆いた。


(ああ、せめて彼女に殺されたかった)


 地面に頭がぶつかる衝撃を感じる前に、テフランは意識を失った。




 テフランが意識を取り戻して最初に思ったことは、ここがどこで、なんで横たわっているかという疑問だった。

 そして寝ぼけが取れるごとに、いままでの状況を思い出す。


(俺は死んだはずじゃ……)


 不思議に思うなかで、テフランは横向きになった自分の頭が何かに乗っていることに気が付いた。

 それは柔らかさのなかに弾力があり、そして温かくいい匂いがするなにかだった。

 いままで体験したことのない物体に、テフランは今際の夢を見ているのだと思った。

 そして人生最後の夢の中に、子供の時分に恋い焦がれていた、記憶にない母親が出てきたのだと勘違いした。


「お、お母さん?」


 声に出して呼びかけると、反応するように背中が温かくなった。

 誰かに触れられる感触だ。

 その体温がじんわりと伝わってくる感触で、テフランはこれが夢じゃないことを自覚した。


(現実なら、俺の頭の下にある『これ』は、なんなんだ?)


 手に触れて確認してみると、それが人の足――太ももの形をしていると知った。

 そして改めて見てみると、青い布地が目に入る。

 そう、告死の乙女が来ていた、あのトーガ状の服と同じ色の布だ。

 テフランが恐る恐る視線を天上方向――つまり、人の顔があるはずの方に向ける。

 だが衣服を下から押し上げている柔らかそうな球体――女性の乳房によって、その顔は見えなかった。

 それでも、そこにある衣服によって、テフランは自分が告死の乙女に膝枕されていることを悟らざるを得なかった。


「うわああああ――」


 驚きと恥ずかしさで飛び起きようとするテフランだったが、その体を手がやんわりと、しかし抗えない強さで押し留めた。

 見れば、魔物を焼き尽くした炎を発した、あの手だった。

 恐怖心で身動きを止めるテフランの耳に、聞き心地のよい声が滑り入ってきた。


「ダメですよ。怪我を治している最中ですから、急に動くのは厳禁です」

「――へっ?」


 他の渡界者が居るのかと、膝枕に戻りつつ視線を巡らして耳を澄ますが、テフランには自分と告死の乙女以外の存在は感じられなかった。


(それじゃあ、もしかして……)


 恐る恐る、視線を告死の乙女の顔があるはずの場所へ向けると、応えるように声が再びやってきた。


「そのまま、じっとしていてくださいね。治療が終わるまでお暇なら、歌を聞かせて差し上げますよ?」

「え、あ、だ、大丈夫です」

「そうですか。必要だと思ったら、すぐに言ってくださいね」


 明らかに、魔物や魔獣の仲間である告死の乙女が喋っている。

 それも、普通の人のように受け答えしている。

 この事実に、テフランは混乱し、そして思考を放棄した。


(どうせ俺が死ぬも生きるも、この人次第なんだ。混乱してバタバタしても仕方がない)


 諦めの境地でいることしばし。

 告死の乙女がテフランの背に手を当てることを止めた。


「これで怪我の治療は終わりました。ささ、体を起こしてみてくださいね」

「は、はい……」


 言われるがままに起き上がろうとして、頭が告死の乙女の胸に当たった。

 少ない力で簡単に形を変えるほど柔らかい感触なのに、確かに感じる大きな質量。

 母親がいないうえに、女生徒の付き合いも薄かったテフランは、未知の感触に大慌てになった。


「ごご、ご、ごめんなさい!」


 頭を乳房から離しながら誤り倒す姿に、告死の乙女が笑い声を上げる。


「あはっ、ふふふふっ。そんなに慌てなくても大丈夫です」


 余裕ある大人な感じの対応に、テフランは自分が子供だと暗に伝えられたような気がして、さらに赤面度合いを強くした。

 顔を俯かせて背中を丸め、開いているはずの傷がいたくないことに、遅まきながらに気付く。


「え、怪我が――」

「はい。わたくしが治療いたしました」


 ニコニコと笑顔で語る告死の乙女に、テフランは急いで怪我をしたはずの場所に手を向かわせた。

 そこには、切り裂かれた背の衣服の感触はあるものの、斬り痕や傷跡の触感は一切ない。

 人を殺すはずの告死の乙女が、どうして人をすくったりするのか、テフランには分からなかった。


「……どうして、治療をしてくれたんだ?」


 そう素直に尋ねてしまうと、告死の乙女は笑顔を強めた。


「それは、貴方が私の主となったからです」

「主って……俺は『魔獣遣い』じゃないぞ?」


 不思議な力で魔物や魔獣を味方につける、特殊な技量を持つ渡界者を引き合いにしたテフランに、告死の乙女は笑顔ではぐらかす。


「貴方がそうであろうとなかろうと、私の主は貴方なのです」

「よく分からないけど。つまり、俺のいうことなら、どんなことでも従うっていうのか?」

「そう考えてくださって構いません。試しに衣服を脱げと仰ってみますか。本当に全裸になってさしあげますよ」


 衣服に手をかける告死の乙女を、テフランは慌てて制止する。


「そんなこと頼まないよ!」

「そうですか? なにやら、ちらちらと胸のあたりを見ていらっしゃるので、私の肉体に興味がおありなのかと」

「うぐっ……。そ、それは、健全な男子の生理的反応みたいなものだから」


 男性の性で豊かな乳房に視線が吸い寄せられていたことを指摘されて、テフランは慌てて顔を逸らす。

 その姿に、告死の乙女は笑顔を向けて、彼の頭を両手でその豊かな胸の中へ抱いた。

 不意打ちに、テフランは混乱の極みに陥る。


「なな、なにをするんだよ!」

「私の主は貴方です。望むのでしたら、この体をいかようにも扱ってよろしいのですよ。例えば、思う存分に乳房の柔らかさを堪能することなど」

「ひ、必要ない!」


 テフランは両手で告死の乙女を押して、自分の顔を埋没していた場所から引き剥がすことに成功した。

 その代わりに両手は、柔らかな乳房を押し潰している。


「――うわっ、これは違うんだ!」


 慌てて手も引き戻したテフランの耳に、告死の乙女の柔らかな笑い声がくる。

 テフランはからかわれている気がして、少し憮然とした表情をするが、体や乳房うんぬんの話題から話を逸らすことに決めた。


「俺のいうことなら、何でも聞くんだよな?」

「はい、その通りです」

「……じゃあ、この迷宮から地上にでるまで、護衛を頼んでもいいか?」


 このときのテフランが注目したのは、告死の乙女という最強敵性種族の戦闘力。

 魔物の群れを魔法一発で全滅させるような相手が護衛してくれたら、自分一人では生きて出られない場所からでも生還できるのではないかと希望を持ったのだ。

 その望みに応えるように、告死の乙女は悠々と頷いた。


「はい。ではまず、地上まで貴方を護衛いたしましょう。その後のことは、そのときに」

「……えっ。もしかして、迷宮の外にまでついてくるの?」

「もちろんです。貴方は私の主様ですよ。四六時中侍り、その望みを叶えることこそが、私の使命というものです」


 あっさりと肯定されて、テフランは顔をひきつらせた。

 この美女は最強の魔物の一種だ。そんな存在を町中に入れることは、重大な危険を孕む。

 下手をしたら、テフラン自身が危険人物扱いを受けるかもしれない。


(だけど、そんな事態を心配するのは、迷宮から無事に脱出できてからだよな)


 テフランは問題を先送りにすることを決意し、告死の乙女と共に脱出行へと赴いた。

 その結果、テフランは告死の乙女が倒した魔物や魔獣からの戦利品によって、迷宮に挑む前よりも装備を整えた状態で、傷一つなく迷宮の外へと出ることができた。

 そしてもちろん酷使の乙女も最強の名にふさわしく怪我一つない。そのうえ、ここまでの道中が楽しかったとご満悦な様子で、テフランの隣に当たり前のような表情で立っているのだった。


しばらくは、気まぐれ更新な形になるとおもいますので、気長に次の話をお待ちくださいますよう、よろしくお願いいたします。

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