47.思惑
その勝負は決定的とは言え難かった。
緊迫した接戦の末の勝利。
ただひたすら努力して勇者の血統を越えた少女と、剣と魔法を兼ね備える天才少女の戦いに人々は燃え滾った。
少女はお互いインタビューでは努力という言葉を中心に使用した。
そして、自分という存在がいるのはレベッカ、或いはシャロルのお陰だとお互いに口を揃えていた。
親友によって実力を高め合ったというエピソードは至る所で語られ、世間の認識はライバルであり親友であるというものに固まった。
その関係を羨ましがる者も多かった。
そして、少女達が人気になった事によって様々な事が注目され始めた。
レベッカの特徴的な武器、シャロルに複雑な魔法を教えたシャンドルの存在、父親であるブレイクストールの存在、公国の学校、シャロルの仕えるリセリア様の事、……そして武器防具に記してあったスポンサーの表記。
草薙機関に注目を集めるスポンサーの表記だったが、結果としてみれば、成功も失敗もせず……レベッカのスポンサーであったクマイグループとの対決は思い返せば敗北していた。
敗北の理由その一、レベッカとの戦いが接戦だったこと。
圧倒的とは言えない勝利を勝ち取ったため観客の印象は薄かった。
理由その二、俺がレベッカに与えたダメージソースの殆どが魔法であったこと。
剣や盾が活躍したというよりは魔法が活躍したという印象を持たれ、草薙機関製の武器が使いやすいという事を主張できていなかった。
その点で言えばレベッカは優秀だった。
薙刀を多く使い、観客に薙刀の有能性、長物の強さを主張できている。
印象付けという項目に関しては薙刀が上回った。
そして最大の敗北はここだ。
草薙機関には人気になった薙刀や槍の量産体制が整っておらず、その隙を突いてクマイグループが長物のセールを行ったことだ。
その結果クマイグループは多くの儲けを出し、草薙機関は儲けが出たものの期待したほどの成果は出なかった。
まあ、他の会社は損を被った程度だったという訳だ。
しばらくは草薙機関とクマイグループの天下が続くはずなので、長期的に見れば大きな成果を上げたと言っても良いだろう。
リセリアちゃんの目的の中にはゼハール商会に協力しているクマイグループを叩き、ゼハール商会の資金源を削り取ることも含まれていた。
リセリアちゃん自体は草薙機関から報酬を頂いたようなので本来の目的である資金の獲得と草薙機関との繋がりの構築は上手くいったようだ。
ゼハール商会に対して何も出来なかったが妥協するべきか。
今日はフィオナ、アキレス、ノイエラと一緒に草薙機関の本部に通されていた。
報酬はリセリア様から間接的に戴いていたが本人が直々に会って話したいと言われたらしい、断る訳にもいかなかったので今こうしてやって来ている。
「……リセリア様はクマイグループの方とも接触していたようです」
急に、フィオナが沈黙を破って言葉を廊下に響かせた。
その言葉を聞いてノイエラとアキレスは勢いよくフィオナの口を塞いで黙らせた。
この様子だと知らなかったのは俺だけらしい、情報元はシャンドルだろうか。
「さしずめ、どちらが勝っても良いようにしていたんだろう?」
「…え、シャロル…知ってたの?」
「私は馬鹿じゃないしリセリア様だって馬鹿じゃないさ。
自分の技量に賭けるならまだしも、有利か不利かも分からない私に賭ける人間じゃないとは思ってたよ」
後から知った事だが、リセリア様はクマイグループにも話を持ち掛けていたようだった。
その契約内容は深く分からなかったが、金銭の報酬額だけを考えるなら俺が負けた方が多くの儲けを得られたらしい。
俺が勝利したことでクマイグループだけが大勝という事にならず、クマイグループと草薙機関のパワーバランスを崩さずに利益を得られたのは結果として良かった…はずだ。
まさかリセリア様が俺の負けを望んでいたとは…思いたくないしな。
「まあ、そんな事ならクマイグループをこっちのスポンサーにしてほしかったよな」
「確かに、そうすればアキレスが欲しがってたカートリッジ式の斧も貰えたかもね」
「そうだったら最高なんだけどな……」
「……私はそんなのより草薙機関の新しい鍋が欲しい」
「そうですね、私も生活用品の方が助かります」
戦闘を第一に考える俺達と生活を第一に考えるフィオナ達とは意見が噛み合わない。
「……いいな、鍋。悪くない」
最近は戦闘ばかりだし、こちらから折れることにした。
社長室…機関長室?のような場所に到着し、三人は一歩下がった。
部屋に最初に入るのは自分で、彼女達はその後に入るのだ。
草薙機関のリーダーが直々に話をしたいのはノイエラやフィオナ達ではなく俺自身なのだから、俺が目立たなくてはならない。
「失礼します。リセリア様の騎士、シャロル・アストリッヒです」
「どうぞ」
ガチャンとドアノブを回す。
するとドアのすぐ先に何だかふんわりとした障害物があった。
人の、身体だ。
「なはは、ようこそリセリアの騎士。とはいえまだ剣士止まりだそうじゃな」
目の前の障害物はそう言って俺から数歩離れた。
たわわな胸、大きな狐耳、ふわふわな尻尾。
魔族に対して酷く当たりが強いコリュードに本部を置いているくらいだからあり得ないと思っていたが……どうやら魔族のようだ。
彼女は社長机のような物を飛び越えて向こう側へと座る。
机の上には代表クナギサと表記されていた、それが彼女の名前らしい。
「草薙の代表クナギサじゃ。まずは此度の一件について感謝せねばと思ってな。
わざわざ呼び出してすまない」
「……いえ。折角勝てたのに、提供してくれた剣や盾のアピールが出来なかったのは申し訳ないと思っています」
「よいよい。元々望んでおらんかった。武具に関してはクマイの方が優秀じゃ。
市場を独占をさせなかっただけでも充分じゃ。よくやってくれたと思っておるよ」
クナギサさんは机の中に入れてあった品を取り出して、俺に見てくれとばかりに机の上に置いた。
彼女が机の上に置いたそれは…銀で出来たカードだ。
そこにはシャロル・アストリッヒと刻まれている。
「早速出すまないがアレの報酬からじゃ。草薙機関の特別なカードだ。
店で提示すれば割引されるし、草薙機関に関わる場所でそれを提示すれば通してもらえる。
それは私達が味方しているという意志表示用のカードだ、そこらの貴族にも通用するだろう」
「ありがとうございます…」
「それに礼はいらん。本命はこっちじゃよ」
彼女はそう言って紙を手渡してくれた。
契約書だ。その内容は……名馬を三頭、草薙機関がリセリアの騎士達に渡すという内容が記されている。
「それを持ってカードを見せれば馬が貰えるはずだ。
騎士を名乗るなら馬一頭くらい持っておらねばなるまいと思ってな、リセリア様も渡す気が無いようだったので用意させて頂いた」
「ありがとうございます!」
「そこらの早馬と違って高価なのだから大切に扱うのだぞ?」
この中の面々だとフィオナしか馬に乗れる人がいないのだが…。
一応俺は練習したから乗れるけど、名馬や早馬などの位が高い馬に乗れるかどうかと言われたら何とも言えない。
赤兎馬とかじゃない事を祈ろう。絶対乗りこなせないしな。
彼女は全てを手渡した後、ニッコリと笑って握手してくれた。
リセリア様に着くかどうかは分からないが、可能な限り俺に助力してくれるという。
今回の一件で彼女はリセリア様よりも俺に信頼を寄せてくれたようだ。
彼女もリセリア様がクマイグループとも手を組んでいたことを知っているのだろう。
俺がワザと負ければスポンサー対決は間違いなくクマイグループの勝ちだった、それをどうにか食い止めたのは草薙機関の手助けになったようだ。
「しかしまあ、謎が残っていてな。
元々レベッカにクマイグループのスポンサーを付けようと最初に考えたのはリセリア様らしい」
「…そうなんですか?」
「そうじゃよ。こっそり調べた内容によれば、レベッカが勝利した方がリセリア様に利益があったようじゃ。
どうやらゼハール商会と仲良くしたくないそうだが、今回の件でゼハール商会は介入してないし……クマイに利益が上がるだけのはずじゃろう?
なら彼女は何故其方にクマイのスポンサーを付けなかったのだ?」
「……」
……そう、なんだよな。
クマイグループとゼハール商会は友好的になっているものの組織として合致している訳じゃない、今回の一件でクマイグループが勢力を増してもゼハール商会に大きな影響は出ないはずだ。
クマイグループは信頼を無くしつつあるゼハール商会の商品を代わりに売っているに過ぎない。
協力しているが仲間ではないのだ。
「正直……思惑に気付いた時はやられたと思ったよ。
鎧や武器に自社の名を載せるなんて事は武闘大会初の試みじゃったしな、どこも真似してくるとは思わず軽く受けてしまってのう。
あの小さい娘が対戦相手にも同じ話を振っているとも気付かずな。
勝っても負けても自社の名前が広がれば良い…程度の考えだった、まさか他社との製品比較のようになるとは思ってもなかったよ」
スポンサーになる事はあれど、武器防具に社名を記すのは初だったらしい。
「其方が負ければ私達の武具販売の道が大きく下り坂になっていたはずだ。
だからこそ其方には感謝しているのだが…あの少女には私達の状況など関係ないし、彼女にとって今回の一件はただクマイグループの利益が上がれば良かっただけのはず。
其方はきっと負けるだろうとリセリア様に思われていたのではないか?」
「それは……」
「其方も何か、分かっておるのだろう?」
そして彼女はもう一度口を開く。
「―――其方も私も、利用されていたのではないか?」
もし私が負ければ、リセリアちゃんの名に傷を付ける可能性があった。
でも彼女がそれを望んでいたとすれば、俺は名に傷を付けた剣士として騎士を辞めさせられていたのではないだろうか。
彼女は俺を辞めさせる事を望んでいた…?
あの武闘大会は、そしてこの仕事は、俺に専属騎士を辞めさせる為の理由付け?
何も分からない。
何も言えなかった。
――――――――――
薄らと空が暗くなり始めた頃、俺の自宅で優勝パーティーが始まった。
夏も近いので外も温かい陽気のままだったのでパーティーは庭でする事になっていて、ノイエラやフィオナが料理を作って客人に振る舞い続ける。
客人は全員俺が知っている面々だ、数が多いのでバーベキューセットを出して客人が自分達で焼けるようにしている。
乱光包はロイセンさんと酒を飲みながら語り合い、その輪にユーリックとその後輩のリクルドが入って男組が出来ていたり、ノイエラ達の元にシスイやユーリックの後輩のアヤカや手伝いに行っていたり。
何だか珍しい組み合わせが色々見れて中々楽しいもんだ。
こっちはレベッカに何度も再戦を求められたり、ポワルに抱き付かれたりしていてあんまり変わり映えはしないのだが……。
「シャロル」
ふと名前を呼ばれて振り返るとトウヤがいた。
何も言わずに隣に座ってきたので俺は少しだけ席を離れる、トウヤは俺の反応に嫌な顔をしたが文句を言ってくる事は無かった。
「まずは優勝おめでとう」
「どうも。トウヤに言われても嬉しくはないけど」
「そりゃそうだ、俺は負けたけどお前はめでたいなっていう嫌味だからな」
「むっ!シャロルの優勝パーティーなんだからそういう事言わないでよ!」
「あー、ポワル。トウヤは元々こういう奴だから良いの良いの」
ぽんぽんと膝を叩いてポワルを呼び、俺の膝の上に座らせて小動物を愛でるように背中に頬擦りするとトウヤは俺から顔を背けた。
ポワルはさっきから変わらずトウヤに対してむすっとした顔をしているようで、頭を撫でても尻尾を触ってもうんともすんとも言ってくれない。
トウヤとポワルの相性は良くないようだ。
「シャロルは凄いんだよ!そっちがマキバだか何だか知らないけど、とっても凄いの!」
「ああー……知ってるよ。おいシャロル、どうにかしろ」
「さあポワル噛みついてらっしゃい」
「がるる!」
「そうじゃねえ!」
はしゃぎ始めるポワルとトウヤを眺めて笑っていると、空いた席を取るかのように俺の膝に座ってくる女の子がいた。
女の子という精霊か。
氷聖スウィフトハート通称ココロちゃん、ポワルの精霊だ。
『見ていたよ。優勝おめでとう』
「ありがとう、まさかココロちゃんに言われるとは」
『見ていた私はとてもハラハラしていたけどね。
精霊の中でもとびきり強い剣神なんて滅多に見れるものじゃない、あれを見た時はシャロルの負けを確信していたほどさ』
「ははは……どうも」
彼女は膝を飛び下りてトウヤを追い掛け回すポワルを見ていた。
それより、と言葉を付けて、彼女は別の話題を口に出そうとする。
こちらを一度も見ずに。
『分かるかい?シャロルを中心にして、最上位精霊が集まり始めている』
そう言ってココロちゃんは人を指した。
氷聖スウィストハートを宿すポワルを、神炎イフリートを宿すフィオナを、剣神ハウプトシュタットを宿すレベッカを、光神レグナクロックスを宿す俺を。
真剣な顔をしながら振り向いて彼女は言った。
『最上位精霊の使命を思い出せ。
世界を揺るがす何かはすぐそこまで迫っているはずだ』
その発言通り……数日後、アーリマハットで内乱が発生することになる。




