表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士道プライド  作者: 椎名咲水
4章【留学編】
45/50

42.英雄達の話

 シャンドル・アストリッヒとの再会にはあまり日を置かなかった。

 ちょっと日当たりの悪い路地にシャンドルの家があり、俺は住所をもう一度確かめてから玄関のチャイムを鳴らす。

 魔帝と呼ばれる有名人にしては貧相な場所に住んでいるんだな…。


 魔帝は誰しも知っている才人であり、世界最強の魔術師だ。

 ブレイクストールと共に竜を倒した者の一人である。

 光と闇という反発し合う力を同時に使えるただ一人の人間。

 そして、俺の母親でもあるらしい。

 父親がリアルハーレムだったなんて話は聞きたくないが、シャンドル自体の言動からはその関係を後悔しているように聞こえた。

 こうやって距離を取って生活しているのにも関係があるかもしれない。



「……ようこそシャロル様、お入りください」


 びっくりしたことに中からドアを開けてくれたのは時雨だった。

 家の中の光源は少なく蝋燭がいくつか置かれている、通された部屋にも蝋燭が三つあるだけで他には何もなかった。

 だけど何だろう……ちょっと部屋が、暖かすぎるような。

 羽織っていた上着を脱いで待っていると奥からシャンドルが現れた。


 入って来たシャンドルはマントを羽織ってはいたものの、上半身は胸を隠す布があるくらいで、お腹辺りの肌は露出されていた。

 布からはみ出るようにある下乳と肌が妖美だ。

 少し魅入っているとシャンドルはマントで覆い隠して対面に座った。

 見せてもらえないのは残念だな…。



「こんな格好ですまぬ。しかし、これが私の正装であるからな…」

「正装ですか。何と言うか、大胆ですね」

「昔、呪術を専攻していてな。呪術の基礎は魅了術であったからこのような服しか無くてな。

 光魔法を習得したのも元々は闇魔法、…呪術を更に使いこなす為だった」

「光の持つ魅了を利用しようと?」

「うむ。結果、成功して世界最強を名乗れるようになった」


 時雨がシャンドルと俺の間に入り、テーブルの上に二冊の本と飲み物を置いた。

 蝋燭しかないから飲み物の色すら分からないがただの麦茶だ。



「まずは親子関係から話しておいた方がいいかのう」

「…そうですね、大切な事です」


 向こうから切り出してきた。

 ハッキリさせておいた方がこの人のナリというものが分かる。

 俺から離れた理由がどういうものなのか、これはこの人を信頼するか否かにも関わってくる。



「私は光魔法の習得の際、ブレイクストールを魅了してしまった…とは言ったな?」

「はい」

「関係を持ち、子を授かったのは確かだ。

 だが魅了で寄せ付けた関係なんて薄っぺらでな、ブレイクストールは竜を倒したパーティーの中でも対して強くもないシュラザードに興味を持っていた。

 ほぼ同時期にブレイクストールはシュラザードとも関係を持った。

 ……魅了の事はしっかりと本人達には伝えてある、これは魔術によって起こった間違いであったことを伝え、私はブレイクストールから離れた」

「そう、ですか」


 魅了によってブレイクストールと過ちを犯してしまった。

 それを無かったことにするために俺をシュラザードが出産した事にして自ら離れていったのか。

 しかし同時期にブレイクストールが……ねえ。

 魅了が原因とはいえ、クソ野郎じゃないか。



「悪いのは全部父上のせいのように聞こえますね」

「……まあ強ち間違いではないのかもしれんな。

 あの頃の私らは必死だった、竜を倒す間近まで迫っておったからな。

 シュラザードとも関係を持っていたのを知ったのは竜を倒す直前、チームの仲は最低だったであろうよ。

 竜を倒した後、ブレイクストールとシュラザードだけが竜を倒した冒険者だと世間に広まったのは私らが名を一時的に隠したからだ。

 当時はの……剣聖も豪腕も私も、ブレイクストールの実力は認めても一緒に扱われたくはなかったからのう」

「……なるほど」

「竜を倒した後は結婚の報告も重なった事もあって夫婦で有名になりおってな、私も剣聖もそのおめでたなニュースの影に隠れる事ができた。

 ……とまあ、こんな感じだが…」


 分かったかという表情をしたシャンドルは一度麦茶を飲んだ。

 まあ何となくは分かったよ。

 竜を倒す前にブレイクストールは浮気をした。

 竜を倒した後、ブレイクストールの仲間達はブレイクストールの実力を認めつつも人間性を認めなかった。

 だから竜を倒したという名誉を投げ捨ててまで仲間である事を否定した。

 シュラザードとの結婚も重なってブレイクストールの名だけが上手く広まり、一緒に祭り上げられる事はなかった…。


 まあ、名誉を投げ捨てるなんて普通じゃ考えられないけど、元々彼女達は名誉を持っていたからどうでもよかったのだろう。

 剣聖は剣の頂点、魔帝は魔の頂点、豪腕は拳の頂点。

 逆にブレイクストールだけが思想通り祭り上げられている今の現状がおかしいと思うくらいのパーティ構成だ。



「私は自分の正当性を主張するつもりはない。

 私がシャロルを手放した理由にはならないからな」

「……」

「だが、当時の私は自分よりもシュラザードの方が育児に長けているだろうと判断した。

 そしてお互いの関係を無かったことにするためにも彼女達に託した。

 今更取り戻そうという訳でもない。故に、シャロルは私を母と扱わずシャンドルと呼んでくれればよい」

「…分かりました、シャンドルさん」

「……呼び捨てで良い」


 うむ、と彼女は頷いて本を一冊手に取った。

 シャンドルは私にテーブルの本を取るように促し、私達は同じ本を捲り始める。

 内容は様々だが…主に英雄マキバハヤテ達が生きた神代について書かれている本だ。

 一体これが私に何の関係があるのだろう。



「あの、これは?」

「リセリア・ヴィンランドノートと手を組んでいる不死ソーマとリュウガについて知っておく必要があると思ってな。

 シャロルが後に戦うであろう闇と深く関連しているはずだ」


 俺の使命についての話か。

 彼女の取り巻く空気はこっちが本題という感じに見える。


「……闇、ですか」

「神から課せられた使命なら必然であるはずだからな。

 神代から世界平和を謳っているソーマがコリュードにやって来た、それはこの地で何かが起こるという予兆であろう」


 必然であるかどうかは知らないが、ソーマがやって来たというのに何かを感じているのは俺だけではなかったようだ。



 シャンドルは神代のマキバハヤテに関して説明を始めた。

 世界は暗闇に包まれていた頃、雷撃を司る魔王を倒したという話である。


「だがマキバハヤテに師がいた…というのは知っておるか?」

「はい。その前の魔王と戦ったとか何とか…」

「実際は伝承と違う。魔王と戦ったのはその師、イズミのみだ。

 イズミは魔王を簡単に討ち滅ぼし…その後、何らかの間違いで神に挑んだ。

 神とイズミの戦いで世界は壊れ、世界は一度消滅しかけた」


 ……。



「イズミと神が和解した頃には世界は滅びかけていた。

 それが神代と呼ばれる時代の最後、紀元前の話となる。

 それからイズミと神は元の暮らしを取り戻そうとした。

 世界にある土地を減らして大陸に人を集中させ、人口を増やす努力をした。

 その努力で生まれたのが人として不完全な存在、魔族だといわれている。

 魔族が光の魔力を求める性質を持っているのは人に憧れているからではない、自分達を作ったイズミの魔力を求めているだけだ。

 光の魔法を使いこなしていたようだからの」

「じゃあマキバハヤテが魔王を倒したって逸話は?」

「嘘ではない。世界を一度滅ぼしかけた魔王を倒した」

「それって…」

「イズミだな。マキバハヤテは師を手に掛けた」


 人は失敗をする、だがイズミという人間は許される次元を越えていた。

 どうやら世界を滅ぼしかけた際にイズミは自らの仲間を数人失ってしまったらしい、イズミの仲間はマキバハヤテよりも強かったそうだが、その大半は荒れ狂う大地に呑まれて亡くなったという。

 知り合いで生き残ったのはイズミの奴隷であったソーマと、イズミの知り合いであったリュウガと、イズミのパーティの一員であった剣士ホミカとマキバハヤテのみ。


 イズミはマキバハヤテに殺された。

 イズミを慕っていたホミカはマキバハヤテを許さず、またマキバハヤテも自身の手で師を殺したのを許せず、マキバハヤテは大陸から出て島国に移り住んだ。

 そこがアリュース、トウヤマキバの出身地だ。

 ソーマとリュウガは不完全な存在である魔族が世界に悪影響を及ぼすか見届けるために魔族大陸に住み着き、ホミカはコリュードで英雄騎士団を築いた。

 当時の英雄騎士団は何かを守る為に行動していたのだという。

 それはシャンドルもよく知らないそうだ。



「ソーマとイズミの関係は正しくシャロルとアキレスのようなものだ。お互いを信頼していて、奴隷とは思えぬ間柄であったという。

 だからこそソーマはイズミの跡を継いだ。

 元あった世界のように復興させるというイズミの夢を数百年も見続けておる」


 長い時を生き続けているのはイズミの力によるものらしい。

 ソーマとリュウガは自ら人の身体を手放し、不完全な存在であった魔族に身体を移り変えた。

 元々生き長らえる事が可能だった魔族の身体を改良したそうだ。

 エルフと竜族の混血ではないかとシャンドルは推測している。



「ソーマの使命とシャロルが産まれてきた理由は関係があるはずだ、今度会う機会があればしっかりと話し合いをしておく必要があると思う」

「そうですね……。あの、そういえば何でここに時雨がいるんですか?

 てっきりソーマさんがいるんだと思ってました」

「ああ、時雨を作ったのは私だからな。

 使うのを許可しているだけで主は私だ。この情報は誰にも流さぬよう言ってある」


 とんでもない事を聞いた。

 とはいえ、元々数百年前にイズミが魔族という人間を作り上げた事を考えると人間を作り上げる技術は随分前からあった事になる。

 …禁忌っぽい感じがする技術だ。



「…ソーマさんと知り合いなんですね」

「シャロルが産まれた時に少しな。

 いずれ娘の使命と被る彼女達に力を貸してやっただけだ。

 もしソーマやリュウガ達だけで何とかなったなら、娘が災厄に立ち向かう必要はなくなると思ってな。

 ……だがシャロルは向かうのだろう?」


 俺は頷く。

 引けない理由があるからな。



「今は亡き友人のために戦うのだったな。

 恐らくシャロルが立ち向かう災厄というのは…ゼハール商会なのだろうな」


 ……本当に色々知っているな。

 時雨のお陰か。


「そうですね。何でソーマさんが対立しているのか分からないですけど…」

「それは本人に聞いた方が良い。私も詳しくは知らん。

 ゼハール商会の掲げる野望が自分らにとって不利益になるのだと、言っておったような気もするが……」



 ハッと思い出したかのようにシャンドルは目元を動かし、時雨にある物を持って来させた。

 ソーマの思想を思い出したという訳では無いようだ。

 時雨が持ってきたのは鋼で出来た指輪。

 護符の指輪だ。


「忘れておった。私の渡した手紙は読んだか?

 これがもたらす力は全てアレに書いてある」

「魔物を寄せ付けず、敵の魔法を跳ね除け、物理攻撃すら軽減するとか…」

「そこらの物とは比べ物にはなるまい。自信作だ」


 俺は指輪を四つ受け取り、そのうちの一つを自分の指に嵌めた。

 後の三つは家にいる人達に付けてあげるつもりだ。

 何も無いよりかは良いだろう、それが魔帝の物であると知れば更に心強い。



「この古書も持って帰ると良い。ソーマと話す前に読んでおけば役立つだろう」

「ありがとうございます、……でも大事な物ではないんですか?

 マキバハヤテの師の名前が載ってる本すら出回ってないのに…」

「構わぬ。副書してあるしな」


 ……良いと言うなら受け取っておくとしよう。

 これだけ頂いて何も返さないという訳にもいかない。

 いずれ恩は返そう。


 神代の話を聞き終わると、今日はここまでにしようとシャンドルが言ったので俺も頷いた。

 玄関で頭を撫でられたので何か動作を返そうと子供の無邪気を装ってシャンドルの触り心地の良さそうなお腹を触ると、ポカンとした表情を浮かべられた後に笑われた。

 何だか恥ずかしいが、こういう関係をお互いに望んでいると思う。

 堅苦しくない家族のようになりたいのだ。



「ふふふ、シャロルは才女なだけあって人に甘えるのも難しかろう。

 私相手なら存分に甘えてもよいのだぞ?」

「魅了術は使わないでくださいね」

「心配せずとも光魔法を持つシャロルに、或いはシャロルに影響を受けている人間に私の影響は一切無い。

 普通の人間であれば私の肌と顔を見てすぐに魅了されるはずだ」

「女の敵ですね…」

「……もう興味はない。魅了されて愛される、偽りの愛など御免だ」



 初めて出会ったあの時、フードを深く被っていたのは魅了を避けるためか。

 普通の人間であれば私の肌と顔を見てすぐに魅了される……それってつまり、自分の思い通りに魅了の力が動いていないということだ。

 ところ構わず魅了し続ける。

 そうやって人から好かれるのを嫌っているのか…。


 光魔法を専攻した魔術師は魔族や人に好かれやすくなり、それが嫌になっていずれ人前に姿を現さなくなるとどこかで聞いたような気がする。

 光魔法が世に出回らない理由は光の魔術師が弟子を取らず伝えて来なかったからだ。

 魔術師として優秀なレミエルでさえ各所で弟子に取ってもらえなかった。



 俺はシャンドルをしゃがませて、頬にキスをした。

 俺はこの人が嫌いじゃない、例え俺を一度手放したとしても嫌いにはなれない。

 自分が撫でられたのをそのまま返すようにシャンドルの頭を撫でる。


「…シャロル?」

「また会いに来ます。そちらからもぜひ会いに来て下さい」


 一人で寂しかったのかもしれない。

 体質のせいで振り回されて、家に閉じ籠ってしまった女性。

 俺の目にはそう映っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ