友と親
昨日は不思議な一日だった。
平々凡々と生きていたと思っていたけど、実はただ変化のない日々を繰り返していただけなんだなぁ。
これからどんな夢を見つけたとしても、これからの僕は叶わぬ夢なんて思わないだろう。
すべての夢は実現可能。そう教えてくれたのは、親でも学校の先生でもなく、しょぼくれたおじいさんのような神様だった。
バイトから帰ってくると、先生が昨日の位置から声をかけてくれた。
「お帰り。」
「ただいまです。」
ただいまなんて無縁の一人暮らしだったせいで、おかしな言い方になってしまった。
気恥ずかしさを感じながらチョコレートを差し出す。
「おお!ありがとうありがとう。」
今日はどんな話が聞けるだろう?
そういえば僕が選ばれた選択条件のその2以降を聞いてないな。
手洗いとうがいを済ませ洗面所から戻るとすでに先生がなにか書き始めていた。
[興味]と書いてある。なんの授業かそれこそ興味が湧いたが、そこをぐっとこらえて尋ねてみた。
「先生、授業の前にいいですか?」
うわっ、二度目の気恥ずかしさ!先生のようだと思ってはいたけど、口に出して言ってしまった!
「どうしたね?」
まるで意に介さない様子で返事をしてくれてよかった。
平静を装いながら訊いてみる。
「昨日仰っていた選択条件のことなんですけど。」
「ああ、気になるかね?」
「そりゃ気になりますよ。どうしてそんな基準にしたのか。」
「追々説明しようと思っていたが、先に説明が欲しいかね?」
「はい。」
よろしい、といいながら[興味]の上に手をかざすと文字は消えていった。
「条件その1については理解したと解釈していいね?ではその2から始めよう。」
[条件その2]その下に[友人がいること]と書き出した。
「さて、君には友人が何人いる?」
「数えるほどです。」
「そうだね。」
そうか。選択条件にするくらいだし、それを満たしているから僕が選ばれた訳だし、先生は僕にどんな友達がいるか知ってるんだな。
「先生ご存知なんですよね?」
呼称は先生で押し通すことにした。
「知っているよ。その数人がほぼ君のことを親身になって思い遣れる者達だということもね。」
はい、当たり。もうね、隠し事なんかできないんですね。さすがです。
「友人がいること、とあるが、親身になって思い遣れることこそが大切な要素なんだ。」
友達の存在が人生に深みとか厚みをもたせてくれる、的なことかな?
[条件その5]
あれ?隣に書き始めたぞ?
[一人で生活していること]
「条件その5。これが友人の存在と密接な関係にある。君が最後に両親に会ったのはいつだね?」
「正月は帰らなかったので……去年のお盆ですかね?」
「その会わない期間を埋めてくれたのは友人達だったろう?」
大学を卒業していながらフリーターなんてやってるから、小言を言われるのが嫌で帰らなかった。カレーを褒めてくれた友達も、僕によさそうな求人を見つけては勧めてくる友達も、なにかにつけ気にかけてくれる。
彼らのおかげで寂しくなかったし、将来を悲観的にみることもなかった。
「君がこれから何者になっていきたいか、道を見つけたとして。」
考え込んでしまっていた。先生の言葉に耳を傾け直す。
「君の友人達は率直なアドバイスをくれるだろう。それは私の授業を受けたあとの君にとっても、大きな力になる。挫けそうな時に支えてくれたり、間違った方向に行きかけた時に叱ってくれたりだ。」
僕の友達はそんなやつらだ。
「ところが両親、特に母親は得てして夢を持ったと話した途端に無理だからやめなさい、と可能性に蓋をしにかかる。」
「もちろんすべての母親がそうだと言っている訳ではないが、息子を過大評価する一方で、人生を変えるような重大な場面では過小評価する母親がとても多いのも事実だ。」
思い当たる。本当はもっと違う大学を受験したかった。母親に希望する大学名を告げると、何言ってるの無理だからやめなさい、もう少しランクを下げて受験しなさいと言われていた。現役で受かるところにしておかないと、うちは浪人させる余裕なんかないよ、と。
親としては当然の心配だと思っていた。だから親の言う通りランクを下げて現役合格をしたのだし、親の言うことに間違いはないと思ってきた。僕自身はそう思っていることを伝えると、
「そこだよ。両親に間違いがないと思っている。君は今までに何度自分を曲げ、両親の意見に従ってきたね?」
そんなの数えきれない。不満を感じながら親の言う通りにしてきたことも多々あった。
だけど後になって振り返ると、あの時の選択は親の言うことを聞いてよかったな、と思えることも同じ数だけあったのだ。
穏やかな話し口調の先生が、一際穏やかにそれでいて力強く僕の目をしっかりと見つめながら言った。
「よく聞きなさい。文明の発達において最も必要な行為は何だと思うね?」