聖女様に転生してた
ものすごくショックな事があったらしい。
「ブハァ!」
息苦しさに顔を上げる。すぐに状況を理解した。
天井から計算された美しさで流れ落ちる滝。その下の池。その池に伏していた私。全身水浸し。しかし。浅い。10センチもない、浅い、人工池。
「聖女様っ!?」
少し離れた遠いところから、私を見つけた世話人が悲鳴を上げる。
次々に悲鳴のようなものが上がって、バタバタと騒がしくなっていく。
・・・なんてこった・・・。
私は、浅い池に座り込んだまま、茫然としていた。
なんてこった。
転生しちゃったよ、私。
しかも、よりによって、聖女なんてものに。
***
前世は、どうやって死んだっけ。たぶんそれなりに寿命で死んだと思う。
まぁそれは良い。そこは重要では無い。
重要なのは、私はその後生まれ変わって、この一国の『聖女様』として生きている、という事だ。
困ったことに、前世の記憶がぶり返したせいで、本来の今世の記憶が乱れがちである。
池の中でへたり込んだまま動かない私を、周りの人たちが一生懸命声をかけてきてくれるが今は無視する。
この池は聖なる池なので、聖女以外踏み込めないのだ。
とはいえ聖女だって、こんな風に水遊びしていいわけではない。そっと素足で歩き滝に向かって祈りを捧げるだけの場所・・・。・・・というかそんなの毎日していたら冷え性になって辛いだろうが! まだ若いから良いけどね!
そう、私は今生で17歳になったばかり。
それで、なぜ今こんな事になっているかというと・・・。
私は天から降り注いでくる水を仰いで、はぁ、とため息をついた。
失恋である。
聖女様、自分の事だから正直微妙な気もするが、あまりにも純粋無垢に育てられすぎてしまったのだ。
初めて、人から示された拒否に、聖女様は目の前が真っ暗になり、混乱し、聖なる池に救いを求め、そして、この浅い池に顔を突っ込み・・・自殺を図ろうとした。
我ながら・・・10センチの水深で自殺を決行できた意志の強さは筋金入りの聖女だと思う。
純粋無垢な聖女様の私は思っていた。『私にはもうどうしようも無いのだわ、神様、一体どうしたら…! あぁ、あの人の心の闇を前に私は無力で何も…(以下略)』
「・・・」
神様が助けてくれたのか、それとも自力なのか。これが聖女の力なのか。
まぁとにかく私は、前世の事を思い出した。しかも、どっちかいうと前世の人格が主人格みたいになった状態で。
大丈夫かなぁ、これ・・・。
前世は、完全に別世界の日本人だった。
今世は、前世とは全く違う世界にいる。魔力とか魔法がある、ちょっとファンタジーな世界。
すでに私、聖女としての仕事とか考え方とかにいちいち『ハァ!?』と突っ込みたい。
ちょっと拒否られたぐらいで自殺とか怖すぎる。
綺麗な世界に住みすぎているって問題だと思う。世間の荒波で生きていけないよ。
今生の聖女様が、普通に前世の日本人の暮らしを思い出したらものすごく混乱してたと思う。絶対受け入れられてないと思う。
そういう意味では、前世の人格が主体で記憶が戻ったのは助かった気がする。
今生の事も忘れてないしね。
えーと。まぁ、とにかく池から出るか。冷えるから。