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俺は学校に着き、教室の一番後ろの列にある自分の席に鞄を置くと、真っ先に職員説にいる担任の秋田先生の元へ行き、異能が発現したことを話した。
「そうか、神谷もついに異能が発現したか―――って、えぇ!?」
すると、彼は驚嘆の声を漏らすと共に身体を大きく仰け反らせ、座っている椅子ごと大きく後ろに倒れた。
ちなみに神谷というのは俺の名だ。
「大丈夫ですか!?」
それに気づいた近くに座る若い女性教師が心配そうに声を掛けながら、彼の近くに駆け寄って腰を下ろした。
彼女は如月先生。俺のクラスの副担任だ。そして、秋田先生のことが好きだという噂だ。
「大丈夫、大丈夫。それより、まさか神谷に異能が発現する時が来るとはな」
彼は立ち上がりながら言うと倒れている椅子を起こし、何事もなかったかのようにそこに座りなおした。
「俺も何年か先生やってきたけど、高校生で異能が発現した奴なんて噂でも聞いたことがあるか怪しいよ」
彼が話していると、如月先生が「本当に大丈夫ですか?」と声を掛けるが彼は「大丈夫だって」と明るく答え、俺との話を再開した。
「で、その異能はどういうものだったんだ」
先生は尋ねた。
しかし、俺は困ってしまう。異能について分かっていることは、黒い球体を出せるということだけだったからだ。さすがにあれだけの異能だとは思えない、いや、思いたくない。
「それが、自分でも分からないんです」
「ふーん、まぁいい。それより発現届は出したのか?」
先生は何かを察したのか、それともあまり気にしていないのか、話題を変えてきた。
「いえ、今朝発現したばかりだったので、今日の帰りに病院に行って書いて貰うつもりです。あと、以前その病院に診察を受けに行った時に、異能抑制剤を一週間分頂いたので、それを朝飲んできました」
「そうか。初めの頃は異能が不安定で大変かもしれないが、何か相談があれば何時でも先生のところに来いよ」
「はい、ありがとうございます」
俺はそう言って、職員室を出た。
その時、如月先生が秋田先生に絆創膏を渡そうとしているところが見えた。
(いや、絆創膏じゃ意味ないだろ)
俺はそう心の中でツッコみつつ、自分のクラスへ帰って行った。
クラスに戻って席に着くと、その右隣の席に俺の友達の佐藤真一が座っていた。
「よっ、おはよ」
「おはよう」
俺は彼に短く挨拶を返すと、鞄の中の道具を机の中に入れ始めた。
それを終えて鞄を枕にしばらくぐでっとしていると、佐藤が俺に話しかけてきた。
「そういや、今日このクラスに転校生か来るらしいな」
「え、そうなのか?」
「ああ、それも聞いて驚け!超絶美人との噂だ」
「へー」
俺はそういう話には興味ない。女と付き合ったことがないのはもちろん、好きな人ができたこともない。
転校生が来るという話は興味があるが、それが女、特に美人だということは対して興味はない。
「でも、お前には渡さないからな―――って、ん?なんだよ神谷。女には興味ないのか?」
「まぁな」
「えっ、じゃあもしかして、お前―――」
しかし、その話の展開を予測した俺は、
「言っとくが、俺はホモではない。ただ、恋愛というものに興味がないだけだ」
と、佐藤のセリフを止めた。
「まぁ、そうだよな。神谷がホモなわけなねぇよな。―――チッ」
「おい、今お前舌打ちしただろ!?どういうことだ!」
「ん、何のことだ?それより昨日のテレビ見た?」
佐藤は俺の質問をサラッと流し、別の話を始めた。
(な、なんなんだ―――)
きっと演技だと思うが、無駄に気になってしまう。もちろん、俺がホモに目覚めたわけではないが。
すると時計の針が八時を指すと同時にチャイムが鳴り、少し遅れて扉の開く音と共に秋田先生が教室に入ってきて教卓に立った。
先生の正面を向いたのとほぼ同時に「起立、礼」というクラスの総務の声が聞こえた。それに合わせて俺を含むクラス全員が立ち上がり、礼をする。そして、
「おはようございます」
と、数十人分の声が重なって響いた。
「おはよう」
先生が笑顔でそう言ったのを合図に総務が「着席」と言い、全員が席に腰を下ろした。
総務の名は九条甚助。席は中央よりやや廊下側の位置にある。
もちろん彼はこのクラス一の優等生で、学年全体を見ても常に上位二位に入る程度の成績を持っている。しかし、運動神経に関してはあまりよくないらしい。
全員が席に着いたのを見ると、秋田先生は口を開いた。
「もう噂で知っている人もいるかもしれないが、今日は転校生が来ている。入っていいぞ」
すると、先程先生が入ってきた扉が再び開き、そこから一人の女子生徒が入ってきた。
髪はやや茶色がかったショートカットで身長は平均よりは低め、落ち着いた雰囲気のある生徒だ。
「自己紹介をしてくれ」
「はい」
彼は答えると、一番近くにあった白チョークを掴んで、黒板に名前を書き始めた。
やがて名前を書き終えたのか、こちらに身体を戻した。
「えっと。白神結乃です。よ、よろしくお願いします」
どうやら緊張しているようだ。視線はほとんど下を向いている。
周りからは「可愛い」という声が、男女混ざって聞こえてきた。
「よし、自己紹介は終わったな。さて、席は何処にしようか」
空いている席はないかー?と、先生が全員に尋ねた。
あちこちで「くそっ、空いていない」という悔しそうな声が聞こえる。
彼女はまだこのクラスには馴染んでいないようだが、この様子だとあっという間に友達もできてしまいそうだ。
しかし、俺はつくづく思う。漫画やアニメだと、こういうシーンでは必ずといってもいいほど主人公の隣の席が空いていて、ヒロインである転校生がそこに座るのだ。まったく、都合のいい世界だよ。
と、俺は空でも見ようかと右肘を机について、窓側に顔を向けた。その時だ、
「―――あった」
驚愕のあまり、俺は言葉をこぼすように呟いた。
「ん、どうした神谷。もしかして空いている席があったのか?」
そう。俺が顔を窓に向けた時、俺の視界に映ったのだ―――空席が。
(そ、そういえば、この席に座ってた奴、この前転校したんだったっけか・・・)
「よし、白神。あそこに座れ」
「はい」
白神は頷くと俺に近づくように歩き出し、そして隣の席に座った。
その瞬間、何かが変わったような気がした―――と共に、佐藤の小声のブーイングが始まった。