突撃
聖女を心配する周囲を前世日本人と今世聖女様の神対応で宥め伏せた私は、聖女特権を我儘放題に活用して、この一国の神官のトップである実兄のところに向かった。つい昨年に、前神官長である父が急逝したために、兄がその位を受け継いだのである。
実兄のザザックは私の突撃に目を丸くしていた。
そして、そこには、私の失恋相手、来訪者のラウル様もいた。ラウル様を目にした瞬間、恋による動悸がした。この聖女様重症だ。
「アリリエル。一体どうした。お前がこちらを尋ねてくるなんて珍しいな」
兄は言ってから、クシャっと無邪気に笑った。
「ひょっとしてラウルがこっちにいるのを知ったのか?」
嬉し気にニコニコ笑う兄も、相当純粋培養な神官長である。
ラウル様は無表情だ。
私はニコリとほほ笑みながら、グィとラウル様の腕を捕まえた。ラウル様がさすがに驚く。ついでに、純粋無垢な聖女様な部分が心の中でヒャアアアと悲鳴を上げたが、無視しておこう。
私は兄に言った。
「お兄様。私、ラウル様と結婚いたします。祝福をくださいませ」
「そうか! よし分かった!」
「・・・待て、ザザック! アリリエル!? あなたも一体・・・私は、言ったではありませんか」
ラウル様が顔色を失ったように私を見る。
私は笑む。
ほら。私には分かるのだ。
それが、兄や私・・・この国の神職に就く者の能力なのだから。
「ラウル様。私はあなたが良い。あなたも、私を愛してくださっています。私を撥ね退けられたのは、私を不幸にするまいとしての事」
ラウル様が顔色を失った。
やはり図星だ。
「お兄様。ラウル様は、私たちに、隠し事をなさっています」
私が告げると、兄からズルリと本気が揺れた。
聖女も兄も、純粋培養だ。自分たちの力が他人にとって迷惑になるなどと言う発想が無い。
とはいえ、聖女も兄も、人に対する支配欲などが少ない。だから普段はありのままを受け入れるから、力を用いることも少ない。
けれど、頼まれると、容易くその力を使うのだ。それが助けになるのだと純粋に信じて。
兄はためらいもなくその魔力をラウル様に使い、ラウル様は身動きした。
その腕を私が捕える。
私は言う。
「ラウル様。私はあなたが良い。助けになることはできませんでしょうか?」
「・・・あなたには無理だ!」
ラウル様が言った。
兄が、静かに尋ねた。
「・・・ならば、俺なら可能か?」
兄の言葉に、ラウル様が観察するような目を兄に向けた。
どこまで知られたかを、恐れながらも、図ろうとしている。
「お兄様、何を知られました?」
純粋な聖女様だったら絶対にしなかった暴挙を、私はそれでも続ける。
兄は、スっと目を細めてラウル様を見つめてから、邪気の無い微笑みを浮かべた。
「そうだなぁ、とりあえず、三人で婚前旅行とかしたいよな」
「まぁ! 名案ですわ、お兄様! 私、外の世界を見て回るってなかなかできませんもの!」
「・・・アリリエル。ザザック」
ラウル様が苦しそうな声をかけた。
特に、私に向かって、暗い目を向ける。
「私は・・・」
頬に触れてくる手を、自分の手を添えて包む。
ラウル様に申し上げる。
「一緒に幸せになりましょうね!」
馬鹿無邪気を装って。けれど、純粋無垢な聖女には無い暴挙の笑みを浮かべる。