邪神のいる山
「アリリエル。後はお前自身の判断に委ねる。正しく己の務めを果たすように」
これが、お兄様からの、最後になるかもしれない、言葉。
「お兄様。ラウル様とご無事に帰還なさいますように…」
本心から祈りながら、私は告げた。
ただ。聖女が不安と心配で目を潤ませながら、一方で私はこう思ってもいる。
ここで放り出すとは…。酷くない?
考えてみよう? 旅慣れない聖女様よ? 供も連れていないのよ?
この先は危険だからって、一人残す方が危険じゃないの?
危険を防ぐ結界も張り続けますけれど、ご存知の通り、万能ではないのですよ、お兄様?
私は、馬を一匹与えられて、緊急連絡用の魔道具を持たされて、非常食も持たされて、ただ一人、見知らぬ土地で放置された。
兄とラウル様は、先に進んでしまった。
ここから先は、元凶となった聖地に入ってしまうので、どんなことが起こるか分からないから絶対来ないように、なんて釘を刺されて。
そもそも聖地と言うのは、女人禁制らしい。なんという女性差別!
不満に思ったけど、ラウル様の呪いの強力さを考えると、本当にシャレにならない可能性が高い。
しかし、前世を取り戻した私は純粋培養の超素直な聖女様では無い。
このままむざむざ真っ直ぐ帰るなどありえません。
確かに一人でウロウロするのは危険だろうけど、一応防犯グッズ的なアイテムも持たされたから、もう少し自由に動いたって、きっと大丈夫。
というわけで、私は、酷く濃い魔力の地を、遠くから様子を見れないか探ってみることにした。
馬だし行動範囲も広げられるから。
馬は慣れなくて大変だけど、心根の優しいコなので、きっとなんとかなる。
パカパカ馬を歩ませていたら、どこからか
『ヒッヒッヒッヒ』なんて笑い声が響いているのに気が付いた。
キョロキョロ辺りを見回す。
さすが聖女になっているほどではあって、それがどこから来るものか、すぐに見当がついた。ちょっと行ってみよう。
慎重に進んで、結果、傍の山の頂上にたどり着いた。
馬さん、よく一緒に来てくれたと思う。大感謝よ。
頂上は急に開けていて、大きな石が置いてあった。
何かの遺跡っぽいなぁ、と、思う。
『ヒッヒッヒッヒ』
笑い声が、確かに響いた。
誰だろう。何だろう。耳を澄ます。
そうだ、聖女らしく、祈ってみよう。会話ができる・・・かもしれない。
私は、大きな石に向かって祈りを捧げてみた。
〝私をここへ呼んだのはどなたですか?”
『ヒッヒッヒッヒ・・・キの一族の花嫁っこか』
言葉が来た。
〝あなた様は?”
『ヒッヒッヒッヒ・・・ワシたちは五体の一身。キの一族の守り主よ』
『フェフェフェ・・・キの一族が、ソの一族と共に聖地に戻った』
『ハハハ・・・その娘はソの者じゃろう』
『ホゥホゥホ・・・キの一族のシルシがついとる』
『ヘッヘッヘッヘ・・・見ろ、聖地に柱がたつぞ』
意味不明だ。
薄ら目を開けると、目の前、大きな石の前に、何かが座っているのが見えた。
姿を現した?
目を開けきると、確かに異文化な小さな奇妙な存在が、そこにいた。
「あなた様は、一体」と尋ねてみる。
『ヒッヒッヒ・・・言っただろう、キの一族の守り神よ』
『ハハハ・・・ソの一族には邪神じゃがな』
『フェフェフェ・・・』
と言葉が続きかけたのを、私はうっかり遮っていた。
「ラウル様の、守り神なのですか?」
言葉を遮られたのがショックだったのか、沈黙が落ちる。
「あのぅ?」
『ヒッヒ・・・そうよ』
『ハハハ・・・』
「呪いの事は、あなた方もご存じ?」
『ヒッヒッヒ・・・そうな』
「なら、解く方法はご存じ?」
『ヒッヒ・・・。解くなどとは。呪った側がよく聞けたものよ』
『ヘッヘッヘ・・・ソの一族よ、今度はお前たちが縛られるが良い』