足枷
僕って結構単純なんだな。
昨日と今日の話で、僕はすでになんでもできるような気になっていた。
僕なんかって難しく考えてたことも、考え方次第で案外簡単に思えちゃうのが不思議だ。
難しくしてたのは僕の心の方だったんだ。
今まで随分無駄に諦めてきたような気がする。本当はもっともっと出来た筈なのに。
先生の方を見ると、空中に書いた文字に手をかざしているところだった。
「先生、その3とその4に関しては……」
言い終わる前に先生が被せてきた。
「やはり説明が必要かね?」
「はい。」
「なぜ理解力と実行力が必要か?それをまだ理解できていないと?もしそうなら君を選んだのは間違いだったということになる。」
慌てて否定する。
「あ、いや、確認したかったんです。つまり先生に教わったことを理解できなければ先生が来た意味がないし、理解できたとして実行できなければ宝の持ち腐れということですよね?」
「最後は少し違うね。考え方や取り組み方を理解した上で動けないのはただの愚か者だ。」
あとは行動のみ、君ならどうする?と訊かれた時に行動します!と答えておいてよかった。あそこで言い淀んでいたら怒られかねない場面だ。
「そうですね、すみません大丈夫です。理解しました。」
「よろしい。それでは最後の条件についてはどうかね?」
条件その4は、フリーターもしくは無職……
正直わかってないけど、これは素直にわからないと言ってもいいのかな?
「すみません、よくわかりません。」
「そうかね。では昨日から今までの私の授業で、君は今何を思っているかね?」
「早くやりたいこと、夢を見つけてそれを叶えるために行動したいです。」
「早く行動するために足枷は?」
「ない方がいい!」
「その通りだ。これも日本人の悪い癖だが、定職を持つと自身の収入を考えていたところから、会社の利益を考えるようになる。それ自体は間違いではないが、そこに至ると病気や怪我で休むのも気が引けるようになる。」
それはバイトの身でも同じではなかろうか?シフトが出たあとに休みを変更するのは気が引ける。
先生が続けた。
「休みを取るイコール会社が困る、という思いに囚われ始める。おかしいと思わないかね?会社は人格を持たないから困ることはないんだよ。」
なるほど。言われてみればその通りだ。会社が困るって表現は実によく聞く言葉だけど、それがおかしいことだなんて思ったことはなかった。
「会社の人格を認めるようになると、そこから自身の夢を見つけることはとても困難になる。会社という体の一部になっているからね。」
だからこその条件その4か!
「わかりました先生!会社の一部になってしまうと夢を見られない、もし見つけても動きが取れないで諦めてしまう、ってことですよね!?」
先生はにっこり笑って頷いた。
「考え方次第だ。会社の一部になっていても動ける者は動けるんだ。」
生活はしなければいけないから、収入はないと生きていけない。収入を得ながらいざという時に比較的容易に動けるフリーターと、収入がなくても生活が成り立ち自由に動ける無職が条件に入っているのはそういうことだ、と先生は続けた。
僕はなぜ定職につかないんだろう?と考えていた。
そもそもやりたいことなんてなかったし、就活に失敗したことも大きかった。
就職できなかった僕は、周囲には色々バイトをしながら向いてることを探すんだ、なんて偉そうなことを言っていた。それなのに卒業してそろそろ一年経つというのに、いまだにビデオレンタルのバイトを続けている。探すどころか現状をずっと維持して生活だけを続けていたんだ。
『向いてること』それは自分で作り出すものだった。僕はそんなことにも気付かず、ただ飯を食い、寝るための部屋を借り、日々の生活を繰り返すだけで。
自分を変えようともせず、それすらを思い付きもしないままだったのだ。
気が付くと先生はチョコレートを食べながら僕を眺めていた。
急に恥ずかしくなり目を背けると、
「君の中でなにか変わったかね?」
と訊ねられた。
「あ、はい。目の前が明るくなった感じです。」
「そうかね。それで君のこれからの人生はどうなるかね?」
「僕は僕の思いを形にできるようにしていかなければいけないと思っています。先生のおかげです。ありがとうございます。」
先生がまるで神様のように見えた。
実際神様なんだけどね。