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その事件は何の予兆もなく発生した。
月曜日、放課後の教室で鞄に教科書類を移し終えた俺は、机に倒れている佐藤に、そんじゃ帰るわと言って教室を出た
。
それを見て、佐藤はもう帰るのか?と机に掛かっている鞄を持って俺を追いかけた。どうやら、一緒に帰りたいらしい。
今日の空は雲が掛かっていて暗いが、天気予報では雨は降らないとの事だった。
帰りのホームルーム終了後、俺達はしばらく教室で駄弁っていたので、下校道にあまり高校生はいなかった。
すると、佐藤が俺にある提案をしてきた。
「今日は授業が早く終わったし、ちょっと寄り道しないか?」
俺は、別に構わない、と答えた。すると、佐藤は嬉しそうな顔をして、
「じゃあ、ゲームショップに行こう。ちょうど今日発売されるゲームがあるはずなんだ」
「わかった。じゃあその後、俺の用事にも付き合ってくれるか?」
「モチだ」
そう言って、俺達はいつもは直進するはずの交差点を左に曲がった。
さらに、その先を右に曲がる。その道は決して狭くはないが車が走れるほどの幅はなく、平日の四時である今現在、人は全くと言っていいほどいなかった。
しかし、その道に入った瞬間、その方向から女の叫び声がわずかに聞こえた。
それは佐藤にも聞こえたらしく、俺達は視線を合わせた。
「行ってみるか?」
俺は佐藤に訊く。
「ああ、女が困ってるみたいだしな。それにこの声、なんだか聞き覚えがある気がする」
俺達はその道を走って進んでいった。女の声はまだ聞こえている。
その声を頼りに俺達は細い道を進んでいき、ついにそこにたどり着いた。
人気の無い細い路地裏の向こうにいたのは、黒いフードを深く被った男達と、そいつらに腕を掴まれ抵抗している女子高生―――、
「白神!?」
白神結乃だった。
少し遅れて神谷に追いついた佐藤もそれを見て、絶句したようだ。そして、やがてその表情を怒りに変え、
「貴様らぁ!」
と、佐藤は今までに聞いたことのないような叫び声をあげながら、男達の元へ走り出した。
すると、リーダーらしい長身の男が一人、こちらを振り向いた。
「ちっ、見つかっちまったじゃねぇか。さっさとそいつを黙らせねぇから・・・」
「仕方ねぇだろ。俺の≪神経麻痺≫の能力が発動しねぇんだよ」
と、小太りの男が白神の腕を抑えながら言った。
「もういい、どんな荒っぽい方法でもいいから早くそいつを気絶させろ。どちらにせよ、そいつの意識がある限り≪瞬間移動≫で連れて帰ることもできんしな」
「了解了解」
佐藤は走りながら右手を強く握った。そして、その拳にビリッと電流が流れた。
彼の異能は≪電子操作≫。体内で電気を作り、それを放出する異能だ。
彼は長身の男の目の前まで近づくと、その右拳を放った。しかし男は口元をにやりとさせると、その攻撃を最低限の動きだけで回避する。そして、
「俺はこの餓鬼の相手をする」
と仲間たちに行って、男は少し後ろに飛び跳ねながら右手の指をパチンと鳴らした。
その瞬間、佐藤の腹の中央でオレンジ色の光を帯びた球体が発生した。そしてそれは膨張し、爆発に姿を変える。
次の攻撃に移っていた佐藤はそれを回避できず、爆発をもろに受けた。
彼の身体は爆風で宙を舞い、俺の足元で仰向けになって落下した。その制服は熱に焼かれて穴が開き、そこから見える肌は深い火傷を負っている。彼はしばらく苦痛の声を漏らしてから、気を失った。
「佐藤!」
俺が彼の名前を叫んだのとほぼ同時、小太りな男と一緒に白神の腕を握っていた小柄な男が右手だけ離した。そして、それを手刀の形にして彼女の首元に当てる。白神は声を上げる間もなく、力を失った。
俺は白神を助けるべく拳を握り、男達に叫ぼうと口を開いた。しかし、
(この俺に白神を助けることができるのか?あの爆発だけでも強力なのに、あっちは更に二人いる。そんな奴らに、この俺の能力で勝てるはずがない。闇の中に発生した空間の歪みの正体さえ分かれば、まだやりようはあるかもしれないが―――)
俺は動けなかった。
「おい、リーダー。あっちの立ってる奴は相手しなくていいのか?」
小太りの男が長身の男に訊いた。
「ああ。最初はそのつもりだったが、あいつは攻撃してくる気がないみたいだ。俺の目的はその女の回収だから、あいつは放っておく」
「オッケー。じゃ、チビ、≪瞬間移動≫を頼む」
小柄な男は小さく頷くと近寄ってきた長身の男の服の腕を掴み、次の瞬間、男達は姿を消した。
俺はそれを見てその場に膝を落とし、手をついた。そして、
「くそっ、くそっ!」
俺は叫びながら何度もコンクリートの地面を右手で殴った。その衝撃で手にはだんだん血が滲み出した。
いつもなら耐え切れないほどの痛みを感じているはずだが、俺は地面を殴るのをやめなかった。
白神が男達にさらわれた、その悔しさもある。
しかし俺は、彼女をさらった男達以上に、その状況を前に動くことのできなかった自分自身が何よりも恨めしかった。