05.兄と友達
父上から俺への風当たりは日を追うごとに増していき、苦手な剣術が兄妹の中で一番強くなってしまった頃、ついに父上の態度に苛立ちを隠せず行動を起こした者がいた。
俺ではなくフィオナである。
日に日に元気が無くなり衰弱していた俺を思って彼女は遂に母上にどうにかならないのかとお願いしたのだ。
しかし良い回答は得られなかったらしく、俺に泣き付いてきた。
何もお役に立てませんでしたと。
俺はただ彼女の背中を撫でながら心配しなくて良いよと言った。
俺の事を思って行動してくれたのはとても嬉しい。
彼女が起こした行動は胸に留めておくつもりだ。
しかし俺は父上に対して苛立ちは覚えても、この状況をどうにかしたいとはあまり思った事がなかった。
剣を教えてもらえるのは素直に嬉しいし、父上の教えもタメになる物が多い。
冒険者になってからどのように生きていくかや海を渡る方法、魔族の血が流れる種族や有名な剣士の話等、俺にとっては胸躍らせずにはいられない内容ばかりだったのだ。
例え一日二日つまらない日が続いても俺にはフィオナがいた。
つまらない学校生活だが学校の友達は楽しい奴ばかり……といった感覚に近い。
元気が無くなる理由は父上の事ではなかった。
剣術でもなく、魔術の事である。
五歳の誕生日を迎えて少ししてから気付いた事だが、魔法を毎日使っても魔力総量が増えなくなってしまったのだ。
人が保有できる魔力の限界に達したのか、それとも伸び悩んでしまったのかは分からないが、俺は自分が持っていた才能の限界だと考えて魔力を消費するだけの鍛練をやめる事にした。
既に魔力総量だけなら大人百人だって相手にする事ができる。
総量だけなら、だ。
中級魔法を使えないのでやはり限度はあるだろう。
初級と中級の間くらいの難易度なら何とか発動できそうなので、これから試行錯誤していくつもりでいる。
いかに大量の魔力を使って無駄な魔法を使うかではなく今度からは最少の魔力で最大の威力を引き出す練習を始める事にした。
……いや別に最小の魔力でなくても良い、俺の魔力総量は異常なのだから。
俺に必要とされるのは最短、火力、利便性。
魔力総量のコストパフォーマンスはその後についてくるオマケみたいなものと考えていいだろう。
初級魔法しか使えないのだからまずはその初級魔法をマスターする。
全てはそこからだ。
「シャロル様、失礼してもよろしいですか?」
「どうぞ」
勉強時間中にフィオナは俺の部屋へと入ってくる。
紅茶とクッキーを持ってきてくれたようだ。
俺はペンを置いて早速そのクッキーを口に放り込んでから紅茶を流し込んだ。
……うん、別に普通の味だ。
前世と比べてしまうとどうしても中途半端な味に思えてしまってありがたみが薄れてしまう。
この家は結構な金持ちの家系だから他はもっと酷いのかもしれないと思うとちょっと怖いな。
もうちょっと食文化が発展してくれれば良いのだが。
「いつも美味しいクッキーをありがとう、フィオナ」
「いっ…いえ!感謝されるような事ではありませんのでっ!」
紅茶は他のメイドも頼めば持ってきてくれるが、クッキーを焼いてくれるのはフィオナだけだった。
愛が詰まっている気がして美味しい。
フィオナが持ってきた物なら何でも美味しい気がしてくる。
……俺のさじ加減次第の感想になってしまいそうからこれ以上はやめておこう。
「そういえば先程、セイス様がシャロル様の部屋を後で訪ねると仰っていました」
「兄が私に……部屋を訪ねる程の用事?心当たりは?」
「……すみません」
フィオナが頭を下げて心当たりがない事を謝った。
謝る必要はない。
兄が私の部屋を訪ねてくるのはこの数年間でまだ一回しか経験が無いので予想も何も立てられたものじゃない。
しかもその一回は俺に魔法学の教科書を貸してくれた時だ。
食事後に俺が教科書を今度貸してほしいと言ったらその日の夜にわざわざ部屋を訪ねてきて貸してくれたのだ。
丁寧な兄だ。
ルワードと同じ血が流れているとは思えない。
魔法学の教科書を返してほしいのかもしれないと思い、勉強用具のしまってある机の引き出しから魔法学の教科書をとりあえず出しておいた。
そういえば借りたのは数ヶ月も前の話だった。
もしかしたらセイスは借りたまま返さないと怒っているのかもしれない。
ルワードはともかく、セイスから嫌われるのは避けたいな。
ルワードはともかく。
「シャロル、いるか?」
外からセイスの声がした。
フィオナにドアを開けてあげるようにお願いし、セイスの分の紅茶も持ってきてほしいとお願いする。
「こんばんは、兄さん。何か急用でもあったんですか?」
外は日も暮れた真っ暗闇が広がっているこんな時間に部屋を訪ねてくるなんてよほどの事がない限りあり得ない。
この世界の照明は前世と違って明るくないのだ。
どこか暗いイメージがあり、その明るさは行燈を思い出すほどだ。
仲が良いなら別だが、セイスとは一週間に一回話すくらいの間柄なので部屋を訪ねてくる時点で思い切った行動だなと思ってしまう。
俺なら行かない。
セイスの部屋もルワードの部屋も見た事すらなかった。
「……少し話したい事があって来た。時間は大丈夫?」
「うん、大丈夫だけど」
セイスは何か思い詰めた表情をしていた。
魔法学の教科書の事ではなかったようなので、教科書の上に別の教科書を置いて隠しておく事にした。
何度も読み返して勉強はしたがまだ読み足りない部分が多いのだ。
まだ返したくはない。
「僕はもう少ししたらこの家を出てニューギスト公国へ向かう」
セイスはルワードや俺と違って一歳年上だ。
俺達も父上からどの学校に通うか既に説明されている。
隣国、ニューギスト公国のニューギストグリム・アカデミー。
剣士を育成する冒険者育成校だ。
「もしかしてお別れを言いに来たのですか?」
「まさか!まだ早いよ。……今日はシャロルにお礼を言いに来たんです」
「……私、何かしましたっけ?」
「いえ。シャロルは僕にとって天才だっただけです」
……うん?
話の意図が全く読めない。
話のテンポすら分からない。
セイスはまだ六歳なので出来が良いといっても成熟している訳ではない。
彼の年齢からしたら充分話せているレベルに当たるが、二十代後半の精神を持つ俺からしたら話し辛い相手だ。
おかしいのは俺なので文句は言えない。
フィオナがセイスの分の紅茶を持って来た後、俺はどういう事なのか踏み入って詳しい説明を求めた。
興味はなかったけどセイス的には聞いてほしかったんだろう。
用が済んだなら帰ってくれ私は眠いんだと言ってやりたかったが、歳の幼い兄に対してそのような発言をするのは気が引ける。
話しにくい関係を構築してしまうと家で気まずくなるからな。
「僕はシャロルを目標にこれまで頑張って来たんだ。何をしても、どうやっても、シャロルには勝てなかったから悔しくて……でもシャロルがいなかったら今の自分はいなかったと思ってる。そのお礼を言いたかったんだ」
「……そう」
「話はそれだけ!」
セイスはそう言ってフィオナがわざわざ用意してくれた紅茶を一口で飲み干して部屋の外に出て行ってしまった。
照れ隠しで急いだのだろうか。
妙に元気が良かったし、行動も唐突だったし何かあったのだろう。
別に調べる気にはならないが。
「せめて礼をしに来たなら、ありがとうの一言くらいあってもいいと思うんだけどね」
セイスが見えなくなってから、俺はそう言ってフィオナの顔を見る。
フィオナは何も答えられずあははと小さく笑うだけだった。
――――――――――
その日からセイスは真面目眼鏡君のレッテルが剥がれて明るい性格になった。
インドアだった彼はいつの間にかアウトドアになり、ルワードと一緒に行動する機会が増えた。
ルワードの明るく子供っぽい性格がセイスにも影響を与え、彼が抱いていた勉強への異常な執着は少しずつ薄れていった。
子供として異常だった天才セイスは数ヶ月で異常ではなくなった。
子供らしくなったのだ。
わざわざ遠出してルワードと一緒に友達を作りに行ったり、森の中に探索しに行ったり、虫を取ったり。
楽しそうだ。
うん。良い事である。
……セイスが変わってからというもの、俺も変わった部分がある。
変わらざるを得なかったものだ。
セイスが不器用なお礼を言いに来て、その後にセイスの行動を見てきた俺は徐々に自分の異常さが鼻につくようになってしまった。
俺は子供として非常におかしい人間になりつつある。
なりつつあるというか元々だが。
精神が成熟し過ぎているのだ。
子供らしさも必要だなと思い、ペンを持つペースを緩めてフィオナと遊ぶ時間をもっと増やす事にした。
外に出る事は剣術指導以外で滅多になかったが散歩くらいはするようにもなった。
春になり、セイスがこの家を出てニューギスト公国へ行ってしまった後も子供らしい行動を自分なりに探している。
無理に探す必要はないように見えるが、俺はある事を危惧して行動を起こしたのだ。
友達である。
俺は六歳にもなって同年代の友達が一人もいない。
というか血の繋がっている家族やメイド以外と話す事が滅多にないのだ。
フィオナや他のメイド達と話していた方が他の子供と話しているよりも有意義で楽しいと思ってしまうのも一つの理由になるだろう。
このままでは学校に行っても一人ぼっちになりかねない。
同年代の子供達が抱いている興味関心を学んで同じように溶け込む必要がある。
フィオナがいれば別に学校で一人ぼっちでも我慢できそうだが、上手く溶け込めば同姓の友達が沢山増えるかもしれないのだ。
この体は女、つまり同姓とは女の子だ。
億劫だからという理由で挑戦しないのは勿体無い。
だって女の子と仲良くなれるんですもの。
中のおっさん大歓喜。
セイスがニューギスト公国に発った数日後、春の日差しが良い日に友達増やそう大作戦を決行する事にした。
決行日までフィオナや母上に同年代の子供達はどこで遊んでいるかさり気なく情報収集しておき、念入りにイメージトレーニングをしておく。
子供達の相手は難しいからなあ。
自慢話とかされて言葉に詰まったら「すげーよ!お前神じゃん!」とか言っておけば何とかなりそうな気がするのだけど、それは男同士の小学生の場合かな。
女の子同士、ねえ。
どうしたものか。
お人形使って遊んだりするのかね。
「フィオナ。ちょっと出掛けてくるよ」
「あっえっ…着替えてくるので少々お待ち頂けますか?」
「いや私一人で出掛けるから。フィオナはお留守番」
「……シャロル様がお一人で……ですか?……それは…」
彼女は一人で外に出る事に驚愕した後、どうしたらいいのか分からないような苦笑いをして言葉を詰まらせていた。
何か問題があるらしい。
ただ彼女は自分に課せられた決まりよりもシャロル・アストリッヒの行動や考えを優先する優しいメイドだ。
不都合のある彼女を無視する事もできる。
……が、それでいいものかどうか。
信頼関係に傷が付く可能性があるのではないだろうか。
「何か問題があるなら言ってほしい。フィオナが父上に叱られる姿は見たくないんだ」
「……すみませんシャロル様。外出する際は誰でもいいので使用人を付き添いさせよと言われておりますので……」
「そうか。ならフィオナ、一緒に行こうか」
「一緒でもよろしいのですか?」
「いいよー」
ぎゅっと抱きしめた後に一度離れてから笑顔を振り撒き、更にもう一度ぎゅっと抱きしめておく。
フィオナの好感度を上げるために無邪気を装う作戦だ。
フィオナは俺に優しくされたりくっ付かれりすると恥ずかしいらしい。
ちょっと赤面したりしてくれる。
見ていると結構楽しい。
「えと、あの…ところでどこに向かわれるのですか?」
「ん。ちょっと集落の方に行こうと思ってね」
この家の近くには何もなく木々が生い茂るばかりだ。
なんたってここは街でも村でもない。
地名さえない。
広い森林の中央に我が家があるのでメイドの付き添いがいなければ子供にはちょっと危ないかもしれない。
しかし生まれて五年の間、動物の姿を庭で見た事はなかったので安全はとりあえず感覚で保障されていると思う。
子供には危ないというのは道の問題だ。
道に迷ったら多分帰ってくるのが難しい。
人に道を聞けないからな。
「買い物でしたら言って下されば……」
「あー……その、そういうのじゃないから」
友達作りに行きますなんて恥ずかしくて言えないから黙っておく。
この家にいられるのはニューギスト公国に向かうまでの残り一年だから今更友達を作ってもどうしようもない気がするが、兄のセイスは残り三ヶ月の状態から友達を作りに行ったからなあ。
……言いにくい話だが、遊んでいるのを見てちょっと羨ましく思ったのだ。
俺もルワードのように自由気ままに時を過ごした方が良かったのかもしれないと、少しだけ……ほんの少しだけ思った。
ルワードは自由過ぎるが俺は生真面目過ぎた。
生真面目になっている覚えはないのだが、自由になるのを遠慮し過ぎていた。
もっと行動を起こして自分の中の世界を広げなければならない。
せっかくの異世界なのだ。
魔法と剣術だけで満足して落ち着いていたモチベーションを持ち上げる。
メイド服から私服に着替えたフィオナを連れて父上と母上に外出すると告げて近くの集落へと向かう事にした。
外出自体は散歩をするようになってから全然珍しい事ではなくなってしまったので両親から根掘り葉掘り詳細を聞かれる事はなかった。
俺はただ一言、外出するとしか告げていない。
フィオナも付き添いとして近くにいる事しか告げなかった。
フィオナは俺に合わせて意図的に集落に向かう明言を避けてくれた。
何故集落に向かうのかと聞かれたら友達作りに行きますとしか答えようがなかったのでフィオナの判断にはとても助かった。
母上には明かしてもいいけど父上には明かしたくはない。
恥ずかしいし。
真面目にやってきたイメージの俺がいきなり友達作りに行きますなんてイメージ崩壊以外の何物でもないからな。
「そういえば、集落に名前はあるの?」
「いえ特に名は付けられていないみたいです。集落として生活しだしたのが五年前なのであまり時が経っていないのですよ」
「ふーん……」
五年前……俺が五歳だから大体生まれた頃だ。
まだ村と呼べるほどの人数がいないのだろう。
わざわざ森林に囲まれたこの土地に住まずとも人が生活できる場所はもっと沢山あるだろうし、俺が六歳から通う学校のあるニューギスト公国は聞いた限りだと遠い距離ではない。
こんな辺境な場所に住む必要なんて本来ないのだ。
ニューギスト公国が住みにくい場所だった場合は別だが。
「動物はとっとと森に帰れよッ!」
「視界に入ると目が腐る~!」
やけに元気の良い声が聞こえる。
集落の手前で子供達が口喧嘩しているみたいだった。
「触れても見ても菌が移るよな~!」
「うわやめろよ魔族菌じゃん!」
「やばー!」
どうやら俺やフィオナに言っている訳ではなく、別の人に対して言っているようだ。
……しかし魔族か。
俺はピクリと反応し、横目でフィオナの方を確認する。
フィオナは魔族に分類されるエルフ種とヒューマン種の混血であるため、子供の発言とはいえ苦しそうな顔をしていた。
魔族が非難されるのは嫌なのだろう。
一方的な子供達の暴言は続き、女の子の泣き声が聞こえてくる。
口喧嘩ではなくイジメだったらしい。
「シャロル様……その、移動しませんか?」
「ああそうだな。丁度私もヒーローごっこというのがしてみたかったんだ」
「……え、ええと……どういう事でしょうか?」
俺はフィオナに少し下がっているように伝えてイジメが行われている場所へと向かった。
小学生くらいの男の子が三人がたかって一人の女の子を虐めている。
嫌な光景だ。
前世で同じような光景を何度も見てきたような気がする。
相手は女の子ではなかったが、何人かが集まって特定の人物を虐めている光景。
力の無い者や勇気の無い者はそれを見ている事しかできない、そんな見えない力によって教室が支配されている感覚。
何故止められなかったのかと思った時には既に大人になってしまっているものだ。
友達の為なら勇気を出すかもしれないが、友達でもない赤の他人が虐められているのを止められるほど俺は強くなかった。
他人の為に善意だけで動ける人間なんて少ない。
俺はそんな優しい人間ではないのだ。
今回はどうだ。
女の子が虐められていて、虐めているのは三人の男の子。
剣術指導で毎日体を鍛えている俺よりも腕力は無さそうだし何より俺には魔法という特別な力がある。
俺には今イジメを止められるだけの力がある。
後は善意だ、それが勇気になって行動のスイッチが入る。
女の子は青髪のショート、身長は俺よりも小さい。
可愛い。
可愛いは正義。
正義の為に戦う。
可愛いから守る。
「おい、少年三人。寄って集って女の子を虐めるとは感心しないぞ」
「ああ?……って、お前誰?」
「シャロ……いや、君達と仲良くなる気はないから名乗らなくていいや。ごめん」
条件反射で途中まで行ってしまったので締まらないな。
「はあ?んだよお前、お前もしかしてコイツと同じ動物なの?」
「同じ人間だけど……もしかして君達は人間じゃなくて虫だったりするのかな?」
「人間に決まってんだろ!虫はソイツだよ!」
「弱虫だもんなー!」
一人の男の子に続いて合いの手を入れるように悪口を続ける男の子。
言い返しが上手いな、ちょっと今のは負けた気がする。
上手い事言った顔されているのが尚の事むかつく。
三人寄れば文殊の知恵。
二十代無職だった俺の脳はもしかしたら小学生以下なのかもしれない。
俺は魔力を足から地面へと流して魔法を発動する準備を始める。
魔力を練り込む練習は何度もしたので足から靴を通って地面に流し込むくらいの事は容易い技術だ。
流し込む速度を考えると地面に手を置いて直に流し込んだ方が良いのだけれど、男の子三人相手を脅かす程度なら魔力の量は関係ない。
この世界で魔法を使える人間はあまりいないのだ。
北の竜を倒した有名な冒険者である母上からお風呂場で聞いた話によれば魔法を使用できる才能がある人間は五人に一人とされていて、才能のある十人に一人が魔術師になれるらしい。
つまり五十人に一人が魔術師の素質があり、その人がその道を進むかどうかは分からず、魔術師として大成するかも分からない。
魔法を使えるというのはそれだけで異質な存在。
子供をビビらす程度なら魔法を発動できる事を教えつける程度で充分だ。
子供をボコボコにして優越感に浸る趣味は無い。
適当にあしらってお家に帰してやろう。
「これ以上彼女に暴言を吐くようなら容赦はしないよ」
「何だよ!お前には関係ないだろ?」
「聞いてて不快だし……私の連れは差別が嫌いなんだ」
右手を開きながら前にゆっくりと突き出していく。
地面の中に潜り込ませた魔力を正面にいる少年の元まで移動させているのだ。
魔力の動かすには体を動かす必要はないが、体ごと動かした方が魔力の乗りが良い気がする。
感覚的な事なので確証ではないが。
さて。
少年達のいる地上を魔力で揺らしながら地中の水分を寄せて泥を作り、魔力の流れを利用して地中へと誘う渦潮を形成する。
魔力の流れ自体は海にある渦潮よりも速いが、泥の動くスピードは魔力の速度に着いて来れていない。
泥は動きが遅いのだ。
「……ひっ!な、何だよコレ!」
「君達には暴言を吐けないように呪いを掛けてやろうと思ってね」
「の……呪い!?」
渦潮に足を取られた彼等は急いで渦潮の外に出るが、渦潮の外には新しい何かが地面から生まれようとしていた。
ボコリと地面から何かが腕を出し、ホラーゲームさながらの土人形が現れる。
数ヶ月前に魔力を効率良く消費する為の構成と分解を繰り返して動かす土人形ではなく、魔力の流れによって土その物を動かす土人形だ。
構成と分解を繰り返す土人形と違って魔力を練り込む必要のある土の量が極端に少ないので魔力の節約になる上、人間っぽい動きがしやすい。
前の魔法は人形を出現させる魔法と人形を消す魔法の連鎖だから人形を動かしている訳ではなかった。
新しい土人形は人間っぽい動きをするので怖さが増している。
「うわあああ!ま、魔物!?」
土人形の体の中を空洞にしてから口を作り、小さな風の魔法を土人形の空洞で発動する。
そよ風程度の風魔法は土人形の体の中を巡って不気味な音を鳴らす。
まるで鳴き声のように。
「うわああああああっ!」
「っはは!もう二度とイジメなんてするんじゃないぞ!」
走って逃げだす少年達の後ろ姿にそんな言葉を掛けておく。
これでイジメが無くなるかどうかは彼らがどれだけ恐怖を抱いたかに左右されるだろう。
もし恐怖が足りなかったらもう一回怖がらせてやればいい。
……助けるべき青髪の女の子はイジメられていた時よりも怖がっていた。
お父さんお母さんと呟きながら口元を震わせている。
土人形が怖かったのだろう。
俺は土人形を手で突き崩してから彼女の元へと向かい手を差し伸べた。
「大丈夫?怪我は?」
「ひいっ!」
「……私は敵じゃないから怖がらないで」
青髪の女の子は膝を擦り剥いている以外怪我をしていないようだ。
イジメられた時に転んだりしたのだろうか。
怪我した女の子を更に追い込むなんて許せないな。
綺麗な青髪も土で少し汚れてしまっている。
「フィオナ。怪我をしているから手当てをお願いしてもいい?」
「……は、はい!今すぐご用意いたしますので少々お待ちくださいませ!」
少し離れた場所にいたフィオナは俺に話し掛けられてハッと我を取り戻した顔になり、急いで集落の方向へと駆けていった。
散歩に救急箱を持って来てるわけないか。
擦り剥いた程度の怪我なら回復魔法を使えばすぐに治るんだろうけど、俺は回復魔法の発動方法を知らない。
中途半端で役に立たないな、俺は。
フィオナは回復魔法の練習をしているようで後一年せずとも使えるようになるだろうと母上は言っていた。
俺の為に覚えようとしてくれているそうだ。
様子を見る限りではまだ欠片も使えないようだが……。
くしゃくしゃになった彼女の髪を少しだけ整えてからゆっくりと頭を撫でて怖がっている彼女をなだめる。
その際にピクピクと髪が動いていた。
「ん?」
髪が動く?
俺が何かに気付いて反応した時、彼女の髪はもう一度ビクリと動いた。
……いや、髪、……じゃない。
耳だ。
ケモノ耳というやつである。
ケモナーの心を掴んできた犬耳である。
……猫耳、かもしれない。
「ねえ。これ触っても良い?」
「……?…は、はい……」
許可を取ってから彼女の犬耳を持ち上げて触ってみる。
どうやら先程までは耳をたたんで髪のように見せていたようだ。
触っていると彼女は体をふるふると震わせて、怯えているのか恥ずかしいのかくすぐったいのか……よく分からない顔をしている。
怯えているとしたら俺のあやし不足なので、右手で耳を触りつつ左手で背中をぽんぽんと叩いて恐怖心を取り除く努力をする。
くすぐったいのだとしたら萌える。
うーん、ケモノ耳はロマンが詰まっているなあ。
「羨ましいな。とっても可愛い」
「……うらやましくなんてない……こんなのなければ…いじめられないし…」
少年達から動物だって言われていたのはこの耳が原因のようだ。
フィオナは外見から魔族の血が流れているとは判断できないが、彼女はその耳によって外見で判断されてしまう。
フィオナよりも風当たりは強かったのだろう。
「こんな耳さえなければ友達だってできたのに…」
「……私も友達いないんだ。仲間だね」
「えっ……?魔族、じゃないのに?」
「む。その言い方は馬鹿にされてるみたいで嫌だなあ!」
彼女のほっぺを両手で押して変顔させる。
犬耳の彼女はされるがままになってごめんなさいを連呼していた。
心の動揺がそのまま形となって犬耳に現れ、急にピンと立つ。
そんな彼女がちょっと可愛かったので不機嫌な態度のまま変顔遊びを楽しみ、充分に満足してから彼女へのちょっかいをやめる。
興奮すると耳が動くのか。
見ていて飽きない。
彼女本人は怖かったようで泣き顔になっている。
「ねえねえ。友達にならない?」
「あの……私、魔族だよ?」
「友達になろうって言うの恥ずかしいんだから友達になってよ!」
「ああう!友達になります!だから耳引っ張らないでよぅ!」
やや強引に友達になろうと言い放つ自分。
魔族が何だ。
先入観があれば俺だって魔族を苦手と思ったかもしれないけれど、俺には前世の先入観が残っているから魔族と聞けば胸が躍るだけで怖いと思う事はない。
魔族を悪だなんて微塵にも思えないからな。
魔族が悪だったら混血のフィオナも悪って事になってしまう。
血で云々言うのは嫌だな。
「お名前聞かせてもらっても良い?私はシャロル・アストリッヒ。貴女は?」
「ポワル・メーレスザイレ…ですっ!」
「うん。これからよろしくね、ポワルちゃん」
俺は彼女の名前を呼んだ。
彼女がずっと誰かに言われたかった言葉。
人生初めての友達。
俺にとっては…前世を含めればそうじゃないけれど、彼女にとってはそうだった。
例えこれが最初で最後の会話だったとしても、自分の存在を認めてくれる人間がいたという思い出はきっと彼女の中で大きな物になるだろう。
彼女はわんわんと泣き始め、俺は彼女の背中を擦ってなだめる。
ポワルはフィオナが手当ての準備をしてこちらへやってくるまで泣き止む事はなかった。
俺の服を掴んで離さず、ずっと泣き続けていた。
その日、集落で適当な買い物をした帰り道。
フィオナから魔族の女の子を助けてくれてありがとうとお礼を言われた。
お礼を言われただけで彼女から魔法について深い詮索は行われず、母上や父上に対してシャロルは魔法が使えると報告する事もなかった。
魔法を六歳以下から覚えるのはよろしくないという考え方があるというのは後々知った事で意図的に隠していた訳では無かったが、もしかしたら俺が魔法の存在を隠していた事に彼女は気付いていたのかもしれない。
両親にバレても仕方ないと思っていただけにフィオナの行動には驚いてしまった。
本来なら報告すべき事なのに雇い主の父上よりも俺を優先したフィオナ。
その日から、俺が魔法を使える事はフィオナと俺を繋ぐ共有された秘密になった。




