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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
1章【転生編】
8/50

08.夢

 冬になった。


 ルワードと俺は共に真剣試合を終え、剣術指導は自由参加となり、自由時間はかなり増えた。

 父上の態度も少し優しくなり、ポワルを家に泊めていいか聞くと構わないという返答をくれた。


 それから何度かポワルは我が家に泊まって一緒に過ごした。

 最近は自由参加の剣術指導に参加し、俺と一緒に父上からの厳しい指導を受けている。

 どうやらポワルは俺がニューグリム公国の学校に通う事を既に知っているらしく、一年遅れで俺に付いて来るつもりらしい。


 ……だが、才能面で見て魔術は悪くないが剣術は微妙だ。

 正直剣の道を進むよりも魔の道を歩んでいった方がよさそうな気がする。

 ニューギストグリム・アカデミーは剣で有名な学校だが、学科が分かれていて、意外にも魔法学科が存在するらしい。


 ちなみに剣術中心の学科名は普通科。

 全く面白味のない学科名だ。



「ふう……今日はここまで。明日の朝は指導無しだ」

「ええー…シャロルのお父さん明日も教えて!」

「父上は昨日腰を痛めてしまったからあんまり剣を振りたくないんだってさ」

「おいシャロル余計な事を……ッ!やめろ叩こうとするな!」


 態度が軟化した父上はとても接しやすい相手になった。

 少し怯えていたポワルも今では普通に話し合える仲になっていて、お互いに何かを根に持っているようには見えない。

 今では困る事がまるでない良い家だ。

 ただしルワードを除く。


 ……とはいえアイツも剣術指導が自由参加になってからは遊んでばかりで、集落にいる友人の家に泊まる事が増えた。

 多分俺や父親と顔を合わせたくないのだろう。

 怠けてた分、真剣試合ではズタボロにされたみたいだし。



「学校に入るには勉学の積む必要があるからシャロルと一緒に座学でもしたらどうだ?」

「うー……私勉強はあんまり好きじゃないよう…」

「まるで私が勉強好きみたいに言うのね…」

「えっシャロルは勉強が好きなんじゃないの?」



 ポワルが驚いた事は許すとしても、フィオナは驚愕と書かれた張り紙を顔に貼ったような顔をしていてちょっと心外だった。

 どうやら勉強好きだと思われていたらしい。

 確かに俺は六歳にしては天才的な知識を持っている。

 勉強好きと思われても仕方ないのかもしれない。


「私にもポワルみたいに勉強が嫌いな時があったよ?」

「えええっ!?」


 更にフィオナが驚く。

 よほど勉強大好き人間に見られていたらしい。

 確かに勉強時間は厳守してたしサボった事もあまりないけれど、それは専属メイドのフィオナが父上から叱られないようにするための配慮だ。


 勉強好きなのは長男セイスで、嫌いなのは次男ルワード、末っ子シャロルは好きでも嫌いでもないその中間だ。

 まあ魔法学はロマンが詰まってて好きだが国語とかは御免だ。

 文字覚えるのも中々難しかったしなぁ。


 俺はポワルの頭を撫でながら丁寧に教えてあげるよと言い、父上には任せておいてくれと目で伝えておいた。

 父上は力なく手を振っていた。

 まだ若いというのに腰を痛めたなんて珍しい事もあるもんだ、現役を引退して平和ボケをする性格とも思えないしどうしたのだろうか。


 まあポワルに必要なのは剣術よりもまず座学かもしれない。

 五歳で文字すら覚えていないのでは入学に少々問題があるなとは思う。

 ちょっとした進学校なので入学する前から算数もある程度理解しておかないといけない。


 入学試験は剣技だけだと聞いているが授業のスピード自体は結構早いそうだ。

 今頃セイスは勉強で苦労しているのだろうか。

 ……していなさそうだ。


 ポワルと遊び、剣術を教え、手合せし、勉学を積む。

 前世で出来なかった理想的な人生を俺は送っていた。

 もうすぐこの場所を離れて学校へと向かう。

 そこでイジメに合っても俺は対抗する手段と実力がある、例えそこら辺のヤンキーに絡まれたところで負ける気はしない。


 この剣と魔法があれば死にはしないだろう。

 でも辛い事はきっとある。

 辛い時にこの幸せな日々を思い返して頑張れるように、今はただ幸せな時間を積み重ねていく。



 夜、フィオナにまた明日と告げてポワルと一緒に寝る。

 もう少しで旅立つ俺の事を思って枕を濡らすポワルと一緒に過ごせるのも残りわずかだ。

 悲しむポワルを置いて学校に行くべきなのか……。

 俺の中にはそんな悩みがあった。


 でも、こんな楽しい世界で俺は後悔したくないのだ。

 やれる事をやれるだけ、好きな事を好きなだけやってみたい、もう今は前世のようになりたくないなんて気持ちだけで動いている訳じゃないのだ。

 この世界を、楽しむ為に。



 ……。


 気付けば、切り立った崖の上に立っていて、白銀の鎧を着た者が遠くで俺の方を見ているのが見えた。

 頭がぼやけていて何が起こっているのか分からないけれど、地面は暗いような、明るいような……地面と呼べる感触のある場所が薄らと発光していて、俺のいる空間を照らしているような。


 何とも説明しにくい場所だし理解も出来なかった。

 誰かが俺を呼んでいる。

 それだけは分かったけど、それ以上の事は何も分からなかった。



「――様、ポワル様、朝ですよ。おはようございます」


 …ああ、夢か。

 気持ち悪い朝を迎え、寝惚けているポワルを起こす。


 ぐっと上半身だけ起こしたポワルはそのまま俺の胸の中に飛び込んできた。

 背中に手を回して頭をゆっくり撫でているとポワルはもう一度眠りに入ってしまい、起こしてくれたフィオナには申し訳ないがもう少し寝かせてほしいと提案した。


 今日は剣術指導もないので時間に捕らわれて行動する必要はない。

 フィオナは笑顔で一礼して静かに部屋を出て行き、俺はポワルを起こさないようにゆっくりベッドに横たわって自分とポワルの体に布団を掛けた。


 ……ポワルの頬には涙の跡があった。

 夜遅くまで泣いていたのかもしれない。

 唯一の友達だった俺がいなくなる事がそんなに寂しいのだろうか。

 俺としては別の友達も作ってくれると少し安心出来るんだけどな。

 娘のような感覚でポワルを見ているからどうにも将来が心配になる。


 思えば、俺も前世は全く友達なんていなかった。

 高校の頃はいたけれど、パチンコにハマって駄目人間になった奴や、ニートになった奴しかいなかった。

 最後に聞いた面白い話は、深夜のファミレスのトイレで寝てしまったっていう話だった。


 そのくらいの駄目人間しかいなかった。

 ……俺含めて。


 バイトをしていた頃は妙に懐っこかった女の子の後輩とかもいたけれど、結局そのバイトもやめてしまったし、どうしようもないよなぁ。

 両親には迷惑掛けてばかりだったな。

 ポワルの事をどうこう言える立場ではなさそうだ。



「……シャロル…」


 ポワルが俺の胸に手を当てて呼んできた。

 寝たフリだったみたいだ。


「どうかした?」

「シャロルは…一人になっても寂しくない…?」


 ドアに耳を付けても盗み聞きされないくらい小さな声で彼女は自分の思っている事を口に出した。

 疑問形であっても、それはポワルが俺に質問したかった事じゃないと思う。

 シャロルがいなければ自分は寂しいと、そう言っているのだ。


 出会いがあれば別れもある……だけどこの別れは一生物ではない。

 でも幼少期である事や、ポワルの友達が少ない事を考えればその別れの受け止め方は大きく変わる。

 幼少期の一年はとても長く感じるものだ。

 ……俺は精神が成熟しているから例外だけど。

 前世の記憶があるせいで精神は三十歳みたいなもんだからな。


 ポワルの問いに対して自分はどう答えるか少し悩んだ。

 寂しくないと言えば嘘になるけれど、一年くらいの別れは我慢できる。

 ……だけど、誰とでも一年の別れが我慢できる訳じゃない。


 フィオナは生活の一部として根付いてしまったから簡単に離れるのは難しいと思う。

 自分の中で好感度とかを決めていた訳じゃないし、ポワルもフィオナも平等に好きだと思っていたけど、ちょっと違ったのかも知れない。

 自分の嫌な部分を見てしまったかのような気分だ。



「ポワルと一緒にいられないのは寂しいよ。……でも私は入学したいんだ」

「……シャロルは私よりも勉強の方が好き?」

「意地悪な質問だなぁ、それは」

「え……?」


 多分、素で言っているんだろう。

 ポワルに意地悪な質問を考え付くような悪知恵はない。


「私は剣が好きで、魔法が好きで……勿論ポワルも好きだよ。別れるのは悲しい事だけど、また会えるから大丈夫」


 気の利いた言葉も探せないのが悔しいな。

 こういう時何て言ったから良いか全然分からない。

 ポワルの事が好きだから剣や魔法の道から逸れるのは違うと思うけど、それをポワルにどうやって伝えればいいかが分からない。

 ポワルは五歳だからなぁ。

 ……五歳なのによく喋れる子だ、とは思うけど。


「私はシャロルの事が好き、大好き、とっても」

「……そう?私もポワルの事が好きだよ」

「だから待ってて。私が迎えに行くまで!」

「うんうん、待ってる待ってる」


 迎えに行くとはどういう意味なのだろうか。

 連続ドラマを昨夜見て台詞真似した子供みたいだ。

 まあでも面白いし、それに心に響いたからしっかりと受け止めよう。


 ポワルをぎゅっと抱きしめて額に軽くキスくらいなら許されるかなと思ってやってみると、彼女は私の頬にキスを返してくる。

 ……ちょっと、涎のにおいがする。

 においを漢字にするなら間違いなく、臭い、の方。

 ちょっとだけじゃれ合って、その間に頬を自分の服で拭き取り、ポワルが満足するまで撫でたり擦ったり抱き締めたりしてもう一度眠りの世界へと入る事にした。


 ……大好きなんて言われると恥ずかしいな。

 前世じゃそんな事絶対にあるとは思わなかったし……言われたいとは思っていたけど、言われてみると何だか気分が良い。

 まだポワルは幼子だからこれからが色々楽しみだ。

 ……。




『―――』


 ぐらりと体が揺れる。

 発光した地面の上、切り立った崖の上に自分がいる。

 ……この短時間に同じ夢を見ているのか。

 違う点があるとすれば白銀の鎧を着た者が俺の近くにいる事、そして俺に何か口を開いてくれたことだ。

 ……見た事あるような、無いような。


『―――――――――――――。―――――、―――――』


 白銀の鎧は崖の方を見て剣を抜き地面に突き刺した、それと同時に切り立った崖に大理石のような白色で出来た階段が現れた。

 道幅は広く、崖下に落ちないように手摺も着いている。

 地面が発光しているのと同じように階段も薄らと光を帯びていた。


「……ここは?……貴方は?」

『―――――――――――――。――――――』


 俺の言葉はどうやら彼に通じているようだが、彼の言葉は俺には通じないみたいだった。

 白銀の鎧は剣を収め、その階段を登り始めた。

 俺も同じようにその階段を登り、彼の後に着いて行く。

 確か彼の名前はレグナクロックス……って、俺が降魔術で呼び出した精霊、だよな。

 光神……、えっと、神様?


『―――――。――――――――。――――――――――――。――――、――――』

「……?」

『―――――――』


 白銀の鎧は振り向きどこか彼方を指さした、俺も彼と同じように振り向いて指さした方向を確認する。

 階段を登って少しだけ高い場所から見えたもの。

 何もない暗闇ばかりが広がっている世界にまるで蝋燭が散らばっているかのように無数の光が蠢いていた。

 蠢いているように見えるのは、その光が強く発光したり弱くなったりしているからだ。


『――――――――――――――。――、―――――――――――』


 白い人魂が空を駆け、居場所を求めて彷徨っていた。

 でもそれらは居場所を見つけられず辺りを循環し、やがて力尽きたかのように底無しの闇へと落ちてゆく。


『…―――。――――――――――――』


 彼は聞こえない言葉を吐き続ける。

 指さした方向にあるのは底無しの闇と同じ、闇の集合体。

 神は光を司っている印象があるから闇は敵なのかもしれない、彼は分かりやすいくらい闇に対して嫌悪感を示していた。


 目を細めて見ると、どうやら白い大きな門の前に集合している。

 神達の敵……なんだろうか、あれを俺に倒せとでも言っているのか。

 彼の言葉が伝わらない以上推測で考える他ない。


『――――。――――――――――――――――』


 レグナクロックスは俺の肩に手を置いた。

 大きな手が肩に触れた瞬間、俺の視界がグラリと揺れる。

 意識がここにやってきた時と同じ感覚だ。

 そんな唐突な。


 抗おうとすると気持ち悪い感覚は一気に増し、神様の力は壮大だなと思い知らされる。

 まだ言葉も、この世界も理解できてないのに。

 ……それでも覚えておくべきだろう、あの大きな扉、そしてその世界、まるで魂の在り所のような……無と有の世界を。



 ……視界の中の光は消滅し、完全な闇が訪れる。

 瞼を瞑って寝ている状態に戻ったようだ。

 妙な感覚だったな。

 夢の中で神様に会っただなんて、まるでお告げを聞いたみたいじゃないか。



「……あれ、ポワル?」


 隣を見たらポワルがいなかった。

 お腹の辺りを何かが這いずり回っているのを感じて布団を捲ってみると、俺の服の中に顔を突っ込んでお腹に何かしているポワルがいた。

 ……お腹が冷たい。


「……ポワル……もしかして、舐めてるの?」

「え?あ……あの、綺麗で……すべすべで……その…」

「……。そ、そう……ですか」


 俺も割とへそフェチだけど自分がそんな事されるとは思ってなかったよ。

 友人のお腹舐めたって、いずれポワルの黒歴史になるんじゃないかな……なんて思うのだった。



 ――――――――――


 旅立ちの日がやってきた。

 この世界に生まれて六年間、長い間過ごした小さな集落。

 ポワルや家族と作った沢山の思い出を心に詰め込んで向かう場所は、ハンター育成機関の定義を確立させたニューギスト公国。

 俺は剣士になる為にそこへ向かう。


 魔術師になる為に向かう者も少なくないそうだが、結局俺は魔力が多いだけでで魔法を使う才能は芳しくなかった。

 この年齢で初級魔法を使えるのは素晴らしい事なのだが、結局中級魔法は二年か三年学んでも扱えなかった。


 回復魔法に至っては初級魔法でも使えなかったからなあ。

 回復魔法が状況を左右するともいう剣術の才能にも怪しい雲が掛かりそうだが大丈夫だろうか。

 頼むぞ俺。


「じゃあ……父上母上、行ってきます。ポワル…元気でね」

「また絶対会おうね…っ!約束だよ!」


 ポワルは俺の服を掴んでわんわん泣き、最終的にはポワルの父親がポワルを引っ張って俺から引き剥がした。

 ニューギスト公国へ向かうのは俺とフィオナ。

 ポワルには頑張ってもらって、来年俺と同じ場所に立ってほしいと思う。

 俺は笑顔で分かれて馬車に乗り込み、手を振ってニューギスト公国へと向かった。


「ポワル様があんなに泣いていたのにシャロル様はお強いですね」

「フィオナがいれば寂しくないからね」

「そう言われると照れます……」

「悲しさよりも期待の方が強いよ。新しい生活、学校……友達も出来るかも。失敗したってフィオナがいれば怖くない」


 ポワルには悪いけど、俺はこの時を待っていたような気がする。

 ファンタジーな世界のファンタジーな学校に期待しない訳にはいかないじゃないか。


 これからは色んな苦労が待っているのかも知れないけど、前世から引き継いだ知識があるのだから多少の苦労は構わない。

 俺は前世の知識を駆使して色々と楽できるしな。


 ……楽できる時間全てとは言わないが、その多くをこの世界でしか出来ない事に消費して行きたい。

 そんな思いを抱きながら馬車に揺られていた。


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