夢
「ランダムと言ったね。ただし選択条件はあったんだよ。」
1 日々目的もなく生きていること
2 友人がいること
3 ある程度の理解力と実行力を持っていること
4 フリーターもしくは無職であること
5 一人で生活していること
なんだその条件は。
僕の困惑をよそにおじいさんは続けた。
「我々は人間を観察してきた。特に神の存在を忘れて生活することに慣れてしまった日本人についてね。」
感謝を忘れ、人生の意味を考えることもなく、漠然と生きている。
このまま日本人はどうなっていくのか、今後の人作りの参考にしようとも考えたが、あまりにもひどい状態だ。
これならば信仰のために戦う宗教戦争の方がまだマシに思える。
明らかに手段を間違えてはいるがね。
と、おじいさんは付け加えた。
日本人は死んだように生きている、とおじいさんは表現した。
言い得て妙だなと思う。僕にも思い当たる節があった。
死にたいと思ったことはないが、生きたいと能動的に思ったこともない。
「そこで、だ。条件その1。」
空中に[条件その1]と書き出した。
[日々目的もなく生きていること]
「わかるかね?この条件に当てはまること。それがすなわち死んだように生きているということなんだ。」
なんとなく理解はできる。
穏やかに話すおじいさんのおかげで、僕の停止していた思考が動き出していた。
「君のやりたいことはなんだ?」
「考えたことはありますが見つかっていません。」
「そうだね。では、君が今からやろうとしていたそれはなんだ?」
キッチンの方を指差しながら訊ねられた。
「カレーを作ろうと思ってました。」
「それだ。それが目的だよ。」
当たり前だ。僕はカレーを作ろうと思って玉ねぎを買いに行ったのだから。
だけどカレーを作るという目的と日々の目的がどう繋がるんだ?と考えているとおじいさんがまた空中に書き出した。
[夢]
夢、ゆめ?え?これは夢なのかな?
そう考えることが一番自然だとなんで今まで思わなかったろう。
そうだこれは夢に違いない。有り得ないことが続け様に起こっているんだから。
「夢はなんだね?」
おじいさんの質問にハッと我に返る。夢じゃないんだなこれが。
「夢ですか?やりたいことがないのに夢なんかありません。」
「本当にそうかな?」
と言いながら夢と書いた右上に今度は[安心]と書き出した。
「君は不安に思ったことはないか?今の生活、将来のこと、例えばこのアパートが取り壊されるとしたら明日から君はどこで暮らす?」
考えるまでもない。毎日同じようなことの繰り返しの中で、いつまでもこのままでいいとは思っていなかった。
部活動をしたこともなく何かに打ち込んだ経験が皆無な僕にとって、今の生活に意味を見出だすことはとても難しいことのように思える。
黙ったまま考え込んでいると[安心]の文字の上に何か書き足した。
[ゆめ]
「ここからはとても大切な話だ。いいかね?人の夢の究極の形は安心なんだよ。」
そう言いながら彼は[夢]から[安心]に向かう矢印を加えた。
安心
/
夢
「食べることも寝るところも着るものもなんの心配もいらない。身体は健康で悪いところもない。他人から恨まれることもなく欲しいものがいつでも手に入れられる。そんな生活をどう思うね?」
「夢のようです。」
「そら、夢だと言ったね。」
つい先ほどまで迷い込んだ老人かと思っていたしょぼくれた顔に、いたずらっ子の少年のような生き生きとした笑顔が浮かんだ。
「そんな生活が夢のようだと?ならば君の夢は安心して生きていける環境なんじゃないか?」
確かにそうだ。
すべてのことになんの心配もいらず、安心して生きていけること。それが究極の夢の形だと言われればそんな気がしてきた。
「いいかね?安心と書いてゆめと読むんだ。」