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俺は下着姿でベッドの上に座ったまま、目の前のそれを見つめていた。
黒より黒く、闇より暗い、直径十センチ程度の黒い球体。
「何だこれ」
しかし、その正体は俺にも分からない。
さっきまで寝ていたが、あまりの息苦しさで目を覚まして身体を起こすと、既にそこにあったのだ。
俺はその黒い球体を掴もうと手を伸ばした。しかし、俺の手はその球体を通り抜けてしまった。まるで、何かに触れた感触はなかった。
その球体は地球の重力に落とされることも、空中を動き回ることもなく、ただその場に浮き続けている。
しかしこの現象に俺は、わずかだが心当たりがあった。
俺は一週間ほど前から頭痛が激しく、四日前に近所の大きな病院へ立ち寄っていた。
そこで診察を受け、何やら複雑な機械で身体の隅から隅まで調べられた結果、四十代くらいの医師にこう告げられた。
「きっと異能が発現する予兆ですね。近いうちに、あなたに異能が発現するでしょう」
しかし、正直俺はあまり驚いていなかった。
一般的に異能は親から遺伝するといわれており、俺の場合は両親がともに異能者なので何時かは自分にも異能が発現するだろうと思っていた。
あえて言うならば、後天性異能者の平均発現時期は十歳前後で、十五歳を過ぎても無能者の場合は生涯異能は発現しない可能性が高いと聞いていたので、この前十六の誕生日を迎えた俺は「あ、高一の俺にも異能が発現することってあるのか」とは思った。しかし、その程度だ。
まぁ、つまり、今俺の目の前にある黒い球体は俺の異能によるものである可能性が高いということだ。
俺は部屋の壁に掛けてある針時計を見た。
時間は六時一〇分過ぎ。いつも起きる時間よりは早いが、二度寝する程の時間はなさそうだ。
俺は諦めて学校へ行く支度を始めることにしたが、その前に目の前の黒い球体を消しておきたい。
もしこれが本当に俺の能力によって作られたものならば、消すこともできるはずである。
俺は一つ深呼吸をした。右手を球体にかざし、眼を閉じて気を集中させる。そして、脳内で「異能解除」の言葉を唱えた。
その瞬間、黒い球体は収縮を始め、やがて消滅した。
俺は黒い球体が消えた安心感と、その正体がわからなかったモヤモヤを抱えたまま、俺は地面に足をおろすと制服を着替え、いつもより少しゆっくり朝食を食べた。
そして鞄を握ると玄関へ向かった。病院には今日の帰りに寄るとしよう。
と、そこで俺はあることを思い出した。玄関に鞄を置くと台所の前に移動し、そこに置いてある錠剤を一粒取り出した。
この錠剤は「異能抑制剤」で、異能の力を一時的に抑える効果があるらしい。
後天的に発現した異能者は初めの頃は安定せず暴走する恐れがあるので、異能が発現する可能性のある者には一週間分の錠剤が無料で提供されているらしい。
俺は錠剤を口に入れるとコップに注いだ水道水で流し込み、錠剤が一粒残ったシートを切り離した。
玄関に戻り鞄にそれを入れると今度こそドアを開き、マンションの部屋から出ていった。