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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
4章【留学編】
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44.光と闇

 風の大槍、風槍(ウィンドスピナ)を越える威力を誇る力。

 臓穿たんとする風の大槍(ウィンドランス)を目の前の少女は軽々しく放ってくる。


 今年の武闘大会でトウヤマキバのみを期待していた観客が息を呑む程の実用的魔法、それに対峙するのは一人の剣士、シャロル・アストリッヒ。

 武闘大会で一度シャロルを見た者はそれを防げる実力はないと思い、シャロルを知らぬ者はあれほどの魔法がただの学生に対処できるはずがないと考えた。

 ……俺がただの学生であるかどうか、ハッキリさせる必要がある。


 俺の目の前で風の大槍は切り裂かれ、光の粒子と共に四方へと消え去った。

 剣は抜かれ、盾も持たず両手で握り締める。

 今年の俺に盾は無い。

 武闘大会中ずっと盾を持たないとは言えないが―――。



「見事です、先輩」

「去年は申し訳なかったからね。……さあ、構えようか」

「…押忍っ!」


 俺の相手は後輩レイ・レーベルブラッド。

 去年、不戦勝させてしまった相手でもある。

 降魔術で光神レグナクロックスを呼び出さず力だけを引き摺り出し、光の力を剣と自身に込める。

 光の魔力で軽くなる体は風の魔力をも帯びて更に加速する。


 剣は速まる。

 慢心もなく、迷いもない。

 自分の剣先はレイちゃんの自慢の剣戟を受け付けず、それを喰って掛かるかのような早業で潰す。

 歯軋りが鳴りそうなくらいレイちゃんは悔しさを噛み締める。



 勝つ。


 一心にそう思った俺は手加減する事無く模擬剣をレイちゃんの腹に叩き込み、持ち上げて宙へと放り投げる。

 加速器を使うかのように、俺も後を追って空を駆けた。

 もう一度腹に一発蹴りを加える。

 レイちゃんの目を見て追撃を止め、遠くまで吹き飛ばされて地面に叩き付けられるレイちゃんを見ながら俺は疾風を纏ってゆっくりと地面へと降りた。



「勝者!シャロル・アストリッヒ!」


 鐘の音と共に沸き立つ観客を合図にレイちゃんを助ける為の救急魔術師が数人駆け寄ってくる。

 レイちゃんは立ち上がりこそしなかったが彼等の治癒を手で静止した。

 まあ、急に強打されて上手く立ち上がれない程度で、臓器が潰されたとかそういう危険が彼女を襲っている訳ではない。

 痣にはなるだろうが……それは治癒でもあまり治らないからなあ。

 治癒魔法は万能であるが、完璧ではない。

 治せるものと治せないものがある。


 俺はレイちゃんの元まで行って彼女の体を持ち上げた。

 軽くはないが、魔法で筋力も向上している今の状態であれば女の子の夢のお姫様抱っこだって軽々出来てしまう。

 女の子の夢であるかどうかはまあ分からないけどな。

 向こうは俺を男だと認識している訳でもないし、俺が女の子の気持ちを理解できるはずもないし……。



「……恥ずいっす」

「向こう行くまでの辛抱だよ。だって歩けないでしょ?」

「そう……っすけど…」


 抱えながら運ぶとレイちゃんは恥ずかしがりながら身を小さくさせる。

 控え室へと続く道には白いフードを被って顔を隠している魔帝シャンドルと鍛冶師ロイセンさんが立っていた、その後ろにはフィオナの姿もある。

 男のロイセンさんだけ妙にキョロキョロしているな。

 フィオナ一筋だったはずなのにシャンドルの方もチラチラと見ている。

 魅了の力で少し引き寄せてしまっているのだろうか。



「良い試合であった、怪我はないか?」

「何ともない。観客席に戻ろう」


 レイちゃんを俺の代わりに運んであげようとするロイセンさんだったがレイちゃんが俺の肩をちょっと握って拒むような動作をしたので最後まで自分が抱っこすると告げ、全員でさっきの試合の話をしながら観客席へと戻る。

 フィオナにもシャンドルにも軽くスルーされているロイセンさんが何だか可哀想だったが、まあ女グループで男はこんな扱いだろうよ。

 諦めてくれ。


 俺の育ての親であるブレイクストールとシュラザードは二人共この試合会場にやって来ている。

 シャンドルとバッタリと対面してしまったのだが、ブレイクストールは「おう」と、シャンドルは「ああ」と返事するだけに留まっていた。

 やはり気まずいのだろうか。

 シュラザードとも挨拶してなかったようだし……。

 もしかしたら、俺がどっちに着くかを三人とも気にしているかもしれない。

 シュラザードもシャンドルも美人で捨てがたい。ってそういう話じゃないな。


 ブレイクストールは教え方はともかくとして剣を教えてくれた恩がある、シュラザードは悪い事をした訳ではないし人付き合いも良いから離れ難い、シャンドルは魔術を教えてくれるし魅了の呪いについても詳しい。

 誰も彼も斬り捨てたくない。

 どっちにも着こうとはしていない……というのが娘の心情だ。



 観客席には既にアキレスとノイエラが座っていた。

 ポワルやレベッカ達は別の場所に陣取っており恐らくユーリック達と一緒にいる。

 俺も席に座り、レイちゃんの頭を俺の膝に乗せて膝枕をし、服の中に手を突っ込んで直にお腹を触って撫でてあげる。

 レイちゃんは色々と悶えたが、勝者の特権だと言うと許してくれた。

 それで良いのかよ。

 良いなら触りまくるぞ。

 すべすべでたまらなく気持ちいい。

 ポワルが子供の時、俺のお腹を舐めてきたのも何となく分かる。


「フィオナ、これで残り何人だっけ?」

「八人…ですね。次はクライム学園の生徒のようですが…」

「ユーリックのトコの後輩みたいだぜ、アヤカっていう魔術師だ」

「へえ。自慢の後輩らしいし楽しみだなあ…」


 膝枕をやめてベンチに座り直したレイちゃんを後ろから抱き締めてお腹を弄り続けるとふわふわと蕩けるような声を上げ始めた。

 可愛いけど周囲には男もいるのでやめておこう。

 俺なら我慢ならない。

 これはまた今度、じっくり。



「ロイセンさん、アヤカってどんな人?」

「“庭師”っつー二つ名を持つ魔術師でな、土属性の魔法を得意としているそうだ。

 ……お前の兄弟は知り合いだったと思うんだが、お前は違うのか?」

「セイス兄はともかく…ルワードまで?」

「そう聞いたんだがなぁ…」


 誰に聞いたかはともかくとして、セイスと出会ったという事はどちらかが手合せを所望したのだろう。

 セイスからお願いしたのなら、公国内にはいないほどの実力者であるに違いない。

 セイスも土属性の魔法使いだから、セイスの戦法を頭の片隅に置いて行動するとしよう。

 魔法使いとの対人戦の経験は滅多にないから慎重にいかねばならないな。



「……っ先輩、私そろそろ行きます」

「…おう。もう大丈夫?」

「先輩に擦られてると何だかムズムズするっす…くすぐったいっていうか、気持ちいいっていうか…。

 ……今日はありがとうございました、また勝負してくれると嬉しいです!」

「こちらこそ対戦ありがとう、楽しかったよ」

「押忍!」


 頭を下げてからレイちゃんが俺の隣から離れるとその間にアキレスが、アキレスの向こうにはフィオナが座った。

 アキレスもシャンドルもフィオナも少し溜息を吐いて変な空気を作った。

 なんだなんだ。


「…たらしだぜ」

「え?」

「そういうの…良くないですよ、シャロル様…」

「光魔法がある事を少しくらい考慮して動くと良い。

 思いがけぬ形で動いておるのだからな」


 たらし、というのは何だかおかしい気がするが、確かにシャンドルの言う通り魅了の呪いがある事を考慮して行動するべきではある。

 あの程度でレイちゃんに魅了が漏れたとは思わないが、魅了されていた可能性があった…という事なのだろう。

 シャンドルは周囲にいる人達に理解されないよう光魔法と言ってくれた。

 魅了に話題をあまり広めたくはない。

 今の気遣いは助かった。



 全員席に座り、次の試合までずっと観客席から試合を観覧した。

 ポワルやレベッカ達と一緒にいても良かったのだが、控え室が違ったりブレイクストールの嫌うシャンドルの近くという事もあって皆の近くの席を遠慮して別の場所にいる。

 リセリアちゃんは……ちょっとよく分からないな。

 ソーマさんと一緒にいると考えれば特別席だろうか。

 シスイもそこに通されている事だろう。



「……こんな所におったのか、探したぞ」


 鎧を着た乱光包が姿を現すと、ロイセンがガタリと席を立った。


「あ、アンタ……何でここに?」

「何だ?ワシはシャロルの友人というだけの騎士だ。其方の顔も、覚えておらん」

「ロイセン、知ってるの?」

「あ、ああ……俺が冒険者をやってた頃にな。まさか、現役だとは思わなかったが…」

「現役ではない。冒険者はとうの昔にやめておる」


 乱光包は魔帝に一礼してから席に座る。

 そういえば、師のような人とか言っていたっけ。

 聞いてみると乱光包は魔帝の魅了に若干の耐性を持っているらしい、耐性を持っている者は他に剣聖や豪腕などが当て嵌まる様だ。

 しかし耐性があるといっても通用しない訳ではない。

 剣聖は極力、魔帝と会わないようにしているという。

 いつも空気が悪いと言って避けているそうだ。

 俺の時はどうだったんだろうか……まあ、どうでもいいか。


 乱光包に気を取られていると、急に周囲が沸き立った。

 何かと思えば…どうやらトウヤが登場したらしい。



「今期も注目の的なのは分かっておったが、ありゃ相当の実力者のようだな」

光包(みつかね)、相手も相当の手練れのようだ」


 相手として登場したのはレベッカだった。

 今期の戦いの頂上決戦と言っても過言ではない組み合わせが、決勝より前に訪れてしまったようだ。

 公国から大分長い間離れていた所為で、二人の構えの違和感に気付くのに少し時間が掛かった。

 構えだけじゃない。

 所持している物も、半年前と全く違う。


 トウヤは刀二本と細身の西洋剣一本を腰に付けている。

 しかし持っている刀は一つだ。

 二刀流を意識して用意している訳ではないように見える。


 レベッカはいつも通り薙刀を持っていたが、こちらも腰に一本西洋剣を装着している。

 こちらは予備用と言わんばかりの小物だ。

 ナイフと呼ぶには少し大きい程度のサイズである。

 二人共腰に武器を付けているのは何故だ?

 何か変わる原因があるとすれば……剣聖の元で積んでいる鍛練とか?



「すぐに動くぞ」


 魔帝がそう言うと試合開始の鐘が鳴り、トウヤはすぐに魔王波の構えを取った。

 トウヤの魔王波は魔法で対処できる程度の力量でしかないため俺にとっては然程強くない技術なのだが、レベッカは魔法を使う事が全く出来ないので上手く対処が出来ていなかった。

 自身の受け流しの技術だけで技を受ける事はできるようになったが、打ち消すまでに至っていない。

 レベッカを敵にしたトウヤにとって魔王波は、出しておけばとりあえず相手より優位に立てる技だった。


 ―――その、はずだった。



 トウヤの放った魔王波に対して、レベッカは微動だにせず、その波動を弾き飛ばした。

 いつも貶しているトウヤではあるが魔王波の汎用性は目を見張るものがある、少なからずちょっと風が吹いた程度でどうにかなるものじゃない。

 だとすれば、レベッカはどうやってあの技を対処した?

 魔法か?

 いや、違う。

 答えは一つしかないだろう……


「……“王波”」


 構えを必要とする魔王波の上位互換。

 “構えを必要としない”王波。


「そんな馬鹿な事があるか!

 あれは勇者の血統にしか使えない波動だし、トウヤ自身だってまだ魔王波しか使えないんだぞ!」

「いや、シャロルの言う通りであろうな。我が師よ、あれをどう見る」

「……王波だろうな。あの技の条件は、自身の身体が剣に触れている事だ。

 レベッカが腰に付けている剣は王波を使う為の物なのだろう」



 ではレベッカは勇者の血統だということか?

 生き別れの兄妹というのは信じられない。

 勇者と魔王が戦ったのは数百年前の出来事だ、トウヤマキバがいる本家以外に血を継いでいる人間だっているだろう。

 ……なるほどな。

 剣聖が弟子を取ったのは、この才能が理由だったのか。


「…シャロル、見えるか?」

「何が?」

「あのレベッカとかいう娘、勝つぞ」


 乱光包の言葉通り、レベッカの薙刀は加速した。

 レベッカの背後には彼女の力量がそのまま具現化したかのような、黒い霧が渦巻き始めた。

 不穏な空気。

 ざわつく会場。

 トウヤマキバが押されていると、あの女の子は誰なんだと、辺りから声が聞こえる。



 ――胸の奥がドクンドクンと鳴り響く。


 渦巻く黒い霧が誰の目でも分かるくらい色濃く広がっていく。

 そして、遂に、その霧は会場の全員を巻き込むように破裂して拡散された。

 霧の中から一つのチカラが現れる。

 俺も、フィオナも、アキレスも、ノイエラも知っているモノ。


 それは黒いオーラを纏う、闇を体現したような存在だった。

 身は黒い鎧で包まれ、兜の眼からは赤い閃光が輝く。

 関節部には血をイメージさせる暗い赤が薄らと光り、その手には剣と盾が握られている。

 それは紛れもなく降魔術であり、その力量は間違いなく最上位精霊級だ。

 レベッカを知っている者は魔法を使えない彼女が何故降魔術が使えるのか疑問を抱いていたが、俺だけは全く違った。

 最上位精霊は自身の魔力を使って顕現できる事を知っているからだ。



 ……俺が驚いていたのは、

 その姿が光神レグナクロックスの正反対であったことだ。



「……シャロル、よく見ておけ。

 勝ち進めばお前が対峙するのはアレであろう」


 レベッカは黒い鎧の精霊の力を借りてトウヤの剣を跳ね除け、トウヤの胸を突き穿つように突き飛ばした。

 容赦のない攻撃にトウヤは気を失ったのか立ち上がる事は無かった。

 大きな歓声に会場が包まれる中、俺は息を呑んだ。

 そんな俺にレベッカは視線を向けた。


 ―――赤い瞳。

 悪魔のように微笑む彼女に、俺が覚えていた以前のレベッカの姿はなかった。


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