実現
僕はいつのまにやらこの自称神様のおじいさんの言葉に引き込まれていた。
穏やかに話す彼の言葉には妙な説得力がある。
僕の中で彼は怪しい老人から先生のような存在へと昇格していた。
もっとも神様なのだから本当はもっと敬意をはらうべきなのかもしれないけれど。
「では夢と書いてなんと読んだらいいかね?」
彼はまず僕に考えさせようとする。なるほど、少しずつ慣れてきたぞ。
「夢は持つべきもの、ですよね?う~ん」
彼はおもむろに立ち上がりキッチンに向かって歩き出した。
「ここからはわかりやすく君が作ろうとしていたカレーで話をしてみようか?」
「カレーで、ですか?」
「夢とはカレーだ。」
わかった!
「夢は目的ですね!?」
彼はうんうんと二回頷いてから続けた。
「そうだ。目的だ。君はカレーを作るという目的に手が届かないと思うかね?」
「いいえ。きちんと手順を踏めばカレーは作れます。」
その通り、という風に今度は大きく一回頷いて微笑んだ。
「君が選ばれたのは偶然であり必然だ。私の生徒は実に優秀だ。」
褒められて嬉しくなったが答えがわからない。
「夢と書いてもくてき、ということでいいんですか?」
「当たらずも遠からずだ。君はカレーを作ることができると言ったね。つまり君の目的は実現可能だということだ。」
彼は[夢]の上に[じつげん]と書き込んだ。
すべての夢は実現可能なんだ、と彼は繰り返した。
「まさに君が言った通りだよ。きちんとした手順があるんだ。」
そう言いながら[夢]の右下に[実現]と書き、[実現]から[夢]に向かって矢印を引いた。
安心
/
夢
\
実現
「私の次の質問がわかるかね?」
「はい。実現と書いてなんと読む?ですよね?」
はっはっはっ。と突然それまでの穏やかさが嘘のように大きな声で笑い出した。
「優秀優秀。」
この先生がなぜ僕を選び、僕のところへ来てくれたのかはわからない。でも今の僕に必要なのはこういうことだ、と全身で感じていた。
実現……実現……はて、なんと読んだものだろう?
「見当もつきません。」
先生はまた微笑んで穏やかな口調に戻り話し始めた。
「まぁ待ちたまえ、私はまだ質問をしていないよ。次の質問をする前にひとつ君に確認しておきたい。」
なにを言われるのか身構えていると、彼は[夢]を指差しながら、
「君はどんな夢でも実現するということに納得がいっているかね?」
安心が夢である、ということは素直に腑に落ちた。
だけど本当にどんな夢でも実現するのか?例えば僕がこれから総理大臣になりたい、と言い出しても?
先生の確認に対しての答えを言い淀んでいると、まるでそれを見透かしたかのように先生が口を開いた。
「君が納得できないのは夢を実現したことがないと思っているからだ。」
うん、その通りだ。夢を実現したことがない。というより夢を持ったことすらないんだから。
「いいかね?私は夢はカレーだと言った。君はカレーを作れると言った。君の中で実現可能な夢と不可能な夢の境界はどこにあるんだね?カレーを作れる人と作れない人の違いはなんだと思う?」
はたと気付いた。そうか。カレーの作り方を知っている人と知らない人、つまりは夢を持ちそれを夢ではなく目的とし、そこに向かっていく方法を知っている人と知らない人だ。
有名な日本人のメジャーリーガーを思い出していた。
子供の頃の作文がメディアに取り上げられたことがある。こういう人が一流になるんだな、と感心した記憶があるが、中学高校ではどのようになりプロにいき契約金はいくら、と小学生の頃からイメージできていた。
「方法ですね?そこに辿り着く方法を知らなくてはイメージできない。カレーの作り方を知らなければカレーを作ることはできない。」
「満点だ。」
満足気に先生は微笑んだ。