可能性
夢が実現できるということはなんとなくわかった。じゃあ実現するためにはなにが必要だろう?
方法を知ること?イメージできること?先生は夢を実現するための正しい手順があると言った。とすればてじゅんと読むのが正しいのかな?
先生の質問に先回りして答えを探していると先生から質問が飛ぶ。
「では実現と書いてなんと読むかね?」
きた。自信はないが用意した答えを伝えてみる。
「てじゅん、ですか?」
「ほぉ、なるほど、そう考えたか。」
「君のカレーを思い浮かべてごらん。手順や方法は知識だ。知ってさえいればイメージすることはできる。だがね、これがなければイメージを具現化することができない、なくてはならないものがあるんだ。」
カレーを作るところをイメージしてみた。
切ったり煮たりすることかな?
考えながら手が動いていたようだ。左手を丸め右手で包丁を扱う仕草をみて先生が微笑む。
「それだよ。」
それ?どれ?包丁の仕草?やっぱ切る?煮ちゃう?
「その作るという行動だよ。」
行動か!あのメジャーリーガーの作文にも友達と遊ぶ暇がないくらい練習しているって書いてあった。
方法を知っていても行動しなければ意味がない。本当にその通りだ。
うんうんと頷いていると先生の指先が動いた。[実現]の上に[こうどう]と書き込む。
そして[実現]の右上に[行動]と書いた。
矢印は[行動]から[実現]に、[安心]から[行動]に向かって書き込まれた。四つの言葉が繋がった。
安心
/ \
夢 行動
\ /
実現
「さぁ、最初の授業も終わりが近い。」
と言いながら[行動]の上に[あんしん]と書き込むと、
「行動と書いてあんしんと読む、ということは君ならもうわかるだろう?」
「はい。でもその部分の意味がわかりません。」
「そうかね?よく考えてごらん。夢を現実にするための方法を知りイメージもできていたら、あとは行動に移すだけだ。
それなのに行動することができないとしたら?
いつまでも夢を掴むことができないと理解していれば、行動しないことが不安になるんだよ。
人は安心するために行動する。止まっていると不安なんだ。」
ああ、なるほど。先頃引退を発表したアスリートの現役時代、コーチが一番大変だったのは練習をやめさせることだと話していた。
どんなことでも努力という行動が自信になり結果に繋がる。部活をしたことのない僕にも容易に想像がつく。
まずは夢を持つこと。
その夢は実現するとイメージすること。
そのための方法を知るには常にイメージと共に在ること。
まるで悩んでいるときに何気なく手に取った本に答えを見つけたように、心からイメージしていることに自然と答えが近づいてくる。
あとは行動だ。
今のいままで死んだように生きていた僕を、突然現れたこの先生は生き返らせてくれた。
目の前に無限の道が広がったように思える。
「理解できたかね?私は君には可能性があるということ、それ自体を放棄した生き方をしているということに気付いてもらうために来たんだよ。」
感謝しかない。
無自覚の生ける屍はどこにでも行ける羽をもらったのだ。