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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
4章【留学編】
48/50

45.重い想い

 単調な試合、粘って長期戦になった試合と仮定は様々であったが俺もレベッカも勝ち進んだ。

 “庭師”アヤカとの対決。

 ユーリックの後輩だけあって実力は確かにあった。



「サレナジャンプ!」


 彼女が“庭師”と呼ばれる所以は、自身の師である魔術師から地属性魔法に関する技術を多く伝授されたからだ。

 彼女は地上の地面を切り放し、自身の体を地面ごとテレポートさせて相手の頭上に叩き込む。

 これが彼女の独創魔法サレナジャンプである。

 別の名を“空中庭園”、彼女の二つ名と掛けてそう呼ぶらしい。

 空中庭園はこれで終わりではなく、これが始まりだ。

 相手の頭上に叩き込むのに失敗しても派生技が沢山ある。


 その一、植物の召喚。

 大きく植物を張り巡らせて彼女の周囲を覆い、敵の視界を遮断する。

 その二、土槌の召喚。

 槌の形式は様々だ。

 地面から土の針が突き出されるように召喚するものから、城の門を壊す破城槌のようなものまで召喚できる。

 その三、魔力の射出。

 威力はそれほど大きくないが、植物によって自身の体を隠して魔法を放ってくるのは少々対処し辛いといえる。


 この三つが彼女の技であり、彼女の全てだった。



 彼女がサレナジャンプを仕掛けてきた時、俺は剣を持っていない左手を頭上にかざした。

 光属性の魔力を貯め込んでバリアを展開する。

 シャンドルから貰った護符の指輪の力も合わさって、彼女の空中庭園はボロボロと崩れ落ちた。

 ……地属性と光属性の相性は悪い。

 相手が悪かったのだ。



「…運が悪かったな」


 自分の魔法が消失してバランスを崩した彼女は地面に倒れるように衝突し、俺はその身にゴム剣を突き付ける。

 あっけない試合に観客もポカンとしていた。

 試合終了の鐘が鳴り、今日の日程の試合が全て終了する。



 ――やはり、最後まで勝ち残ったのはレベッカと俺だった。




 日を跨ぎ、決勝戦当日。

 試合は昼からなので午前は特に暇だった。

 遊ぶ気にもならず、剣を振るにも怪我をしたら問題だと思い、軽く体を動かす程度に街の中を走る事にした。

 アキレスやフィオナやノイエラが近くにいない時間は久々だ。

 ノイエラはお弁当の準備を、アキレスは決勝戦の観戦席の場所取りを、フィオナは教会で俺が勝利するように祈ったりしている。

 残り一時間弱。

 ……緊張しているかと言えば、そうではないと思う。


 勝つ事にも、負ける事にも慣れ過ぎた。

 レベッカのように勝利に執着している訳じゃない。

 だけど負けたい訳ではないし、できれば勝ちたいとも感じる。

 ……この気分は何なんだろう。

 レベッカの精霊を見てから、嫌な自分ばかりが脳裏に過ぎる。



 俺は走り込みの一時休憩で川辺の橋の手摺に座った。

 ちょっとした焦り、不安、恐怖。

 俺の心境を表すように川の水位は深く深く、不安を表すように黒く黒く染まっている。

 汚くはないが綺麗ではない、今の俺の心境を色濃く映していた。

 一石投じてもこの色は治らない。

 どうすれば俺の心は晴れるんだろう。

 どうすればレベッカの闇に、不安を抱かずに戦えるのだろう。


 対立する光と闇――。

 物語だったら、ラスボスか何かじゃないか。

 まるでどちらかが死んでしまうんじゃないかとすら思っている。

 見間違えでなければ……あの赤い瞳に映っていたのは殺意だった。



 いつもこうだ。

 何か大事なことがあると塞ぎ込んでしまう。

 俺はどうにもメンタルが弱い。

 こういう時、俺の近くには励ましてくれる人がよく現れた。

 だから頑張れた。

 ……だから、頑張れたんだと思う。



「こんな所で何してんだ」


 塞ぎ込んでいる俺に近付いてくる奴がいた。


「……トウヤかよ」

「ああ?まあ、そうだけど…」


 何だか励まされても嬉しく思えない奴がやってきた。

 お互い溜息を吐きながらトウヤは俺の近くに立つ、俺の溜息はトウヤが来た事への溜息だが、トウヤの溜息は自身の試合が散々だったのが原因だろうか。

 試合時と同じ様に帯刀しており、その息は少し荒い。

 俺と同じで走り込んでいたようだった。

 テストで悪い点を取って翌日から数日間だけ勉強し始める学生みたいなものだろうか、やはりレベッカに負けたのは悔しかったようだ。



「何の用?」

「……レベッカと約束しててさ。それを果たしに」

「約束?」

「お前はいつも勝負に勝ちたがらないって言われてな。

 どちらか決勝に向かわない者はシャロルの火付け役になろうって約束だ」

「……」


 レベッカ、そんなこと気にしてたのか……。


「私、トウヤの事嫌いだし、気に喰わないから…そういうの、いらないよ」

「―――ああ、知ってるよ」


 トウヤは橋の手摺を足場にして立ち始めた。

 腕を組んで、川の向こうを見続けている。

 薄らと魔力の存在を感じてトウヤの方を見ると、トウヤの体には青い粒子が纏わりつくように浮遊していた。

 ユーリックと対峙する時もこの青い光を見た事がある。

 この光は、魔力そのものだ。



「父上は俺を、マキバ家に伝授されてきた心月流の継承者としない事を決めた。

 そして新しい継承者にレベッカを選んだ」

「……ふうん、それで王波…なるほどね」

「だがな、レベッカは心月流の技を覚えたが、剣聖の跡は継がないと明言した」

「最強の座が継げるのにか?」

「ああ……シャロルと共に戦いたいから、だとさ」

「そんなの剣聖の跡を継いでもできることじゃないか!」

「お前に会える時間、戦える時間は剣聖の指南よりも大切なんだとよ」


 ……。

 俺はそんなにレベッカから大切に思われていたのか……。



「心月流には最終奥義があるが、結局伝授する事は無かった。

 己が師と認めるのはシャロル・アストリッヒただ一人だってさ。

 新聞とかは捻じ曲がった内容を記載してるが、レベッカは一度も父上の元に教わりに行かなかったし、ずっとシャロルしか見てなかった」

「じゃ、じゃああの王波は…?」

「見様見真似ってヤツだ。俺の習得できなかったアレを、あいつは簡単にやりやがった」


 トウヤは横目で何かの人影を確認し、橋の手摺から降りた。


 ――その表情は、もしかしたら俺より暗かったかもしれない。


 父親を尊敬していたのに、父親はレベッカを選んだ。

 自身の家系に伝授されてきた流派の継承者としない事を決められた。

 俺の人生と同じくらい或いはそれ以上にトウヤもトウヤで周囲に引っ掻き回されているんだ。

 ……いつもいつもコイツと俺は同じくらい辛い思いをしていた。

 同族嫌悪なのは知ってる。

 でも本当は、大嫌いな訳じゃない。

 良い好敵手であるために、慣れ合ってはいけないような…そんな感覚だ。



「やっぱり訂正。私トウヤのこと結構好きかもしれない」

「何だお前急に気持ち悪いな。でも、別に俺はお前が彼女でも……」

「ぷっ…はははっ!……気持ち悪いのはお前の方じゃないか!」

「う、うるさいな。男なら、お前くらい綺麗な奴が隣にいる方が嬉しいんだよ」

「……九歳児から正直に告白されるとは思わなかったよ」

「もう俺は十歳だ!」


 顔を真っ赤にするトウヤを笑いながら背をバンバンと叩いた。

 意外と褒め上手なのに驚いたが……トウヤの実力とこのトークセンスがあればいずれモテる時が来るだろう。

 俺の中身が男じゃなければときめいていたかもしれないな。

 頬にキスをしてやるくらいならやってもいいくらいだ。



「悪いけど今は剣が彼氏なんだ。大体、弱い男には興味がなくてね」

「なら強い男になってやる、お前もレベッカも越えてやる」


 トウヤは右足で地面を勢いよく踏みつけて魔力を放出させた。

 橋に焦げ付いた跡ができ、トウヤは軽く笑って俺の方を見る。


「……マキバ家は魔力を有さない家系だったが、俺は珍しく魔力に目覚めた。

 来年は使いこなす、だからその時は…お前を惚れさせるくらい、叩き潰してやる」

「く、くくく……最高に格好良いよ…思わず笑いが…ッ!」

「……絶対気持ち悪いとか格好悪いとか思ってるだろ。

 まあいい、お前に別の客人がいるみたいだから俺は退くぜ」


 トウヤは先程横目で見ていた人影に視線を移す。

 そこにいるのはリセリアちゃんと時雨とフィオナだった。

 試合が始まるから俺を呼びに来たのだろうか。

 俺の中身が男だと分かってないコイツからの告白を内心愉快に聞いていただけに、この会話が終わってしまう事が非常に残念だ。

 自分で言うのも何だが、シャロル・アストリッヒは美人だからな。

 同年代でこんなのがいたら前世の俺も目を付けていることだろう。

 まあ俺がトウヤであれば勇気がなくて告白どころか好意を伝えることさえ困難だったと思う。


 気分転換くらいにはなっただろ、とトウヤは呟いてその場を去って行った。

 俺の火付け役に来たって言うよりはレベッカとの約束を果たしに来たという意味合いの方が強そうだな。

 俺に会ったのも多分、俺を思ってではなく約束のためにって感じだ。

 まあアイツの言う通り気分転換にはなったかな。

 ……レベッカどころじゃなくなるくらいね。



「トウヤマキバには気を利かせてしまいましたね」


 リセリアちゃん一行が近寄ってきたので一応頭を下げておく。

 相手は俺の仕える主だ。リセリアちゃんの方は必要ないと言うが、近からず遠からずの現状は維持するべきだと思う。

 俺達がどうでもよくても、周囲からどう思われるかは分からない。



「いえ、大丈夫ですリセリア様。何か御用ですか?」

「……様付けとかは偉い人達の前だけで良いんだよ?

 少しやってほしい事があってね。試合前で悪いけど、騎士としてのお仕事をお願いしたくて会いに来た」

「やってほしいこと…ですか」

「お金周りのお話でね。随分前の話になるけど、思い出しながら聞いてほしい」


 そう言ってリセリアちゃんは四つの家名を上げた。

 ゼハール、クマイ、クサナギ、ヴィンランドノート、少し前にニューギスト公国で実力を持っていた四大勢力である。

 ヴィンランドノートの中にいる小さい存在がリセリアちゃんのいる勢力だ。

 今はリセリアちゃんの兄、コルセット・ゼム・ヴィンランドノートが公国を収める公爵として即位しようとしている。

 これを防ぎ、他の勢力の有力者がコルセット王子の代わりに即位しないようにリセリアちゃん自体が影響力を持つようにして、自身がコルセット王子に代わって即位するのが目標である。

 まあ簡単に、公爵の座を小難しく争っているという認識で相違ない。


 この四大勢力は特徴がある。

 ヴィンランドノートは現公爵の家名という優位があるのに対し、ゼハールはゼハール商会、クマイは機械武器等を販売している研究機関クマイグループ、クサナギはクマイグループと連携して庶民向け商品を作っている草薙機関がそれぞれ存在する。

 現公爵の家名であるヴィンランドノートが他より優位にあるのは間違いないのだが、他の勢力に比べて資金が乏しいのだ。

 お金は時に状況を捻じ曲げる武器になる。

 捻じ曲げられないようにある程度資金を持っておく必要があった。



「クマイはゼハールに加担しているそうだ。クマイは向こうの方が稼げそうって言っているし私達との関係もあまり良くない。

 でも草薙機関は私の方に対して積極的に協力してくれるって言ってくれた。

 金銭面では若干不利に聞こえるかもしれないけど、ゼハールは公国内だと若干信頼を落としてしまっているから、どちらも優勢ではないのが今の状況なの」


 ゼハール商会は信頼を失ってしまったため、ゼハール商会の名前を掲げて物を売るのは難しくなってしまったそうだ。

 そこでゼハール商会はクマイグループを経由して、クマイグループの名前を借りて自分達の仕入れた商品を販売している。

 アーリマハットで一強だったのはゼハール商会からクマイグループに切り替わり、クマイグループは以前よりも勢力を増し始めている。

 そして同時に、ゼハール商会も影響力を落とさずにいる。



「…さて、ここからが本題でね。

 クマイグループは武器を作るのがメインなのは知ってる?」

「ユーリックとかの機械武器は基本的にクマイグループが作ってるってのは知ってるよ」

「そうそう。それで今回、レベッカさんが…クマイグループから提供された武器で戦うらしいんだ。スポンサーとして、色々と彼女に助力していたらしい」

「……それで私も対抗するの?」

「そう!草薙機関の作った武器で対抗してほしいの。

 そうすれば、最低でも一時的に草薙機関が人気になるからクマイとゼハールを弱める事ができるし、少し失墜してたクサナギ家も復帰できるかもしれない。

 勿論、勝つ前提だけどね…?」


 ふむ。

 利益だけを考えれば得をするのはリセリアちゃんだけではない、俺自身も草薙機関という大きな商会と接点を作る事ができる。

 損はない。あるとしたら、負けた時だけだ。

 もしかして、試されているのか?

 信頼されている?

 ……どちらにせよ、今このタイミングでこの問いを投げられたら、どう答えるかなんて決まっている。



「受けます。試合に勝つのは私ですから」


 譲るつもりは元々ない。

 不安や恐怖を飲み込んで自信と慢心を掻き混ぜる。

 大体、トウヤかレベッカと戦う事はほぼ確定的だったんだ。

 それに対して何か策を講じていなかった訳じゃない。



「フィオナ、次の試合は全力を出させてほしい」

「…はい。分かりました」


 彼女は俺の言葉を待っていたかのように二つの装備品を手渡してくれた。

 神器である赤弓と赤い指輪。

 イフリートに認められた主が許可した人間しか装備できない武具である。

 人に手を借りるのが恥だとは思わない。

 手を抜いて敗北を招くよりはずっとマシだ。


 学校生活ももう三年目、半分を終えようとしている、レベッカと全力で戦える機会はそう多くないだろう。

 留学で学んだものや、一人で見出し磨いた技術。

 今日の戦いで存分に見せ付けてやろう―――!


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