向き不向き
文明の発達において?発明じゃないかな?今までになかった新しい物や文化が文明を発達させるんじゃないか?
「発明、ってことですか?」
「素晴らしい!その通りだ。では続けて質問だ。発明をするために最も必要なことはなんだと思うね?」
「発想ですか?」
「うん、それも正解だ。君はやはり優秀だ。」
なんとなく誘導されてるように感じた。先生は僕に答えられる質問を投げかけ、本筋の答えに導いてくれているような感覚。発想しなければ発明もない。だけど、これが本来の答えではないような気がしてならない。
「先生、本当の答えはなんですか?」
「君の答えたことが本当の答えだよ。」
しかし、と言いかけたところで先生が続けた。
「君は精神に目を向けることを覚えなくてはいけない。君の答えは合っているんだ。だがね、発想を形にするために必要不可欠なものがあり、それこそが文明を発達させた源になっているんだよ。」
ほら本当の答えは他にあるんだ。精神に目を向ける……どういうことだろう?
「君は何かを作り出したことがあるかね?」
「発明ということならありません。」
「昨夜のカレーは君が作ったものだね?」
「もちろんそうですけど……発明した訳ではありませんよ?」
なにもないところから生み出す発明と、材料を切って炒めてルウを入れるだけのカレーを一緒にしてもらっては困る。
「何かを作り出そうという発想と、カレーを作ろうという発想、違いがあるかね?」
驚いた、なんて乱暴な。違うに決まってる。
隠し味こそ入れたけど、誰かが発明したルウのおかげで、僕は簡単においしいカレーを作ることができる。
発明ってすごく難しいんじゃないの?
僕には想像すらできない。
「大切なのは目的のものを作りたいという欲求だ。君がカレーを作っている時にカレーを作ることを諦めてしまったら?カレーは出来上がらないだろう?」
発明もカレーもそこに辿り着きたいという目的の場所に到達した証か。発明も途中で諦めてしまったら絶対に出来上がらない。先生はそういうことを言いたいのか。
「発想はある。出来上がるまでの道筋もある。あとは行動のみ。君ならどうするね?」
「行動します!」
作りかけのカレーを途中で投げ出すなんてできるもんか。
「もし途中で作ることを反対されたら?」
「カレーをですか?」
「まぁどちらでも構わないよ。カレーで考えた方が君にはわかりやすそうだね。」
反対されたら?そこに納得できる理由があったらやめちゃうかもしれないな。
でも納得できる理由ってなんだ?
材料が傷んでたとか、賞味期限切れとかならやめちゃうな。思い付く限り想像しようとしたけどよくわからない。
「君の両親がそのカレーは良くないからカレーはやめてシチューにしなさい、と言ったらどうかね?」
「……シチューにしちゃうかもしれません。」
「そこだよ。」
「発想を形にするために必要不可欠なのは、やり遂げるという目的意識だ。」
なるほど、目的意識がしっかりしていれば、余計な横槍にも揺らぐことはない。
「そこで、だ。」
先生は[条件その2]を指差しながら、
「友人は支えてくれる。」
そして[条件その5]を指差しながら、
「身内はできっこない、無理だよ、君には向いてない、と言うんだ。」
ストンと腑に落ちた。だからこそ夢を叶えようとするときに、友人がいることと一人で生活していること、が条件に入っていたのか。
条件にその二点を挙げたことは理解したけど、僕の親に対する信用はまだ大きい。それでも志望大学を変えなさいと言われたことは、カレーを作りたいと言った僕にシチューにしなさいと言ったのと同じようなことだと気付いた。
「もちろん無理だと言う友人もいれば、無条件で応援してくれる両親を持つ者もいるだろう。だがまだ目的意識を持たない君には、往々にして流されやすいという性質がある。特に尊敬する両親から言われれば自分を曲げ両親の意向に沿う選択をする傾向があるようだしね。この二つの条件は、君の心が鍛えられるまでの期間限定条件だと理解してくれて構わないよ。」
心の弱さは自覚していた。流されやすいのも。
「どうしたら心が鍛えられますか?」
「君は向き不向きを考えたことはあるかね?」
あるかというよりも、常に考えているといった方が正解に近いくらいよく考える。
これも親の影響かもしれないな。子供の頃から「あなたに向いているから。」と言われて、ピアノとバイオリンを習わされた。
友達の多くが地元のサッカーチームに入った時、僕もサッカーがやりたいと言ったら「あなたには向いていない。」と許してもらえなかった。
やらなかったことはもちろん、やってきたことも何一つものになってないけど。
「よく考えます。」
「そこが心の弱さなんだよ。今ある君の状態が君のすべてかね?そこからの成長は考えないのかね?」
そうか、そうだよな。向き不向きを考える時、現状の自分を思い浮かべ、出来るか出来ないかを考えていた。
サッカーが向いていないと言われた時に、走り込んでボールを蹴って練習すれば、サッカーが向いている自分になれたかもしれないのに。
「心を鍛える最初の習慣だ。いいかね?向き不向きを考える前に前向きになることだ。」
向き不向きより前向き!
そう教えられただけで、とても身軽になったような気がした。