07.真剣試合
秋から冬になる少し前。
技量を積み重ねた弟子の俺と師匠である父上の決戦の日が訪れた。
どちらかが自身の負けを認めるまで、或いは審判及び治療役の母上が勝負の続行は難しいと判断するまで試合は終わらないそうだ。
相手を捻じ伏せた方の勝ち、父上はそう言って体を慣らし始めていた。
……試合は特別性の剣と鎧を使用する。
装備は上級騎士の育成目的で使用される事の多い魔道具で、怪我を与えにくくする薄い魔力で包まれた刃無しの剣と、装着者の損傷を抑える鎧だ。
魔道具は使用する場合に魔力を何らかの方法で流し込む必要があり、流し込んだとしても持続時間というものがある。
持続時間は二十分なので、試合時間の限界はそれと同じだ。
戦争にはとても不向きな持続時間である。
一度使用した場合は魔力回路のような物が高熱になる関係上、魔力をもう一度注ぎ込んで連続して使う事は難しいらしい。
怪我をさせにくい魔道具とはいっても剣は剣なのでお互いに怪我をする事もあるだろうが、その場合は母上が治癒魔法を掛けてくれる。
一応、回復魔法が使えるメイドも母上の近くに置いているようだ。
万が一母上が怪我をした場合に備えて、らしい。
……父上もよく考えている。
俺は魔道具の剣を握って感覚を確かめた。
軽く振りやすい少し細身の剣で持ち手以外の手入れはあまりされていない。
殺傷用ではないからだろうか。
だとしても何かこう、迫力が無い。
「シャロル~!」
母上の近くにはポワルがいた。
ちょっとした観客である。
父上はお互いの戦闘に支障を来たす者でないのなら見学者を増やすのは構わないと言ってくれていた。
そこでポワルである。
父上は少し苦手なのか目を逸らしていたが見学の許可はちゃんとくれた。
わざわざ呼んだのだから良い所を見せてあげたい。
「シャロル様。頑張ってくださいね」
「ああ、全力で行かせてもらうよ」
フィオナに応援され、俺は母上達から少し離れた場所まで歩いて父上の準備終了を待つ事にした。
父上も俺がフィオナに応援されたのと同じように母上から応援されたみたいだ。
母上から俺への応援はない。
まあ昨日頑張ってと言われたから別に良いか。
どちらかといえば母上は父上の味方だから仕方がない。夫婦だし。
「……シャロル、準備はいいか」
「ええ。開始の合図は誰がやるのですか?」
「合図は無い。お前が剣を抜いた時が試合開始の合図となる」
「………父上の準備は出来ている、という事ですか?」
「そう言っている―――来い」
父上はそう言って剣を構えた。
俺は剣を抜かず、積んできた技術を思い返し、父上の事についてありったけ調べた情報の束を纏め上げる。
竜を倒した冒険者。
『我速』ブレイクストール・アストリッヒ。
どうやら父上はそう呼ばれていたらしい。
母上は『和魔』シュラザード。
書物で見た物なので振り仮名がどうあるかは分からない。
父上の戦法はスピードに特化した攻撃手法で、母上からの補助魔法を受けながら相手に速さで勝るのが基本戦術だったようだ。
速さで勝てない場合は母上の広範囲魔法で行く手を狭めて無理やり倒していたという。
母上は補助魔法の才能はあったようなのだが攻撃魔法には秀でておらず、有名にはなっているがどうやら普通の魔法使いと大差なかったらしい。
……だから、竜を狩ったという逸話は父上の貢献が大きかったと推測する。
想像を絶するスピードには違いないだろう。
今回の試合で母上は中立の立場でなければならないので補助魔法を掛けてくる事はないが、どう攻撃を仕掛けようと対処されてしまう気がする。
父上がスピードに特化した剣士ならば仕方ない事だろう。
ならば最初の攻撃はどのようにすればいいのだろうか。
俺は考えながら、体の中の魔力を動かし続ける。
脚を中心に力を溜め、行動力の上昇を行う事にした。
……試合時間の限界は二十分だが、剣の勝負は大体一瞬だ。
「……行くぞッ!」
魔力を放出して無理に人体の機動力を上げながら父上の場所まで走り込んだ。
剣を強く握って左に寄せ、体を傾けながらまずは先制攻撃として上からの大振りをブチ当てた。
剣の動きから予測できた攻撃だったため、父上は剣を横に寝かせて大振りを受け流し、攻撃のチャンスを伺った。
父上の剣は寝ていた状態からすぐに立ち上がり、剣で扇を描くように外側へと倒れてゆく。
横一直線に振るつもりだ。
俺は脚に入れていた力を一気に緩めてしゃがみ、それでも剣を振る父上から目を逸らさずに起点のタイミングを作り上げる。
それにしても……流石竜を倒した事がある人だ。
振り抜くの直前に回避したはずだから普通だったらスキが出来るはずなのに、振り終えたタイミングはもう消えてまた攻撃の起点を作ろうとしている。
しゃがんだ状態から立ち上がる動きを剣と重ねて剣を振り上げ、父上の剣の揺れを確認する。
上からの攻撃は対処し易かったが下からは難しかったのだろうか。
間髪入れずに今度は振り上げの動きに体の回転に加えて父上の体に剣を当てようとする。
しかし父上が剣の揺れを正す方が先だったようで、回転の動きを加えた攻撃は間に合わず父上の攻撃を受け止める形となって終わった。
―――このままでは押される。
地面に魔力を押し込んでその反動と脚力で父上の頭の高さまで飛び、もう一度強引に剣の攻撃を行う。
父上はその強引な振り上げ攻撃にも難なく耐え、剣をもう一度体の左側に付ける。
どうやらもう一度振り切るみたいだ。
させてなるものか。
「くっ……そッ!」
両親には魔法の事を伝えてはいなかったが、きっとこの人には魔法無しでは勝てないとこの時点で確信した。
まだ試合が始まって十秒も経っていなかったが、十秒の間に感じた物はある。
普通の人間では出来ない挙動で攻撃しているにも関わらず、さっきから父上は涼しい顔をしているからだ。
俺は魔力の放出を行って加速を行い、父上の振り切る剣を自分の剣で受けながら背後へと回り込んだ。
父上の振り切るはずだった剣は加速された剣によって弾かれ、父上の体は大きく傾いている。
いける、ハズ。
魔力の放出を維持しつつ背後から背中に向けての剣を振るう。
「…見事ッ!」
カキンと、これもまた父上の剣によって防がれた。
体制も整えられていない父上の剣によって、だ。
もう一度背後に回って攻撃しようとしても変わらず受け流され、ムキになってもう一度やろうとしたがまた止められた。
魔力によって通常では不可能な状態で跳躍して頭の位置への攻撃も行ってみるが、それも受け止められ、地上へ降りるまでの間ほんの少し隙が出来てしまった。
マズいと思った頃には既に父上の剣が自分の足元を狙っている。
着地した瞬間を狙っているようだ。
俺は地面に足を付け、隙のある今の状態でその剣を受け止められるように足腰肩の強化を少しだけ行う。
強化し過ぎると機動力に支障を来たすのでこの攻撃を受けるタイミングのみの強化だ。
金属と金属の重なり合う音が響き、父上の剣は受け止められた。
しかし妙におかしかった。
その剣があまりにも軽かったのだ。
困惑している頭に何かがぶつかって俺は後ろへと飛んでいった。
どさりと倒れ、右手には剣の感覚が無い。
―――今、一体何が起きた?
「見事だった。シャロル・アストリッヒ、流石は自慢の娘だ」
「……」
思い返す。思い返す。思い返す。
体を持ち上げながら自分が何によって頭を突かれたのか、その要因を探る。
刺し傷も切り傷もないとすれば……
「……左の、拳?」
「そうだ。出来れば剣で決めたかったが、お前の剣捌きが早いせいで攻撃する機会がなかったのでな」
なるほど、拳という手もあったか。
近距離戦闘をしていたわりには結構な距離をその拳によって突き飛ばされてしまったようで、自分の剣もかなり後ろの方まで飛んでしまっている。
父上に背中を向けて取りに行くのは難しいかもしれない。
「拳を使うっていう方法もあったんですね」
「ああ、何でもありのルールだからな。……あと、後ろの剣を拾いに行けばこの剣でお前を斬って戦闘不能に出来る事を言っておこう」
「……それは降参しろという事ですか?」
「――違うな。私が拳を使ったように、お前もお前の使える物で戦えと言っている」
父上が拳を使ったように、俺は俺の使える物で。
俺の……使える物?
ああ、そうか。そういう事か。
「いいん、ですね」
「構わん。――来い」
父上に抱く怒りはちょっとした尊敬や初試合の緊張、緊迫した楽しさと入り混じって混沌と化していた。
次第に心持ちが変わり、勝つという気持ちよりも力を見せ付けてやろうと思った。
俺の使える物、……つまり魔法だ。
確かに魔法なら剣を取りに行かずとも攻撃を続行する事が出来る。
頭の中から掻き出すように魔法の知識を探り、最も父上に対抗できる物を思い出す。
まずは土魔法……土人形では駄目だ、土で破壊槌のような形を構成し、根本の部分を融通が利くように泥化してから多くの魔力を込める。
次に風魔法、この破壊槌の速度を上げる為に使う。
「―――ッ!」
地面から射出されるように土槌が出現する。
父上の顔を目指して一直線に飛んだ。
斜め後ろ、死角からの攻撃。
「凍て風!」
だがそれは突然四つに切断され地面に崩れ去った。
父上の動きはまるで見えず、その光景に思わず息を呑んだ。
「…思わず“本気”を出してしまった。ここまで出来るか、シャロル」
「本気…って、まだ本気じゃなかったのか。困ったな…」
「子供相手に本気なんて出せるか…大人気無い。奥の手の一つや二つあるに決まってるだろう。
今のがその一つ、風の魔法だ」
ただの剣士じゃないようだ。
魔法剣士。
今のは多分初級魔法ではなく中級魔法だ。少ない魔力でも威力が出せるのが中級魔法の利点であり厄介な所だ。
俺の初級魔法では威力で勝てない。
無詠唱と詠唱の初動の差は少ない、俺が無詠唱にまだ慣れ切っていないのと父上が詠唱に慣れているのが更に状況を悪化させるだろう。
無詠唱は詠唱で補助されるはずの威力、照準、速度、飛距離等の計算を“感覚”で行う事で初めて使う事ができる。
慣れてなければ詠唱よりも普通に遅い。
今の俺は詠唱と大差無い程度でまだまだ弱い。
手数でも勝てないだろう。
父上は俺が動くまで待っていた。
どうしようかと考えている時、ふと思い出した魔法があった。
……降魔術。
紋章術と呼ばれる紋章を使用する上位魔法の中でも異質な魔法。
紋章を使わない紋章術だ。
俺が自らの才能に気付いた冒険物の空想小説に出てきた魔法使いが最後に収得した魔法で、俺が一度も試した事の無い物だ。
降魔術は召喚魔法に近い何かだそうだが……試してみるか。
とりあえず、やってみる。
特に何かを練習した訳でもないので何を試そうとしても駄目元だ。
初級魔法は通用しないし中級魔法は自らの怪我を誘発する可能性が高い、なら知らない魔法を使ってみるのも悪くあるまい。
父上が待ってくれていなかったら適当な魔法ばら撒いて普通に負けていただろう、今待ってくれているからこそこんな駄目元魔法を使う事ができる。
これが駄目なら中級魔法でも何でも使ってやろう。
そっちも駄目元だが父上はこちらの底を見ようとしている。
正しくあれは親の姿だ。
子供の成長を見るためにその場に留まり俺の実力を測ろうとしている。
「降魔……顕現せよ……」
願う。ただひたすら願う。
この状況を打開するには父上を倒す事のできる魔法に賭けるしかない。
俺は魔力量が多くても初級魔法と融通の利かない中級魔法しか使えない。
だから俺は天に身を任せて願った。
頼むから、何か出て来てくれと。
『面白い人間がいたものだな』
誰かが俺の肩に手を置いた。
振り返ると、全身を白銀の鎧で固めた巨体の剣士がいる。
ざっと……2メートルくらいの身長だろうか。
……貴方は?
『知っているだろう。名を呼べ。才を持つお前に武を貸そう』
……知っている?
ああ、そうだ。
何故か俺は白銀の鎧を知っていた。
その兜の中にある顔や鎧の中までは知らないけれど、話した記憶もないのだけれど、何でだろう。
まるで昔友人だったかのように、俺はその名前を口に出せそうな気がした。
「……顕現せよ、――『光神』。レグナクロックス」
『良かろう。この力、一時そなたに授けよう』
ぐらりと揺れる衝動が体を突き抜け、胸の奥から溢れる力を感じた。
体全体に魔力が燈され、自分の鎧もただならぬ魔力によって変色し、俺自身が白銀の騎士になるかのように輝き始めている。
母上は目を丸くして俺を見ていたが、父上は相変わらず真剣そのもの。
まだ戦いは終わっていないと認めてくれるらしい。
「……降魔術か…いいだろう」
「行くぞ、父上」
手の平に魔力が集まり、その魔力を空気中で細長く流れを作り出す事によって疑似的な剣を生成し、物質へと変化させる。
大きく空を払い、相手を威圧させるように構えた。
「――喰らえ!」
先制。
大きく勢いを付けて跳び、剣を受け止める態勢になっている父上の剣に向かって自らの剣を振り切った。
パキンと、少し違う金属音が鳴り、父上の剣が割れた。
だがまだ戦いは終わらない、この戦いは相手を捻じ伏せた方の勝ちなのだから、父上にこの剣を当てるまでは終われない。
右に振り切った剣を魔力で強引に止め、一気に左へと戻しながら父上の胸の高さを薙ぎ払った。
父上の剣はまだ死んでおらず、割れている短い剣先でその攻撃を受け止め、しっかりと受け流して回避していた。
俺に大きな隙が出来たが、父上は踏み込まずに次の俺の手を待っている。
短くなってしまった剣では咄嗟に次の手が思い付かなかったのだろうか。
割れた剣先は無理に俺の攻撃を受け止めた事によって更に壊れ、もう攻撃を受け止める事すら難しそうだった。
好機だ。
しかも俺の剣は強引にではあるが、もう一度振り払うには充分な場所にある。
全身の魔力を動かし狙いを定める。
あの鎧に満足の行く一撃を当てる、俺が求めるのはそれだけだ。
「俺の一撃、受けてみろ!」
「く……ッ!ハハッ!」
左からの振り抜いた一閃。
父上はそれを、剣先ではなく、剣の握り手、柄頭で受けた。
受けただけではなく、俺の剣先を上へと流し、俺にも父上にも多きな隙が出来た。
その隙にと、父上の左拳がもう一度俺の頭へと当てられた。
同じ手に、二度も。
感覚が麻痺し、時の流れが遅くなってゆっくりと倒れていく自分の体を感じ、恐らくもう勝負は出来ないだろうと倒れ込む前に察した。
視界が掠れ、父上の満足げな顔が思い浮かぶ。
……悔しいけど、面白い目標が出来た。
父を越える。
いつか勝ってやるさと俺は兜の下で笑い、地面に倒れ込む感覚すらも感じずに意識は虚空の彼方へと消えていた。
――――――――――
俺が目を覚ました場所は自室のベットの上だった。
俺の手には温もりが感じられる。
「意識が、戻られましたか?」
どうやらフィオナが手を握ってくれていたらしい。
「……いやあ、完敗だった。悔しいな。勝てると過信していたみたい」
「いえあれは接戦でした。シャロル様なら次は間違いなく勝ちますよ」
「……そうかな」
例え十回戦ったところで倒せなかったのではないかとも思う。
俺が全力で戦ってもせいぜい父上が得意としている速さを主軸とした戦法を防ぎきれる程度で、俺が勝利をもぎ取るのには決め手に欠ける。
父上も戦法自体を使えないのだから決め手がなかった訳だが、そうなると次に重要なのは実力以外での有利不利だ。
身長の差は小さい方が剣が当たりにくくて有利かもしれないが、小さい方が筋力が無くて不利にもなる。
俺は魔力のお陰で成年男性と同レベルにまで剣圧を強化できるからそこはお互いハンデ無しだっただろう。
今回の戦いの敗因は、実力でも体格差でもなく、経験だ。
何年と冒険者をやっていた父上と、二年程度剣を触っただけの俺とでは経験の差が全く持って違った。
降魔術だってそうだ、全く使用した事の無い魔法に賭けて発動してみたがきっと上手く使いこなせていなかっただろう。
剣を砕いたのは降魔術のお陰かもしれないが、アレも経験が足りなかった。
……まあ一番問題なのは意味深なあの台詞。
“思わず本気を出してしまった”。
父上のあの台詞を聞く限りじゃ俺の実力は強い大人を負かすほどの実力はないって事なんだろうなと痛感させられる。
異世界に転生したからってソイツが強いなんて常識はどこにもない、か。
だが有名な冒険者が本気にならざるを得ない攻撃をした。
普通に考えれば、誇って良い事なのかもしれない。
「あの後はどうなった?」
「ええと……ポワル様がシャロル様を想って逆上し、剣を抜いて主人様と一戦。
結果は……主人様の勝利でしたが、シャロルは良い友達を持ったと褒めていましたよ」
「父上は砕けた剣でポワルに勝ったのか」
「そう……ですね」
とんでもない化物だな。
俺との戦いが終わる頃には柄と鍔くらいしか残ってなかったのに、一体どうやって勝利したというのだろうか。
「あーもう疲れたよ。当分の間、元気が出ない」
「そんな……シャロル様に元気が無いと寂しくなってしまいます」
「フィオナがキスしてくれたら元気出るかも」
「……もう」
こんな軽口が言えるくらいには元気だ。
父上に負けたのは確かに悔しいけど、あの戦いに後悔や未練という文字は一切なかった。
学ぶ事の多かった真剣勝負、剣術を習った一年半を締めくくるに相応しい試練であったと思う。
……美人に生まれてきたのに二回も顔を殴られたのがちょっと気に喰わないけど、ニューギスト公国に向かう前には腫れも引くだろう。
「こっち、向いてください」
「何かあったの?…んむっ」
フィオナが笑顔で唇を重ねてきた。
なに?
え?
目を丸く開いてフィオナを見ると、フィオナは頬を赤くして恥じらいながらしてくれたみたいだった。
耳も真っ赤で、目元も何だか艶めかしい。
「しゅ、主人様には内緒ですからね。えと、紅茶、淹れてきます!」
フィオナは顔を隠しながら急いで部屋を出て行った。
早く元気になってほしいという事か。
……初キスが、フィオナ。
あ。何だか凄く嬉しい。
俺は頬にしてくれるくらいしか想像していなかったけど超嬉しい。
「……シャロル、入っても良いか?」
フィオナが出て行ってから少し時間を置いてから父上がドアを叩いた。
話したい事があったのだろう。
俺は無かったが、色々と学ばせて頂いた身だから拒むわけにはいかない。
「どうぞ」
「失礼する……で、何が私に内緒なんだ?」
「フィオナが今私にキスしてくれた事ですよ」
「……言っていいものなのか?」
「この際父上には言っておきますが、私は男性より女性の方が好きです」
真面目な顔して変な事を言った。
父上は溜め息を吐いて俺の勉強机の椅子に座り込む。
「シュラに似たな、お前は」
「……母上?」
「元々女の子の大好きな奴だったからなアイツは。お前が生まれた時はさぞ喜んでいただろう、……そういう事だ」
……え、あの。娘も対象内なんですか?
確かに一緒に風呂に入った時はお触り多かったけど。
「見事な剣捌きだった。魔法、剣術共に高水準。
降魔術まで収得しているとは思わなかったが、魔術も剣も私の予想を越えた実力があった」
「珍しいですね。いつもは厳しい父上が褒めて下さるなんて」
これは嫌味も含めての発言である。
「……今はまだ男尊女卑だ、実力の無い女性を意味も無く煽る輩もいる。
お前には厳しさを教えておこうと思っていたんだがな。
私に似て自分の意志が強固なのか知らんが、指導を厳しくしても根を上げないし、試合では一瞬負かされそうになった」
「血の気も多いんですよ。母上に似たというよりも、男として生まれるべき性格だったのではないかと感じています」
「ふふ……確かにな」
父上は椅子から立ち上がってドアへと手を掛けた。
何かを言おうとしたのではなく、単に俺の様子を見に来ただけのようだ。
「自慢の娘だよ、お前は」
「最悪の父親だったと思いますが、この二年間は感謝しています」
「……悪魔のように我が強い娘だ。やっぱりお前はシュラザードに似ているよ」
パタンとドアを閉め、シャロルの父親ブレイクストールはリビングへと向かった。
ブレイクストールとすれ違う様にフィオナが紅茶を持ってシャロルの所へと向かっていった。
妻が可愛いからという理由だけで雇った子がまさかシャロルの心さえも掴むとは思っていなかった。
ブレイクストールも呆れ顔である。
娘の子供をこの目で見る事は無いだろうと苦笑してしまう。
ブレイクストールの溜息に気付いたシュラザードがリビングにやって来て夫婦揃ってソファーに座った。
「降魔術の事だけど、いい?」
「ああ。調べた結果か……どうだった?」
「光神……虚無神とも呼ばれてる光属性の精霊神。
場所によっては信仰対象にもなる強大な物よ。名前すら知られていない、書物にすら…」
「なら、シャロルは光神に導かれて名を呼んだ、と?」
「そうとしか考えられない……けど、そうなれば……」
試合は学ぶもの、得るものが多かった。
少なくとも試合をしなければシャロルの降魔術を見る事もなかっただろう、そして光神と呼ばれる強大な存在を目視する事もなかった。
……娘が魔法を使える事は知っていた。
娘は親に隠していたようだが、子供がする両親への隠し事なんて案外簡単にバレてしまうものなのだ。
問題は魔法を使えた事ではなく、降魔術を使って強い精霊、神とさえ呼ばれている存在を呼び出した事。
彼女は神を呼び出して何十秒と正気を保って戦った。
降魔術を完璧に使いこなしている訳ではなかったが、神を呼び出すのにどれほどの魔力が必要なのかくらい考えずとも分かる。
シャロルの魔力保有量はまさに化物並みだ。
「シャロルにはもう……言ったの?」
「言えるものか。周囲に知れたらたちまち魔女と呼ばれるだろう」
既にここら辺の集落では魔女とささやかれているらしい。
それは主な理由として魔族の血を引いたポワル・メーレスザイレととても仲良く接しているからだが、一部からは本当に魔女かもしれないと思っている者がいる。
正直、自分も魔女になるのかもしれないと思った。
それでも今日の試合でシャロルは肉体強化などの魔法を使いながらも最後まで剣に拘り、勝とうとしてくれた。
シャロルの意志が心に眠っていた魔女の芽を喰らったのだと信じている。
「真剣試合、シャロルとの勝負はどうだった?」
「楽しかったよ。真剣……というより、魔剣になってしまったがな」
「……面白いと思って言ってるの?」
「いいや違うよ。お前の良い所、俺の良い所をごっそり持って行った良い娘だと思っただけだ」
次に戦いを申し込まれる時があれば、ブレイクストールがどう言葉を返すかなんて決まっていた。
――もう御免だ。
娘との対決で疲れた父の軽口に母は笑うのだった。




